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悪役令嬢と幽霊のお告げ  作者: 岩上翠


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44.聖女の覚醒

幽体離脱、という言葉が、頭の中をぐるぐると回る。

わたしは今、トイレの天井でふわふわ浮かんでて、床の上にはわたしが倒れていて。

これってやっぱり…幽体離脱だよね?


眼下で、()()()がむくりと起き上がった。


そのまま、すたすたと歩いてトイレを出ようとする。

わたしは慌ててわたし――いや、あれは多分わたしの体の中に入った、フェリシテ様――に言った。


「まっ、待ってください、フェリシテ様!」


フェリシテ様はわたしの顔を上に向け、天井にいるわたしを見ると、穏やかに言った。


「わたくしは、わたくしの役目を果たして参ります」


わたしの声でそう言うと、フェリシテ様はトイレを出た。


わたしは慌てて追いかけようとした。

だけど、ふわふわ宙に浮かんだこの体は、どんなに手足をバタバタさせても全然前に進まない!


「どっ、どうして移動できないの!? 早くフェリシテ様を追いかけないといけないのに!!」


次の瞬間、わたしは廊下を早足で歩くフェリシテ様の真上にいた。


――あれ?

さっきまで、あんなにもがいても移動できなかったのに。

もしかして幽体だと物理的に移動するんじゃなくて、思った場所に即座に行けるって事なのかな?


試しにエアハルト様とソフィアのいる部屋を思い浮かべ、あそこに行きたい、と念じてみた。

すると――。

1秒もしない内に、わたしはその場所――王の部屋の天井にいた。


すごい。

本当に瞬間移動が出来るんだ。


そこではわたしが部屋を出た時の状態のまま、全員が同じ体勢をしていた。


「ソフィア…!」


まだ結界魔法を張り続けているソフィアは、相当しんどそうな顔をしている。

たった一人で、こんなに人と魔獣が入り乱れている部屋全体に結界魔法をかけ続けているんだ。

あれから何分経ったか分からないけど、ソフィアの顔には汗が滲み、苦しそうだった。

魔力の限界に近づいているんだろう。


少し離れた場所にいるエアハルト様も、その上にのしかかっている魔獣達も、ぴくりとも動かない。

ヨハン王と、彼を押さえつけている魔獣も、ケリー男爵とディートリンデも同じだ。


だけど時折、ぴり、と空気が乱れて、男爵がかすかに動き出しそうな気配を見せる。


たぶん今、目に見えない水面下で、ソフィアと男爵は魔力の攻防をしているんだろう。

ソフィアの表情がまた一段、険しくなった。


「頑張って、ソフィア!! エアハルト様も…!!」


わたしは声を張り上げた。

二人のどちらも、その声に反応した様子はない。

聞こえないんだ。

わたしは唇を噛んだ。

空気を噛んでいるみたいだった。




ばん、と、扉が開いて。


わたしが――いや違う、フェリシテ様が入ってきた。


フェリシテ様はまっすぐにソフィアの所へ歩いて行き、必死に結界魔法を張り続けている彼女を、愛おしげにぎゅっと抱きしめた。


集中を乱されたソフィアの結界魔法がジジッ、と揺らぐ。

フェリシテ様は構わずに、慈愛に満ちた声で言った。


「ソフィア…いいえ…わたしのかわいいシャルロット…」

「リ、リーゼロッテ様!? 応援は…」

「ええ、ここに。わたくしが参りましたよ」


フェリシテ様がにっこり笑う。


ソフィアはびっくりしていたけど、そのうちに霧が晴れたような顔になって、フェリシテ様をじっと見つめた。


「…お母様…?」


その時、空気が大きく乱れて、結界魔法が破られた。


人と魔獣が一斉に動きを取り戻す。

ケリー男爵が苦々しげに吐き捨てた。


「ふん、もう限界か? 遊びは終わりだ、全員魔獣に食われてしまえ!!」


魔獣がうなりを上げて、わたし達に飛びかかろうとした。


フェリシテ様は、左手の指先をさっと横に動かした。

それだけで、動き出したすべての魔獣達が、ふたたび凍りついたように静止した。


「なっ…」


男爵が絶句する。

だけど、その後すぐに気を取り直し、フェリシテ様に闇魔法をかけようとして腕を上げた。

一瞬早く、フェリシテ様が男爵に左手の人差し指を向ける。


男爵は苦しげに喉を押さえ、ぱくぱくと口を動かした。

しきりに何か言おうとしているけど、声にならないみたいだ。


闇魔法を封じられたんだ。


ふらつきながら立ち上がって剣を構えたエアハルト様も、ケリー男爵に駆け寄ろうとしていたディートリンデも、目の前で起きた事が信じられないという顔をしていた。


なにしろ魔力なんてほとんど持ってないわたしが、左手一本で、ものすごいハイレベルな結界魔法を繰り出しているんだから!


