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勇者ではなく、憂鬱

作者: 茶蕎麦

 名称はメーカーが出して下さったのを特に何も考えずにそのまま付けています。

 ネームメーカー様、どうもありがとうございました!


「ぷっはー。ダヌーニュ産のソーダは美味いね、しかし!」

「……エールニル、呑むの早い」

「イシュトの言う通りですわ。せっかく美味なのですから、もっとシードルを味わわないと」

「はっは! そう言うハリスラも、何時もより随分と食が進んでるみたいじゃないか」

「だって、このピッツア、シードルにとっても合うのですよ!」

「……ほんとだ。さっぱり」


 ウェミテル王国の首都、ユノグルにて酒に興じる一団。大いに木樽ジョッキぶつけを合わせて、彼女らはシードルを飲みながらつまみを食みつつ、歓談をしていた。

 本来、酒場にてありきたりな光景の一部であるはずのそんな姿が、取り上げたくなってしまうくらいに、どうにも目立ってしまうのは女性らの容姿が並外れているから、だろうか。

 麗しき三人。ウェミテルにしてはどうにもエキゾチックな見目も混ざっているからには、どうにも悪目立ちする。

 本来なら言い寄る者も多く出てくるだろう、そんな女衆に誰一人近寄ろうとしていないのは、彼女らが皆一人に惚れ込んでいることが広く知られているがため。

 故に、軽口もそこそこに、酔いに多く彼への話題が滑り出す。まずエールニルと呼ばれた様々な部分が大きい、どこか女傑を思わせるポピュラーな赤髪の女性が、うっとりしながら切り出した。


「確かに美味い。返す返す、勇者が早々に寝入っちまったのが残念だよ。しっかし……勇者はこう、なんというか仕事人って感じで、そんなところも格好良いよねえ……異世界の男って、みんなあんなもんなのかねえ」

「……ヨダレ垂らしながら言うのはちょっと、いやらしい。でも、ヨウタが特別に素敵なのは本当」

「ですわ……あんな殿方、そうそういません。丁寧な物腰でありながら、戦いにおいては勇猛。時に垣間見える賢さも、ポイントですわ!」

「こっち来る前は学者かなんかだったのかって言うくらいの知識を見せたりするよねえ……そこんところ、魔法使いなイシュトにとってはどう見えるかい?」

「……確かに、魔法使いの適正を思わせるくらいには知見の広さを覚える。でも、あんなに強い学者なんていないと思う」

「ははっ、そりゃそうだ! なんてったって、勇者ったら、このあたしよりも腕っぷしがあるからね」


 言い、エールニルは多く傷が刻まれた白い肌を顕にし、その腕の優れた筋を見せつける。それを見て、どうにも魔法使いであるらしい夜の暗がりに思えるほど焦げた肌を持つ小柄なイシュトは、ずれた大きな帽子を直しながら嘆息した。


「……はぁ。確かに、音に聞こえたエレシャン村の女オークが物理的に宿に連れ込めない男が居るとは、私もびっくりした」

「宿に……まあ、エールニルったら、いつの間に勇者様に対してそんな不潔なことをしようとしていらっしゃったのですか! こ、婚前交渉は、はしたないですわよ!」

「情事にはあたしも一家言あるが……いや、普通に買い物先に引っ張られて、はしたないも何もなかったから、そうかっかしないでおくれよ、ハリスラ。別に、あんたのところの神様はそこんところを禁止している訳じゃないんだろ?」

