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サン


この世に生を受け、俺はいつ死んでも可笑しくない人生を歩んでいた。


 第三王子など名前だけで俺の出生を馬鹿にする者など数多く存在した。


何れ兄の誰かが皇帝になり、腐りきった臣下の傀儡と化した陛下の下で護衛と言う名の監視を付けられ、生きながらに死んだ様に幽閉され生きて行くか、秘密裏に殺されるかする、そんな人生。


実際、そうなる筈だった。


 そうしなかったのは、大切な人の存在と何個かの偶然と運が重なったから。


俺の意思でそうしたんじゃない。


 いや、父や父の妃や側妻や兄達を手に掛けたのは俺の意思の元だった。


だが皇帝と言う椅子が欲しかったか聞かれたらそうじゃない。俺が欲しかったのはそんなんじゃ無かった。


たった一つ守れたらそれで良かった。


そう出来なかったから、今俺は此処に居る。


 殺らねば殺られていたのはこちらの方で立ち上がらないと飼い殺しの様に首輪で繋がれ、地下の牢獄にでも幽閉されてた事だろう。


俺は所謂先祖返りと言うモノだった。


有り余る魔力と体力は王族の誰よりも高かった。


 だからか目を付けられ、幼い頃から何度も命を狙われて来た。


俺が仲良くした者は次の日は亡骸となって発見され、俺付きの世話係は毒を目の前で飲まされ、この世を去った。


 母は父の正妃に無実の罪を着せられ、罪人の塔に幽閉され、一年と立たず首を括り死んだ。


俺を何より悩ませたのはこの先祖返りだった。


 真っ白な毛並みを持つ獣の姿は昔、母の祖先と契った聖獣の血だった。


その事はタブーとされ今でも知るのは側近中の側近だけ。


父は何よりもこの血を嫌った。


 いや、無能な自分を浮き彫りにさせる母の血を嫌ったのだろう。


王族故の誇りを俺が刺激したのだろう。


 そうとは知らず、幼い頃の俺は我武者羅に頑張った。


頑張れば何時か父に認めて貰えると。


優秀な結果を出せば何時か父に褒めて貰えると。


 だけど、どんなに頑張ろうと、結果を出そうと、父は俺を褒める事は一度も無かった。



寧ろ嫌なモノでも見る様に見られた。


 「お前は何もわかっておらぬ」と、冷たく言い放たれ、頭を撫でる代わりに鞭打たれた。


その瞬間、期待する事は辞めた。


 自分ではコントロール出来ず、度々獣の姿になった俺を汚物を見る様に見つめ、側妻達が毒を纏った言葉を投げ付ける。


母の涙と世話係の最後の笑顔が忘れられない。


今でも夢に出ては俺を苦しめる。



「リヒト様の頭に乗る王冠を見れず逝く事が一番の心残りです!」



 世話係のその言葉が俺を動かしたのは当たり前の事だった。


俺の事を誰よりも一番に考え、信じ、敬い、母と同じ程の愛情で接してくれた世話係は僅か25と言う若さで死んで行った。


 何個かの運と偶然が重なった瞬間、俺はここぞとばかりに動いた。


頭にあったのは世話係の笑顔だった。


俺を突き動かしたのは世話係の一言だった。


 だけど俺をここまで押し上げて来たのは俺の考えに賛同した臣下の者達。


 争いの無い理想の治世は思ったよりも時間と揚力を使った。


後悔はしてない。


する筈も無い。


でも、胸に込み上がる何かがある。


居ない存在を探すのは無意識のうちだ。


 あの甘い匂いと茶色い甘そうなフワフワな髪が忘れられない。


世話係、ミリィの墓には今でも欠かさず花を添えに行く。


 世話係とは名ばかりの俺の大切な人。


よく笑いよく泣く世話係の声が今も胸を焦がす。


 ミリィの好きだった深森の奥の湖の畔にミリィは今でも眠ってる。


好きだった花の種を撒き、年中満開の白い小さな花は淡いピンク色でミリィと同じふんわりと心地よい優しい香りを漂わせ今日も咲き誇る。



 可愛らしい花はまるでミリィの様で、その匂いを嗅ぐだけでミリィがまだソコに居る様な気がする。



現実にはもう居ないミリィ。



 あの柔らかな温もりを求め、虚しい心は何者にも分からないし、わかって欲しいとも思わない。



ミリィは俺だけのモノだ。


ミリィの匂いも記憶も俺のモノだ。


だから後宮など馬鹿馬鹿しい。


 「何時になったら取り壊しになるって?」


「ですから陛下にお子の一人でも出来るか、正妃様を決めて頂ければ明日にでも取り壊しましよう」


 頭でっかちの宰相が何度目かにもなる台詞を淡々と発する。


後宮の女共の誰かを正妃に?