フェリシテ様はもう他の事は眼中にないといった様子で、ソフィアと正面から向き合い、両肩に手を乗せた。


「さあ、シャルロット。わたくしにあなたの魔力を解放させてね」

「魔力を、解放…?」

ソフィアは魅入られたように、フェリシテ様を見つめている。

「ええ。わたくしの家は代々、強力な結界魔導士を輩出している家系。その血を受け継ぐあなたの中にも、まだ目覚めていない膨大な魔力が眠っています。わたくしも15歳の時に、お母様に自分の魔力を解放してもらいました。ですがわたくしが死んでしまったせいで、あなたの魔力は、まだ不完全なままだった…」


聖母のように優しい眼差しのフェリシテ様が、ソフィアに顔を近づける。


形勢不利を悟った男爵は短剣を抜き、鬼のような形相でフェリシテ様に襲いかかった。


「危ないっ!!」


思わずわたしが叫んだ瞬間。


エアハルト様の長剣が閃き、男爵が前のめりに倒れた。


「アレクシス!!」


ディートリンデが悲鳴をあげて男爵に駆け寄る。

助けてくれたエアハルト様も、さっき魔獣に足を噛まれて負傷している。男爵の血で赤く染まった剣を支えに、がくりと膝をついた。


その間にフェリシテ様は、ソフィアの額に自分の額を寄せて、くっつけた。

フェリシテ様が目を閉じる。

ソフィアもそっと目を閉じた。

辺り一面が、眩しいほどの白い光に包まれた。


「…これは…!?」


驚いてそう言ったソフィア自身が、きらきらとまばゆい光を放っている。


「これが、あなたの中に眠っていた魔力です。さあ、このまま魔獣達を封じましょう」


フェリシテ様はソフィアの背後に回り、うしろから抱きつくような体勢で、ソフィアの両手をまっすぐ上にあげた。

二人の手が、花びらのように天に向かって広げられる。

フェリシテ様が言った。


「今からオラシエ王国全土に、対魔獣の結界魔法を張ります」

「え…お、王国全土にですか!?」

ソフィアが目を丸くする。

「大丈夫。わたくしとあなたなら出来ます。さあ!」

「…はい!!」


ソフィアの顔つきが変わった。

凛とした美しい表情――まるで、聖女そのものといった表情を浮かべ、天に指先をすっと差し伸ばしている。


すぐに、彼女達二人を中心に輝く光の半球(ドーム)が生まれ、それは瞬く間に大きく膨らんでいった。


エアハルト様は、呆然とそれに見入っている。

ディートリンデと彼女に支えられたケリー男爵も、意識を取り戻したらしいヨハン王も、毒気を抜かれたような顔でその光景を眺めている。


魔獣達は、フェリシテ様の結界魔法で動きを封じられていたままだった。

動けないまま、津波のように光のドームが押し寄せる。

その光に体が触れた途端、ジッ、という蒸発したような音と共に、一体残らず消え去った。


だけど、ドームの膨張は止まらない。

それどころか加速度的に大きくなって、わたし達の体を通過し、この部屋をも突き抜けていった。




1階の大ホールでは、イェルクさん達がまだ戦っている。

幽体のわたしは、大ホールの吹き抜けに移動した。


イェルクさん達は、大きな壁龕に上ってなんとかしのいでいた。

でも魔獣に群がられ、今にも引きずり降ろされそうだ。


そこへ、光のドームがものすごいスピードで押し寄せてきた。

魔獣達は逃げる間もなかった。

光に触れた瞬間に、跡形もなく消え失せた。


大窓に止まっていた翼竜は、羽ばたこうとしたが間に合わない。

光の壁に追いつかれ、あっけなく掻き消えた。




わたしは、更に王宮の上空へと移動した。

膨らみつづける光のドームを見下ろす。


それは、本当に壮観だった。


オーロラ色に美しく輝くドームは、まるで神様の膨らませたシャボン玉のようにどんどん大きくなった。

眼下の、蟻のように小さく見える何十体もの魔獣達を次々と消し去り、空から見下ろしていたわたしをも通り過ぎて――。

さらに遠くへと広がっていく。


そして、ドームと地表の接面である円周は遥かに遠ざかり、とうとう見えなくなってしまった。




きっとこれは、歴史的な瞬間なんだろう。

王国中のあまねくすべての地に、魔獣が入れないような結界を張ってしまったんだから!


