28.作戦会議(前編)
「――全員、席に着いたか。それではこれより、臨時会議を始める」
車椅子に乗ったギュンター様は、こぢんまりとした円卓を見回し、よく通る声で言った。
公式にはまだ団長位をエアハルト様に預けて休養中なんだけど、ギュンター様は今日の会議のために無理をして、わざわざ騎士団本部まで来てくれているんだ。
円卓を囲むメンバーは、ギュンター様から時計回りに、エアハルト様、わたし、ソフィア、イェルクさん。
ここは王立騎士団本部1階、会議室。
重厚な調度品に囲まれた小部屋の扉は、固く閉じられている。
王妃を弾劾するための作戦会議が始まった。
「それでは、リーゼロッテ。まずは私達に、ことの次第を説明してくれるかね」
「はい、ギュンター様」
わたしはこれまでの経緯をかいつまんで説明した。
王妃がソフィアやわたしを脅迫し、庭師を使って拘束し怪我を負わせたこと。
王国各地の、そして王宮内にある礼拝堂の結界を、次々と破壊させたこと。
王立騎士団を追い払い、王宮内に魔獣を呼び込もうとしていること。
おそらくは、国王陛下を害そうとしていること。
ギュンター様もイェルクさんも、既におおまかな事情は聞いていたのか、特に驚いた様子もなくわたしの話を聞いている。
この時間は事実確認がメインということだろう。
ちなみにイェルクさんがこの場にいるのは、ソフィアの提案による。
彼はソフィアの直属の上官だし、エアハルト様の親友でもあり、信頼できる人物とのことだ。
そしてそれだけじゃなく、超有力貴族であるハルトマン侯爵家の人間であり、国王本人にも太いパイプを持つ。
堂々と『作戦に引き入れて損はありません』と言い切ったソフィアは、とても頼もしく見えた。
わたしが話し終えると、室内はしんと静まり返った。
口火を切ったのはギュンター様だ。
「…ふむ。それでは、今回の礼拝堂の魔獣襲撃も、王妃が裏で糸を引いていたと?」
「はい。きっとまた同じことをすると思います」
わたしが答えると、ギュンター様は、エアハルト様とイェルクさんと視線を交わし、顎髭を撫でた。
「そうか…。それで、証拠はあるのかね?」
「証拠?」
「王妃がソフィアや君を襲った証拠、魔導士を使って結界を破壊させた証拠、魔獣を王宮へ呼び寄せた証拠、あるいは証人。王妃を弾劾するには、少なくとも信頼のおける物証や証言が必要になる」
「はい」
そう来ると思っていた。
わたしは自信満々に言った。
「王妃付きの女官のアンヌさんです! 彼女はわたしをおびき出し、王妃がわたしを脅迫している最中も、ずっと同じ部屋にいました。会話は全て聞いているはずです」
居心地の悪い沈黙が、会議室を支配した。
…あれ…みんな、すごく難しい顔をしてる。ソフィアまで。
駄目? これ、そんなに駄目なアイデアだった!?
イェルクさんが口を開いた。
「あー、そうだよね、その人なら全部聞いててもおかしくないけどさ、でもその人、王妃の女官でしょ? どうやって証言させるつもり?」
以前、よくわたしに恋占いを頼んできたアンヌさんの、無邪気な笑顔が頭をよぎる。
彼女は決して根っからの悪人じゃないはずだ。
西の離宮では、確かにわたしを見殺しにしかけたけど…それには深い理由があったんじゃないかと思う。
逆に、そのことで罪悪感を感じているはずだから、わたしが頼めば良心がうずき、証言もしてくれるんじゃないかと思っていた。甘い考えかもしれないけど。
わたしはイェルクさんに言った。
「きっと、アンヌさんも王妃に脅されていたか、何か事情があったんだと思います。きちんと話し合えば…」
「女官としての出世も名誉も棒に振って、王妃に消される危険も顧みず、正義のために王妃を告発してください、って? 君を騙して王妃の元へ連れ出し、王妃から金を受け取ってるような女に? それとも、今度は君が彼女を脅迫するつもり?」
「師団長、リーゼロッテ様はものすごく純粋な方なんです。そんな言い方をすれば悲しみます」
見かねたソフィアがイェルクさんにそっと囁いた。
彼女の頭にはわたしがあげたオラシエ編みの白いリボンが揺れていて、それが猛烈に似合っていてかわいい。
それはともかく全部聞こえてるよソフィア! そして逆になんか悲しい! でもありがとう!
