【 第六話 マリナ、ロードバイク初乗 】
翌日。俺は筋肉痛であまり動けなかったので、ギルドのエクレアさんに連絡したら、「わかりました。ライドさん。今日はゆっくり休んでくださいね。」と心配された。優しい。今日の『ロードバイク配達便』はお休みだ。
浅逹さんにも連絡して、「筋肉痛を回復してくれそうな薬草とかありませんか?」と訊いてみたら、「う~ん、ポーションで何とかなるんじゃね?」ってどうでもいい感じで言われた。筋肉痛は『病』と言うほどの物でもないので、薬草もないようだ。メイド白虎は付与魔法しか使えないみたいだし・・・お!そうだ!マッサージを頼んでみるか?
「おーい、メイド白虎!マッサージしてくれない?」
「ご主人様?それは私の『エロメイドデビュー戦』ということですか?」
「ちがうっ!ロードバイク白虎が人型になってくれたら、できるだろ?」
「・・・ダメですよ? ご主人様が動力源なのですから、変形できませんし。」
「あ、そうか・・・じゃあ、メイド白虎に揉んでもらうしかないのか?」
「え、えぇ、私で避ければ~モミモミして差し上げますです。デュフフ。」
「やっぱだめだ。妖精サイズのお前だと揉む範囲が狭すぎる。たぶん『凝り』をほぐせないだろ?」
「ですが・・・普段ご主人様の手の届かない所やあんな所もモミモミできると思うのですが?」
「いや、結構だ。ん~と、じゃあ、魔法は?筋肉痛を治してくれる魔法はないの?」
「残念ながら私の使えない『回復魔法系』しかないでしょうねぇ・・・。」
「はぁ、結局ダメか。この心地よい痛みと数日ほど付き合わないとダメなのね・・・って、おい?何やってんだ?」
「いえ、ご主人様をマッサージしようと思いまして、一番大事な所からと思ったのですが?」
「や・め・れ!」
――― ガラガラガラ。お店の正面引き戸が開く音が聞こえた。来客だ!
「こんにちは~!」
「あれ?この声ってもしかして?」
俺は1階に降りていく。転移した初日に会った可愛い美少女、マリナがいた。
「おぉ?マリナ!いらっしゃい!今日は一人なの?」
俺の中で彼女は、ゲンさんと一緒に行動しているイメージがあったので訊いてみた。
「こんにちは、ライド。はい、今日は一人ですよ?」
「ふーん、えっと、どうしたの?」
「それよりもライド?歩き方がぎこちないけど・・・大丈夫?」
「え?あぁ、昨日ちょっと張り切り過ぎちゃって、筋肉痛なんだ。あはは。」
「ロードバイクでお出かけして、張り切り過ぎたんだ?可愛い。クスクス。」
なんだか良くわからないが、笑われた・・・・。
「ライド?筋肉痛イタイなら、治してあげるよ?」
「え?マリナにできるの?」
「その言い方、ちょっと失礼ね。私、こう見えて治癒魔法が使えるんだから。」
「そうなの?じゃあ、治して下さい。お願いします!」
「うん、じゃあ、そのまま全身の力を抜くようにしていて。イクよ?ヒールッ!」
俺の前進が緑色に輝く癒しの光に包まれると、あの筋肉痛独特の痛みが次々と癒されていった!
「おお!治った!ありがとう、マリナ!」
「うん、いいのよ。それより、私、ロードバイクに乗ってみたくて来たんだけど?」
マリナの服装をよく見ると、今日の彼女はパンツスタイル(裾は膝下まで)で、ロードバイクに乗る気満々で来店したのは間違いなかった。
「そうなんだ。じゃあ、乗ってみる?」
「こういう乗り物は初めてだから、いきなり街中は、ちょっと怖いわ。」
「じゃあ、まずお店の中のロードバイクで練習しようか?」
と言って、俺は後輪をローラー台に固定してあるロードバイクへと向かう。
『よし!マリナにロードバイクの楽しさを伝えるため、張り切るぞ!』
「えっと、まずこういう感じで乗るんだよ!」
俺はロードバイクをまたいでサドルに座って見せ、またすぐに降りた。
「わかった?」
「うん、わかった。」
「じゃあ、まず横に立ってみて?」
ススッと俺のすぐ真横に立つマリナ。かなり距離が近く、肩が触れ合ってしまう。
「・・・えっと、マリナ?」
「ん?ライドの横でいいんだよね?」
「・・・あ、いや、ロードバイクの横ね。ははは。」
ちょっとドキドキした。
「えっと、サドル・・・じゃなくて、この椅子の高さをマリナの身長に合わせて調整するから、このロードバイクの横に立ってみて。」
今度はちゃんとロードバイクの横に立つマリナ。
「ちょと失礼。」と俺はマリナの腰の位置を確認して、サドルの高さを調整した。
「このくらいかな?じゃあ、マリナ。乗ってみて?」
「うん。」
「まず、このハンドルを両手でつかんで、片足を上げて乗るんだよ?」
「うん、わかった!よっと!キャッ!」
マリナがバランスを崩しそうになったので、あわててマリナの体を支える。軽く抱きしめる感じになってしまった。平常心、平常心。
「おっと、大丈夫だった?」
「えぇ。ちょっとびっくりしちゃったわ。」
「うん、初めてだから仕方ないよね。(ってマリナの顔が近い!!!)」
「うん、ありがとうライド。優しくしてね?」
「えっと、あの、じゃあこのまま支えておくね?倒れないように気を付けるから。」
「うん、わかった。エヘヘ。」
マリナは恥ずかしそうにしていた。俺もマリナの顔が近くてちょっとドキっとしたって~のに!
