30 俄まであと七日 3
ユウキ様が座敷から姿を消すのとほぼ同時に見世の者が慌ただしく座敷に上がり込んでくると、息を切らしながら小雪に夢幻楼から御使いの方が来ていると告げた。
「なんだって!?夢幻楼ってあの夢幻楼かい?」
小雪が慌ててユウキがいた方を振り返るがすでにそこにユウキの姿はなく窓の外を身を乗り出して見ている紫苑の姿だけが目に入る。
(こりゃあ、やっぱりユウキ様は鬼の一族と絡んでいるんじゃないかって話は本当みたいだね……)
小雪はすでに姿を消したユウキのことをどうすべきか一瞬考えるがそれよりも夢幻楼の御使いの方を待たせる方が問題だと思い慌てて着物を直し失礼がないように身だしなみを整える。
「霞に紅、わっちはこれから夢幻楼の御使いの方達と会ってくるから座敷の後片付けを頼んだよ」
そう言って小雪は見世の者と一緒に座敷から出て行く。
小雪が座敷から出て行って数分すると再び襖が開き、凛が戻ってきた。
「凛!なかなか戻ってこないからどうしたのかと心配してたのよ」
紫苑が戻ってきた凛に駆け寄ると凛はそれどころじゃないと顔を青くして小雪はどこかと辺りを見回している。
「小雪姉さんなら先ほど夢幻楼の御使いの方が来たからって呼ばれて座敷から出て行ったけど……」
凛はただでさえ青い顔をさらに青くして紫苑にどうしようと泣きそうな顔で縋り付く。
「さっき姉さんに一階の様子を見てくるように言われて降りてみたら、玄関に狐の半面をつけた妖狐の方が居らっしゃってこの幻灯楼に鬼の一族のものが隠れて通っている。お職花魁の小雪を出せって女将さんと楼主様に言っていたでありんす」
凛は紫苑の膝に崩れ落ちるようにしてこのままじゃ小雪姉さんが妖狐の御当主様の怒りに触れて処罰されてしまうと大きな声をあげて泣き始める。
「凛、落ち着いて。小雪姉さんが鬼の一族の者を手引きしたわけではないのだからきっと大丈夫よ」
紫苑は今まで見たことがないくらいに泣きじゃくる凛の背に手を当てて宥めながら見世の者と出て行った小雪のことを案じるのであった。
◇◇◇
小雪は見世の者に案内されてこの幻灯楼でも一番上等な部屋へと案内される。
部屋の前には血相を変えた女将が立っており小雪の姿を見つけると慌てて駆け寄ってくる。
「小雪、ユウキ様は?」
女将は小雪のことよりも今夜座敷に上がっていたユウキ様のことが気になっているようだ。
少し前からユウキ様について伝手を使って調べていたが女将のこの態度を見るに噂は本当のようだ。
「あら女将さん、そんなに血相を変えてどうしたでありんすか?ユウキ様ならとっくに帰りんした」
声を潜めて小雪に聞いてきた女将にわざと通る大きな声で返事をすると女将は辺りをキョロキョロと見回しながら誰も聞いていないか確認する。
女将が続けて何か小雪に聞き出そうとしたがそれより早く部屋の中から声がかかる。
「小雪、そこにいるなら中に入っておいで」
部屋の中にいるだろう楼主に言われ小雪は両膝をつき佇まいを直してから襖に手をかける。
襖を開けると部屋の中からは今まで対峙してきたどんな妖よりも強烈な妖気が漂っており、上級に分類される程の妖である小雪でも一瞬息が詰まるほどだ。
頭を下げてから部屋の中に流れるような美しい動作で入ると上座には白い狐の半面をした白金の瞳と髪を持つ妖狐がいた。
御使いの方らしき者の前で楼主と小雪は改めて自己紹介をして頭を下げるとここで初めて目の前の半面の人物が声を出す。
「私は妖狐の御当主様であられる月天様の側近が一人、白夜と申す。この幻灯楼に鬼の一族の手先が頻繁に出入りしているという上申書が届いた。これからこの幻灯楼の中を改めさせてもらう」
見た目は霞とさほど変わらないくらいの年頃に見えるが発せられた声は見た目の年齢にしては落ち着いており有無を言わせない雰囲気を纏っている。
