表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
17/50

17.礼拝堂の攻防

魔獣は、それから間もなくやって来た。




わたしがいる騎士団本部3階の応接室の窓からは、ちょうどはす向かいにある礼拝堂周辺が、よく見渡せる。

はす向かいとは言っても広大な王宮内のことだから、直線距離としては100メートル程だろうか。


礼拝堂の前面に配備され臨戦態勢を取っているのは、イェルクさんが率いる、第二師団の物理攻撃部隊。

少し離れた場所に陣を構え、屈強な騎士達に守られながら結界魔法を張り続けているのは、ソフィア中心の第二師団結界魔法部隊。

その反対側には、カイを中心とした同じく第二師団の攻撃魔法部隊があって、どこから魔獣が襲ってきても即座に迎撃できるようになっている。


団長のギュンター様と副団長のエアハルト様、それから第一師団の主力部隊は、礼拝堂内部でいつでも応戦できるように待機しているはずだ。

きっと大丈夫と思いつつ、姿が見えない分、不安がつのる。




祈るような思いで窓から礼拝堂を見ていたら、ふいに、鳥の羽ばたきのような音が聞こえてきた。


鳥にしては大きい、ごうん、ごうん、というその羽音は次第に大きくなり、わたしのいる建物の上を通過して礼拝堂へ向かった。


下降する一瞬、それは、わたしのいる窓のすぐ目の前を轟音と共に滑空した。

感情の読めない金色の小さな目が、ちらりとわたしを捕捉する。

ほんの一瞬のことなのに、わたしは恐怖に射すくめられたようになった。

それは巨大な翼竜で。


その左の翼には、十字の傷跡があった。


エアハルト様のお父様を殺した翼竜だ。


わたしは急いで窓に近づいて外を見た。

王宮の上空を羽ばたいているそれは、本当に大きな翼竜だった。

紅茶店に出没したものの二倍はありそうだ。

前世でニュースで見た軍用航空機、オスプレイ位の大きさだろうか。

もちろん人間が戦って勝てるような相手には、全然見えない。


その巨大な翼竜を、激しい炎の渦が包んだ。

カイの攻撃魔法だ。他の魔導士達のサポートを受けて、直径5メートルはある超特大の火焔をぶつけている。

だけど、炎魔法は空を飛ぶ翼竜には相性の悪い魔法のようだ。

翼竜はさっと炎を回避して、空高く舞い上がった。

そのまま悠々と旋回している。


その間に、新たな魔獣が礼拝堂付近に姿を現した。

大型の獣型魔獣が2体。

どちらも、地獄の番犬がインド象位のサイズになったような魔獣で、絶対に道ですれちがいたくないタイプの生きものだ。わたしなんか目があった途端に瞬殺されるだろう。恐い。


ソフィアの部隊が戦闘用の結界魔法を2つ放ち、片方はその場に足止めすることに成功した。

もう片方への結界魔法は失敗し、魔獣は礼拝堂内に突進して行った。

ステンドグラスが砕け散り、巨体が内部に消える。


礼拝堂の中から、戦闘の音が漏れ聞こえてきた。

わたしは窓にかじりつくようにして、魔獣の走り回る音や騎士達の剣戟を聞いていた。

悲鳴などは聞こえてこないから、勝っているんだろうか。

離れた建物から見ているだけなのに、緊張と恐怖で脂汗がにじんでくる。


外に足止めされたもう一体の獣型魔獣は、早くもカイ達の炎魔法と、イェルク隊の剣による物理攻撃の連携によって絶命したようだ。


あの翼竜は未だ、悠々と上空を旋回している。

戦況を見定めているようで、気味が悪い。




どれほど経っただろう。

礼拝堂内が静かになった。

「獣型魔獣、撃破!」

礼拝堂内にいた伝令の騎士が窓から顔を出し、外の騎士達にそう伝えると、わっと歓声が上がった。


わたしは胸を撫で下ろしかけ、次の瞬間、自分の目を疑った。


礼拝堂の屋根の上に、誰かがいる。


ちょっと待って。信じたくはないけど、あれはエアハルト様だよね?

