表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
12/106

10 雨と共に……

評価いただきありがとうございます!感激ですー!


青葉屋の若旦那が登楼した翌朝、紫苑はいつも通り二階にある小雪から与えられた部屋で起き身支度を済ませ窓から外を見ると紫苑がここに来てから初めての雨が降っており灰色の空には時々空を割くような鋭い光が走る。


「幽世でも雨が降るんだ……」


ゴロゴロと低い唸り声のような音をてている空を見つめてそんなことを思っていると、青葉屋の若旦那の相手を終えて小雪が部屋へと戻ってきた。


「今日はいつにも増して空がうるさいね。下の里のどこかに雷獣でも降りてきているのね?」


窓から外の様子を眺めていた紫苑の隣に小雪がくると同じく空を見上げて言う。


「雷獣ですか?」


「そうさ、この幽世では滅多なことがない限りこんなに天気が崩れることはないんだよ。たいてい天気が崩れる時は雷獣が降りてきてる。こう言う時は部屋にこもって大人しくしてるのが安全さ。お前も気をつけな」


そう言うと小雪は今日は休むからお前も少しゆっくり休みなと言い寝室へと消えていく。



再び一人になりぼーっと空を見上げていると、あやめや村の人たちの事を時々思い出す。紫苑が小さい時から何かと世話をしてくれて本当にみんないい人ばかりだ。


けれど、不思議とあやめの為とか誰かのためにも早く村に戻らなければと言う気持ちは湧いてこないのだ……この幽世にきた当初は戸惑いもしたが日が経つにつれて、むしろ夜鳴村で過ごしていた時よりも体が軽く感じるくらいここの環境に慣れつつあった。


紫苑が村に戻らなければと思う理由はただ一つ夜鳴村から出ずに暮らすことが亡き母との約束でもあるからなのだ。


予期せず今日一日暇ができたので、気持ちを切り替えて今まであまり出来なかった人里に戻るための情報収集でもしようと決めて一階まで降り遊女方に話を聞きに行く。


「……さぁね、うちの見世にはあんたみたいな純粋な人の子はここ数十年は入ってきてないからね」


挨拶程度だが何度か話をしたことがある遊女にこの幽世には自分以外に人間はいないのか?と尋ねると先ほどの答えが返ってきた。


その後も何人かの遊女に人の子のことや妖狐の当主について聞いてみたが誰も大した情報は持っていないようで結局無駄足に終わる。


聞き回って疲れた紫苑は見世の中庭を眺められる廊下に座って少し休憩をしていると、昨日座敷で言われた言葉が不意に思い出される。


(人里に戻る方法か……青葉屋の若旦那は何か知っているようだったけど、姉さんにあまり近づくなって言われたしな)


これだけ色々な妖に聞いても大した情報がないと言うことはやはり、宗介や青葉屋の若旦那のように上ノ国のお偉いさんと何か接点がある妖でないと知り得ないものなのだろうかと紫苑は考え直す。


もしそうなら、この見世に連れて来られて以降音沙汰のない宗介が来るのを待つより青葉屋の若旦那に直接会って聞いてみた方が早いのでは?と小雪に言われた言葉も忘れて紫苑は明日若旦那に言われた場所へ行ってみようかと考える。


(もし明日若旦那に会いに行くなら誰にも言わないほうがいいよね……)


昨晩何度か小雪に関わるなと釘を刺されたことを一瞬思い出し、小雪たちには言わずに行った方が良さそうだと判断する。


中庭から空を見上げると相変わらず強い雨は続いており、庭に植えてある花々は風と雨にさらされて右に左にと揺れている。


為されるがままに揺れまどう花々の姿を見てまるで自分のようだと思わず苦笑が漏れた。


◇◇◇


昨日は結局見世の遊女たちに色々と聞き込みをしたが大した情報は得られずじまいだっ たため紫苑は意を決して今日青葉屋の若旦那に言われた見世に一人で行ってみることにした。


(姉さんにはちょっと辺りを散歩してくるとでも言っておけばいいわよね……)


いつもより少し早めに起きて自分のすべき仕事をある程度済ませておく。

凛と紅に何度か心配そうに声をかけられたが、紫苑は作り笑いを浮かべて何でもないと流す。


約束の時間が近づいてきて、紫苑は小雪に少し外に出てくると言うと小雪はじっと紫苑の瞳を見つめてから気をつけるんだよ。とそっけなく言った。


怪しまれないようにいつも通りの態度で女将さんにも少し外に出てくると言うとあまり遅くならないようにと言われただけで誰にも怪しまれず見世を出ることに成功する。


見世を出て表通りを歩きながら二日前に言われた見世のことを思い出す。


(確か裏通りにある彩って見世にくるようにって言ってたよね)


