【 第七話 マリナ(17歳)の気持ち 】
『え?あ?私、いったい何をしたのかしら? え?え?何が起きたの?かな??』
事が起こった瞬間、私は頭の中が真っ白になり、顔は火照って真っ赤になっているのがわかった。
とにかくすごく恥ずかしくなって、ライドのお店から走って逃げ、近くに待たせていた馬車へ飛び乗った!
「マリナ様?何かありましたか?」
とゲンデルワーフ(ゲンさん)に訊かれたけれど、応えられるわけがない。
私自身、何が起きたのかはっきりと理解していないもの・・・唇に残っている感触以外は・・・。
「いいえ、何でもないわ。ライドは悪くないし・・・私自身のせいだから、あなたは気にしなくていいのよ。」
「そうですか?でも気にはしますよ。顔が赤いですし。」
「え!?まだ赤い?」
思わず頬を両手で抑えてみると、確かにまだ火照っている感じがしたので、両手でパタパタと顔を仰ぐ。
「・・・ちょっと私が失敗しちゃって、恥ずかしくなって飛び出して来ただけよ。ライドは巻き込まれただけ。」
と言うと、ゲンデルワーフは「そうですか。」と言って黙ってくれた。
『ゲンデルワーフったら、もしかしたら察したのかも知れないわね。そういう勘は鋭いものね。』
馬車はガタゴトと王都内を王城へと向かっている。
ライドと偶然にも接吻をしてしまった。動揺を隠せない、けど嬉しさも隠せない。
私には初めての接吻だったから、できるなら彼に一生責任を取ってもらいたい!
私の中で色んな感情がごちゃっとしていて、整理するのに時間がかかりそうだ。
この胸がキュン!っとするのは何なのかしら?初めての感情で、よくわからない・・・楽しかったけど。
急に恥ずかしくなって逃げてきちゃった。あ、ライドに誤解されたかも。そうじゃないのに!気持ちが落ち着いたら、ちゃんとお店に行って話をしよう。だって、私の初めてを奪われたのだから、責任を取ってもらわないと!
確かに初めて彼を見た時から、ちょっと気にはなっていたけど・・・昨日、森で会ったときは本当にびっくりした。あんなに強いなんて。そこからもっと意識し始めた・・・魔物を一瞬で倒し、私の命を助けてくれた彼に魅かれた。さらに驚いたことに、普通、王族の馬車だとわかっていたら、褒美欲しさに欲丸出しで介入しようとするけれど、彼はさっさと行っちゃって・・・変な人。だから私、昨日からずっと彼のことを考えている。だから今日、会いに行ったんだ。
・・・助けてもらったお礼を言えてないね・・・
彼は転移者だと、浅逹さんから聞いた。同郷だと。浅逹さん達の居た世界、そこは身分の差なんて無い世界だと聞いた。
だったら私のことも、彼は無条件で受け入れてくれるかもしれない、うん、大丈夫な気がする。彼のそばに私が居ることはライドは気にしないと思う。問題はお父様とお母様、それと使用人達や貴族達かな。
皆、私を幼いころから可愛がってくれて、大切に育ててくれた。だからきっと有力貴族や他国の王子との縁談を期待しているはず・・・でも、でもでもっ!私は昨日からずっと彼のことしか考えていない、考えられないの。なぜだかわからない・・・いや、好きだからでしょ?
でも、もしかすると私だけが彼のことを想っていて、彼の方は何とも思っていないのかも知れない。
・・・それは嫌だな。
この気持ちは少し時間を置いたら冷めてしまうかも知れないし、だからしばらくは距離を置こうかな・・・それでもライドのことが気になるのだったら、また会いに行けばいい。うん、とりあえずそうしよう。
昨日のライドは、騎士団の誰よりもカッコ良かった!今日のライドは紳士的ですごく優しかった!でも偶然とはいえ、私の方から接吻してしまうなんて、みだらな女だと思われたかしら? あぁそう思うと、恥ずかし過ぎて、ライドとちゃんと顔を合わせられないよぅ。だからしばらくは様子を見よう。落ち着け私!