今度は問題なく、マリナはサドルにきちんと乗った。
「じゃあ、足をペダルに乗せて、踏み込むように動かしてみて?」
俺は腕を使って足の動きを表現してみたけど、マリナは「???」みたいな表情をしたので、
「ちょっと、足首を触るね?」と一言断ってから、足首を優しく掴むと、マリナが反応した。
あれ・・・ちょっと?今、ピクッてした?くすぐったかったのかな?
「マリナ?痛かったかな?」
「ううん、大丈夫。ちょっとくすぐったくて。エヘヘ。」
うん、ちょっとマリナの顔が赤いけど、本人が大丈夫と言うのなら問題ないんだろう。
俺はタッチをできるだけ必要最小限にするように気を付け、マリナの足首を動かしながら、ペダリングの動きを教える・・・やはり、くすぐったいみたいで、それに耐えるマリナの表情がチラッと見えた。
ペダリングの次は、操作方法全般をレクチャーした。
変速ギアの仕組みを簡単に説明して、シフトチェンジの仕方、レバーの動かし方、サイクルコンピュータの操作と見方、これが一番大事な、ブレーキの掛け方まで。
マリナは最初恐る恐るペダルを踏んでいたけれど、段々と慣れてきたみたいで、ペダリングの回転速度が速くなってきた。
『あ!マリナが笑顔になってる!すっごく可愛い~!』
初めて家に来たときは、あんまりわからなかったけど、マリナはどこか良家のお嬢様っぽい雰囲気がする。もしかしてお姫様なのかも。でもまぁこの国の慣習から言うと、そんな高貴な人物がこんな平民の所に居るわけがないんだけどね。
それにしても『ねぇ、見て!見て!ライド!私、できてるよねっ?』ってマリナの笑顔が訴えてくる!今最高に楽しいってことを物語っている!はしゃぐマリナの笑顔を見ると、俺も嬉しくなってきた!
マリナはカチャカチャとシフトチェンジも、楽しんでいる。そのたびに、表情が変わるマリナ。
うん、生き生きしていていいね!最高の表情だね!
スピードが乗ってきたので、『もしマリナがバランスを崩してロードバイクごと倒れたら大変だ!』と思い、俺はロードバイクの前に回って、ハンドルの直線部分を抑えるようにした。初心者は思わぬ事故を起こすからね。念入りにしておかないと。
『あ、でもまたちょっと・・・かなり顔が近いかも。』と思ったが、動揺している場合ではない。
『あれ?マリナって・・・こんなに美人だったっけ?』
改めて近くで見ると、マリナは俺の思っていたよりも大人っぽい顔立ちをしていた。
でも、今はその顔は『楽しい!最高!』が一杯だ!だから、俺もなんか嬉しくなって、
「どう?マリナ?楽しくて気持ちいいだろう?」
「うん!ライド!ロードバイクってすごく楽しいね!」
マリナは「ハァハァ」と息を弾ませながら、爽やかな汗をかき素敵な笑顔になっている。
「よ~し!ライド!もっとスピード出してみるよっ!それぇ~っ!」
マリナは後輪が固定されているとはいえロードバイクの操作に完全に嵌ってしまったようだ、そして半立ちの姿勢になって、体を前に乗り出してきた!
『マリナの顔がすごく近くなったな~?』と思った瞬間、俺の唇に柔らかい感触が・・・。
何が起こったのかわからず『あれ?』と思っていると、マリナの顔が急激に真っ赤になった!
その瞬間、俺は気付いた。『あ、もしかして・・・キスしたかな?でも不可抗力だよね?』
でも俺は『やばい、きっと平手が来る!』と思って反射的に目を瞑る。こういう時の定番だ!
・・・けど、マリナは顔を真っ赤にしたまま硬直状態だった。
「あ、あれ?あれ?あれ?」とブツブツ言いながら、ブレーキをキュッとかけると、慌ててロードバイクを降りて、店の外へと駆け出していった。
俺もこんな展開になるとは思っていなかったので、慌てて彼女の後を追いかけようと外に出た!
けれどマリナの姿はすでに見えなかった・・・彼女、足が速いんだな・・・と思った。
マリナはその日、もう戻ってこなかった・・・俺は何か、やらかしたのかも知れない、今度会った時は謝ろう、今日のことは不可抗力だったとしても謝ろう・・・。そうした方が、彼女も話しやすくなるかも知れないしね。
と、俺が反省していると、柱の陰からメイド白虎が
「ご主人たま~?面白いものを見せていただきましたです。デュフフフ~。」
と言いながら、変態な笑顔をしていたけど、ほおっておく。
・・・にしても、彼女の親御さんになんて言い訳しよう?キスだけで『結婚して』とか『責任とって』とか言われないよね?でも言われたら嬉しいけどね・・・異世界だからルールが良く分からない。
もう、ため息しか出ないよ、はぁ・・・。
お読みいただきありがとうございました。
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