馬鹿馬鹿しいにも程がある。


そもそも指一本触れずにどうやって子を作れと?


 「あんな化粧と香水臭い女に立つもんも立たん」


顔も好みでもなければ性格も好ましくない。


ズケズケと言い放てば大きなため息を吐かれる。


 「陛下...噂をご存知でしょうか?」


「俺が絶倫の遅漏だと言う噂か?毎日お盛んで女を食い散らかしてるって噂か?」


 根も葉もない噂に呆れた様に笑えば額を抑える宰相。


此奴は俺が信じられる家臣の一人で改革に賛同した一人でもある。


 平和になり、気が付けば毎日の様に正妃を決めろやら、一日も早くお世継ぎをやら...正直五月蝿くてかなわん。


俺だって頭では分かってる。幼い頃の初恋はもう忘れるべきだと。


居ないミリィを探すのではなく、現実を見ろと。


頭ではわかってる。


でも、心がどうしようもない程、ミリィを探してしまう。


 空いた隙間を埋める様に探すのは、やっぱりあの香りだけ。


噂の出処は相手をしない俺への当て付けで、後宮の女共が流してるんだろう。


 その様な噂を流された所で痛くも痒くも無いが、気には食わない。


だけどどうする訳でも無い。


 言いたいなら勝手に言っておけ。と、放ったらかしにしてたからこんな事になったのか。


後々後悔するのはやっぱり俺だった。


 その日、朝から後宮の女の一人、臣下の一人娘に呼ばれ、俺は朝から来たくもない後宮に来ていた。


そこで出された紅茶を飲んだ辺りから身体に異変があり、俺は自分の軽率な行いを後悔した。


有力な臣下の娘だから断るに断れなかった事を悔やむ


 毒や媚薬の耐性は幼い頃から慣らしており、この身体はそれ等には強い。


だが、女が使ったのは毒でもなければ媚薬でも無かった。


紅茶に忍ばせたのは禁呪に近い代物だった。


前後不覚になる俺を女はベットに誘った。


ベットに横になる俺に女は甘く囁く。


 「陛下...私の祖先は呪術に特化した一族なんですの」


ソッと首筋を撫でられ身体が反応する。


それと同時に心が酷く冷えて行く。


 ビクッと身体を揺すりながら荒い息を吐き出す俺に女はウッソリと微笑む。


真っ赤な唇がニッと上がる。


「身体が苦しいでしょ?陛下?此処もジクジクしますでしょ?」


 ソッと撫でられた下半身に思わず女の手を払い除け、ギロリと睨み付ける。


ハアハアと荒い息のまま立ち上がる俺を見つめ女が目を見開き驚く。


「そんな...あれ程の強力な呪を受けて...」


 「くっ...」


ガクッと膝を付けながらも俺女を睨み付け言い放つ。


「言え...何のっ...呪を...っ」


 俺の異変を嗅ぎ取ったのか後宮に行く時は退けてる衛兵達が騒ぎながら駆け付ける。


女が拘束されるのを横目にフラフラしながらも必死に歩く。


 今日はまだミリィに花を添えてないんだ。


この後、深森に行く予定なんだと1歩踏み出すも目の前は真っ黒になり俺は意識を手放す。



次に目を覚ましたのは三日が経ってからだった。


俺は人の姿を取れず聖獣の姿のまま目を覚ます。


そして言葉さえ出て来なかった。


宰相が言うには女は拘束し、女の家族諸共捕えたと言う。


 意識のない内に全ては終わっており、一向に正妃を決めない俺に痺れを切らしたのか呪術に特化した一族が出た行動だった。


女が施した禁呪は対象を前後不覚にし、興奮させるモノだった。


 オマケに本来の本性、本能を抑えられなくする術らしく、俺はそれから暫く人の姿を取れなくなる。だが幸いな事に何れその術も解けるだろうと城付きの呪術師が言う。


更に何が追加されてたのか、本来の姿よりも遥かに若い幼体の姿だった。


勿論、女やその家族は一族諸共取り潰しになった。


俺が目を覚ましてまずやった事はミリィの墓に行く事だった。


幼い獣の姿は思ったよりも大変だった。


 皇帝と聖獣が同一人物だと知る人物は王宮でも一握りだ。


昔は口に出すのも禁じられた事実を自分から言う事も無く、聖獣と皇帝は別人だと誰もが思うし、唯一連れ立つのは聖獣ただ一人。


 聖獣も自分なのに、噂と言うものは本人を尻目に変な方に広まる。


宰相と恋人同士だと言う噂が流れたのは流石にお互い否定した。


 まぁ、それも宰相に最愛の奥方が出来て噂も消えたが、臣下のいたたまれない視線に俺が振られたみたいではないか?


 それにしてもこの幼い獣の姿と言うモノはなんとも扱いづらい。


それでもなんとかミリィの墓まで来た俺はミリィが居るであろう墓に近寄る。


 ミリィが死んだ瞬間、俺は余りのショックに気を失ったのだった。


今では朧げなミリィの姿


 その真っ直ぐな茶の瞳が凄く印象的で他は曖昧な筈が決まって思い出すのは懐かしい茶色の髪と瞳


此処に埋めたと聞いたのはミリィが死んでから随分経ってからだった。


 中々ミリィの死を受け入れない俺に、宰相は歯を食いしばり俺をここまで連れて来て言い放った。


「アイツの死を無駄するな!」


昔の口調に戻った宰相はすぐ様、俺に非礼を詫びた。


「たかが臣下が出過ぎた真似を致しました。だけど、分かって頂きたく存じます。この事で首を切れと言われたら喜んでそうしましょう。それで貴方様が前を向くのであれば私は本望です。」


