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悪役令嬢と幽霊のお告げ  作者: 岩上翠


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27.わたしを迎えてください

王宮へ向かう馬車の中、エアハルト様とわたしは向かい合わせに座っていた。

沈黙の中、ガタゴトと車輪の音だけが響く。




王妃弾劾作戦に出席するため、わたし達は騎士団本部へと向かっている。


ソフィアと庭園でお茶会をし、彼女の話を聞いて、王妃を弾劾することを決めたのは2日前。

お茶会の後で騎士団に戻ったソフィアは、団長代理のエアハルト様に、王妃にされたこと、自分がしたことを全て打ち明けた。




――でも、その段階ではエアハルト様はまだ、王妃が王国各地の結界を破壊させたことまでは知らなかった。

それをわたしが伝えたのは、仕事を終えたエアハルト様がお屋敷へ帰ってから。


正直、そのことを伝えるかどうか、すごく迷った。


エアハルト様のお父様の命を奪ったのは、南の地方の翼竜。

だけど、南の地方の結界を壊し、魔獣の侵入を許した魔導士がいて。

その魔導士に結界の破壊を命じたのは、王妃ディートリンデ。


つまり間接的には、王妃がエアハルト様のお父様の命を奪った、という話になる。


普段は冷静沈着なエアハルト様だけど、ことお父様の仇討ちとなると、見境がなくなる。

仇敵である左翼に傷のある巨大な翼竜相手に、礼拝堂の屋根に登り、たった一人で戦いを挑んだのがいい例だ。

ギュンター様が加勢してくれたからよかったけど…もしそれがなかったら、エアハルト様は無事では済まなかったかもしれない。


もしもエアハルト様が、王妃に対してもあんな風に闇雲に突っ込んで行ってしまったら?


かなり心配だったけど、それでもこんな大事なことを黙っている訳にはいかない。

ソフィアがその件に関わっている心配もなくなった以上、わたしは意を決してエアハルト様にそのことを伝えた。


だけど、話を聞いたエアハルト様は――少なくともその時点では――顔色一つ変えなかった。


「そうか…わかった」

「…復讐…するんですか?」

おそるおそる尋ねたら、彼は、ふっと笑った。

「王妃に? そこまで短慮に見えるか?」




見えません、とは即答できなかった。

だって礼拝堂の屋根に登って翼竜に喧嘩売ってたし!


…でも、すぐさま王妃の元へ殴り込みに行く、なんていう展開にはならなくてほっとした。

グレーデン公爵家の跡取りであり、王立騎士団でも責任の重い地位にいるエアハルト様だ。さすがにその辺の常識は持ち合わせているということか。

わたしが心配する必要なんて、なかったのかもしれない。




「ロッテ」

「はいっ!?」


突然呼ばれて、わたしはぱっと顔を上げた。


エアハルト様は、本当にわたしを「ロッテ」と愛称で呼ぶようになった。

未だに呼ばれ慣れなくて、そのたびにどぎまぎしてしまう。

同時に、ソフィアのことも頭をよぎる。

ソフィアとエアハルト様で幸せになってもらうつもりだったけど…そっちは一体どうなってるんだろう?


落ち着かないわたしとは裏腹に、向かいの席のエアハルト様は、いたって冷静に言った。


「王宮内は危険だ。王妃がまたお前を狙ってくるかもしれない。ソフィアにも常時、密かに女性魔導士の護衛を付けている。お前も俺の側を離れないように」

「はい」


気合を入れて返事をしたわたしを、エアハルト様はじっと見つめた。


「…いや、やはりお前とこうした約束をするのは、やめておこう」

「なぜですのっ!?」


信用ない!? 信用ないですかわたし!?

そりゃあ、家にいろと手紙をもらっても、騎士団本部にいると口頭で約束しても、ことごとく破ってしまったわたしですけど! それでも守ろうと一応努力はしているわけで…!

約束する前から「こいつどうせ破るし」って思われるのは、ちょっと悲しいのですが…!!


不本意極まりないわたしをなだめるように、エアハルト様が言った。


「別に、お前のことが信じられないという意味じゃない。ただ、お前は…なぜか、厄介事に巻き込まれやすいように見える。守れない約束をさせて、後でお前に謝られるのは、俺も心苦しい」


そう言って俯いたエアハルト様の顔は、少し辛そうで。


わたしが倒れて馬車で運ばれたとき、高熱でうなされながら、わたしはずっとエアハルト様に謝っていた、と聞いた。

全然憶えてないけど…エアハルト様もさぞ困ったことだろう。

怪我をして発熱しているわたしが、朦朧としながら「ごめんなさい」を連発してたんだから。

わたしはもごもごと呟いた。


「そう、ですね…」

「…ああ。だから、こうしよう」

「?」


エアハルト様は、まっすぐにわたしを見た。


「俺の側を離れてもいい。だが、必ず戻ってこい」


すぐには、意味が呑み込めなかった。


離れても、戻る――。


犬?

