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悪役令嬢と幽霊のお告げ  作者: 岩上翠


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39/50

37.告解の夜

空がすみれ色に染まり、一番星が輝きだす頃、馬車はグレーデン家の屋敷に着いた。


突然の訪問に驚きを見せながらも、初老の執事はわたしを豪華な客間に通してくれた。


それから1時間後。

ようやく執事が戻って来てわたしに言った。


「それでは、エアハルト様の元へご案内いたします」


…執事の態度はどこかよそよそしいけど、仕方ない。

なにしろわたしはもう、エアハルト様の婚約者でもなんでもないんだから。

門前払いを食らわなかっただけありがたい位だ。




案内されたのは、書斎と応接室を合わせたような部屋だった。

壁一面の本棚と、開け放たれた広い窓と重厚な机、それから向かい合ったソファ。


エアハルト様は、こちらに背を向けて机の奥の椅子に座り、外を見ていた。

窓から入る夜風が、白いカーテンを揺らしている。


…そう、窓は開いている。

開いているというのに、その部屋は、かなり酒臭かった。

まるでたった今まで、ここで何人かで酒盛りでもしていたみたいだ。

机の上には小ぶりの酒瓶がちょこんと乗っていたけど、いやいや絶対それだけじゃないでしょう、とつっこみたくなる位の酒臭さ。


そんな事口に出してはとても言えないけど!

そもそもエアハルト様の背中が全力でわたしとの面会を拒否している気がするけど!


執事が一礼して立ち去り、わたしはその部屋にエアハルト様と二人きりになった。


「あの…」


無言。


うっ…いや、負けないぞ!


「エアハルト様」


名前を呼んでみた。

重苦しい数秒の沈黙ののち、彼は背を向けたまま返事をしてくれた。


「何の用だ」


…声が酒焼けしてませんか、エアハルト様!?


わたしが怪我をしてここに滞在させてもらった時は、彼がお酒を飲む姿なんて一度も見た事がなかった。

もしかしてあれかな…わたしがカイに走ってエアハルト様を振った、みたいな噂が騎士団内で立ったから、むしゃくしゃしてヤケ酒を…?


ああ、申し訳なさ過ぎる!!


何度土下座しても足りない位だけど、だからそもそもこの世界で土下座は通用しない訳で。

とにかく話をしようと、わたしは口を開いた。


「夜分の急な訪問にもかかわらず、お時間をいただきありがとうございます。エアハルト様に聞いていただきたいお話があり、参りました」


返事はない。


…手土産に、酒のつまみでも持って来ればよかったかな…鮭トバとか…。

だってエアハルト様の背中、冬眠から起こされたヒグマのようにピリピリしてるし…。


って、ピリピリしてるのはわたしのせいだった!


わたしはぶんぶんと頭を振った。

いけない、ヒグマなんか連想して現実逃避している場合じゃない。

もっと怒らせてしまうかもしれないけど、言わないといけない。


一度大きく息を吸って吐き、わたしは司祭に告解するように、自分のした事をエアハルト様に告白した。


「聞いてください、エアハルト様…実は…わたしは、嘘をついていました。予知魔法なんて本当は使えません。魔獣の襲来を予知したのは、わたしではなくフェリシテ様です。フェリシテ様の幽霊が、わたしに教えてくださったのです」


長い沈黙があった。

無視、される…?


だけどしばらくして、エアハルト様は怪訝そうな声を出した。


「…フェリシテ様の、幽霊?」


なんであれ反応してくれたのが嬉しくて、わたしは早口で喋った。


「はい。先の王妃フェリシテ様です。このお屋敷で舞踏会があった晩に、バルコニーで初めてお会いして以来、何度もわたしに魔獣の情報を教えてくださいました。彼女はとても強い魔力をお持ちの方で…」

