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悪役令嬢と幽霊のお告げ  作者: 岩上翠


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44/50

42.絶望

※流血描写があります

「おやおや、本当に婚約者が八つ裂きにされる所を見に来たのかい? 君も物好きな子だね」


扉の向こうのケリー男爵がわたしを見て、ゆっくりとこちらへ近づいて来る。

その部屋は王の寝室のようで、広々とした部屋の奥には豪華な天蓋付きの寝台が見えた。

それをバックに、ディートリンデは面白くなさそうな表情を浮かべている。


その足元には、倒れたヨハン王。

王の体が、わずかに動いた。

良かった、まだ息がある。

だけど彼の体の上には、大型の魔獣がのしかかっている。

いつ殺されてもおかしくない状態だ。


わたしの目の前でも、4頭の魔獣達が、ものすごい力でエアハルト様を地面に押しつけ続けている。

とても殺気立っているのがわかる。

男爵の合図さえあれば、一瞬でエアハルト様に牙をむくだろう。

まるで自分が押さえつけられているみたいな息苦しさを感じるけど、今わたしが下手に動いたら、取り返しのつかない事になる気がする。


ソフィアはまだ男爵の闇魔法で、静止したまま動けずにいる。


「やめて…エアハルト様を放して」


わたしは震える声で言った。

男爵は美しい顔で、にっこり笑った。


「そうはいかないよ。僕と約束したでしょう?」


男爵の全身から、吐き気がする程の禍々しい魔力が放出されている。

こんなにたくさんの魔獣を呼び集め、思いのままに操り、さらにソフィアの動きも封じるなんて…ケリー男爵は相当なレベルの闇魔導士だ。


その男爵が、扉を出てどんどんわたしに近づいて来る。

その距離と反比例するように、ディートリンデの顔つきが険しくなっていく。


男爵がわたしの目の前まで来て、立ち止まった。


「さあ、リーゼロッテ。お仕置きの時間だ」

「待っ…」

「お待ちになって、アレクシス」


予想外に、ディートリンデが男爵を制止した。

男爵が王妃を振り向く。


その隙に、ソフィアがわたしに目で何かを訴えかけてきた。

え、何…? 必死に何かを伝えたいようだけど、ええと…「今だ、男爵にタックルしろ」とか!?

…違う気がする。

ううん、こういう場合、考えられるのは…。

時間稼ぎをして、かな!?

…うん、多分合ってるはず!


「ねえ、アレクシス。そんな羽虫なんて後回しにしてちょうだい。今はヨハンを殺すのが先よ」


苛立ったように巻き毛を指にからめながら、ディートリンデが言った。

ケリー男爵はわがままな子犬を見るような目で彼女を見て、ほほ笑んだ。


「…そうだったね、ごめん、ディートリンデ」


わたしはピンときた。


ディートリンデは、いつでも自分が主役でいたい人だ。

それなら――!


「ああっ、王妃様! これは一体どうした事ですのっ!?」


わたしは今更ながらに取り乱した声を出し、おろおろと周囲を見渡した。


「陛下はご無事ですのっ? なぜ魔獣が…この方は、どうしてここに…!?」


そう言って、わざとらしく怯えた目で男爵を見上げる。

男爵は、整った顔をかすかに歪めた。


そして王妃は――。


得意げな顔をして、優雅に扇を口元にあてた。


「ふふ…下手な演技はおよしなさい、リーゼロッテ。あなたは何もかも知ってしまったのでしょう? わたくしとケリー男爵が魔獣を呼び寄せている事も、そこにいるソフィアが、行方不明のシャルロット王女だという事も」


――よし、引っかかった!

マウンティングが大好きな王妃は、こっちが下手に出れば、気を良くして勝手にぺらぺら喋ってくれると踏んだんだよね!

ソフィア、わたしが時間稼ぎをするから、この状況をなんとか打開して――!