「訊いたところ、神託にて、神様は確かにガンガンいこうぜ、と夫婦生活を奨励していましたが……で、でも、時に色は隠すことも大事、とも仰っていましたわ!」

「……ドゥルウス教の神様は、やっぱり変」

「つうか、ハリスラったら、直接神様に訊いたのか……隠しているつもりだろうけど、この子、実は相当にスケベだよねえ」

「むむっ、男子禁制の世界で育てられた女神官なんて、皆こんなものですわ! 先輩達には、もっと凄い人が一杯居ますわよ!」

「むっつりのあんたより凄いって、あんまり聞きたくないなあ、そりゃ」

「それに……開き直って特殊な例を持ってきても、ハリスラのどスケベは消えない」

「私、仲間にどんな風に思われていますの!」


 愕然とするハリスラ。神官職らしい法衣に身に纏った彼女は、とても平均的である。当たり前のように金髪で、中途半端なミディアムヘアで、性徴っぷりもエールニルとイシュトの中間。ただ、顔は自然な美形ではあった。

 黙っていれば、清廉にも思えるだろうその見た目は、会話内容とオーバーリアクションにてただただ残念なものになってしまっている。

 くいと、ジョッキを空にしてから、ニヤリとしてエールニルは追い打ちをかけた。


「まあその、ハリスラのどスケベエロエロが、勇者にバレてなければ良いんだけれどねえ」

「エロエロが増えてますわ! って、勇者様に? そんな、あのお方の前での私は清楚一筋。ふふ。きっと、勇者様の中で私は、虫一匹殺せない淑女ですわ!」

「……メイスで魔物を一撃必殺する神官がよく言う……でも、多分ヨウタにバレてるよ?」

「本当ですの!」

「そりゃ、猫かぶっていてもその筋の女ですら躊躇うくらいに、時と場関係なく身体を寄せ付ける女が清楚には思えないだろうさ」

「で、でも…そうでもしないと、私の興奮が鎮められないのですわー!」

「……流石、どスケベエロエロピンク」

「今度は、色が付きましたわ!」


 天を仰ぎ、ショックを身体で表すハリスラ。最早、喜んでいるようにすら見えるその様に、エールニルとイシュトは笑う。

 二種の笑顔を受けて膨れっ面になるが、しかしハリスラは面ほど怒ってはいなかった。ふざけて揶揄したりされたりはするが、何だかんだ、仲がいいのである。

 だからこそ、彼女らはこの輪に入れられなかった異世界から来てくれた愛おしい勇者を思わずにはいられないのだ。


「まあ、愉快なハリスラの話題は置いておいて。ホント、勇者ったらつれないよねえ。酒場に付いてきてくれたことなんて、一回きり。いっつも同じ宿屋で飯食って、寝るばかりなんだから」

「……ひょっとして、宿屋のおばさんが目当て? ヨウタ、年上好きだった?」

「それは、まずいですわ! 確かに寝入ったことを確かめもせずに、宿に残してきてしまいましたもの! かもしたらこの後、深夜の密会があるかもしれませんわ!」

「いや、ミスザおばさんは勇者のこと可愛がってるが、流石にそれはないだろ。未亡人と、とか考えにくいし年齢があんまりも……」

「そうですわね。未だ見目麗しい方、とはいえ三十路過ぎというのは……」


 ぴちぴちな三人は、今勇者が籠もっている宿屋の主人を思い出す。色気はあれども、どうにも年相応のだらしなさがある。それを、この世界では魅力とみなかった。

 三十路過ぎなど異世界では普通に結婚適齢期とされていることを、彼女らは知らない。勇者が、一番対応に困っているのが当のミスザおばさんを相手にする時、ということすら判らなかった。


「じゃあ、若いってのに、勇者があたし達に食いついてこないってのは何だ?」

「ヨウタは知らないだろうけれど……勇者の血をこの世界に容れられる、そういう期待もあってこその私達なのに」

「実力から期待されて、と思いたいですが、それだけならばシヴノス神官様の方が適役ですからね。やはり、異性ばかり遣わせるというのはそれ相応の意図というものがあって然るべきでしょう」

