94 それぞれの思惑
夢幻楼で待つ紫苑の元に月天たちがついたのは暮六ツどきを過ぎた頃だった。
「紫苑待たせてしまってすまないね、早速だが明日のことについて話せるかい?」
白夜と極夜を伴って姿を表した月天はそういうなり椅子に腰掛けて応接用の机の上にいくつか巻物を広げる。
紫苑が月天の正面の椅子に座り広げられた巻物を覗き込むとそこには夜鳴村周囲の地図が描かれていた。
普通の地図と違うのは巻物の中には黒いゴマ粒のような点がいくつもありそれがそれぞれ動いていることだ。
よく見ていると黒い点以外にも白い点や黒い棒のような記号なども描かれている。
「この地図は明日行く夜鳴村の周囲を書き記したもので、黒い細かな点は村人たちだ。他の白い点は周囲に潜む精霊たちで黒い棒のようなものは妖や悪霊などの障りの者たちだ」
あらためて地図を見ると村の周囲の森には白い点がいくつかゆらゆらと動いており、以外にも精霊たちが多くいたとこに驚く。
それよりも気になったのが、障りと言われる良くない影響を起こす者たちの存在だ。
紫苑が村にいた頃も度々妖怪の悪戯はあったが、地図上には百鬼神社を中心としていくつもの線が散らばっている。
「私がいた頃はそこまで妖怪や悪霊の影は感じられなかったのに……」
地図を見ながら紫苑がそうつぶやくと、白夜がもう一つの巻物を広げて紫苑に見せてくれた。
「こちらは七妖の里のそれぞれの一族への儀式が記録された巻物です。最も新しい記録を見ると夜鳴村が鬼の一族に対して大鏡の儀式を行ったことが記録に残っています」
夜鳴村の古い風習に大鏡の儀式というものがあるのだが、毎年行うのは睦月だ。
今は文月になったばかり、こんな時期に土地を守護する鬼神様をお呼びして村に加護を与えてもらう大鏡の儀式をするなどただ事ではない。
紫苑が白夜の説明を受けて混乱していると月天が重い口を開く。
「夜鳴村の村人たちは紫苑が妖怪に連れ去られて戻ってこないことを気に病み、どうやら大鏡の儀式を使って土地を治める鬼に紫苑が戻ってこれるようにしてほしいと嘆願したようだ」
「そんな……」
大鏡の儀式をするには贄が必要だ。夜鳴村の場合は生贄として家畜やその年収穫した作物、お酒などかなりの量をいつもお供えしている。
今年のはじめに多くの貢物を収めたばかりなのに、再びそれだけの供物を用意するなどかなり村に負担がかかっているはずだ。
そこまでして自分のことを心配してくれている村の人々のことを思うと胸が痛む。
「調べさせてみたら、夜鳴村を納めているのは鬼の一族でも位の低い者だった。儀式が行われたのが二日前、当主である白桜や蒼紫の元へこの情報が渡るのは早くて今夜といったところだろう」
「では、もし白桜兄様や蒼紫さんに情報が伝われば……」
「間違いなく紫苑を取り戻すために村人を盾に取り何らかの行動を起こしても不思議はないだろうな」
「そんな……」
「だからこそ私は明日、異界渡りを行うことが必要だと思うのだ。私が白桜の立場であれば、紫苑は必ず一度は自分の村に戻ってくると考えるだろう。異界渡りを使えるのは妖狐の里では私だけ、私の神通力が最も強くなるのは満月の夜と多くの当主たちはすでに知っている」
「では、明日の晩白桜兄様も夜鳴村に姿を現すかもしれない……ってこと?」
「そうだ、本来であれば鬼の一族が収める土地に、しかも白桜が現れるかもしれないのに紫苑を行かせるなど危険なことだが……この状況をうまく使えば紫苑が夜鳴村と縁を切って私のもとに身を寄せていると白桜に印象づけることができる」
ここまで言われて紫苑はやっと月天が何を言わんとしているのか理解した。
明日あえて異界渡りを行い村へ行くことで白桜の目を引き、白桜が見ている前で村との縁を切ることで今後村の人々が鬼の一族に狙われないようにすることができるのだ。
「紫苑、わかるな?これはかなり危険な賭けだ。私たちの力を使いうまく白桜や蒼紫の目を誤魔化しはするが、一歩間違えば紫苑はまた桜華殿の奥に閉じ込められることになってしまうかもしれない……それでも明日村へ行くか?」
月天が真剣な眼差しで紫苑を見つめると、紫苑は強くうなずく。
「私、どうしても村へ行ってみんなに自分の気持ちをちゃんと伝えたい!」
紫苑の強い眼差しを見て月天は思わずほほ笑みをもらす。
「紫苑ならばそう言うと思っていた。ではここからは具体的にどう動くのかを確認しよう」
月天がそう言うと今まで黙っていた白夜と極夜も話し合いに参加し、明日の夜にそれぞれがどの位置で何をするのか確認していく。
月天は異界の裂け目を維持するためにその場に残り、白夜も月天の護衛のために側に残るらしい。
極夜は白桜たちの監視の目をごまかすために特殊な術を村全体にかけるらしく百鬼神社の直ぐ側に身を潜めるようだ。
紫苑は、村に降り立ったら雲隠れの被衣をかぶりできるだけ早く村長の家へ行き別れを告げて月天のもとまで戻ってくる。
村長の家はすでに鬼の一族の者によって監視されているようなので、村長の家を出る別れの際に仲違いをして縁を切ったように見せて家を出るのが最も重要になる。
それぞれの役割を確認し、実際に明日使う術具などの使い方を教えてもらっていると気づけば時刻はすでに亥の刻になろうとしていた。
「では今日はもう遅い、明日のためにも部屋に戻ってお休み」
月天が言うと白夜と極夜も紫苑の方を見て頷く。
「月天たちは?」
「私たしはまだ少しすることが残っているからそれを済ませたら休むよ。今晩は一人で寝られるかい?」
月天が紫苑に蕩けそうになるような笑みを向けてそう言うと、紫苑は顔を真赤にして部屋を出ていった。
「月天様、あまり紫苑様をからかい過ぎて後々面倒なことになっても知りませんよ」
極夜が少し呆れたような表情でそう言うと月天は悪い笑みを浮かべる。
「あの初々しい反応を見ているとどうもいじめたくなってしまってね。それより、夜市で噂になっている件だが……」
月天が夜市のことを話し出すと双子は表情を引き締め各々、自分の元に上がってきた情報を月天へと報告する。
それぞれの思惑を潜ませ静かに夜は更けていった。
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