わたしは思いきり驚いた顔をした。


「なっ…なぜそれを…? まさか、内通者が…?」


王妃はすっかり機嫌を直して言った。


「ええ、そうよ。王立騎士団の中に、間諜を紛れ込ませているの。あなた達の行動はみんな筒抜け」

「そんな…!」

「いまさら後悔しても遅いわ。オラシエ王国の王座には、わたくしとアレクシスの子が座る。この子にはその権利があるのだもの」

ディートリンデが、うっとりした表情でまだ平坦な腹部を撫でた。

「権利…? どうしてですの? 陛下の血筋ではないのに…?」


わたしは演技を忘れて、本心から尋ねた。


「ディートリンデ、もういいだろう。早く王を…」


しびれを切らしたようにケリー男爵が口を挟んだけど、ディートリンデは構わず言いつのる。


「いいえ、アレクシス。言わせてちょうだい。オラシエ王国の建国は今の王家だけではなく、あなたの祖先であるケリー家と共同で成し遂げた事。それなのに恩知らずにも、ヨハンの父である先代の王はケリー家を男爵家にまで格下げした!」

ディートリンデは憎々しげに足元のヨハン王を見下ろした。

「闇魔法を使って魔獣を召喚し、国防に役立てようとするアレクシスのお父様を危険視したからよ。オラシエ王家は呆れるほど惰弱になってしまった。魔獣を防ごうと結界を張るだけで、ちっとも利用しようとしない。ちょっと結界魔法を使えるだけの前の王妃が、国の聖女ですって? 笑わせるわ! アレクシスのように闇魔法を極めた強い魔導士が魔獣を操れば、ほら、こんなに有効活用できるというのに」


魔獣に組み伏せられたままのエアハルト様が叫んだ。


「魔獣を有効利用だと? そんな事が出来るわけない! 奴らは狡猾で狂暴だ、少しでも隙を見せればたちまち足元を掬われるぞ!」


ケリー男爵が小さく呪文を唱えた。

たちまちエアハルト様の右足を押さえつけている1頭の魔獣が、鋭い牙でその足に噛みついた。

エアハルト様の顔が苦痛に歪む。


「エアハルト様っ!!」


反射的に駆け寄ろうとしたわたしの腕を、ケリー男爵が掴んで止める。

ディートリンデの顔が再び引きつる。

彼女は冷たく言い放った。


「…もういいでしょう、アレクシス。王を殺して」

「わかったよ、ディートリンデ」


もがくわたしを意外なほど強い力で押さえつけながら、男爵は動けないソフィアの強張った顔を見た。


「――ソフィア、君はこれから魔獣に命令して、ヨハン王を殺させる。動機は…そうだな、階級社会への恨みって所かな。その後、自分も同じ魔獣によって殺されるんだよ」


胸の悪くなるような話を聞きながら、ソフィアは目だけで必死に男爵を睨みつけている。

だけど視線だけで人をどうこうできるはずもない。

男爵は楽しそうに続けた。


「そして、めでたく現王家の血筋は途絶え、王殺しの大罪も君という魔女の僻みによる暴走で片付けられる。代わりにケリー家の子どもが王座に座るんだ。素晴らしい筋書きだろう? もう十年以上も前から実現の機会を窺っていたんだよ」

「…このっ、悪魔っ…!!」


ソフィアが無理矢理に口を動かして、吐き捨てた。

男爵は心外そうな顔をした。


「おや…悪魔はどっちだろうね? 純粋に国に奉仕しようとした父上の闇魔法を怖れて僻地へ追いやり、貴族生命を絶った先王は何も悪くないとでも? 父上は自分を冷遇した宮廷を見返そうと、辺境で狂ったように闇魔法の研究に没頭して死んでいった。父上よりも強大な魔力を得た僕は、魔獣を引き連れてこの腐った宮廷を改革する日を夢見てきたんだ。そして今日が、その夢が実現する日だ」


男爵がわたしから手を放し、指先をソフィアに向けた。

見えない手に引っ張られるように、ワンドを持ったソフィアの手が上がる。


「やめっ…」


男爵が冷酷に告げた。


「さあ、君があの魔獣に命じるんだ、ソフィア。『ヨハン王を殺せ』と!」


男爵の体から、闇魔法の力が色濃く放出される。

その力に支配されたソフィアは必死に抗おうとして唇を閉ざしている。

だけど…抵抗できずに、とうとうその口が開いた。

わたしは悲鳴をあげた。


「駄目よ、ソフィア! やめてっ…!!」


そんな言葉をソフィアには、ソフィアにだけは、言わせてはならない。


飛びかかって無理矢理にでも彼女の口を塞ごうと、わたしが足を踏み出した時だった。




ワンドが閃いた。


ソフィアの体から、その手に持ったワンドから、凄まじい量の魔力が放たれて、一瞬で結界魔法が張られた。


部屋の隅々まで。


さっきとは立場が完全に逆転した。

まるでリモコンの一時停止ボタンを押した時のように、今度は、ソフィア以外の誰もが動けずにいる。

ディートリンデも、ケリー男爵も、魔獣達も、その下のエアハルト様とヨハン王も、それにわたしも――。


と、思ったけど――あれ、わたし、動ける?