「しかし、勇者は気づかず、そして嫌々就いていた私達がメロメロにされて今がある、と。……まさか、アイツ、同性愛者というわけじゃあるまいなー」

「あわわ……ガレマさん、女の子同士はいけませんわ!」

「……ハリスラのトラウマが。……まあ、放っておこう。でも、エールニル。流石にそれは無いと思う。そうだったら、ヨウタが私達のボディタッチに一々照れたりしない」

「それもそうか……」


 そこは触ってはいけないところですわー、と騒ぐハリスラを他所に、魚のフリッターをはむはむしながら語るイシュトの前にて、戦士エールニルは顎に手を当てながら考える。

 おかしいところばかりの異世界から来た彼。正しく勇者というべき能力を持っていても、しかし一応同じ人間。性欲はあり、人に触れることを嫌っている訳ではない。むしろその優しさはこの世の清涼剤とすらいえる。

 弱者を慈しみ、人を愛す。行き過ぎとすら思える程のそれは、魔王軍の者にすら及んで向こうの将に心配されるほどであり、倒せばマナに帰る魔物に一々手を合わせることを欠かせないことからも伺えた。


「それを考えると、ちょっと自分勝手に事を起こすことに、慣れてないっていうことが一番なのかもしれないなあ」


 そうして、エールニルは今までで一番、彼の真相に近づく。しかし、恋は盲目。まさか勇者たる彼が臆病者とは気づかずに。ただその紳士さに感じるのだった。


「なら、アタックを強めるべきですわね!」

「……愛されたいなら、愛する。それが一番」

「かもなあ。ようし、明日から勇気出して、もっと肌を出してアピールしてみたりするかー」

「その破廉恥な服に、まだ進化の余地が残されていたのですか!」

「……むしろ退化。つまり素っ裸?」

「お前ら、怒るぞ……」


 二人の仲間のとんでもない言い様に、エールニルは怒る。まるで自分が露出狂の変態みたいじゃないか、と。

 だが、ビキニアーマーの下に、多少のインナー。そんな現状より上のセックスアピールなんて考えられないのは、仕方ない。

 実際のところ、勇者メンバーだから許されているが、場所によっては然るべきところに通報されてもおかしくない格好であり、エールニルは立派に変態的であった。


「……分かってないんだ」

「黙っておきましょうね。後で年取った時に気づくはずですわ」


 勘違い。エールニルの知らぬところで、視線は錯綜し、そんな言葉が交わされた。




「ぐぅ……」


 そして、そんな認識の錯誤は往々にして様々なところで起こるもの。勇者と思われたただの憂鬱は、ベッドの上で苦悶の声を上げる。


「キツい、なあ……ホント」


 彼を苦しめているのは、過度の肉体の強張り。そうして、誰知らず、取れない緊張を解さんとする労苦は行なわれる。

 人に不快を与えないように、忘れずに何時だって苦しみながら入るが、それでも風呂に大変な労苦を覚える程には鬱々としている彼は、公衆浴場でのんびり出来ずに毎度の歓待にすら疲れ切っていた。

