表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
34/106

28 俄までまで七日


紫苑は翌朝目覚めるといまだに少しだるさを感じる身体を起き上がらせる。


昨日は急に熱が上がり小雪や凛に紅が心配そうに面倒を見てくれたのは覚えているが正直、意識が朦朧としていたため自分に何が起きたのかあまり覚えていない。


布団から起き上がり窓のそばまでいくと表通りには妖の行き交ういつもの風景が広がっている。


「霞姉さん、起きたでありんすか?」


紫苑が外を眺めているとすでに身支度を済ませた凛と紅が朝食を持って部屋に入ってくるところだった。


「凛に紅、昨日は面倒かけてごめんね。なんだか意識が朦朧としてたみたいであまり覚えてないの」


紅が紫苑のものであろう持ってきた朝食のお盆を部屋の隅にある小さめの机の上に置くのを見て、年上にも関わらず何かと面倒ばかりかけてしまう自分にため息が出る。


「詳しい話はあとで小雪姉さんがしてくれると思うでありんす。まずはご飯を食べて湯浴みしてくるといいでありんすよ」


昨日のことといい、何かと面倒事ばかりかけてしまう自分自身に自己嫌悪に陥っている紫苑を見て紅はわざと明るく声をかける。


紫苑は凛と紅にお礼を言うと二人が持ってきてくれた朝食に手をつける。


紫苑が朝食を食べていると珍しく凛が紫苑に幻灯楼に来る前の話を聞いてきた。


「霞姉さんはここに来る前は何をしていたんでありんすか?」


「ここに来る前までは小さな村で術者として一応働いていたけど……正直ここにきてから自分の術の拙さにすっかり自信を無くしちゃった」


この幽世に来てからというもの、紫苑が今まで見たこともないような強い妖と対峙することも多く、すっかり自分の術者としての能力に自信を無くしてしまっていた。


とにかく少しでも自分の身を守れるくらいにはならないと!と思い宗介にもらった様々な術具の使用方法などを記載した紙を何度も読み影ながら鍛錬はしているがどうも結果はついてこない。


「ここに登楼する妖はこの幽世の中でもかなり力の強い者ばかりでありんすから、人の子の霞姉さんが敵わないのもしょうがないことでありんすよ」


紅は慌てて箸を止めて少し落ち込んだようなような素振りを見せた紫苑を励ます。


「わっちは純粋な妖猫の妖でありんすが、未だに妖術は数えるほどしか使えんせん!けど鍛錬を積めば操れる妖術は増えると小雪姉さんも言ってたでありんすから、霞姉さんもきっともっと色々な術を扱えるようになるでありんすよ!」


「ありがとう、紅。そうよね、とにかくやってみないと何も変わらないわよね!」


紫苑は止めていた箸を再び動かし残りの朝食をたいらげる。


「あ、そういえば今日の夜にユウキ様が小雪姉さんの座敷に上がるって女将さんが言ってたでありんす。霞姉さんに話があるって言ってたでありんすから……きっと身請けの話でありんすよ」


