08知らぬが仏見ぬが神
思っていたよるたくさんの方に読んでいただき感動です!ありがとうございます!
あと半年の間にこの幽世から出て元いた村へと帰る……
そう心に強く決め、初めてだらけのこの遊郭で紫苑は日々稽古に小雪の身の回りの世話にと慌ただしく過ごしていた。
初めてこの幻灯楼に上がってから気づけばずいぶんと日が経ち一通りこの見世の従業員たちやお客の顔も覚え、凛と紅がいなくても最低限のことはできるようになった。
「霞、小雪花魁が呼んでたよ」
「ありがとうございます、すぐ行きます!」
廊下であった姉さん女郎にそう言われ急いで小雪がいる二階の部屋へと向かう。
この幻灯楼で正式に働くことが決まり、紫苑には霞という名が与えられた。
小雪が『あんたは吹かれるままにゆらゆらとしてるから今日から霞と名乗りな』そう言われてあっさりと名付けは終わった。
(本当の名は紫苑だけど、この幽世では本名を知られるわけにはいかないから観月と名乗ってさらに郭に入ったらまた名前が与えられて……色んな名前がありすぎて訳分からなくなりそう)
そんなことを思いつつ二階にある小雪の部屋に着くと声をかけて部屋の中に入る。
部屋に入るとそこには凛と紅もいて小雪に何やらお使いを頼まれているようだった。
「霞、十日後の夜見世にユウキっていう客が接待で上がるからあんたも準備しておくように、何度かわっちの座敷に上がったことはあるけど物静かな妖だから人間のあんたでも平気だと思うよ」
「そのユウキ様はなんの妖なんでしょうか?」
今まで何度か小雪の座敷に上げてもらったことはあるが、お客にも色々な妖がいて人間である紫苑を見て美味そうだと舌なめずりをする者もいれば、人間臭くてかなわんと嫌悪感を出す妖もいた。
「それがユウキ様はなんの妖かここで話されたことはないんだよ、多分気配的には犬あたりじゃないかと思ってるけどね」
「犬って野犬と違いますよね?」
紫苑が犬と言われて想像するのは、住んでいた村の近くにいた山にいる野良犬たちだった。
「あんた、ここをどこだと思ってるんだい!犬ってのは犬神のことだよ」
「犬神もここにいるんですか!?」
犬神といえば人間の村でも神として祀るところがあるくらい普通の妖とは一線を画す妖だ。
「何を今更言ってるんだい?この下の里には五つの地区があるって教えたろ?
その一つであるこの曼珠の園は七尾の妖狐つまり稲荷神とも呼ばれる妖が仕切ってるんだよ?犬神だっていたっておかしくないだろう」
「た、確かに……」
この幽世にある下の里は大きく五つの地区に分けられていて、それぞれ上ノ国にある妖の里が治めている。
この曼珠の園は妖狐の里が、夜市と言われる商店街を持つ地区は妖猫の里がというふうに他にも鬼・蛇・天狗・獅子とそれぞれの地区を管理運営しているのだ。
それぞれの地区の中では独自の決まりが定められていて、その決まりを守らなければどのような目に遭っても文句は言えないらしい。
この曼珠の園にも決まりはいくつもあり、その中でも一番守らなければいけないのが鬼の一族と言われる鬼の妖をこの曼珠の園に入れないことだ。
紫苑はここに来てから教えてもらったこの世界の特殊な事情を思い出しつつ小雪にさらに質問する。
「姉さんはどうしてそのユウキ様が犬神だってわかるんですか?」
「わっちも確証がある訳じゃないけどね、どうもあの方からは呪術に長けた者特有の嫌な感じがするんだよ。この下の里で呪術に長けた妖なんて犬神と妖狐くらいしかいないだろう?」
妖の中でも種族によって得意不得意があるようで、その中でも呪術のような大きな妖力を使う術は限られた妖にしか使えないらしい。
「上ノ国から誰かお忍びで来ることはないんですか?」