わたしは諦めずに言った。
「脅迫はしませんが、アンヌさんに取り引きを持ちかけるのはどうですか? 証言してくれれば、護衛をつけて王妃から守ると」
「命の危険がなかったとしても、既に王妃の片棒を担いでいる女官が証言をするとはとても思えんな」
ギュンター様がすげなく却下し、この路線は打ち切られた。
わたしはがっくりとうなだれた。
目論見が甘過ぎた…確かにアンヌさんがいい人なら、そもそもわたしを騙して連れて行ったりしないよね…。
「結界の方はどうだ? ソフィア、何か王妃の関与を証明するような物は?」
ギュンター様に話を振られ、ソフィアが答える。
「礼拝堂の地下室の鍵を、王妃から借し与えられました。翌日、王妃付きの女官に回収されましたが」
これは、いい線かも!
わたしはぱっと顔を上げ、期待を込めてソフィアを見つめた。
王妃が地下室の鍵を礼拝堂の司祭様に借りたか盗んだかしたなら、司祭様がそれを覚えているはず!
…と思った途端に、今度はエアハルト様が言った。
「王族は王宮内の全ての扉の合鍵を所有している。王宮は彼らの家も同然だからな」
わたしは再びうなだれた。
もしかして、思った以上に王妃を弾劾するのは難しい?
ギュンター様は組んだ手に顎を乗せ、ため息混じりに言った。
「破壊された礼拝堂の結界も国内各地の結界も、既に全てが張り直されていて、今から証拠を見つけるのはほとんど不可能だろう。となると、残るは王妃が魔獣を呼び寄せたという線だが…」
「魔獣を呼び寄せるとなると、高位の闇魔導士が必要になります。各地の結界を破壊した魔導士と同一人物かもしれません」
ソフィアが言った。ソフィア自身が礼拝堂の結界を破壊した罪については、当面保留にされるとエアハルト様から聞いている。
「…だけど、王立騎士団には闇魔導士なんていないし、他の騎士団でも聞いたことないぜ? 闇魔法使いはレアだから、いれば目立つはずなんだけどな」
イェルクさんが眉根を寄せると、エアハルト様が言った。
「騎士団にいるとは限らないだろう。王妃が個人的に抱えている可能性もある」
「庭師と闇魔導士を抱き込んでるってわけか。お上品な顔して、王妃もやり手だな…だけど、お抱えだったら女官と同じだよなあ、証言なんかするわけがない」
「…証人も証拠もなし、というわけか」
ギュンター様が、ため息を吐いて車椅子の背もたれに背中を預けた。
わたしは、ごくりと唾を呑み込んだ。
イェルクさんの言った通り、確かに王妃はやり手だ。
庭師と闇魔導士のみならず、不倫相手まで抱え込んでいるんだからね!
こんな話、できたら表に出さずに済ませたかったけど…ここまで行き詰まってしまったら仕方がない。
わたしは切り札を出した。
「…それでは、この線はいかがでしょうか? 王妃は陛下をたばかり、不倫をしている。相手はケリー男爵。このことを陛下に奏上すれば、王妃を離縁されるかと」
全員がわたしを見た。
でも…あれ? 期待していた反応と違う。
ソフィア以外の男性陣の目が、ありありと、「なんだ、そのことか」と語っている…!!
イェルクさんが、同情するように言った。
「…残念だけど、王妃とケリー男爵との不倫は、かなり前から公然の秘密って感じでさ。宮廷に出入りする貴族なら、口には出さなくても大抵知ってるよ。陛下も見て見ぬふりだ。今更それを持ち出しても、陛下は取り合わないだろうな」
イェルクさんの口調は、さらりとしたものだった。
だけど、わたしはその言葉に呆然とした。
宮廷に出入りする貴族なら、大抵知ってる?
…それじゃあ、ゲームの中でリーゼロッテが断罪されたとき、ソフィアいじめはともかく、不倫の罪の方は濡れ衣だってみんな知ってたということ?
それなのに、誰も何も言わずに、リーゼロッテは辺境の塔に一生幽閉されることになった。
みんな、リーゼロッテを見殺しにしたんだ。
冤罪だと知りながら。
そして、もしかしたらわたしも今後、それと同じ運命をたどるかもしれない。
背筋を悪寒が這い上る。
怖い。
この程度で追い詰められるなんて思ったのが間違いだった。
王妃の権力は強大なのに、わたしは丸腰も同然。
そしてわたしは既に王妃に目を付けられている。
誰も、リーゼロッテを助けてはくれないのに――。