わたしは反射的に、犬を連想した。

公園でリードを放たれ、楽しく草の上を走り回っていても、最終的には飼い主の元へ戻る、犬。


…いやいやいやいや。

別にそんなつもりで言ったわけじゃないだろう。

でも、自分がエアハルト様にしつけられている犬のような気分になるのは、なぜなんだろう…。


「…わかりました」


なんとなく釈然としないながらも、わたしは了承した。

エアハルト様が満足そうにほほ笑む。

わたしはすかさず食い下がった。


「ですが、エアハルト様もだいぶ無茶をされていたようにお見受けしました。礼拝堂の屋根に登って、お一人で翼竜に立ち向かっておられましたよね!?」

「あれは…あの翼竜が、父の仇だったからだ」


エアハルト様は、やや気まずそうに視線をさまよわせた。


「いくらお父様の仇とはいえ、あんなに大きな翼竜にお一人で挑まれるなんて、あまりにも無謀です。ご無事で本当によかったですが、ギュンター様がいらっしゃらなければどうなっていたか…!」

「…あのときは父を殺した翼竜を見つけて、頭に血が上っていた。今、俺がここで倒さなければならないと…そのためならば、死んでも構わないと、そう思っていた」

「構いますわ!!」


思わず叫ぶと、馬車の窓越しに御者が何事かと振り返る。わたしは続けた。


「あなたはそれで良くても、マルゴット様はどうなるんですの? 王立騎士団の方々は? あなたが死んでしまったら、どれだけたくさんの人が悲しむか…わたしだってそうです」


わたしはエアハルト様をきっと見上げて、言い放った。


「戻れと仰った以上、きちんとわたしを迎えてくださいませ!!」


そのときわたしの頭の中に浮かんでいたのは、公園で遊んだ後、ぶんぶん尻尾を振りながら飼い主の元へ駆けていく犬のイメージだった。

…あれ、やっぱり犬…?


だけど、エアハルト様は予想以上に面食らったような顔つきでわたしを見ている。その背後で、御者もこちらを振り向いたまま同じような表情を浮かべている。よそ見運転してないで、早く前を向いてほしい。


エアハルト様はしばらく顎に手を当て、考え込むようにしてから言った。


「…そうか、わかった」

「わ、わかってくだされば…」

「では、ノルドハイム伯爵と話を詰めなければならないな」

「…はい?」


わたしのお父様と? 何の話を?

彼は顔を上げ、決定事項を通達するようにてきぱきと言った。


「ハーマン先生の許可が出ない内はと思っていたが、幸い怪我も順調に回復しているようだ。近い内にお前の父上に、正式な結婚の許可を頂きに行こう」




わたしの思考回路が一瞬、全停止した。


正式な結婚の許可。


――なぜそんな話に!!?


急いで脳内の会話ログを巻き戻す。わたし、エアハルト様になんて言った?




『戻れと仰った以上、()()()()()()()()()()()()()()()ませ!!』



ここだーーーっっ!!!!



この「きちんとわたしを迎えてください」が…「きっちりわたしを嫁にしてください」って意味に取られたんだ!

ほとんど、結婚の催促。

いやあれはそういう意味じゃなく…! でも今更違うなんて言えない…!


だらだら冷や汗を流しているわたしの方は見ないまま、エアハルト様は腕を組み窓の外を向いて言った。


「…今は団長代理の仕事が山積みで、王妃の件もある。すぐに、というわけにはいかないが…」


エアハルト様がわたしの方を向いた。

その顔が、少し赤い。

青灰色の瞳がわたしを見つめる。

そんなに見られると困る。絶対にわたしの方が赤いから。


「…少し、待っていてくれるか?」


わたしは目を伏せて、消え入りそうな声で答えた。


「はい」




この「はい」は、ちょっとずるい「はい」だ。

結婚そのものじゃなくて、「少し待つ」ことへの返事だから問題ないと、自分に言い聞かせられるから。


だけど、そんな誤魔化しをしたところで、どうにかなるわけでもない。


王立騎士団での作戦会議が終わったら、今日こそ絶対に、ソフィアと話をしよう。


もしもソフィアがエアハルト様を好きなら、わたしは潔く身を引いて、二人を応援する。

もしもソフィアがエアハルト様を好きではないなら、


――好きではないなら?


そのときは、一体どうすればいいんだろう?




その後は、わたしもエアハルト様も一言も発しないまま、馬車は王宮に到着した。

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