「知っている。母上のご友人だった。生前、俺も何度かお会いした」


まだ背を向けたままだったけど、エアハルト様がそう答えてくれた。


「…だがなぜ、彼女がお前にそんな事を告げる?」


わたしは、ごくりと唾を飲み込んだ。


「あの方はわたしに、ソフィアを頼みます、とおっしゃいました」

「ソフィアを…?」

「ソフィアが、シャルロット王女なのです」

「!」


エアハルト様が驚いた顔をこちらに向けた。

その顔はやつれて、少し痩せたようだった。

疑わしげに目を細め、わたしに尋ねる。


「どういう事だ」

「わたしにも詳しい事情はわかりません。ですが年齢も合うし、容姿も魔力もソフィアはフェリシテ様によく似ています」

「……」

「ギュンター様がおっしゃっていました。フェリシテ様は毒殺された、と。おそらくフェリシテ様に手を下したのと同じ人物が、シャルロット王女をさらってどこかへ捨てさせた。それが、ケリー男爵なんだと思います」

ひと呼吸おいて、わたしは思い切って言った。

「王妃は男爵の子を身籠っていて、ヨハン王がいなくなれば、次の王はその子となるからです」


…言ってしまった。

これでもう、ケリー男爵との対決は不可避となった。


エアハルト様はうつむいて、今聞いた話について考え込んでいるようだった。

顔を上げると、厳しい顔でわたしに言った。


「なぜもっと早く言わなかった?」


目を合わせていられず、わたしは下を向いた。


「…ごめんなさい…ケリー男爵は、わたしの目の前でアンヌさんを毒殺し、その死体を翼竜に運び去らせました。アンヌさんは、王妃のした事を証言してくれるつもりだったんです。だから殺されて…男爵はわたしに、余計な事を言えば、次はあなたを殺す、と…」

「あの男が、俺を殺すだと? そんな事が出来るものか!!」


エアハルト様が声を荒げた。

わたしはびくりと肩を震わせた。


元々こわもての顔は酒で荒んで迫力を増し、さらに怒りに歪んで青筋まで立っている。


怖い。

ケリー男爵より全然怖い。

確かにエアハルト様なら象に踏まれても死ななそう、どころか、逆に象を返り討ちにしてしまいそうだ。

彼は目で射殺すかのごとくにわたしを睨みつけた。


「婚約を破棄したのもそのせいか?」

「…………はい」


消え入りそうな声で答える。

意外にもエアハルト様はそれ以上怒ったりはせず、鉛のように重いため息を吐いた。


「…もういい。帰れ」


椅子から立ち上がると、わたしの横を素通りして部屋を出ようとする。

その姿のどこにも、わたしが取りつく島はなくて。

エアハルト様は体の全身でわたしを拒絶していた。

心の底からわたしに落胆し、軽蔑している。


痛い位にいたたまれなかった。

泣きたくないのに、勝手に涙が滲む。


エアハルト様が好きだと自覚した途端にこんなに嫌われるとは、なんて皮肉なんだろう。

全部わたしの自業自得だけど。

最初からエアハルト様を信じてすぐに相談していたら、こんな事にはならなかったかもしれないのに。


だけどもう遅い。

婚約は既に破棄されたんだ。

このまま帰れば、もう二度とエアハルト様には会えないかもしれないし、会っても口を利いてはもらえないだろう。


――その前に、せめて。


「待ってください」


最後に少しだけ残っていた勇気を振り絞って、エアハルト様を呼び止める。

扉から出ようとしていた彼は振り返らず、でも足を止めてくれた。


「何だ」


早くここから立ち去りたそうな、ぞんざいな声だ。

ひるみそうになるのをぐっと堪え、わたしは声を絞り出した。


「…今まで、あなたの婚約者でいられて幸せでした。優しくしてくださって、ありがとうございました」


いきなり前世の記憶を取り戻した時は、びっくりして不安だった。

だけど、エアハルト様は思っていたよりもずっと優しくて、温かくて、素敵な人で。

一緒にいられて、毎日幸せだった。

その時は気付かなかったけど。

自分で手放してから気付いたって、もう遅いけど。


わたしの婚約者が、あなたで良かった。


そうした思いを全部込めて、わたしは彼の後ろ姿に告げた。




エアハルト様は少しの間その場で立ち止まっていたけれど、何も言わずにそのまま部屋を出て行った。


――そう、だよね。

いまさらだ。

もう何を言ったって遅すぎる。

許してもらいに来た訳じゃないから、これでいいんだ。


そう自分に言い聞かせつつも、やっぱり悲しい。


エアハルト様がいなくなると、それまで我慢していた涙が、ぼろぼろとこぼれて落ちた。

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