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3.危険の予兆

「ギュンター様! お話があります!」


ばん、と勢いよく団長室のドアを開けたわたしを見て、王立騎士団の団長、ギュンター様は切れ長の目を見開いた。


「おや、これはリーゼロッテ…と、ソフィアじゃないか。どうしたんだね、そんなに怖い顔をして」

「ソフィアを解雇するおつもりだと聞きました。わたしは断固反対です。彼女の能力は、王立騎士団に必要不可欠なものと存じます。どうか今一度、お考え直しいただけないでしょうか」


わたしは壮年の頑強な騎士団長ギュンター様を前に、声を張り上げた。

ソフィアははらはらした顔で、わたしの袖を引いて小声で言った。


「リーゼロッテ様…お気持ちは大変嬉しいのですが、さすがに騎士団長に直談判というのは…」

「いいのよ、あなたは黙ってらっしゃい!」


わたしが悪役令嬢そのもののきつい口調でぴしゃりと言うと、ソフィアは口を(つぐ)んだ。


しまった。


これまでリーゼロッテとして生きてきた17年間の喋り方がしみついていて、興奮すると、つい悪役令嬢口調が出てしまう…!


ギュンター様も心なしか引いてる。

ああ、これじゃソフィアと仲良くなるどころか、ますます嫌われちゃう!


ギュンター様は大きく立派なデスクの向こうで顎髭をさすり、ふむ、と呟いた。


「…私もそれはわかっている。解雇などしたくはないのだがね…なかなか思うようにはいかんものだ」

「ですが、」

「リーゼロッテ。君の予知魔法はすばらしく優秀だ。なにしろ今までのところ、百発百中で魔獣の出没を正確に言い当てているのだからな。君がこうして騎士団に協力してくれるおかげで、我々はこのところ一人の死傷者も出すことなく魔獣を退治できている」

「は、はい…」


途端に声が小さくなる。

既に知っているのだから、正確なのは当たり前だった。

予知魔法だなんて嘘をついているのがうしろめたくなる。


今日は元々、次に来襲する魔獣の対策について担当部隊の人と細かい調整をするためにここへ来る予定だった。

騎士の人達は、わたしが来るたびに素直に尊敬と感謝の目を向けてくれる。

だけど、王国のために命を張って魔獣を倒す彼らに嘘をついていることが、時々いたたまれなくなる。


ギュンター様は顔を伏せているソフィアを見て言った。


「リーゼロッテの予知魔法があるからすぐにソフィアを解雇しようとは、締まり屋の私でもさすがに思わん。本来、予知魔法の的中率は良くて7~8割と言われている。今のところ10割当てている君だとて、この先外れることもあるかもしれんしな。ソフィアの結界魔法は依然重要だ。…だがここは王立騎士団で、上にはどうしたって逆らえん」


ギュンター様はソフィアに目を向けた。


「ソフィア、お前はどう思っているんだね? どうしてお上は、一団員であるお前の去就にうるさく口出ししてくるのだと?」

「わ、わたし…わかりません…」


ソフィアは絞り出すようにそう言った。

わたしは意外な思いで彼女を見た。

お上?


王立騎士団の上にいる人と言えば、王しかいない。

ここ、オラシエ王国の現国王は、ヨハン様だ。

ソフィアの解雇には、あの優しげな王が一枚噛んでいるということなのだろうか?


そんなことは考えにくい。


ヨハン様は園芸にしか興味がなくて≪花の王≫と民に揶揄されているような人物だ。

裏で糸を引きそうな人物というなら、むしろ…。


「あ」


わたしはつい、声を出してしまっていた。

ギュンター様とソフィアが何事かとわたしを見る。


「リーゼロッテ? どうかしたかね?」

「あ、いえ…」


ギュンター様がうろんげにわたしを見つめる。

騎士団長の眼力は相当な迫力で、わたしは蛇に睨まれた蛙も同然だった。

もしこの人に尋問でもされれば、知っていることを残らず白状してしまいそうだ。


そのとき、コンコン、とノックの音がした。

わたしは心底ほっとした。

ギュンター様がドアの方を見て、大儀そうに言う。


「入りたまえ」

「失礼します」


ドアを開けて入ってきたのは、エアハルト様だった。


彼はわたしとソフィアには目もくれず、上司であるギュンター様に一礼して、口を開いた。



「団長、ソフィアの解雇の件ですが、もうしばらく保留としていただけませんか」

「…副団長のお前までそんなことを言いに来るとはな。で、その理由は?」

「西の湖畔の村に、昨日魔獣が現れたそうです。幸い小型の個体だったようで、村の男が総出で戦い退治したと、つい先程報告が入りました」

「なんと…」


ギュンター様はわたしを見た。


わたしは困ったように首を振ることしかできなかった。

西の湖畔の村が襲われた?

そんな話はゲームの中には出てこなかった。

知らないことは、教えられない。


「すみません、わたし、そのことは予知できませんでした…」


わたしがうなだれると、ギュンター様がため息まじりに言った。


「いや、いい。さっきも言った通り、すべての魔獣の襲来を予知することなど、どだい人間には不可能なのだ。エアハルト、承知した。ソフィアの件はしばらく私が預かっておこう」

「はっ」


エアハルト様は騎士団長に敬礼するとわたしの方を向き、目顔で退出を促した。


そして、わたしはカーテシーを、ソフィアは騎士団の敬礼をしてギュンター様に暇を告げると、わたしたちはエアハルト様の後についてそそくさと団長室を出た。

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