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4.俺と結婚する気はあるのか

騎士団本部を出ると、ソフィアはわたしとエアハルト様に何度も礼を言い、急いで去っていった。


心配しながらその背中を見送っていたわたしを、エアハルト様はなぜか王宮の中庭に連れて来た。

色とりどりの花が咲き、噴水が虹を作る美しい庭だ。

彼はわたしに言った。


「リーゼロッテ、なぜあんなことをした?」

「あんなこと、とは?」


わたしは高い場所にあるエアハルト様の顔を見上げた。

わたしもこの世界の女性にしては背の高い方だし、ヒールの高い靴も履いていたけれど、それでもまだエアハルト様のほうがはるかに長身だ。

彼はわたしを見下ろして言った。


「…ソフィアを解雇しないように、団長に直談判していただろう。聞くつもりがなくとも、ドアの外まで筒抜けだったぞ」

「聞こえてたんですか!?」


わたしは顔から火が出そうだった。

部外者であるただの伯爵令嬢が王立騎士団本部に乗り込み、厚かましくも百戦錬磨の騎士団長に団員の解雇を取り下げてくれと言っているのが丸聞こえだったとは。

しかも、副団長のエアハルト様に!


「申し訳ございませんでした!」

わたしはがばっと頭を下げた。

「出過ぎた真似をいたしました。…ですが、本当にソフィアは必要な人材なのです。わたしの予知魔法などいつ使えなくなるかもわかりませんし、全ての魔獣の出現をカバーしきれないのは、さっきエアハルト様が仰った通りなのですから」


エアハルト様は軽くため息をつき、穏やかな声で言った。


「…ああ、お前の言う通りだ。ソフィアはうちの騎士団に必要な人員だ。解雇などさせるものか」

「本当ですか! ああ、よかった」


わたしは胸を撫で下した。安心して、自然に笑みがこぼれる。


気がつくと、エアハルト様の青灰色の瞳がじっとわたしに向けられていた。

ギュンター様の迫力ある眼差しとはまた違った、強い眼差し。

わたしは途端に落ち着かなくなった。

いきなり斬られる、なんて心配は、さすがにもうしないけど…。


「あの…なにか…」

「お前は…優しいのだな。俺は、これまでお前のことを、少し誤解していたようだ」


その言葉は、草木を潤す水のように、すっとわたしの中に浸透していった。


あれ…なんだろう。

どうしたんだろうわたしは。

エアハルト様に褒められて、なんだかとても…嬉しくて、温かい気持ちになった。

一人でもがいていたわたしに、大きな手を差し伸べてもらえたような。


そして、照れる。

顔が赤くなるのが自分でもわかる。


「あ、ありがとうございます…お褒めに預かり光栄ですわ! おーっほっほっほっほ」


取り乱したあまり、悪役令嬢そのもののような高笑いまでしてしまった。

何をしているんだわたしは。落ち着け、わたし。


エアハルト様はそんなわたしを見ると笑い声を上げた。


「ははっ。いつも通りのリーゼロッテだ。安心したよ」


ああ、やっぱり記憶を取り戻してからのわたしは様子が変だったのか。ここはもう笑うしかない。


「おーっほっほっほ。ご安心くださいな、わたしはいつもこれからも、リーゼロッテ・フォン・ノルドハイムに変わりありませんわ」

「…ほう。では、グレーデン姓になる気はないと?」

「えっ…?」


いきなりそう言われて、やけにハイテンションだった空気が霧散する。

目の前にいるこの人は、わたしの婚約者、エアハルト・フォン・グレーデン様で。

もしも…、もしもこの人と結婚して公爵家に入るならば、わたしも同じグレーデン姓を名乗ることになる。


エアハルト様の強い眼差しが、再びわたしに突き刺さる。


「あの、いえ、わたし…決して、そういう意味では…」

「俺と結婚する気はあるのか?」


どストレートにそう聞かれ、卒倒しそうになった。

結婚する気はあるか、って…。

一応は婚約者なんだから、それはいつかは結婚する可能性もある、かもしれないけど…。

いや、でもそんな急に言われても…!!


「…エアハルト様…わたしは…」

「いや、答えなくてもいい」


拍子抜けするほどあっさりと、その話は打ち切られた。


「ともかく気をつけろ。団長の言うように上が圧力をかけているなら、十中八九それは王妃で間違いない。王妃は危険だ。自分の都合のために、ソフィアを利用しようとしている」

「ソフィアを利用…?」

「ああ。騎士団の連中が、何度かこっそり王妃の部屋に入っていくソフィアの姿を見ている。平民の彼女が王妃の部屋に呼ばれるなんて、ありえないだろう?」

「ええ…ありえない、ですわ…」


王妃ディートリンデ。

さっきのギュンター様との会話の最中、頭に浮かんだのは王妃のことだった。


この国の前の王妃フェリシテ様は、十数年前に病気で亡くなっている。

当時まだ16歳だった侯爵令嬢ディートリンデが、その後、ヨハン王の後妻となり、王妃となった。


ディートリンデはゲーム中、リーゼロッテが起訴されると、自分の取り巻きとしてかわいがっていたはずの彼女に、どさくさまぎれに自分がしていた不倫の罪を被せて塔への幽閉に一役買う。


とんでもない悪女だ。


だからわたしは記憶を取り戻して以来、王妃とはできるだけ距離を置くようにしてきた。

貴族の子女にとってはステータスである王妃の部屋への訪問も、ぴたりとやめた。

女官たちには好評だった占いをやめたのも、一つには王妃がわたしを部屋に呼ぶきっかけを少しでも減らしたかったからだ。


その王妃が、この世界ではわたしではなく、ソフィアを利用しているのだとしたら…。


それはわたしが、王妃と距離を置いているせいだ。


「…それじゃあ、ソフィアが…」


わたしは小さく呟いた。

遠からず、ソフィアが不倫の罪を被せられてしまうかもしれない。いや、解雇の話も、そもそもそれが関係しているのだろうか。


いてもたってもいられなくなり、すぐにソフィアに忠告に行こうとした。

そのわたしの腕を、エアハルト様が掴んだ。


「待て。言っただろう、ソフィアは既に王妃に目をつけられている。うかつに近寄れば、お前に危険が及ぶかもしれない。あとは俺と団長に任せて、お前はもう屋敷に帰った方がいい」

「でも…」


 エアハルト様はわたしの腕を掴んだまま、ぐっと顔を近づけて言った。


「リーゼロッテ、お前は俺の婚約者だ。だからお前を守ることは、俺の義務でもある。頼むから、危険なことには近づかないでくれ」


そう言って、エアハルト様はわたしの顔を見つめた。

距離が近い。青灰色のきれいな目が、真剣な色味を帯びている。

義務で仕方なくとはいえ、彼はわたしを心配して言ってくれている。それを断るなんて、できない。


「はい…わかりました」

そう言って頷くと、エアハルト様はほっとした顔になった。


「そうか、よかった。…ありがとう、リーゼロッテ」


そして、彼は背をかがめ、少しぎこちない仕草で、わたしの手の甲に口づけた。

すぐに体を離し、エアハルト様は素っ気ないくらいに短い別れの挨拶を口にすると、さっさと中庭を後にした。


わたしは静止画のように同じ姿勢のまま、しばらく固まっていた。

手の甲には、まだ唇の感触が残っている。


…いや、いやいやいや。これはただの、婚約者への挨拶。握手と同じ。何も深い意味とかはない。ほんとに。


そう自分に言い聞かせながら、わたしはやたらゴチゴチとあちこちの壁にぶつかりつつ、足早に自分の屋敷へ帰ったのだった。

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