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 数日後の帰り道。私が学校の備え付けの公衆電話ボックスから出ると、待ち合わせしていた校門の前にいる美恵に手を振った。二つ分の手が私に振り返す。

「勇樹も来てたんだ」

「別にいいだろ。たまには一緒に帰ったって」

「さっ、帰ろ。二人とも喧嘩は駄目だよ」

 美恵が私たちの間に割って入り、左右の手で私たちの片手を取った。美恵に引かれるように私たちは帰途に就く。

 あの日から、設楽は学校に来ていない。私は病院で診断書を受け取り、翌日両親が学校に行き、相手の今後次第では警察に被害届を出します、との事で話は終わった。私の目は眼底骨折など深刻な症状にはならずに済んだが、治療の経過をみたいので週に一回は通院をするようにと言われた。全治二週間。眼帯姿で通勤するのは少し気恥ずかしかったが、しばらくの辛抱だ。

「このまま、三人で仲良くできたらいいのにな」

 さっきの元気な調子とは打って変わって、美恵は蚊の鳴くような声音でそうつぶやいた。私たちに向けて言ったのか、それとも独り言だったのか。

「おい、あれ」

 勇樹がそう言って立ち止まった。心なしか血の気が引いている。私たちが勇樹の視線を追うと、道路の反対側に小紫色のパーカーを羽織った少年がたってこちらを見ていた。顔中が青あざだらけになっているが、その表情はにやつき、瞳の黒い光がやけにギラついているように思われた。

「設楽」

 私は相手の名を呼ぶと、目を見開いて三人の顔を交互に見ていた美恵を後ろに押しとどめた。

「よう、澄川」

 設楽がポケットに両手を突っ込んだまま、私の目の前まで近づいてきた。

「放課後になって通勤なんてすごい大出世じゃない。校長だって9時には来るのに」

「偉くなりすぎてさ。もう学校にも行かなくなってよくなったんだよ」

 私の皮肉ににや笑いしながらそう答えると、設楽は私たちの後ろに回った。

「歩け、お前ら」

「友達になりたかったらもう少し口の利き方を――」

 そう言って首だけ振り向いた私は言葉を失った。設楽がポケットから右手を出している。

 そこには長ドスが握られていた。抜き身に黒ずんだ血がこびりついている。

「お前らの誰か一人でも逃げたら俺は残りのやつを殺す。本気だぜ」

「冗談はよして」

「冗談? じゃあ誤解を解いてやるよ。これは親父の血で、一人殺ろうが二人殺ろうがもう一緒だって思ってる」

 勇樹の表情が見る見るうちにこわばる。

「父親を殺したのか」

「そうだ。でも大人しく俺の言うことに従うんなら、お前は――」

 勇樹の身体が弾かれたように背後に飛んだ。鈍い音がして、振り向くと設楽が仰向けに倒れ、勇樹が私たちの両腕を掴んだ。

「逃げよう、早く」

 私たちは勇樹の後をくっつくようにして走る。背中から設楽の声が音速で追いかけてきた。

「止まれ、横田っ。お前、俺にこんなことしてタダで済むと思うのか。お前は俺に」

「ヤクザのバックが無くなったお前なんて怖くねーよ、バーカ!」

 勇樹はあらん限りの声を上げて設楽の言葉に捨て台詞をかぶせた。

「私の家が一番近いよ。そっちに行こう」

 言いながら振り向くと、設楽は既に起き上がり、得物を手に向かって来ていた。目が血走っている。父親を殺したという彼の言葉に偽りはないようだった。私たちは短い悲鳴を上げて走り続けた。

「警察に電話しないと」

 私は走りながら鞄の中をまさぐった。教科書、ノート、筆箱。目当てのスマホを取り出すころには、視線の先に私の家が見えていた。

「もしもし、警察ですか。人が刃物を持って追いかけてくるんです。助けてください。場所は――」

 私の住所を伝えきったところで門口にたどり着いた。門扉を開いてなだれ込むように中に入り、玄関に顔を向ける。

 見覚えのある背中が見えた。その男は私の玄関先のドアホンに向かって怒鳴っている。美恵の口からひきつった悲鳴が漏れた。

 美恵の義父だった。

 私たちの気配に気づくと振り向き、美恵の姿を認めて怒鳴り声をあげる。

「お前、親の許可も取らずに何勝手に外泊してんだ」

 表面的には至極まっとうなことをいって美恵に肉薄する義父と彼女の間に私は割って入った。

「美恵は貴方に渡せません」

「何だお前、子供はすっこんでろ」

「貴方が美恵に何をしていたか、知ってるんですよ。変な真似をしたら警察を呼びます」

 義父の反論が止まる。顔の筋肉が硬直し、蒼白になっていくのが見て取れた。次の反応をこわごわと待ち受ける私の耳に、背後から足音が迫ってきた。設楽だ。

 私は咄嗟に義父の背後に回り込んだ。美恵も勇樹も気づいていたのか、同じように私の横にくっついた。突然の行動に戸惑う義父の前に、ドスを持った設楽が現れる。

「逃げんじゃねえよ、てめぇ。おい勇樹、お前から殺してやるからな」

「おい! 何なんだ、子供がそんな危ないもの振り回すな」

 義父が色めきたって前に伸ばした手を横に振る。威嚇するような声を上げてにじり寄る設楽が、義父の顔を見て立ち止まった。

「何だよ、変態親父じゃん」

「何ぃ」

 買い言葉に返事をした義父の言葉に継ぐように、私は口を開いた。

「いい加減にしなさいよ設楽! もう警察は呼んだんだからね」

 義父の動きがピタリと止まった。首だけ私の方へねじり、ゆっくりと設楽の方を向き直る。義父がか細い声で聞いた。シタラ?

「気安く名前呼んでんじゃねえよ、サレおのロリコン野郎が。どけ、殺されてえか」

 狡猾そうにゆがむ設楽のその顔を、義父の腕が横切り、見えなくなった。

 設楽の身体が壁に叩きつけられ、義父の両手が設楽の首に食い込んでいた。かすれた空咳のようなうめき声をあげ、浮いた両足をバタつかせている。

「お前だ、お前のせいだ。お前がいなければ」

 呪いのようにお前を連呼していた義父の上半身がこわばって跳ねた。右の脇腹に、設楽のドスが突き刺さっている。

 それでも、義父は首を絞めるのをやめず、設楽は刺すのをやめなかった。足元が赤い血が広がっていく。美恵は悲鳴を上げた。私は口元に手を当てて言葉をかみ殺した。勇樹は魅入られたようにその光景を見て立ちすくんでいた。視界の端で悲鳴が上がり、横目で確認すると母がいた。私たちに駆け寄り、早く家へと急かす。

 設楽が白目をむいてだらしなく開いた口から舌がのびるのと、男の背中がぐらりと揺れて設楽にのしかかるのとが同時だった。二人は目の前で倒れ、私たちは家の中に避難した。

「勇樹、早く中へ。後は警察に任せよう」

 私は勇樹の背中に呼びかけた。返事がない。地面にくずおれた二人をじっと見つめている。

「勇樹っ」

「先に入っててくれ。後で行くよ」

 広がった血だまりが黒ずんでいく。設楽のむき出しの白目は微動だにしない。

 勇樹はずっと見ていた。私がドアを閉じ、警察が家に入って来るまで、勇樹は二つの死体を見続けていた。

 その時だ。私の頭の中に、一つの光明が見えた。

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