小雪が当たり前のように下の里の中だったら……と言ったので紫苑は疑問に思ったことを聞いてみると、小雪はその切長な目を一瞬丸く見開き驚いた表情をしたかと思えば腹を抱えて笑い出す。
「あんたが世間知らずなのは知ってたけどここまでだとはね……あんたでも分かるように教えてやるよ。まずなんでわっちらが住むこの場所は下の里って名前なのに、少し離れたところにある上ノ国は里じゃなくて国って言われると思う?」
「え?そういえばなんででしょう……上の里でもいいですよね」
「上ノ国は今でこそ上にある国と書いて上ノ国と呼ばれているけど、そもそもは神のいる国で神ノ国なんだよ」
「え?と言うことは昔は神様がいたんですか?」
紫苑が驚いて小雪に尋ねると小雪は顔を横にふり否定する。
「神様がいたわけではなくて、この幽世にある上ノ国ができた当初は神々に選ばれた神獣様たちがこの土地を治めていたと言われているんだよ。そしてその神獣様たちは自分たちが神様より任された神ノ国をそれぞれ分担して治めると、結界を張って外の世界と隔てたんだ」
「なぜ外の世界と隔てる必要があったんですか?」
「神ノ国には年に一度、本当の神様が降りてきて神ノ国を治める神獣たちに加護を与えたって言われていて、その加護を求めて妖や人が神ノ国に押しかけないように結果が張られているって絵巻には書かれているね」
「そうなんですね、でもその話と上ノ国の方が下の里に来ない理由は関係ないのでは?」
「あんたは本当に鈍いね!その上ノ国を作った神獣様の子孫が今の七妖の一族だって言われてるんだよ。神様に使える尊き存在の一族が用もないのにふらふらと下の里に降りてくるわけがないじゃないか。上ノ国に住む妖たちは下の里で行われる大きな行事以外は滅多に顔を出さないんだよ」
小雪は一通り話し終えるとわっちの用はそれだけだからと言うと今日の夜見世の準備を紫苑に言いつけて自分は部屋を出ていく。
部屋の中にいた凛と紅はこれから出かけるようでいそいそと支度を整えている。
「ねぇ、凛に紅。犬神ってこの幽世ではどれくらいの地位なの?」
凛と紅に尋ねると二人はキョトンとした顔を見合わせから紫苑の方を向き答える。
「犬神だと下の里では五指に入る有力な家柄だって他の姉さんたちが言ってたのを聞いたことがありんす」
凛がそう言うと紅が『けど……』と続く。
「いくら犬神家の若旦那様がうちに来ても、曙楼に時々いらっしゃると噂の妖猫の御当主様には敵いんせんでありんす」
「え!御当主様ってこの下の里には滅多に降りてこないんじゃないの?」
いきなり飛び出した発言に紫苑は驚きを隠せずに前のめりになって紅に詳しく話すように肩を揺さぶる。
「御当主様がたは滅多なことではこの下の里に降りて来ないけど、妖猫の御当主様だけは違って自分の治める夜市やこの曼珠の園にある曙楼にたまに顔を出されるでありんす」
紅の話を聞き紫苑は何も危険がある妖狐の御当主に頼まずともその妖猫の御当主にお願いして返してもらった方が早いのでは?と思案していると隣から釘を刺すように紅が紫苑に言う。
「霞姉さん、言っておくけど妖猫の御当主様は異界渡りの術は使えんせんと思うでありんす。異界渡りは膨大な妖力と神通力が必要らしく妖狐や鬼、蛇、天狗あたりの御当主様しか使えないと聞いたことがありんす」
紅がそういうと凛の支度が済んだらしく、二人は小雪花魁にお使いを頼まれたから夜見世の準備はお願いしますと言って出かけていった。
二人が出ていって部屋に一人残された紫苑はなかなかうまくいかないもんだと深いため息をつきつつ、夜見世のための準備を始めるのであった。
ここから一気にイベント盛りだくさんになる予定です。
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