「白夜様、恐れ多くも申し上げますが幻灯楼は誓って鬼の一族の者を手引きするような真似は致しておりません。本日は俄も近く見世の中も多くのお客様がいらしておりますのでどうか見世の中を改めるのはお待ちいただけないでしょうか……」
楼主は顔を青くしながらもなんとか今夜見世に来ているご贔屓様に迷惑をかけないようにと白夜に進言するが……。
「月天様が決めたことに意を唱えると言うのか?楼主、お前はいつからそのように偉くなったのだ?」
白夜の白金の瞳が仮面越しでもわかるほどに鋭く細められ今にも楼主を射殺さんばかりの殺気を放っている。
「大変申し訳ありません……どうかお許しを」
楼主は畳にこれ以上頭が下がらないというくらいに額を擦り付けて頭を下げる。
「尊き身であられる白夜様に進言することをお許しください。私がこちらに呼ばれたということは白夜様がおっしゃる鬼の手先の者とは私のお客の中にいるということでしょうか?」
白夜は鋭い視線を楼主から外し小雪の方をちらりと視界にとらえる。
「……ユウキという客がいるはずだ。彼の人物こそ鬼の一族の手の者。本日もお前の座敷に上がっていたと聞いたがもう既にこの幻灯楼にはいないようだな」
「ユウキ様は先ほど白夜様方がいらっしゃたのと同じくして二階の座敷の窓より外に逃げられました。鬼の手のものとは知らずに逃してしまったことお詫び申し上げます」
小雪は再び深く頭を下げて白夜の声がかかるのを待つ。
白夜は自分の目の前で深々と頭を下げている楼主と小雪を一瞥しながら、念思で外に潜む極夜へと連絡する。
(極夜、聞こえるか?蒼紫は既に幻灯楼から逃げたようだそちらはどうだ?)
白夜と極夜は幽世の中でも滅多に産まれることのない純血の妖狐の双子だ。そのため離れた距離にいてもお互いの意思を念思という形で送り合うことができる。
(……白夜……今、蒼紫と思われる人物を尾行中。できれば早めに来てくれると助かるんだけど)
念思で繋がった意識はいつもの極夜らしくなくどこか少し焦りが感じられる。既に幻灯楼に蒼紫がいないのなら後の処理は部下に任せて自分は極夜の援護に行った方がいいだろう。
「既にその人物は幻灯楼より立ち去ったというなら後は私の部下に調査をさせる。お前達は部下の指示に従い必要な物品や情報を嘘偽りなく提示するように」
白夜はそういうと立ち上がり楼主や小雪に目も暮れずに部屋から出ていく。白夜の後に付き従うように狩衣姿の妖狐たちが部屋を後にする。
白夜たちが部屋から出ていくと一気に張り詰めていた緊張の糸が切れ、深々と頭を下げたまま微動だにしなかった楼主が大きく息を吐く。
「なんだってこんなことになったんだ……小雪、ユウキ様について何か怪しげな行動などあったかい?」
楼主は額ににじむ脂汗を手拭いで拭いつつ自分のやや後ろに控えていた小雪に問いかける。
「わっちの座敷では特段変わった様子はありんせんが……やたらと霞に執着しているようで今夜も身請けの話をしに来ていんした」
それを聞くと楼主は珍しく眉間に皺を寄せて「女将のやつ……」と小さくつぶやいた。
「小雪には迷惑をかけたね、今夜はこれから見世の中じゅう改めが入るだろうから自分の部屋に戻ってみんなに従うように伝えておいておくれ」
楼主はそういうと疲れた顔をしてそのまま部屋を出て行ってしまった。
小雪も楼主の後に続き廊下に出ると既に正面玄関と大廊下には妖狐の一族者たちが数十名おり、これから幻灯楼を御当主の力によって一時的に別の土地に移すと告げられた。
ここまで読んでいただきありがとうございます!
2020年12月から連載をはじめてなんとかここまで休まず投稿することができました!
これも毎日読みに来てくださる皆さまのおかげです!
2021年も投稿頑張りますので応援いただけると嬉しいです!
それでは、皆さま良いお年をお迎えください。