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美恵の動画を勇樹のスマホに入れたのは私だった。設楽が勇樹に絡んで外へいっている間に、美恵と勇樹のスマホを取り出してコピーした。浮気を何とも思わない浮薄な男。いつも金に困っている男。こいつは確実に美恵を売る。何の意味もないと思いつつ最終的に美恵へのラインを見たのは、勇樹の浮薄さを確信するための再確認のようなものだった。
靴箱にピンクのスマホを見つけたあの日、私は中身を見てしまった。その時にはすでに、動画が収められていた。
そもそも、この動画は誰が撮ったのか。
私は感づいていた。美恵だ。彼女が自分で撮って、ここに保存しているのだ。
美恵はあの時言っていた。この地獄を終わらせてやろうと頑張った、と。美恵は、おそらくダイニングにあるスマホの立てケースから撮影した自分と義父との映像を撮影し、それで義父を告発するつもりだったのだ。
しかし、美恵には出来なかった。子供のころからの周囲への、社会への不信が一歩踏み出すのをためらわせた。その後ろ暗い思いが、なおさら義父のハラスメントに抵抗できずに流される原因になった 私はとみている。
そんな人間不信に苛まれている美恵を、どうしてなおも苦境に陥れる必要があったのか。
それは、美恵が男を愛しているからだ。そして私が、本当は女しか愛せないからだ。
おばあちゃんの家に遊びに行ったあの時、私は陽だまりをお腹から下に浴びて眠っている美恵に欲情した。体のどこかがうずいているのを感じ、ワンピースから突き出た美恵の太ももの上に手を伸ばした。柔らかく、温かかった。私の中の悪魔が、自分の手をもう少し彼女の足の付け根の方に向かわすように仕向けた。少しずつ。
しかしその時、美恵がむずかるような声を上げて寝返りを打った。私の置いていた手は蹴られたように弾かれ、その場にしばらく動けずにいた。
単に寝返りを打ったのか。くすぐったかったのか。
それとも、気持ち悪さを感じて、私を拒否したのか。
私は罪悪感と同時に、美恵との間に見えない壁が立ちはだかっているのを感じた。それは愛という壁であり、私は自分では如何ともしがたい、目には見えぬ他人の感情というものを前に尽きぬ苦しみを覚えた。
そしてその日から少しして、美恵はいなくなってしまったのだ。
孤立した私を美恵が優しく言葉をかけてくれたあの日から、私は彼女を愛していた。突然の引っ越しでいなくなった美恵を求めて私は荒れた。勇樹はその時に知り合った。ほだされて交際した。男女の仲というものを理解をしようとつとめた。が、結局駄目だった。仲良くしている時も、そうでないときも、私の心の奥から勇樹という存在は離れていった。
そんな時、美恵と再会した。その時の喜びは、どれほどだったであろう。美恵は、私の事を嫌ってなどいなかった。むしろ、彼女は再会を望んでいる風だった。
私の心に、あの時の暗い炎が、縁側に注ぐ初夏の日差しの熱をもってよみがえった。
しかし、私はすぐにどん底に叩き落されてしまった。彼女はどこにでもいる女子高生と同じように、どこにでもいる男子と恋に落ちる人間なのだ。私はどんなに仲のいい友達であっても、あの子の恋人にはなれない。
そんな時、美恵のスマホの動画を見てしまった。そして、その時たまたま読んでいた本のタイトルとその一文が、私の感情とリンクした。
ショック・ドクトリン。
真の変革は、危機状況によってのみ可能となる。
戦争や独裁政権下での弾圧からの危機的状態から、人間がショック状態や茫然自失状態から抜け出す前に、過剰なまでの市場原理主義を人に、そのコミュニティに注ぎ、浸透させていく。
私は決意した。美恵を男と女のくびきから解放し、変革させるためには、危機的状態に置くしかない。
愛するひとを傷つけ、私自身の心が痛もうとも、徹底的に。
そして、私だけが、自分の唯一無二の理解者であり、ヒーローであるということを、浸透させなければならない。
美恵の家庭環境を知った時、そこから引きはがさなければならないと思った。
美恵の動画が出回り、針の筵で苦しんでいる彼女のそばに、なるたけ寄り添っていなければならないと思った。
横田勇樹が再びラインで美恵に連絡を取ったその瞬間、いけにえは設楽でも美恵の母親でもない、こいつにしなければならないと思った。動画を広めたのは、こいつが原因なのだと、美恵に誤認させる必要があった。
果たしてそれは成功した。今ではもう、美恵は勇樹が当時、彼女と付き合って帰り道で荷物を持ってもらっていた時にでも自分のスマホをいじられたに違いないと思い込んでいる。
設楽はただ不愉快なだけだった。まさか、この私たちの出来事にこういった形でかかわっているとは思わなかった。あいつに殴られなければ、私は美恵の母親を説得する決め手に欠けていたかもしれない。勇樹を陥れる材料が不足して行き詰ったかもしれない。そのことに関しては、感謝しなければならないだろう。ヤクザも見放すような真性のクズでも、使い道はあるものだ。
ハプニングがなかったわけではない。設楽が逆上して父親を殺し、私たちを追いかけてきたこともそうだが、美恵の義父が警察に露見するリスクを承知で家の前に来ていたのは想定外だった。私はただ、公衆電話で美恵の家にかけ、電話に出た義父に、私が設楽との喧嘩で気づいた自分の少年まがいの変声でこう告げただけだった。
――貴方の奥さん、脅されて、暴力を振るわれてます。設楽っていうヤクザを親に持つ、〇〇高校の子供です。貴方と美恵さんの盗撮動画が広まっているのは、設楽のせいです。クラスのみんなもお金を取られて、困っています。
設楽が武勇伝として自分のオンナの事を語っていることは母親にしていた。もし、義父が少年の密告ということで母親を問い詰めても、母親は私に疑念をむけないだろう。誰に密告されてもおかしくない、使い勝手のある男だった。
義父は妻が誰か男と会って不倫してるんじゃないかと疑い、暴力をふるっていた。いつの間にか自分の罪が動画として陽の下に晒されたのも相まって、不信感と苛立ちはいや増した。
蓋を開いてみれば、ヤクザの子供に脅されていた。電話の声は金をとられていると悲痛な調子を演出していた。
もしかしたら、妻もお金を取られているかもしれない。自分の家庭を二十以上も違う若造にいいようにしゃぶられている。妻も、娘も、そして自分も。殺意は十分に醸成されたはずだ。
おそらく、義父はこの電話を受け、それと前後して妻から娘が澄川という女の子の家に泊めてもらっている、ということを悪い方向にリンクさせたに違いない。澄川という女は、もしかして設楽とかいう奴と仲がいいのではあるまいか。実際は軟禁され、ヤクザ仲間に脅されて動画を撮らされているのではあるまいか。
だから私の家へ来ていた。死んだ今となっては分からないが、それが一番しっくりくる気がする。いずれにせよ、二人はあの場所で出会い、運命的に共食いあってくれた。それで十分だ。