そんな大規模かつありがたい結界魔法に、生きている内にお目にかかれただなんて、すごくラッキーかもしれない。


しかも、その結界魔法を張っている二人の内の一人が、わたし(の体)だなんて!


わたしはほうっとため息をついて、元の部屋へ戻ろうとした。


…だけど、あれっ?

戻れ、と思っても何も起こらない。

エアハルト様とソフィア、それにわたしの本体がいるあの部屋へ…戻れ、戻れーーーっ!!


だ…駄目だ!

そして…戻るどころか、どんどん上空へ引っ張られている!?


えーっと…もしかしてわたし、このまま死んじゃうの?


そんなのいやだ!!!!

…と思う間もなく、目の前が真っ白になった。



〇〇〇〇〇



気がつくとわたしは一人で、何もない場所にいた。


明るいのか暗いのか、上下がどっちなのかもよく分からない、不思議な空間だ。

もしかして、ここが死後の世界?

わたし…また、死んじゃったのかな…?


「リーゼロッテ」


声をかけられて顔を上げると、目の前にとても上品で美しい女性がいた。

よ、よかった、今は死体の姿じゃない…!


「フェリシテ様!」


フェリシテ様は心から満足そうに笑った。


「ありがとう存じます。あなたのおかげで、わたくしは娘に会え、あの子の魔力を解放してやる事も出来ました」

「そんな、こちらこそ…フェリシテ様のおかげで、王国中のみんなが魔獣から守られました。いくらお礼を言っても足りない位ですわ! 本当に、ありがとうございました」


ぺこりと頭を下げると、フェリシテ様は優しくほほ笑んだまま言った。


「…そろそろ、行かなければなりません。そちらの道を進めばあなたの元いた世界へ戻れます。リーゼロッテ、どうかこれからもあの子を導いてやってくださいね」


フェリシテ様の指し示した先には、一本の長い道が続いていた。


戻れるんだという安堵と、これでフェリシテ様とはお別れなんだという寂しさが、胸の中で入り混じる。

わたしはフェリシテ様に向き直り、約束した。


「はい、もちろんですわ。これからも全力でソフィアを…いえ、シャルロット王女をお助けいたします!」

「ありがとう存じます、リーゼロッテ。あなたには強い加護がついています。安心して、あなたの信じた道をお行きなさい」

「加護…?」


ぽかんとしているわたしに、フェリシテ様が説明してくれた。


「ええ。あなたが以前いた世界のご家族は、いつもあなたのために祈ってらっしゃいます。お父様と、お母様と、お兄様…彼らの祈りがあなたの加護となり、あなたに助けが必要な時には、それが得られるようになっているのですよ。わたくしがあなたに出会えたのも、そのおかげかもしれませんね」


――みんなが?


思いもよらない話に、わたしは呆然と立ち尽くした。


前世の、わたしのお父さんとお母さんとお兄ちゃんが、わたしのために祈ってくれているの?

だからわたしはフェリシテ様に出会えて、破滅を避けられた――?


ぽろぽろ、と涙が勝手にこぼれ出した。


懐かしい家族の顔が浮かんでくる。


突然の交通事故で死んでしまい、家族を悲しませてしまった事の申し訳なさとか、それにもかかわらずわたしのために祈ってくれるみんなの優しさに、涙が止まらなくなる。


ごめんね。

ありがとう。


わたしは大丈夫だよ。

みんなのおかげで、大丈夫だったよ。

お父さんも、お母さんも、お兄ちゃんも、ずっと元気で幸せでいてね。


大好きだよ――。




いつの間にかフェリシテ様が近くにいて、わたしを抱きしめてくれていた。

ソフィアに似たゴールドの優しい瞳が、わたしを見つめる。

わたしは涙を手で拭い、彼女に笑いかけた。

フェリシテ様もほほ笑んでくれた。


「…それでは、お別れです。ごきげんよう、リーゼロッテ」

「はい。ごきげんよう、フェリシテ様」


宮廷でお別れをするときのように手を振り合うと、わたし達は、それぞれの道を歩き出した。

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