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悪役令嬢と幽霊のお告げ  作者: 岩上翠


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【エアハルト視点】約束をしよう(前編)

翼竜に父を殺されてから、復讐だけを考えて生きてきた。


仇を討たなければ、俺が生きている価値などない。

何もなかったような顔をして、父の爵位を継ぐ事など出来ない。


だから、自分に婚約者がいるのは知っていたが、どうでもよかった。


ただでさえ王立騎士団の仕事は忙しく、その上、どこにいるかも分からない仇敵を探して殺すと決めているのだ。

女にかまけている余裕などないし、あの馬鹿でかい翼竜に返り討ちに遭う可能性も低くはない。


彼女には悪いが、どこかの時点で、適当な理由をつけて婚約破棄をしよう。

そう思っていた。






「皆さま、今すぐ避難してください! これからここに、北の山の魔獣が襲ってきます!」


貴族の務めとして義務的に開催した舞踏会で、彼女は突然そんな事を言い出した。


予知魔法があるのだと言う。

数年間婚約をしているが、そんな話は初耳だ。


だが実際に魔獣はやって来て、彼女のおかげで一人の死傷者も出さずに済んだのは事実だった。






食事に誘ったのは、母にうるさく言われたせいもあったが、予知魔法を持つという彼女への興味も多少はあった。

魔獣の件で騎士団を訪れた彼女に声をかけると、思いのほか驚かれたし、食事は思いのほか――楽しかった。

話してみると彼女は、傲慢で狭量、というそれまでの俺の印象とはかけ離れた、いい子だった。


…そういえば、イェルクに貰った観劇のチケットもある。

父のひいきだった店にも、たまには顔を出さなければいけない。


気がつくと、会う回数は増えていった。






彼女は時として、俺が予想もしない行動を取った。


縁もゆかりもないはずのソフィアをかばいだてして、団長に直訴したのがいい例だ。

正直、騎士団に欲しい位に気骨がある。

それに、本当に優しい子なのだろう。


だが俺は、復讐をすると決めた。

結婚などしたところで、相手を不幸にするだけだと分かっていた――はずなのに。


「俺と結婚する気はあるのか?」


話の流れで、思わずそう口から出てしまった。

案の定、彼女は驚いた顔をした。

戸惑いつつも、すぐに肯定はしない。


…少しばかり、落胆したのは事実だ。


「いや、答えなくてもいい」


別れ際に、手に口づけなどという古風な挨拶をしたのは、ちょっとした腹いせのつもりだったのか。

それとも…照れて顔を赤くした彼女を見たかったからだろうか?






