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「ねぇ、何ぼうっとしてるの」
制服の袖口を引っ張ると、そこで初めてうわの空であったことに気づいてハッとし、勇樹は苦笑いで手を顔の前に立て、軽く頭を下げた。今日、注意したのはこれで何度目だろうか。私は眉根を寄せて腕を組むと、横顔から勇樹に冷ややかな視線を送った。
「――もういいよ」
私が拒絶するように首を背けると、勇樹は伏し目がちに顔を引きつらせて教室を後にした。
私は先日の勇樹の瞳の光が気になっていた。
そもそも、私たちの馴れ初めは勇樹の浮気が始まりだった。当時、私は彼にすでに恋人がいたことなど知らなかった。しばらくして、勇樹がその子と自然消滅したのだと伝えてきた。誰とは言ってくれなかった。
それと前後して、集団合同授業で仲良くしていた別クラスの子に避けられるようになった。
あの子だったのだ。私は確信した。障子の薄紙に吹きすさび室内を荒れ狂う冬の風のように、私の身体で居心地の悪さが駆け抜けていったのを覚えている。
私がじっと彼が先ほどまでいたところをにらみつけたままでいると、背後から笑い声が起こった。
振り向くと、クラスの不良グループの中心である設楽が取り巻きと一緒にこちらを見てほくそ笑んでいた。
「横田のやつ逃げたぞ」
「女に借りたデート代返せないんだろ。だっせぇ」
取り巻きがそう囃し立てると、設楽が壁に仰向けに背をもたせかけたまま、私に手招きをした。
「澄川、横田みたいな貧乏人と一緒にいないで俺のところにこいよ」
私は設楽の下卑た笑顔をにらみつけると、椅子から立ち上がった。反対側にいた女子のグループの会話に混ざりに行く私の背中に、設楽の罵言が追いかけてくる。
設楽ほど男子、という言葉が似合わない高校生を私は知らない。暴力団員の若頭の息子で、それを背景にした威圧的な態度でマウンティングしたがる男。父親をそのまま小さくしたような男で、クラスの身内だけでなく、働くことの出来ない学生に甘言をささやいてお金を貸し、頃合いを見てゆすりをかけているという噂だった。時には粗暴に、時には相手の人間性に訴える。そうやって相手を弱い立場に立たせ、金と女を貪る。それを武勇伝のようにクラスの不良仲間に語るのだ。
その吹聴が本当かどうかは分からないし、知りたくもなかった。
私はつとめて彼らの悪口から意識をそらして、目の前の女の子たちの会話に集中した。しかし、その彼女たちの会話も、顔に吹き付ける風のように肌を上滑りして心に届くことはなかった。
美恵の可愛らしい笑顔を映している勇樹の瞳が、頭から離れなかった。