 今まで堪え続けていたが、呼吸すら辛い。病的とすらいえる、その鬱屈した精神からくる身体の苦しみに、柔らかなベッドの上で青年は耐え続けた。

 自分は分を超えて頑張りすぎていた。それは、よく分かる。けれども、頑張らなければ、見捨てられてしまうかもしれない。その恐れがばかりが、彼を動かす。

 そう、彼には自分の目で見る愛情に友情の全てが、信じるに足りない。それは、昔からそうであり、しかし科せられたものが僅かしかなかった以前に比べると、最早今は。


「地獄だ」


 そう、呟くしか無かった。



 井伊葉大いいようたは、異世界に召喚され、そうして自らの力が今まで以上に評価されることを、好むような人間ではない。

 人間に酷く痛めつけられ、愛された覚えすらない彼に、他人など邪魔。一人でいることこそが、幸せなのだ。

 しかし、それでも勇者らしくあることを望まれる視線を葉大は裏切ることが出来ない。期待に応えられなかった後が、怖いから。


「好かれているのは、分かるけれどさあ」


 葉大はシーツの上にて芋虫のように、身動いだ。

 好意。別段、それは嬉しくないわけがない。しかし、それは反すれば敵意になる。故に、なるべくそれを刺激することはためらわれた。

 故に、幾ら向けられる情を解していても、それを受け取られない。それくらいに葉大は人間不信ではあった。


「ハリスラには語られたけれどさ……愛って、なんなんだよ、本当に」


 愛とはなんだろうか。それが、比較と否定でないことくらいは判る。しかし、葉大にはそればかりが馴染み深すぎた。

 故に彼女らが信じ難い。理解出来ない。そんなもの相手に愛どころか、恋だって無理であった。しかし、近寄られ、触れ合い、自ずと性欲ばかりが刺激される。うつ症状で反応すら起きないというのに、それはまるで拷問だ。

 好意を向けてくるパーティメンバーには口が裂けても言えないが、これならば一人で、或いはせめて同性ばかりと旅した方が良かったと、葉大は思う。

 万が一、彼女らに手を出してしまったらきっと帰ることすら覚束なくなってしまうだろうから。責任を取ろうとする自分を、きっと葉大は抑えることが出来ない。


「俺は、帰りたいのに……」


 もう、そこそこの時間が経っている。帰ったところで職場はもう自分を待っていないだろう。更には何時も通り、家族から侮蔑の視線を向けられるばかりの日々が続くに違いなかった。

 しかし、それでも今よりマシだ。自分なんかが必要されるならと、発奮しすぎた勇者の形を続けなくてはならない自業自得。それが延々と続くよりは。


「ホントは俺には、起き上がるのすら、キツいってのに」


 どんな行動にも、大変な労が要る。それほどに弱っている彼は、しかしそこまで追い詰められているからこそ、頑張らざるを得ない。最悪を恐れて。

 異世界産の自分が、仲間やこの国から見捨てられたらどうなってしまうのか、判るから。生きるのが辛くとも、野垂れ死ぬのは、御免だった。


「あの魔物の娘……ヴァーザって言ったか。あいつは俺のことを理解しているフシがあるから気をつけないとな」


 そして、そんな葉大の弱い内心を、どうにも魔のものは嗅ぎ付ける。というか、知って本気で心配してくれるのだ。どこか嬉しくも、その事実は恐ろしい。

 こんな自分が認められる筈がないという地を這うレベルの自己評価。そんな本心を知られる危険性を孕んだ相手。それは、幾ら相手が自分を好んでいようとも、信じられなかった。


「エールニルが追い返してくれたけれど、また来るねって……もう来るなっての」


 一時間。それで少し強張りが引いた手を閉じたり開いたり。そうして、また今度は違う場所に緊張と痛みを強く覚える。

 自称魔王の娘という悪魔な女の子は、葉大を救いたいからとそう言い、去った。確かに、助けて欲しくはある。けれども、敵を信用なんて出来ない。


「どうせ、殺し合うんだ……情なんて、要らなかったよ」


 去り際に向けられた、彼女の紫色の瞳を思い返す。そこに秘められた優しさは、毒だった。だから、それに侵されながらも、葉大はそれを拒絶するのだ。


「俺は、勇者として魔王を倒して、そうしてから帰してもらうんだから」


 呟き、葉大は独り全身の痛みを堪え、毛布を抱きしめるのだった。



 見せかけているだけと思い込んでいるその優しさが生来のもので、それが魔法に見出されたがために葉大がこの世界に呼ばれたのであるということを、知らない。向こうで挫かれ続けていた青年は、孤独に涙を零した。





 やがて、離れた場所の二人は同じ時に似たような言葉を零す。


「アイツがあたしらの気持ちに、気づいてくれば良いのだけれどなあ」

「……皆が俺の気持ちに、気づいてさえくれなければ、良い」


 求める心と拒絶の心はすれ違い、そうして彼はずっと勇者のまま、きっと世界を救うのだろう。




 出来れば続けたいのですが、現状、短編です。

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