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19.王妃ディートリンデ

「どういう…ことですか?」


わたしはかすれた声を出した。

どうしてここに王妃が?

わたしはアンヌさんの占いをするため、アンヌさんに連れられてここに来た。

じゃあ、彼女が王妃の手先だったの?


その疑問は、すぐに明らかになった。

アンヌさんが王妃の前に跪くと、王妃がじゃらり、と音のする布袋を彼女に賜った。

それを受け取りポケットにしまったアンヌさんは、そそくさと扉の前へ戻り、通せんぼをするようにそこに立った。

わたしの視線を、気まずそうにそらす。


心の一部が、乾いてひび割れたような気がした。


わたしはアンヌさんに騙されたんだ。お金のために。




「ねえ、こっちへいらっしゃいな、リーゼロッテ。しばらく会えなくて寂しかったのよ?」


王妃が甘ったるい声で言った。

わたしは仕方なく王妃の前へ行き、カーテシーをした。


「…ご無沙汰しております、王妃様」

「どうしてこの頃はわたくしの部屋に来てくれなくなったのかしら? 婚約者とのデートで忙しい?」

「いえ、そのよう…」

「そういえばあなた、近頃、予知魔法で大活躍しているんですってね」


王妃はわたしの言葉を遮って言った。

そうだった、そういえばこの人は他人の言葉をあまり聞かない。

以前のリーゼロッテはそれも高貴な王族ゆえとか思って、むしろそこに憧れて真似したりしてたんだけど、今のわたしにとってはただ気分が悪いだけだ。


それに…怖い。

この人に何を言い出されるか、とても怖い。

わたしは慎重に言葉を選んで言った。


「さようでございます。微力ながら、わたしの力が何かお役…」

「嘘でしょう?」

「…はい?」


王妃は扇で口元を覆ったけれど、覆う前に、はっきりとした嘲笑が浮かんでいるのが見えた。


「それ、嘘でしょう? だって、あなたにはろくな魔力がないじゃない。占いも、悪いけれど全然当たらなかったわよね? ぶどうの搾りカス程度しかないあなたの魔力で、そもそも予知魔法なんか習得できるわけがないのよ」


わたしには返す言葉もなかった。

だって、実際嘘だから。

わたしにはほとんど魔力はないし、魔獣が来るという知識も予知魔法によるものではなく、前世でプレイしたゲームの知識と正体不明の幽霊から聞いた情報のおかげだ。


だけど、わざわざそんな言い方しなくってもいいよね!?

そりゃあ、わたしはあんまり役に立たないけど…いじめっ子に悪口を言われたときのようにちょっと泣きたくなって、唇を引き結ぶ。


でも、この嘘はつき通さないといけない嘘だ。

わたし自身のためだけじゃなく、この国の人達を魔獣から守るためにも。


「お言葉ですが、わたしは確かに予知魔法を習得いたしました。実際に魔獣がわたしの予知通り…」

「わたくし、ソフィアがあなたに教えたのではないかと思っているのよ」


またしても上から言葉を被せられる。

だけど意外な名前が出たことに、腹が立つのも忘れた。


「ソフィアが…何とおっしゃいましたか?」

「正直に答えてちょうだいね。ソフィアがあなたを利用して、王立騎士団を動かしたのでしょう?」

「…いいえ、違います。ソフィアは何の関係もありませんわ」


王妃は扇の上に出した灰色の両目で探るようにわたしを見て、つまらなそうに言った。

「…そう。まあいいわ、それなら…」

「ソフィアは魔獣が来ることを知っていたのですか?」


つい口を挟んでしまい、内心、しまった、と悔やんだ。

遮るのには慣れていても、自分の言葉を遮られるのには慣れていない王妃は、予想以上に怒ったようだった。

彼女は(まなじり)を吊り上げた。

豪華な椅子からさっと立ち上がり、扇で口元を覆ったまま、さっきよりもきつい口調で問う。


「あなた、本当に何も知らないの?」

「存じませんわ」

「ソフィアが魔女で、各地の結界石を壊して回っていることも? 礼拝堂の結界石も、彼女が壊したのだということも?」

「! そんな…」


そんなはずはない。

…と、思いたい。

だけど実際、オラシエ王国各地の結界も、礼拝堂の結界も破壊されている。

特に、礼拝堂のような「神の家」には通常よりも強力な結界魔法がかけられていて、常人にはまず破壊不可能なはずなのに、だ。


超ハイレベルな結界魔法の使い手であるソフィアならばともかく。


それに、あの噂…。

紅茶店のおじさん達は、ソフィアが魔女だと言っていた。

そんなはずはないと思いながら、同時に、火のない所に煙は立たない、という言葉も思い出してしまう。


ソフィアが魔女だなんて、そんな想像したくもないのに…!


逡巡するわたしの様子を見て、王妃が言った。


「…やっとわかったようね。そう、あの魔女が全ての元凶なの。だからわたくしはこの国の王妃として、あの魔女を断罪し、国を守らなくてはならないのよ」

「断…罪…」


その言葉に、わたしの胸がずきりと痛む。

それは、そもそもリーゼロッテ(わたし)が受けるはずだったものだ。


わたしが前世の記憶を取り戻したせいで、全ての流れが変わってしまった?

そのために、ソフィアが闇に落ちて悪事に手を染め、王妃によって断罪される…?


それが、この世界の予定調和なの?

わたしが何をしようと、変えることはできない?




気分が悪くなってきて口に手を当てようとしたら、しゃらり、と手首で繊細な金属音がした。

ソフィアにもらったブレスレットだ。

小粒の水晶が、薄暗い室内のわずかな光を反射して、きらりと光る。

その輝きを見ていると、わたしのどす黒い疑念が、みるみる浄化されていくようだった。


…そうだ。

ソフィアが結界を壊す?

そんなことをするはずないじゃないか。


ソフィアは正真正銘のヒロインだ。

不幸な境遇にもめげず、いつも明るく優しい。

しかも、ネックレスのお返しにと、わたしにこんなにきれいなブレスレットをくれた義理堅い子だ。


それに比べて、目の前の王妃は?

自分に懐いていたリーゼロッテに不倫の罪をなすりつけ、辺境の塔に幽閉させておきながら、平気な顔をして王妃の座に留まり続けるような人だ。


この人の話を真に受けるなんて、どうかしていた。

わたしはブレスレットを反対の手で包み込むようにして深呼吸をすると、正面から王妃を見据えた。

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