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美恵の家は橋を越えて遊歩道を横切った先の住宅団地の一角にあった。帰り道は反対方向だが、私は用事のない日は美恵の家路につくに合わせて並んで歩いていた。道すがらで単生群生している植物たちの強い草いきれに十代の若さを比喩させたくなるような夏の日だった。
「それにしても、突然引っ越すからびっくりしたよ」
「うん。お義父さんの所に、お母さんが駆けこんだような形だったから」
「えっ。再婚したってのは聞いてたけど、駆け落ちだったの」
「ううん。離婚した後だったよ。二人とも仲が悪かったから。お父さんは家の事には全然無関心だったし、それが良くなかったかも」
「今のお義父さん、前のお父さんと比べてどう。優しい?」
美恵はそこで口ごもった。横目で私の顔を見つめていたが、しばらくするとそのまま視線を地面に落とした。
「美恵」
「うん」
「何かあるんだったら遠慮なく言って。私たち、友達でしょ」
「ありがとう、早苗ちゃん。でも、これは家の話だからさ」
私は美恵の態度が気になったが、それを無理矢理聞き出すわけにもいかず、ただ黙ってうつむく美恵の横顔を、彼女の家にたどり着くまで見守るしかなかった。
美恵がドアのチャイムに手を伸ばす。やわらかい音色が間延びして二音を鳴らすと、美恵は私に向き直った。
「それじゃ、また明日ね」
その時、ドアが内側から開いた。美恵が肩を一瞬震わせた先に女の顔が見えた。
「おかえり、美恵」
私は面食らった。美恵を出迎えた女の声は穏やかなものだったが、その顔は左目のあたりに大きな痣をこさえており、それを見る私の心中にも穏やかならぬ感情を催させた。
「お母さん・・・・・・」
美恵の声を失った姿と、自分を見つめる私の姿をみとめると、母と呼ばれた女は悲痛な面持ちをして私に頭を下げた。
「二人とも驚かせてごめんなさいね。あなた、美恵のお友達? 一緒に帰ってくれたのね。ありがとう。この子、とても物静かな子だけど、仲良くしてあげてね」
目の痣をおいて考えても、私が覚えている美恵の母親は印象をガラリと変えていた。頬がこけ、ワンピースの短い袖口から突き出た腕の細さが異様で、むき出しになった鶏ガラの部分を思わせた。
母親がドアを大きく開けて美恵を通した。玄関で靴を脱ぐ美恵の向かう先に見えた廊下の奥に男の人影が待ち構えているのが見えた。
廊下についた明かりに照らされて男の姿ははっきりと見えた。どこか右肩下がりのひょろ長い背で、やや肉のついた下腹をねずみ色のスウェットの上下で覆った40代前半の、茶髪の神経質そうな男だった。憮然とした表情で私たち三人を見ている。
「ただいま、お義父さん」
美恵が目の前の男に呟くようにそう言うのと、母親がドアを閉めるのが同時だった。帰ってきた娘の姿を見つめていた男の、その光を失った瞳にただよう底知れぬ深さが美恵を、そしてそれを見つめる私をも暗い水中に引きずりこむような気がして、私は息詰まるような苦しさを感じた。