そう言えば前に凛と紅がそんな話を聞いたと紫苑と小雪に教えてくれたかも……と記憶をたぐり寄せる。

どんな話だったか詳しく思い出そうとして少し黙っていると、凛が心配そうに声をかける。


「霞姉さん熱が下がったとはいえ、まだ本調子ではないでありんすか?具合が悪いならわっちたちから小雪姉さんに言ってきんしょうか?」


「え?大丈夫よ!少し考え事をしていただけだから!今日の夜の座敷ね、わかった。それじゃあ、お盆を下げるついでに湯浴みも済ませちゃうからまたあとでね」


紫苑は自分を心配そうに見上げてくる凛と紅にいつも通りの笑顔で返すと、朝食をのせたお盆を持って幻灯楼の中にある風呂に向かった。


◇◇◇


湯浴みを済ませて部屋に戻ると珍しく小雪が凛と紅に三味線を教えているところだった。


紫苑は部屋に入り稽古中の三人の邪魔にならないようにと忍び足で自分の荷物を置いている場所まで歩いていく。


紫苑がなるべく大きな音を立てないように荷物をしまっていると部屋に響いていた三味線の音がぴたりと止む。


「今日はここまでにしておこうか、二人ともかなり上達したね。これなら座敷でも披露できそうだよ」


凛と紅は両手をついて小雪に礼を言うと三味線をしまうために隣の部屋へ行ってしまう。


小雪は手に持っていた三味線を立てかけると部屋の隅に座っている紫苑の方を見て手招きする。


「待たせて悪かったね。昨日のことでお前にちょっと話があってね」


紫苑は小雪の少し前に座ると一体どんな話をされるんだろうかと今まで自分がしでかした失態を思い出しながら百面相のごとく表情を変えている。


そんな紫苑の様子を見て小雪は軽く笑いながら、悪い話じゃないから安心しておくれとあまり見せることのない笑顔を向けながら言った。


「話と言うのは昨日のことなんだけどね、昨日のことはお前はどれくらい覚えてる?」


正直昨日のことは朝起きたらひどく身体がだるくて立っていられなかったことぐらいしか覚えていない。途中で術具屋の楓がいたような気がするが気づけば今日の朝だったので何も覚えていないと言った方がいいだろう。


「昨日のことは恥ずかしながらほとんど覚えていなくて……」


小雪は少し考え込むような素振りを見せたがすぐに紫苑の瞳を見てこれから話すことはわっちとお前二人だけの秘密だよと言って真剣な表情で話だす。


「昨日お前が熱を出したのは背中にある呪印が原因だったんだよ」


「え!けど背中にある呪印は母が……」


「背中にある呪印は多分、この幽世にある鬼の一族の者を封じ込めたものでお前が幽世に来ちまったせいか本来はお前の寿命が尽きるまで解けるはずのなかった呪印の効果が急激に綻び始めているんだよ」


紫苑はいきなりのことで頭の中が混乱しつつも、自分の背中にある呪印についてどんなに聞いてもはぐらかしてばかりだった母のことを思い出す。


(母様はきっと何か知っていたんだわ……)


紫苑が今思い返すと気になることが多かった母の言動を思い出してその場で考え込んでしまうが、小雪の声で現実に引き戻される。


「昨日も例の夢を見た後に急に熱が上がって倒れたんだ、きっと例の夢は封印されている鬼の記憶か何かなのかもしれない。今は術具屋の楓の力で呪印の効力を補強してもらっているけどその力も長くは続かない」


「つまりこのままでは封印が解けて私の中に封印されている鬼が解き放垂れると言うことですか?」


「そうなるね……お前が人の子のままでいるためにはその背中にある呪印を強力な力を持つ者、つまり御当主様にかけ直してもらうか……それか、封印されている鬼を滅してもらうかのどちらかが必要になるんだよ」


今のままでは自分が人の子ではなく妖になってしまうなんて、どれだけ皮肉なんだろう。

生まれてきてからずっと母の教えに従い術を磨き妖を退治してきたと言うのに、自分の身に潜む妖にこのままでは全てを奪われてしまうだなんて……。


「このままじゃあ、流石のわっちでも少し手が余る……そこでこの曼珠の園の番付けの一、二の見世でお職を張る花魁達にも協力してくれるように内密に連絡をとっているところさ。人里に戻りたいお前には悪いが今回の俄ではわっちは御当主様にお前の中の鬼を滅してもらうか呪印をかけ直してもらえるように嘆願するつもりだよ」


小雪は紫苑の瞳から目を逸らすことなく最後まで真剣に話してくれた。


正直、いまだに色々と信じられないことだらけだが人里に戻るよりもまずは自分自身が人であり続けられるように手を尽くす方が重要だ。


その結果がたとえこの幽世から出ることができなくなっても……。


「姉さん、わかりました。姉さんにはいつも迷惑ばかりかけてすいません……どうして姉さんはここまで私のことを面倒見てくれるんですか?」


小雪とは出会ってからまだひと月とちょっとしか経っていない。なのに小雪は紫苑のことを気にかけて信じられないほど良くしてくれる。


小雪は眉を下げて少し寂しそうな表情をしたかと思うとすぐに手に持った扇子で顔を隠していつも通りの口調でいう。


「わっちの禿としてこの曼珠の園に名が知られているんだ、お前に何かあればわっちの評判に傷がつくからね!話は終わりだよ」


先ほど一瞬見せた寂しそうな表情など気のせだったと思えるほど今目の前にいる小雪はいつものツンとすました表情のままだ。


「あぁ、今日の夜見世にはユウキ様がお前に身請けの話をしたいって登楼されるようだから自分の身の振り方を考えておくといいよ」


小雪はそういうと用は済んだとばかりに紫苑のいる部屋を出て行った。









ここまで読んでいただきありがとうございます!

2020年もあと2日!明日も明後日も投稿します!

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