8.早朝の訪問者
翌朝、まだ早い時間に、エアハルト様がうちに迎えに来た。
お母様はわたしを叩き起こし、急いで侍女達にドレスに着替えさせ髪を整えさせ化粧を施させ、その合間に別の侍女がわたしの口にロールパンをぐいぐい突っ込む。
いや待って、エアハルト様に会う前に喉が詰まって死んじゃう!
「ぐっ、…げほっ、ちょっと待ってくださいお母様! これは一体なんなんですの!?」
息も絶え絶えにそう尋ねたわたしに、お母様は鬼気迫る眼差しで告げた。
「お黙りなさい。こんな朝っぱらから婚約者のエアハルト様が直々にお迎えにいらっしゃるなんて、あなたに首ったけな証拠。この上は最大限に着飾って愛想よくお相手差し上げて、あなたはさっさと公爵家に輿入れしておしまいなさい!」
「そんな…」
つっこみたいことが山盛りだったけれど、さすがにリーゼロッテの母はキツさも筋金入りだった。
反論は一切受け付けず、驚くべき短時間で侍女達にわたしの身支度を仕上げさせると、高らかにヒールを鳴らし、わたしをエアハルト様の待つ応接室に連れてきた。
途端にさっきまでの鬼のような顔が、上品な伯爵夫人の顔に変わる。
お母様は、立ったまま腕を組んで待っていたエアハルト様に言った。
「大変お待たせいたしました。娘をお連れしましたわ」
窓から差し込む朝の白い光がエアハルト様を照らす。
軍人の彼はいつも身だしなみがきちんとしていて、清潔感に溢れている。その制服姿は朝の光に映え、いっそ眩しいくらいだった。
だけど…。
「おはようございます、エアハルト様」
「ああ、朝早くからすまない」
わたしの挨拶にぶっきらぼうに答えた彼は、なぜか浮かない顔をしていた。
「…どうかなさったのですか? もしかして、昨日の魔獣の件で何か…?」
「…詳細は馬車の中で話す。一緒に本部まで来てくれるか」
「もちろんですわ」
わたしがそう答えると、エアハルト様は先に立って歩き出した。
わたしは訳のわからないまま、彼の後について屋敷を出た。
見送るお母様は司令官のような顔つきでわたしに「しっかりおやりなさい」と無言の命令を下したけれど、エアハルト様のあんな顔を見た後でしっかりやれる自信なんて、はっきり言って全然なかった。
〇〇〇〇〇
馬車は宮廷に向かってガタゴトと走っている。
わたしは向かいの席に座るエアハルト様をちらりと見た。
腕を組み無表情で小窓の外を見ている。あまり話しかけられたそうな雰囲気じゃない。
朝っぱらから華やかなドレスとアクセサリーでごてごてと飾り立てられたわたしは、段々といたたまれなくなってきた。
どうしよう。
なぜエアハルト様はこんな時間にわたしを迎えに来たのだろう。
もしかして昨日、わたしが気を利かせてソフィアと二人きりにしたから、とんとん拍子に二人の仲が進んで、わたしに婚約破棄を突きつけに来たとか?
でも行き先が騎士団本部なら、少なくともいきなりそうした展開にはならないだろう。
そりゃあわたしは悪役令嬢だけど、騎士団の人達の面前で婚約破棄を言い渡されることはまずない気がする。
真面目なエアハルト様は、職場でそういった公私混同はしなさそうだから。
それなら、やっぱり用件は礼拝堂の魔獣の件だろうか?
騎士団長のギュンター様がわたしの話をいぶかしんで、徹底的に尋問するつもりでエアハルト様に連れてこさせたとか?
もしそうだったらかなり怖い。
幽霊に聞きました、なんて言っても、信じてもらえないかもしれない。
頭がおかしいと思われて、もう誰にも相手にしてもらえなくなるかも…。
そしたら結局バッドエンドへ一直線で…。