屋根に登って、翼竜を迎え撃つ気だ。

気持ちはわかるけど、無理だ。分が悪すぎる。軍用航空機並の大型の翼竜相手に、自殺行為だ。


「ギュンター様、お願い、エアハルト様を止めて…!」

声は届かないと知りつつも、わたしは思わずそう口に出していた。


そしたら、なんとギュンター様も礼拝堂の窓から、屋根によじ登りだした。

ギュンター様、ナイス!!

――と、思ったのも束の間。

登り終えると、団長は部下を連れ戻すなんて無粋な真似はせずに、自らも剣を抜いて構えた。


「いや待って、なんでギュンター様まで戦う気満々なの!?」


あの人は以前わたしに、復讐はやめさせろとかなんとか言ってなかったか。

確かエアハルト様のお父様は、ギュンター様の友人だった。

ここで会ったが百年目と、亡き友人の息子と共に仇討ちをするつもりかもしれない。

どんだけ熱い上官なんですか!!


翼竜は旋回をやめ、ホバリングをしていた。

その目は、屋根の上にいるエアハルト様達を狙っているようだ。

翼竜が体勢を変え、獲物に向かって急降下を始めた。


――来る!!


息を呑んだそのとき、空中に巨大な魔法陣が出現して、翼竜の体が網にかかったようにぐっと止まった。

下を見ると、ソフィア達結界魔導士隊が協力し、結界魔法を張っている。

その脇には、わたしが馬車で運んできた結界石の木箱がある。あれを使ってくれているんだ。持ってきて本当によかった!


息をつく間もなく、今度はすさまじい炎の柱が翼竜を呑み込んだ。カイの部隊の攻撃魔法だ。

耳をつんざくような翼竜の叫びが響き渡る。

その炎が消えると、翼竜は全身に軽い火傷を負ったようだった。あれで死なないなんて、どれだけ強靭な体なんだろう。


だけど、結界魔法の効力もそこまでだったようだ。

翼竜はその場で激しくもがくと、結界を振りほどくようにして力業で無効化し、逃れた。

そして怒り狂ったように、屋根の上のエアハルト様達に突っ込んだ。


エアハルト様とギュンター様は左右に飛びずさって間合いを取り、突進してきた翼竜へと、同時に斬りかかった。

ぴったりと息の合った連携攻撃に、翼竜は再び鋭い叫び声を上げ、屋根から離れる。

遠ざかった敵めがけて、エアハルト様はなんと、持っていた長剣を投げ槍のように投げつけた。


それは翼竜の、十字傷のある左翼を貫通した。

だけど致命傷にはならず、翼竜は武器を失ったエアハルト様目がけて、怒り狂ったように襲いかかる。


すんでのところでギュンター様がエアハルト様の首根っこを掴んで引き戻し、攻撃を回避する。

翼竜が空中でUターンして再び攻撃しようとしたとき、炎魔法が命中した。


翼竜は素早く転回して上空へ逃れ、炎を消そうと滅茶苦茶に飛び回る。

そして、ダメージを負ったままどこかへ飛び去って行った。




こうして魔獣は撃退された。


エアハルト様の仇敵は逃してしまったけれど、とにかく王立騎士団の勝利と言っていいだろう。

わたしは窓の前で大きく息を吐き、ぺたりと床に座り込んだ。

ああ、心臓に悪かった…。


コンコン、とノックの音がした。

あれ? 誰だろう。まだエアハルト様が迎えに来てくれるには早過ぎるけど…。


ドアを開けると、そこには女官のイレーネさんがにっこりと笑って立っていた。


「やっと見つけた、リーゼロッテ。さあ、わたしと一緒に来てもらうわよ」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