驚いてなんとなく固まっていたけど、自分の手をグーパーしてみたら普通に動く。

でも他の人達はやっぱり動きを封じられているようで、精巧な彫刻みたいにピクリとも動かない。


ワンドを両手で構え、鋭く前を見据えて微動だにしないまま、ソフィアはわたしに言った。


「部屋全体に結界魔法を張りました! あなたがくれたこのネックレスのおかげです。聖なる加護の力で、男爵の闇魔法の支配を外せた。そのまま男爵の魔法にかかっているフリをしてたんです」

「ネックレス…って、前にあげた?」


わたしはソフィアの胸元を見た。

深紅の制服の上に、金色の十字架がきらりと光っている。


十字架は、この世界でも聖なるシンボルだ。

墓標をかたどり、死者――神と一つになった人々との繋がりを意味するから。

あれがありがたいネックレスだっていうおばあ様の話、実は半信半疑だったけど…ごめん、おばあ様、本当に霊験あらたかだったよ!


ソフィアが早口で言った。


「ネックレスと時間稼ぎのおかげで、かなり強力な結界魔法を張れました。このまま10分はもちます」

「すごいじゃない! それじゃ、その間にエアハルト様と陛下を…」

「リーゼロッテ様、今この空間で自由に動けるのはあなただけです! そのブレスレットを介して、あなたに反結界魔法をかけたんです。他の人は動かそうとしても動きません」

「えっ…?」


わたしは自分の腕のブレスレットに目をやった。

ほわん、ときれいな青白い光が、銀のチェーンと水晶から立ち昇っている。

これを介して、わたしに反結界魔法がかけられているから、わたしは動けて、他の人は動けない。

ソフィアも、結界魔法を張り続けている間は動けない。


…わたしがこの場をどうにかするしかない、って事?

それ、ものすごーーーく責任重大じゃない!?


ソフィアの鋭い声が、わたしの意識を引き戻した。


「お願いです、リーゼロッテ様! すぐに階下から師団長達を呼んできてください! 可能なら騎士団の他の人達も! ここにいる魔獣達を倒して、男爵と王妃を拘束しないと!!」

「わ、わかったわ!」


考えている暇はない。

わたしは急いでもと来た道を引き返そうとした。


一瞬、魔法で動きを止められたエアハルト様の姿が目に入る。

4頭の魔獣にのしかかられ、足を噛まれた彼は、そんな状況にもかかわらず心配するような目でわたしを見つめていた。


すぐに助けを呼ぶから待っていてください、エアハルト様――!!


わたしは心の中でそう告げ、回れ右をして走り出した。



〇〇〇〇〇



王の部屋の扉を出て、廊下の手すりから身を乗り出して階下の大ホールを見た。


わたしは、すぐには目の前の状況が飲み込めなかった。


だって、あまりにも期待した光景と違っていたから。


わたしがなんとなく予期していたのは、翼竜を倒したイェルクさん達の姿だ。

大ホールの床にはあの巨大な翼竜の死骸が転がり、第二師団の人達が意気揚々と、あの螺旋階段を上ってくる。

そんな姿を、勝手に想像していた。


だけど、眼下に広がっていたのはそうした光景ではなくて。




落ちて割れたシャンデリアの傍に大きな血だまりが出来ていて、その上に、深紅の制服を着たイェルクさんの部下が横たわっている。

手足がありえない角度で曲がっている。

一目でもう息がない事が分かる。


イェルクさんと他の二人の部下は、大ホールの隅に追い詰められていた。

全員が傷を負っている。

部下をかばいながらじりじりと後退するイェルクさんには――左腕がなかった。

深紅の制服だから目立たないけど、彼の体の左側は血でぐっしょりと濡れていた。

残った右腕で剣を構えるイェルクさんの顔は、血の気を失って真っ青だ。


彼らが相対しているのはあの翼竜じゃない。


6頭もの、巨大な獣型魔獣だ。


――ああ、そうか。

ソフィアがさっき窓にかけた簡易結界は、とっくに消滅していたんだ。




左翼に傷のある翼竜は、結界が解けたその大窓に止まり、悠々と高見の見物をしていた。

戦闘に参加してすらいない。

ほとんど無傷のままだ。


窮地にいる彼らが、2階へ助けに来られる訳がない。

だけど魔獣の蠢く1階を通って、わたしが騎士団の他の人達に助けを求めに行く事も出来ない。




絶望が、足元から這い上ってくるようだった。

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