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9.必ず探し出す

一人で悶々としていたわたしは、エアハルト様に話しかけられているのにしばらく気がつかなかった。


「…おい、リーゼロッテ。大丈夫か?」

「はっ、はい!?」

「どうした? 気分でも悪いのか?」


エアハルト様が心配そうに身を乗り出し、そう尋ねる。

青灰色の瞳が近い。

わたしは慌てて言った。


「いえ、大丈夫です! ごめんなさい、ちょっと考え事をしていただけで…」

「そうか」


エアハルト様は釈然としない様子だったけど、とにかく自分の席に座り直した。


「…悪いな、朝から引っぱり出してしまって。団長がどうしてもお前から直接話を聞きたいらしい」

「構いませんわ」


と言いつつ、わたしは内心戦々恐々としていた。やっぱりギュンター様に怪しまれている。怖い。

エアハルト様がそんなわたしを見て、なだめるように言った。


「…そう怯えることはない。団長は見た目は強面だが、中身は意外とまともだ。いきなり取って食われるようなことはない」


わたしは思わず吹き出した。


「食べられる心配まではしてませんでした」


エアハルト様がかすかに笑った。

もしかして、わたしの緊張をほぐすために冗談を言ってくれたんだろうか。やっぱり優しい人だ。


「エアハルト様の方こそ、何か心配事でもおありなのでは? 今朝は浮かない顔をされているようですが…」


思い切ってそう尋ねると、エアハルト様は表情を強張らせた。どうやら図星らしい。わかりやすい。


「やっぱりそうなんですわね? 一体何を悩まれているのですか? どうぞわたしに仰ってくださいまし!!」


今度はわたしが身を乗り出してエアハルト様に迫る。


もしも彼がわたしとの婚約破棄をいつ切り出そうか悩んでいるなら、今が千載一遇のチャンスだ。

他には誰も聞いていないから、いくら彼が優しく紳士的でも周囲の目を気にする必要はない。


だけど、エアハルト様は若干引き気味にこう言っただけだった。


「…いや、別に何もない」

「そう…ですか」


それからはまた、気詰まりな沈黙の中で馬車が進んで行く。


婚約破棄を切り出されなくて、ほっとしたような残念なような、変な気分だった。

まるで死刑執行を待つ罪人みたいだ。


ちらりとエアハルト様を見ると、愁いを帯びた顔で何か考え事をしているようだった。

一体何を悩んでいるんだろう。もし婚約破棄のことじゃないなら、仕事のことかな。




王立騎士団の仕事は、魔獣討伐専門だ。

そのために設立された特殊精鋭部隊。

オラシエ王国に各種ある騎士団の中でも群を抜いて危険で、殉職者の数も多い。


…だけどそういえば、貴族の中の貴族である公爵家の嫡男のエアハルト様が、どうしてそんなに危険な仕事に就いているんだろう。

ゲーム中ではそのいきさつは語られていなかった。

わたしは迷った末に、直接聞いてみることにした。


「あの、エアハルト様」

「なんだ?」

「どうして王立騎士団のお仕事をされているのですか? …ぶしつけにすみません。ですが、貴族の子弟ならば他にいくらでも良い役職があるのに、なぜ特に危険なお仕事を、と思って…」


エアハルト様は少し思案してから、わたしに言った。


「父が王立騎士団の騎士だったからだ。父はずっと、俺には違う仕事をと望んでいたが…」


彼は言いにくそうに言葉を切り、目を伏せた。


「…俺が17の時、目の前で父が翼竜型の魔獣に殺された。休暇中で、一家で南の静養地にいた時だ。父はナイフ一本しか持っていなかったが、家族を逃がすため最後まで勇敢にそいつに立ち向かった。…父を殺してのうのうと巣へ戻っていくその翼竜に、対魔獣の訓練を受けてこなかった俺は何一つなすすべを持たなかった」


エアハルト様は淡々と語っていたけど、胸中ではその時の激しい感情がよみがえっていたんだと思う。

膝の上で組んだ手の甲に、血管が浮き上がっていたから。


「…もう遅すぎたが、それからすぐに俺は王立騎士団に入った。父の友人だったギュンター様には再三考え直すように言われたが…他に何もしたいことなどなかった。俺は…父を殺したあの翼竜を見つけ出し息の根を止めるために、王立騎士団にいる」




わたしは何も言うことができなかった。

過去を語ってくれたエアハルト様があまりにも苦しそうで、お父様をなくした傷が癒えていないのは明白なのに、わたしは彼に何一つしてあげられることがなくて、それがもどかしくて…。


気がつくと、わたしは涙をこぼしていた。


急いでそれを手で拭う。

絹の手袋をしていてよかった。

幸い、今の涙はエアハルト様には見られなかったようだ。

つらいのは彼なのに、わたしが泣いたらダメだ。


わたしがするべきことは、他にある。


「エアハルト様!」


いきなり大きな声で呼ばれ、何事かとエアハルト様は伏せていた顔をがばっと上げた。

わたしは言った。


「わたし、お約束いたしますわ! 必ずその魔獣を探し出して、あなたがお父様の仇を討つお手伝いをいたします! わたしの力など微々たるものですが、わたしにできることはなんでもいたします。絶対に、その魔獣を打ち倒しましょう!!」

「あ、ああ…」


エアハルト様は困惑気味に返事をした。

こんな小娘が何を言っているのかと思っているのかもしれない。

だけど、わたしの決意は固かった。


前世の記憶と伯爵家の令嬢という地位を最大限に活用してその魔獣を探し出し、エアハルト様のお父様の仇を討つ。


そのためなら、歴戦の勇士ギュンター様だとて恐るるに足らず。

わたしを尋問するならすればいい。

こっちだって聞きたいことができた。


利用できるものは全て利用して、必ずエアハルト様の仇敵を炙り出してやる!!


拳を握りしめ、心の中でそう叫んだわたしの顔が悪役令嬢そのものだったことなど、わたしは知らない。


そのとき、馬車が王立騎士団本部に到着した。

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