彼女とカイ・ミュラーとの噂が立ったのは、それから数日後の事だ。


どうでもいい、と思おうとしたが、難しかった。

なにしろ娯楽に飢えた騎士団の連中が、四六時中俺とカイを遠巻きに眺め、その噂をしているのだから。

中には賭けを始める者まで出てきた。


内心、復讐に囚われている自分などよりも、彼女を幸せにできる相手がどこかにいるだろう、とは思っていた。

まさか同じ騎士団にいるとは想像もしなかったが。


そうした負い目もあっただろうか。

団長の命令で迎えに行った馬車の中で、彼女に、翼竜に殺された父の話をした。


すると、彼女は自分の事のように熱心に言った。


「絶対にその魔獣を打ち倒しましょう!」


驚いた。

それに、ほんの少し、心が軽くなったような気がした。

俺が一人で抱えていた荷物を、彼女の白い手が、横からそっと支えてくれたような。


その日の帰り、馬車の中で、初めて彼女の方から出かけようと誘われた。




それから俺は、休日までに仕事を終わらせる事に全力を傾けた。

いつもなら休日出勤など当たり前で、しかも魔獣が王宮の礼拝堂に襲来するという日は目前だ。

だが、今回ばかりは何があろうと休みを死守しなければならない。


どうにか全ての仕事を片付け、片付けきれなかったものはなぜか愛想よく手伝いを申し出てくれたイェルクに任せて、その日を迎える。




とても楽しい一日だった。


最後の最後に、思わぬ邪魔が飛び込んできた以外は。


彼女と入った紅茶店を襲ったのは、中型の翼竜だった。

俺一人で倒せたのは幸運だったのだろう。

たまたま居合わせた彼女の両親を助けられた事も。


自分の父親は救えなかったが…少なくとも、騎士団に入って毎日鍛えた剣技は、無駄ではなかったのだから。






そして、魔獣が王宮に襲来すると予知された日。


念のため、来るなと手紙まで送ったのに、彼女は結界石を寄付すると言って王宮までやって来た。


向こう見ずな性格なのは知っていた。

だから、騎士団の制服と同じ深紅のドレスに勇ましく身を包んだ彼女の顔を見ると、腹立ちも消えてしまった。

騎士団本部の一室に押し込み、ついでに武運を祈ってもらい、出撃する。


やって来たのは、あの翼竜だった。

憎んでも憎み切れない父上の仇だ。

頭に血が昇り、単身、礼拝堂の屋根に登った。

団長は何も言わずに共に戦ってくれた。


仇敵はやはり、強かった。


仕留め損ね、団長に説教を食らい、後処理もそこそこに彼女を迎えに行くと。


彼女は消えていた。




西の離宮で倒れている彼女を見つけた時は、気が気ではなかった。

すぐに王宮からほど近い俺の屋敷へ運び、主治医のハーマン先生に診てもらう。

命に別状はないと聞いた時は、心から安堵した。

団長代理として騎士団の仕事に拘束されている時間ももどかしいほどに、早く仕事を終えて屋敷に戻り、元気な顔を見たいと思った。


彼女の父上が騎士団本部を訪れたのは、そんな時だった。



〇〇〇〇〇



「やあ、エアハルト君! この間は助かったよ!!」


ノルドハイム伯爵は、まだ戦闘の後処理に忙殺されている騎士団本部に入って来て俺を捕まえると、ぐいぐいとラウンジのソファに引っ張って行き、そこに座った。

俺も仕方なく向かいの席に座る。

団長代理である俺の承認待ちや相談待ちの殺気立った騎士達の列がノルドハイム伯爵の背後に刻一刻と伸びて行くが、彼はそんな事はどこ吹く風、とばかりに話し出した。


「あの紅茶店では危ないところを助けてもらって、本当にありがとう。娘も王宮で怪我をしてからというもの、グレーデン家の屋敷に世話になっているらしいね。お礼を言うのが遅くなって済まなかった」

「いえ、お気になさらず」

「いやあ、それにしても立派になったね。勇敢な騎士だった君のお父さんと瓜二つだ。亡きグレーデン公も、今の君を見たらさぞ誇らしく思うだろうな」

「そう…でしょうか…」


伯爵は俺を見て屈託なく笑った。

笑うと、目元が彼女と少し似ていた。


「そうだとも。君はお父さんの志を継いで、素晴らしい騎士になった。僕も、君の義父として誇りに思うよ…なんて、気が早いかな。だけどあれ以来、妻ともよく君の話をしていてね、トリスは本当に花占いの才能があるんだが、彼女によると君は将来必ず大物になるという話なんだ。それというのも彼女の育てている花が今年は千年に一度の珍しい咲き方をしていて…」


伯爵の背後の列ははるか彼方まで伸びていて、苛々とした目が一斉に彼へと向けられている。

しかし、伯爵は一向にそのような些事に気づく気配はなく、奥方の素晴らしき花占いについて滔々と喋り続けている。


彼女から伝え聞いてはいたが、話以上の迷…いや、愛妻家だ。

さえぎる隙がないので、咳払いをしてみた。

伯爵はびっくりした顔をして言った。


「おや、風邪かい? それはいけない、今日はうちで夕飯を食べて行くといい。トリスは薬草にも詳しくてね、この間もうちの侍女のしゃっくりが止まらなくなった時に…」

「いえ、結構です。それより最近は魔獣の出没も増えていますから、早く屋敷に戻られて奥方殿を安心させて差し上げてはいかがかと」

「なんだって!! それはいけない、悪いがすぐに失礼させてもらうよ」


がばっと立ち上がったと思ったら、伯爵は風のように去りかけて、こちらを振り向いて大声で言った。


「エアハルト君、だいぶ疲れているようだが、体を大事にするんだよ。君のお父さんも、君が元気で幸せでいる事を望んでいるはずだ。それじゃあまた」


嵐のように彼が去っても、俺はしばらくの間、閉じた扉をじっと見ていた。


――父上が?

本当に、そんな事を望んでいるのだろうか――。


だが物思いにふける間もなく、順番待ちをしていた騎士達の波が押し寄せ、俺は仕事に引き戻された。



〇〇〇〇〇



3日間泊まり込みの仕事をした後で、ようやく屋敷に帰った。

爽やかな朝だった。

彼女は庭園を散歩していた。


「おかえりなさい、エアハルト様」


明るい声でそう言われる。

激務で疲れた体に、その言葉は澄んだ泉の水のように心地良く沁み渡った。


並んで庭園を歩いて、東屋のベンチに座る。

疲労や心労や眠気が溜まっているはずなのに、彼女といると、不思議とそうした事を忘れられた。


ノルドハイム伯爵に会ったという話をすると、彼女は真っ赤になった。


「すっ、すすすすみませんっ!! お父様ったら、いつでもどこでもどなたにでもお母様の話をして! 本っ当に困りますわっ!!」

「気にしなくていい。両親の仲が良く、健在なのは何よりだ」


恥ずかしそうに両手で顔を隠してしまった彼女に、少し申し訳ないような気になって、その頭をそっと撫でる。

さらさらとした黒髪は手触りが良かった。

いつまでも触っていたい位だ。

柄にもなく、もっと近づきたい、と思ってしまう。


気がつけば、こんな言葉が口からこぼれた。


「俺も、お前をロッテ、と呼んでいいか?」

「…はい。もちろんですわ!」




復讐を完全に諦めた訳ではない。


だが黒い瞳でまっすぐに俺を見つめ、「わたしを迎えてください」とまで言った彼女との未来を、俺は真剣に考え始めていた。


その矢先だった。




彼女から、婚約破棄を突きつけられたのは。

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