いつも小雪のお使いで行くような見世は表通りにしかなく、裏通りにはここに来た日に宗介と歩いて以来一度も入ったことがない。


日が暮れて辺りが暗くなると裏通りは時間によって道が入れ替わると小雪や見世の女将にも聞いていたので、若旦那から話を聞いたらすぐに見世に戻ろうと歩みを早める。


紫苑が表通りから裏通りに入っていくのを二つの小さい人影がこっそり見ていたのを紫苑はこの時気づかなかった。


◇◇◇


青葉屋の若旦那が来てからどうも霞姉さんの様子が変だ。

ここに来てから未だにどこかよそよそしい態度ではあったが、ここ二日ほどは以前にも増して自分たちと距離をとりたがっているように感じる。


凛はここ数日感じた紫苑への違和感を小雪花魁に相談したが小雪は紫苑が自分から何か言うまで放っておきなと言うだけで紫苑と今まで通りの距離感を保っている。


紅にも紫苑のことを相談してみると、紅も同じことを思っていたようでしばらく二人で紫苑の様子を観察することにした。


青葉屋の若旦那が来た翌日は幽世でも珍しいくらいの荒れた天気で小雪花魁は今日は一日休みにするからお前たちもゆっくり休みなと言って自室にこもってしまった。


特にやることもないので紫苑の様子を凛と紅で交互に観察していたが、一階にいる姉さんたちに人の子のことや妖狐の当主について聞き込みしているだけで特別変わった様子もなかった。



大雨が去った次の日、朝起きると紫苑はいつもよりも早く起きていたらしく自分の仕事を早めに済ませてこれから外に少し出てくると慌ただしく見世を出て行った。


「なぁ、紅。やっぱり霞姉さんのあの態度変でありんせんか?」


「わっちもそう思うでありんす」


凛と紅は辺りをキョロキョロと見渡しながら出て行った紫苑を怪しんで二人で紫苑の後をつける事にした。


表通りを歩いている紫苑と十分に距離をとりながら後を追うと、突然紫苑は裏通りへと姿を消す。


「え?紅、あそこって……」


今しがた裏通りに入っていった紫苑の後を追って道を覗き込むとそこは裏茶屋へと続く道だった。


「これはまずいんではない?姉さんに知らせた方が……」


凛と紅は裏通りに消えていった紫苑をこのまま追うべきか、小雪のもとに帰って相談するべきか迷い凛が紫苑の後を追い、紅が小雪にこのことを伝えにいくというふうに決める。


「じゃあ、わっちは姉さんにこの事を伝えにいくから凛も気をつけてね!」


そう言うと紅は本来の姿である妖猫の姿となり来た道を急いで戻っていった。


凛は紫苑を見失わない様にと慌てて裏通りに入り、自分の能力の一つである姿消しの術を使ってから紫苑の後を追った。


◇◇◇


裏通りを辺りを確認しながら歩いているとほっかむりをした遊女らしき妖や顔を見せないように下を向いて歩く男の妖が通りを行き交うのが気になる。


道行く妖たちは皆顔を隠すように何かを被っていたり下を見ていたりと表通りとは違う異様な雰囲気を感じる。


自分だけ素顔を晒して堂々と歩いているのがひどく場違いな様な気がして不安になり、いっそ今から見世に戻ろうかと振り向きかけるが少し前の見世に立つ者に声をかけられて立ち止まる。


「霞、こちらだよ」


視線を向けるとそこには頭巾を被って瞳だけ見える様な形で顔を隠した青葉屋の若旦那らしき妖がいた。


紫苑は慌てて若旦那の側まで行くと、若旦那はここまでそのなりのまま来たのかい?と少し驚いた表情をしてから早く見世の中に入ろうと紫苑の手を引いて建物の中へと入っていく。


若旦那に手を引かれて見世の中に入ると幻灯楼の座敷よりは簡素な作りの部屋に案内される。

見世の者は紫苑と若旦那を二人だけ残して部屋の戸を閉めるとそのまま姿を消してしまった。


「あの……今日来たのは先日お話しくださいました人里に戻る方法を教えていただければと思いまして」


紫苑は自分の目の前に座って頭巾をとり髪を整えている若旦那にそういうと若旦那は笑ってもちろん教えてあげるよと笑顔を紫苑に向けてくる。


「人里に戻るには夜市で対価を払って願いを叶えてもらうか、妖狐・鬼・天狗・蛇のいずれかの御当主の特別な力を使っていただいて人里に戻してもらう方法があるね」


頭巾を取り紫苑と向かい合わせになるように座りいつもと変わらない笑みを浮かべて若旦那は言う。


「しかし、御当主様方のお力を借りて人里に戻るのはほとんど無理だと思うよ。霞の場合は曼珠の園から出ることができないから必然的に妖狐の御当主様に頼ることになるだろうけど、妖狐の御当主様は七妖の当主の中でも一二を争うくらい冷酷な上に残酷だって有名だからね」