 幼い頃から共に過ごし成長して来た宰相からしたら抜け殻の俺は見るに絶えなかったのだろう。


幼い頃の口調は俺を奮い立たせた。


そして今の俺が居る。


 『ミリィ来るのが遅くなった...』


声に出せず、心の中で呟く。


 スリッと墓に擦り寄り、ミリィの好きだった菓子と花を添える。


 『会いたい』と呟けど言葉は出て来ず、俺は耳を垂れる。





その帰りに俺はもう一人のミリィに出会った。


俺のミリィと同じ茶の髪と瞳だった。


酷く幼いその容姿は俺のミリィとは全然違う。


足を怪我した俺をもう一人のミリィは癒し手当した。


 城で再会した瞬間、俺は吃驚すると同時に嬉しかった。


もう一人のミリィは何処かヌケており目が離せない。


もう一人のミリィは俺のミリィと違い、凄くドジだ。


何かをさせると必ず失敗する。


 得意なのはポティの皮剥き。


あ、でも味付けは優しくて...美味い。


 ミリィが皮を剥き味付けをしたかと思えば普通のポティも凄く美味しく感じた。


ミリィが死んでから忘れてた味が戻って来た瞬間だった。


 またミリィの手から食べる干し肉は更に美味かった。


 思わずペロペロ舐める俺にミリィは擽ったそうに笑う。


その笑顔は俺の知るミリィと全然違うのに、何故か重なって見える。


胸がこんなにも高鳴るのはミリィが居た時以来だ。


 だけど、ある日、知らない男が俺の目の前でミリィを奪って行った。




俺はその日もミリィの元へ向かった。


ミリィは決まった時間に決まった場所にやって来る。


 雨の日の場所、晴れの日の場所。必ず決まった場所に来るミリィは俺を探す。


その事が何故か酷く擽ったい。


 ミリィは俺を連れ、お気に入りの場所も教えてくれた。


好きな菓子も、飲み物も、色も、その日あった事も、嫌だった事も、嬉しかった事も、隠さず伝えて来る。


ミリィはよく笑う。


俺の腹を撫でながら幸せだと呟く。


俺はその言葉を聞くと酷く胸が苦しくなる。


 俺も幸せだと思いながらも、そう思ってはイケナイ様な気がするのだった。


その度に俺のミリィが浮かんで来る。


 最後のあの綺麗な笑顔と真っ直ぐな茶の瞳を思い出す。


俺のミリィは時折悲しそうに遠くを見つめる時があった。


最近、俺のミリィの顔を思い出すのに苦労する。


忘れた訳じゃない


だけど、ミリィと重なって見えるんだ。


この胸の苦しみは理解出来ない。


いや、理解したくないと言った方が正しい。


俺のミリィが消えてしまいそうで、俺は凄く悲しかった。


 嫌だと思った。ミリィを消したくないし忘れたくない。


だが、俺にはどうする事も出来なかった。


 ミリィに会わないと言う事も、もう既に難しかった。


俺の中でミリィは大きな存在になっていた。


そんな中、俺の目の前でアイツはミリィの腕を掴み持ち、掻っ攫う様に連れて行ってしまった。


すぐ様追い掛けようとした。


だけど運悪く宰相が現れる。



 「陛下...アビリタが居なくなりました」


アビリタとは俺に禁呪を掛けた例の女だった。



 更に悪い事にアビリタはミリィの事を嗅ぎつけたらしい。



