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「何言ってんだよ、馬鹿を言うなよ」

 動揺を隠せてないのは誰が見ても明らかなくらいだった。

「考えてみれば変よね。日々のお昼ご飯代にも欠いて私やクラスメイトのお弁当からおかずをもらってた子が、急に焼き肉やカラオケを奢るよなんて言うんだもの」

「それは働いてたからだよ」

「どこで?」

「・・・・・・」

「貴方は設楽にお金を借りた。しかし返済のめどは立たない。そんな時、ふとしたことから自分の付き合ってた女子の痴態が映っていた動画を見つける。貴方は裏切られたと思った。どうすれば効果的か復讐を考えた。設楽から受けている返済催促との線が、そこでつながった。

 借金の返済のつもりが思わぬ高収入となり、貴方はこう思った。終わった女でも使い方がある。これはいい小遣い稼ぎだ、とね」

「そういうのはまず、身内から疑うべきじゃないのか。美恵の家だってお金はなかったはずだろうが」

「私もそれは考えた。でも、あの動画だと、身バレするリスクが高すぎるんだよね。お義父さんの顔はモザイクがかかってないし、お母さんは映っていなくても、二人も顔が映ってたら特定されるのは時間の問題。こういうのは、表に出ても傷つかない奴が得するように出来てる。暴力団の息子で後ろ暗い仕事をしている奴らにも顔がきくであろう設楽が、一番しっくりくる」

「じゃあ設楽が犯人だろう」

「残念だけど、設楽は最初に広めた人間じゃない。美恵の家に行ったけど、件の動画の部屋からは襖を開ければ撮影していたとされるダイニングは大体が見通せる。角度的にも、隠れて見えないところから撮ったというものじゃなかった。だとしたら、美恵は義父との行為の最中で撮影者の存在に気づいたはず。でも、美恵は設楽を知らなかった。名前も知らないし、そんな人間がいたって事も初耳だった。知っていれば、美恵は設楽の名を聞いて怯えたはずだよね。貴方が設楽にびくびくしてたように」

「だからって俺ということにはならないだろ」

「設楽が貴方に行っていた言葉がどうにもひっかかってたんだよ。『お前、まだおれに何か用があるの?』まるで、設楽を恐れていたはずの貴方からコンタクトがきたみたいな言い方。そして、道で設楽に追われる前、彼があなたに言った言葉。『俺はお前の』――やっていることを知っているんだぞ」

「ちがう」

 勇樹の叫び声が、部屋の澱んだ空気を振り払い、隣の部屋の声と音が大きくなったような気がした。もちろんそれは気のせいで、入口の扉が開け放たれていたのだった。

 いつの間にか、美恵が入口の前に立っている。

「嘘でしょ」

 テーブルの前にまで近づき、私と勇樹の顔を交互に見る。

「嘘でしょ、早苗ちゃん。勇樹君。そんなことないよね」

「もちろんさ。こんなでたらめ」

 かまわずに私は続けた。

「仲睦まじかった二人は、ある日を境に見えなくなった。美恵は、ここ最近ずっと勇樹からラインの返事が届かないと言い出した。私は経験上、勇樹がこういうことをするのは返事をしたくない相手の時だと知っていた。しかし、いくら何でも急すぎた。勇樹は別の女の子と一緒に帰っていることもあり、私はその時から何かあると踏んでいた。そして、一月後。動画が出回り出した。そしてその動画は、広まり始めたのが一か月前だという話。その時から勇樹は知っていた、と私は見ているの」

「いい加減にしろ!」

「しかし、勇樹は後日、美恵にラインを送っている。ハートマークなんか送って。誰も見られていないと本気で思っているのか知らないけど」

「人の恋愛観に口出されたくないし、そもそもその一緒に帰った女の子とは付き合ってない」

「付き合ってない?」

 私は顔を勇太の前に突き出した。声のトーンを落とし、言葉をつづける。

「その答えでいいんだな」

 反論を失った勇樹から顔をそらし、私は持論を再開した。

「しかし、ここで誤算が起こった。私と設楽が喧嘩し、設楽が暴力沙汰を起こして退学を迫られるまでになったこと。その際、父親からきつい叱責を受けた設楽が逆上し、父親を刺殺したこと」

 設楽の父親の死はおおきなニュースとなり、敵対していた別の事務所の仕業ではないかと、父親のいた組にガサ入れが入るまでに発展した。

「父親を殺し、暴力団のバックアップをなくして金も地位も失った設楽は勇樹にとって用済みだった。だから勇樹はあの時、設楽に向かって暴言を吐いた。仮に自分のやったことを設楽が吹聴しても、親殺しの殺人鬼の言うことなど誰も信じはしない、と。

 でも、逆上して襲い掛かってくるとなれば話は別だった。美恵の義父と刺し違えるようにして設楽が死んだとき、勇樹は確信が持てなかった。設楽が本当に死んだのか。設楽は言っていた。まず、お前を一番初めに殺してやると。だから、設楽には絶対死んでもらわなければならなかった。

 もし生きていたら、義父の指を借りてでも確実に絞め殺さなければならない――だから、私たちが呼びかけても、ずっと外で二人を見ていたんだ。警察が来ても、ずっと、ずっと」

