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日々を重ねるにつれて、美恵をとりまく不穏な空気を私も小学生ながら感じざるを得なかった。
普段の挨拶や先生の態度、机同士を組んで班で向かい合っているときや体育でのグループ分け。私は友達である美恵の事が気になるにつれて、クラスの誰もが美恵に対してよそよそしさか嫌悪感を持って接していることに気づいた。
親がキチガイなんだって。キチガイの子はキチガイだよ。
男子の誰かがそう声を上げたのに私は激昂した。美恵はあんなにおとなしくていい子じゃないか。弱いものをいじめていい気になっている男子の姿が醜く映ってたまらなかった。そんな奴らのやり方を彼女が黙って受け入れている姿がたまらず、私は帰りのホームルームで声を上げた。
「5班のみんなが高山さんをいじめています。よくないと思います」
結果、私も孤立した。
先生が味方になることはなかった。私の言葉は曖昧な返事とめんどくさそうな表情で流された。
男子からも女子からも遠巻きで見られ、美恵がふさぎ込んだままでいる、その気持ちが少しずつ分かってくる自分を感じた。教室は閉め切られているのに、どこかから私の身体にすきま風が忍び寄る。それは私の心から自尊心や自己肯定感という皮膚をはぎ取り、神経をむき出しにしていく。敏感になった私は咳払い一つでススキのように頼りなげに揺れる。しっかりした足元などない、無力感の中で浮き輪をなくして溺れている。
寄る辺ない瞳で何処を見ていいか分からなくなった私の視線を誰かの身体が遮った。
美恵だった。
「お昼、一緒に食べない?」
私は少なからず驚いて彼女の顔を見上げた。挨拶を除き、今まで美恵が自分から声をかけてきたことはなかった。いつも私から彼女に働き掛けていた。美恵は今までの事で引っ込み思案になり、自分から人に声をかけることなんて出来ないだろうと思っていたからだ。
その彼女が、自分から私に声をかけている。
瞬きもせず、目を皿のようにして私をじっと見つめる彼女の決意を秘めた瞳に、私は無言で励まされたような気がした。
「うん。一緒に食べよう。――二人だけで」
新たな想いが私の中で生まれていく。
やっと、私は彼女と同じところに立てたのかもしれない。