その3日後、ミリィが意識不明の重体で発見される。


 まるで眠った様に見えるミリィは傷一つ無かった。


アビリタはその場で自決した。


 ミリィは何かの呪術に掛かってるのか一向に目を覚まさない。


ただ眠った様に、その瞳を開けない。


俺はどうする事も出来なかった。


 国中のありとあらゆる呪術師を呼び寄せ、本と言う本を読み漁っても何も分からなかった。



また俺はミリィを失う?


そう思うと恐怖で目の前が真っ黒になる。



俺はミリィを隠す様に自室の奥、


自身のベットにミリィを寝かせる。



そして誰にも触れさせない。


 ミリィの全ては俺のモノで髪の先まで誰にも渡せなかった。


自分の力を制御出来ず、己に掛かってた禁呪が時を待たずに破られる。


だが、ミリィを元に戻す力など俺には無かった。


俺は自分が歯がゆかった。


何としてもミリィを取り戻したかった。


あの笑顔をもう一度見たかった。







そんな中、あの二人が乗り込んで来た。


 絶対強者の前に畏怖するモノを、あの二人は果敢にも真っ直ぐ見つめて来る。


そして当たり前の様に言い放ったのだった。


「アイツを返せ」と


本能の前に、自らの愛するモノを返せと意気込む二人はとても勇敢だった。


不敬だと取られても仕方がなかった。


だけど俺はそうしなかった。


 同じ女を愛したモノとして俺はミリィが眠る寝室に二人を通す。


一目散に駆け寄って行く二人の目にはミリィしか見えて無かった。


「ミリィ!!!」


 「ああ、ミリィ...君ってなんて馬鹿なんだろう。ほら、起きて?僕にこんな思いをさせるなんて...絶対許さないから」


「何時まで寝てんだ?早く起きねぇと...俺っ...何すっか...わかんねぇのに...」


 感情を静かに高める様は見てる方が痛々しい。



ミリィの頬を優しく撫で顔を寄せる二人はゆっくり立ち上がる


そして俺を真っ直ぐ見つめて来る。


「俺らに出来る事をご命令下さい」


 膝を折り胸に手を付け臣下の礼をする二人はとても力強い眼差しを称えていた。


皇帝と言う名がこれ程もどかしいと思ったことは無い。

動きたくても動けない煩わしさに俺は嫌気がさす。


命令する事は容易い。


だが、城を何日も開ける事など俺には出来なかった


俺のミリィが夢に見た理想の治世。


それが俺の肩に伸し掛る。


だけど俺にも出来る事もある。


 眠るミリィが衰えない様に魔力でコントロールし、生気を与える事も、皇帝の名が有るから見れる禁書もある。


後は頭の硬い神殿のバカ達を納得させればその禁書が読める。


 そこにミリィを助けられる事が書かれてるかも知れない。


一方で、遠く...王家の力が及ばぬ未開の地に禁じられた禁呪を受け継ぐ一族が居ると聞く。


城に縛り付けられてる俺は動けないけれど、この二人ならと、俺は二人に言い放つ。


「其方らに頼みたい事がある!」


俺は此処で出来る事をする


だからお前らも出来る事を頼むと心で伝える。



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