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悪役令嬢と幽霊のお告げ  作者: 岩上翠


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22/50

22.黒の喪服(後編)

ここはベッドだ。

断じてダイニングテーブルじゃない。

だけど、わたしのいるベッドの上には、晩餐会のテーブルかと見紛(みまご)うようなおいしそうな料理が所狭しと並んでいた。


ステーキ、ハンバーグ、ミートボール、ハム、サラダ、丸パン数個、プリン、かぼちゃプリン、ミルクプリン、チョコレートプリン――。


いやちょっと待って、いくらなんでもわたし病み上がりだし!! こんなに食べられないよ!?


マルゴット様は小首を傾げて仰った。

「…少し、作らせ過ぎたかしら?」

「いえっ、大丈夫ですわ! 全然いけます!! おいしいですわっ!!」


脊髄反射的に言ってしまってから、はっと気づく。

ここは、「こんなに食べられませんわー」とか言ってごっそり残した方が嫌われるんじゃないか!?

でも、もういけるって言っちゃったし、出された食事を残すのはわたしのポリシーに反する…食べなければ!!


もりもりと肉を頬張っていると、マルゴット様は感心したように言った。


「いい食べっぷりね。わたくしも、なんだかお腹が減ってきたわ」

「ええ、ぜひどうぞっ!!」


わたしはすかさず丸パンにハムとレタスを挟んでサンドイッチを作り、マルゴット様に差し出した。

彼女は少しためらいながらそれを受け取って、そっと、一口齧った。


「…おいしい」

その言葉に、わたしは顔を輝かせた。おいしいものを食べて、おいしいと言い合える人がいるのは嬉しい。

「そうですわよね、このハムは最高ですわ。パンの焼き加減も絶妙ですし、ステーキもハンバーグも、とってもおいしいですわ! このお屋敷には素晴らしいコックがいるのですね」


マルゴット様はきょとんとした表情をした。

あれ、また失言したかな…と思っていたら、彼女はもう一口サンドイッチを齧って咀嚼し、上品に飲み下してから、わたしに言った。


「ええ、あなたの言う通りよ。うちには素晴らしいコックがいるの。…今までは、そのお料理もろくに食べられなかったけれど…」

「…お食事も、喉を通らなかったから、ですか…?」

「…ええ」


マルゴット様は目を伏せた。黒の喪服と、痩せた体が痛々しい。

彼女は言った。


「…でも、わたくしがそうやって塞ぎ込んでいたせいで、息子に余計な気苦労をかけてしまったわ。エアハルトは無力だった自分をひたすら責め、父の影を追って王立騎士団に入ったの。そんなことはしなくていいと言ったのだけど、聞かなかった」


窓から一筋の風が入って、マルゴット様の喪服の裾をはためかせる。


「夫が亡くなって以来、あの子はずっと復讐にとらわれているのよ。爵位を継ぐのも頑として拒み、当主の座も、弟に譲ってほしいとの一点張りで…」


マルゴット様の話は、わたしの胸をぎゅっとしめつけた。


夫を亡くしたマルゴット様ももちろん辛いだろうけど、お父様を目の前で失い、それ以来ずっとお母様が喪服で悲しんでいる姿を見続けたエアハルト様も、とても辛かっただろうな。

爵位を継ぐのを拒んでいるのも、お父様を殺した翼竜を、まだ倒せていないからだろう。

復讐を果たせない内は、エアハルト様は決してお父様の跡を継いで公爵になったりはしない気がする。


「…だけど、あなたと接する内に、あの子も変わってきたわ」

「え…?」

「少しずつだけど、他人に興味を持つようになった。あなたと出かける予定の日などは、朝からそわそわしていて…とても楽しみにしているのが傍目でもわかるの」

「ほ…本当ですか??」

「ええ」


エアハルト様が、そわそわ…?

そうか…普段から仕事に忙殺されているから、わたしと出かけるのがいい息抜きになったってことだよね!

やっぱりこの間、お出かけに誘ってよかった。イェルクさん、ありがとう。


マルゴット様がほほ笑んだ。

笑うと、厳しかった雰囲気が、驚くほど優しくなる。


わたしは気がついた。

この人は、エアハルト様とよく似ている。

ぱっと見は厳しくて近寄りがたいけど、本当はきっと、とても優しい人なんだ。


マルゴット様は、わたしの包帯に目を落として言った。


「あなたが怪我と高熱で、王宮にほど近いこの屋敷に運び込まれたとき、あの子はわたしが見たこともないほど狼狽(うろた)えて、心配そうにしていたわ。誰に襲われたのかはわからないけれど、この屋敷も安全ではないかもしれないからと言って、この部屋の外にはエアハルトの部下の騎士が2人、護衛に立っているのよ」

「騎士の方が2人も…!?」


申し訳なさとありがたさに目眩がする。


エアハルト様、そんなにわたしを心配してくれていたんだ。

いきなり応接室からわたしがいなくなっていて、見つけたと思ったら倒れていて、びっくりしただろうな。

…だけど、どうしてわたしが西の離宮にいるとわかったんだろう?


マルゴット様が、そっとわたしの手を握った。


「リーゼロッテ。あなたとなら、エアハルトも復讐など忘れて幸せになれると思うわ。どうか、あの子をよろしくお願いします」




…胸が痛い。

物理的な肋骨骨折の痛みと、精神的な痛みのダブルパンチだ。


「はい」と答えられたら、どんなによかっただろう。

だけど、それはできない。

王妃の最後の言葉が脳裏をよぎる。


『誰かに言えば、あなたと、あなたの家族の命はないと思いなさい』


結局、王妃に睨まれてしまった。

破滅フラグは既に立ってしまった。


しかも、それはわたしの周囲の人たちまで巻き込む可能性のある、一層凶悪な破滅フラグだ。

もしもわたしと結婚すれば、エアハルト様も、その母親のマルゴット様も危険にさらすことになる。

そんなことは絶対にできない。


大事な人を巻き込むようなことは――。




…ん?

今、何かが頭の中で繋がりかけたような感覚があったけど…ふっと消えてしまった。

何だったんだろう?

重要なことのような気がするんだけど…。




それが何なのか気になったけど、とにかくわたしはマルゴット様の方を向き、今わたしに言える言葉を絞り出した。


「エアハルト様のためにわたしにできることは、なんだっていたしますわ」


マルゴット様は何か物言いたげにわたしを見て、ただ、「ありがとう」とだけ呟いた。

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