「残酷って……妖は誰も残酷な性分を持っているのでは?」


妖の世界は人とは違い力がものを言う弱肉強食の世界だ。人から見ればどんな妖の所業だって冷酷かつ残酷に見えるだろう。


「ふふふ……妖は確かに皆獣の様な性分を持ってはいるが、妖狐一族の当代の御当主様は中でも特別。先祖返りと言って非常に強力な力を持つのさ、性格も妖狐らしく非常に狡猾で残忍。道を歩いていた娘の瞳の色が気に食わぬと言うだけで頭と胴を引き裂いたと言う話もあるくらいだ」


やっと得た妖狐の当主の情報だが、紫苑が思っていたよりもずっと危険そうな妖で正直自分を人里に返してくれと頼んで快く引き受けてくれるとは思えなくなっていた。


紫苑が若旦那の話を聞いて顔色を悪くすると、若旦那は心配そうな表情をして紫苑のそばに近寄ってくる。


「大丈夫かい?ところで……今日ここにくることは見世の者に言ったかい?」


若旦那はいつの間にか紫苑の隣に座り、膝の上で硬く握ったままの紫苑の手を優しく両手で包み込んでくる。


紫苑は慌てて手を振り払い距離を取ろうとするが握られた手は強く、力を入れて振り払おうにもびくとも動かない。


「あの……手を離していただけますか?」


紫苑が恐る恐る若旦那に言うが、若旦那はにこにこと笑ったまま手を離してはくれない。


「霞、お前は一人で来たかい?」


若旦那は先日座敷でも言っていた奇妙な問いかけを紫苑に再び問いかけてくる。


紫苑が意味も分からず思わず、一人ですがどうしてですか?と答えそうになるが答える前に小雪が部屋で言っていた言葉を思い出す。


「いいえ、私は一人ではありません」


紫苑が答えると先ほどまでにこにこと笑みを浮かべていた若旦那の表情がみるみるうちに険しくなり、瞳には憤怒の色が燃えるようにちらついている。


「おのれぇ、小雪から聞いていたな!!後少しで人の子を喰えると思ったのに!!」


そう言うと若旦那は紫苑の手を引き自分の方へと抱き寄せる。


若旦那の姿は先ほどまでの人の良さそうな青年の姿ではなく、爪は鋭く長く伸び腕を覆う皮膚は緑で血走った瞳は人の目のふたつ分はあろうかと言うほどギョロリと大きく紫苑を睨みつけている。


このままでは目の前のいる妖に何をされるかわかったものではないと判断し、開いた方の手で袖にいてれおいた対魔の札を自分の手を掴んで離さない妖の腕に貼り付ける。


紫苑が対魔の札を貼ると妖は叫び声をあげて紫苑の手を離しじゅうじゅうと煙を上げながら燃え上がる対魔の札を必死に剥がそうとする。


「おのれぇ、小娘!」


妖が札を剥がすのに夢中になっているうちに部屋から出て廊下に勢いよく出ると何者かにぶつかった。

ぶつかった相手の姿は見えず急いでその場から逃げようとするが、ぶつかった何者かに手を引かれて見世の外まで引っ張られる。


見世を出て裏通りに出るとすぐに見世の横にある細い隙間に引き込まれて姿の見えない何者かに口を手で覆われる。


慌てて見世と見世の細い隙間から逃げようとするがすぐそばに若旦那が紫苑を探して出てきたのを見てその場に止まる。


「霞姉さん、わっちでありんす」


目の前の通りから若旦那の姿が消えると紫苑の後ろにいた人物が声をかけてきた。振り返るとそこには凛がいて人差し指を口元に押し付けて小声で話しかけてくる。


「霞姉さん、とりあえずここにいるのはまずいので早く見世に戻りんしょう」


凛はそう言うと紫苑の手のひらに何やら人差し指で不思議な模様を描き術をかけると再び紫苑の手を引いて表通りまで駆け足で戻る。


裏通りを出て表通りまで戻るとそこにはいつも通り妖たちが顔を隠すこともなく道を行き交っている。


紫苑はほっと胸を撫でおろした途端、先程の恐怖が蘇ってきて思わず凛と繋いだ手先が震え出してしまう。


「霞姉さん、ここまできたらもう大丈夫でありんす。早く見世に戻りんしょう」


凛は紫苑に何も聞かずに震える紫苑を心配そうな表情で見つめると、安心させるように震える紫苑の手を優しく握り返し見世へと連れ帰った。




読んでいただきありがとうございます。

ほぼ毎日19時から21時の間に更新予定です。

ブックマークや感想、評価いただけると嬉しいです!

活動報告ではお話の進捗情報など公開してます。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