王城に戻ると、私は自室に戻りベッドの上を転がりながら、悶絶しそうな気持ちと格闘していた。
やっと落ち着くと、
「そうだ!恋愛小説!あれにこういう時の対処法が書かれているかも!」
本棚からお気に入りの恋愛小説を数冊取って来て、ページをめくる。
「えっと何々・・・『ジュリアンは壁ドンして、アンドレの顎を食いッと上げると、その唇を・・・』ってこれ、BL小説だった・・・。えっと、これは?『ロミアとジュリエッタ!ロミアはジュリエッタの後ろから羽交い絞めしてきましたが、ジュリエッタは武道の達人!ロミアを一本背負いで投げ飛ばしてしまいした。』ってこれ、スポコンだったわ。えっと・・・これは・・・・」
・・・・ 数時間後
「ふぅー、ぜんぜん参考にならなかったわ。ここは先手必勝で、この事をお父様とお母様に相談してみるしかないわね!今の時間ならもう政務も終わって、お父様とお母様はお茶を飲みながら時間を過ごしているはずだから、話をする時間はあるはず!」
私は、両親の私室へと向かい、ノックするとバーンっと一気に扉を開けた!
「な、な、な・・・!」
両親が接吻中だった・・・私は頭からぷすぷすと煙が出る感じがして、クラクラしたけど、気合で正気を取り戻す。
両親も男と女で、しかも夫婦なのだから、これは当たり前なのよね。学園で耳年増だけの私にはちょっとまだ刺激が強かったかも。
そんなことお構いなしに声をかけてくる両親。
「どうした?マリナ?」
「どうしたの?マリナ?」
「お父様、お母様、今、少しお時間よろしいでしょうか?折り入ってお話があります。」
「なんだい?」
「実は、私の結婚相手のことですが・・・心に決めた人ができました!」
「なんだって?それは・・・おめでとう!」
「どんな人なの?マリナ?」
「あ、えっと~紳士的で優しくて、カッコ良くて、私の命を救ってくれた人なの。」
「マリナ?どこかの王子かい?それとも貴族かい?」
「いえ、平民です。」
「なんだって?」
「平民じゃ、考え方、価値観も全然違うから。先々、苦労するわよ?」
「マリナ、父さんは賛成できないぞ?」
「でも、接吻しちゃったの・・・私から。」
「「なんだって~!!!!!!」」
「マリナ? あぁ、もう!だからあれほど街には行くなと、ゲンデルワーフの奴め!何をしていたのだ?」
「ちょっと?お父様?ゲンデルワーフは悪く無いわ!そんな勝手に決めつけないで!ちゃんと話を聞いてよ!」
「えぇ、マリナ、わかったわ。で、続きは何?」
「その、私の好きな人、実は転移者なの。」
「「なんだって~????」」
「あら、マリナ。ますます価値感や考え方、習慣が違うじゃないの?そんなの絶対長続きしないわよ?」
「いいえ、長続きするわ!確信してる!それにものすごく強いんだから!この国の騎士団で彼に敵う人間なんていないわ!」
「なんだと、マリナ!そこまで言うなら、その男と騎士団の試合をしてみようじゃないか?」
「それで?彼が優勝したら、結婚を認めてくれるの?」
「・・・わかった。いいだろう。優勝なんてできるわけがない。この国の精鋭だぞ?」
「その精鋭の一部が、昨日、森で襲ってきたオークやオークロードに全滅させられそうになったのよ?それをライドが助けてくれたんだよ?」
「ほほう、その男、『ライド』と言うのか?」
「何?父さん、なんか悪巧みしていない?」
「ハッハッハッ。俺がそんな男に見えるのか?」
「えぇ。隣国にも散々しているじゃない。間者を送って。」
「ふふん、当たり前だ。この姑息だが有効な手段をとることで、大きな戦争のリスクを回避しているのだ。多くの国民の命を守るためだぞ?」
「うん、わかっているわよ。」
「では、4週間後だ。試合開始は4週間後。それまでに準備をすること。そしてマリナ。そのライドという男が負けたら、お前は父さんの決めた結婚相手と結婚するように。良いな?」
「ちょっと、あなた? 結婚相手はマリナに決めさせるって言ってたじゃないの?」
「今回は条件が悪すぎる。平民で転移者だぞ?どんな人間で、どんな考えを持ち、マリナのことを本当に愛している奴なのか全く情報が無いんだ!だから、ライドとやらの人間性を見るためにも、少々過酷な試練で試させてもらわねば、儂の気も済まないのだ。」
「そう、じゃあ、好きにしなさい。マリナ?話したいことは終わった?」
「えぇ、終わったわ。話を聞いてくれてありがとう。」
こうして、本人の全くあずかり知らぬところで、ライドは『マリナ争奪戦』に巻き込まれてしまうのであった。
翌日、『マリナ争奪戦』は『王国武道大会』と名前を変えて、国内外に宣伝された。
参加資格者は、王国騎士団。国内外の有力貴族。平民で腕に覚えのある者。他国の王侯貴族で腕に覚えのある者。である。
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