 勇樹は黙ったまま小刻みに震え、私をにらみつけている。

「設楽を始末できたのは良いが、金策の手が尽きてしまった。美恵との約束で焼肉とカラオケを奢らないといけない。もったいない。気が進まない。澄川がおごってくれると言い出した。やったね」

「証拠はあるのか。俺が美恵の動画を設楽に送ったって証拠は」

「証拠はない」

「はっ、なんだそりゃ。お前ふざけんなよ」

「それはこっちの台詞。勇樹、あんたさっき、一緒に帰った別の女のことは付き合ってないっていってたよね」

「それがどうした」

「もしその女の子が、私の友達だとしたら?」

 勇樹の絶句する気配を確かに感じた。私は言葉に感情をのせて続けた。

「私と付き合う前に交際していた女の子が私と友達だったとも知らなかったもんね、あんたは。学校の電話ボックスに入った時に、確認したかったのを思い出してその一緒に帰った友達の家にもかけたんだよ。そして聞いた。勇樹のことが好きだった。アプローチされて勇樹と付き合ってるって。少し前にホテルでエッチしたって。でも最近全く連絡が取れないしそっけない。もしかしたら遊ばれたんじゃないかって言ってる」

「人の恋愛にいちいち口挟むなよ! そもそも美恵と関係ないだろう」

「撮ったんでしょ」

「何を」

「その子と交際してた時、まだ設楽は生きていた。あんたは、金策のネタ探しに自分に好意のある別の女の子に言い寄って、設楽に売るための動画を盗撮したんだ」

 私は勇樹に向かって、大きく開いた手を伸ばした。

「あんたのスマホには美恵の動画と一緒にその子を撮った動画がある。違うというのならこの場で見せて」

 逡巡する勇樹を真っすぐに見つつ、私は自分のスマホを美恵に渡した。

「事前に話はつけてある。すぐ近くに来てるんだよ、彼女。撮られたなんて知らなかった。もし、勇樹のスマホに動画が入っていれば、彩佳は盗撮として迷惑防止条例違反で訴えるだろうね。上限1年の懲役もしくは100万円の罰金」

「早苗ちゃん」

「美恵。アドレス帳の白本彩佳に電話して、ここの部屋番号を教えて」

 美恵の細い指先が私のスマホの画面上をそっと撫でていく。私は勇樹を見つめる。勇樹は目を見開いて私と美恵を交互に見る。

 美恵が受話口に耳を押し当てた、その瞬間。

 勇樹は、おちた。

「すいませんでしたっ」

 私は美恵を手で制し、テーブルに手と頭をこすりつけた勇樹を上からにらみつけた。

「やったんだね」

「はい。だから、勘弁してください」

 私は長い息をついて、美恵の方を振り向いた。美恵の肩が小刻みに震えている。やがて、両手で顔を覆うと、静かにすすり泣きだした。

 父の言葉を思い出していた。――1枚は観賞用。1枚は保存用だよ。男っていうのはね、大切なものはちゃんとこうして誰も触れられないところに入れてコレクションするものなんだ。

 手放す必要に迫られなければ捨てないのだろう。ましてそれが他では手に入らないものならば。

 私は賭けた。そして、勝った。

「申し訳ありませんでした」

「私は謝罪なんて求めてない。お前が謝るのは美恵と、彩佳だ」

 勇樹は美恵に向き直り、同じ言葉で頭を下げた。美恵は短く悲鳴を上げると、勇樹から逃げるようにその場を立ち、横にいた私の懐にその体を寄せた。

「近づかないで! もうどっかに行ってよ!」

「私が求めるのはただ一つ。もう、美恵には近づかないで」

 勇樹は顔を涙でくしゃくしゃにして、ふらつくように立ち上がった。その背中に、私は声をかける。

「彩佳はパチンコ店の横あたりで待ってるはずだよ。奢ってやった金は、私からの手切れ金さ」

 入口の前で勇樹は肩越しに私たちを一度だけ振り返った。が、何を言うこともなく、ゆっくりとその場を後にした。

 扉が閉じる。静かになった室内で、私はそっと美恵の肩を抱いた。

「早苗ちゃん」

「美恵。私がいるよ。私だけはずっと一緒だよ」

 美恵は嗚咽し、私の名を何度も呼んだ。その度に、私は子供をあやすように彼女の身体を包んでゆっくりと揺れていた。

「早苗ちゃん。私、怖いよ。信じていいの、早苗ちゃんを信じていいんだね」

「私が辛いとき、貴方がいてくれた。だから貴方が辛いとき、私は一緒にいてあげたいの」

 私たちはお互いを見つめ合い、お互いの名前を呼んだ。

 何度そうしていただろう。気づけば、私たちのささやきは愛へと変わっていた。

「愛してるよ、早苗ちゃん。いなくならないでね」

「貴方こそずっと一緒にいてね、美恵」

 私だけを見ていてくれる。美恵が。ずっと待っていた、この時を。

 愛そうとも。誰よりも。何よりも、私は美恵を愛している。

 愛しているからこそ、私は美恵をどん底に叩き込んだのだから。

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