18
家のドアを開けると、漆と陶器がかち合う音と夕餉の匂いが耳と鼻をくすぐった。私は上がり框のすぐ横に置かれた姿見に自分の姿を映して、もう少しで吹き出しそうになった。殴られていた目がいつの間にか紫色に腫れ、私は年末年始の深夜映画で見たお岩さんの話を思い出した。
既に両親と美恵が天然木のダイニングテーブルで食卓を囲っていた。リビングにつきしな帰宅を伝えると、三者三様の悲鳴が迎える。どの表情も一様に悲痛で、美恵がタオルを一枚巻いた氷嚢を手にかけ寄り、母がそれを受け取って私の目に当てる。激痛で私は短い悲鳴を上げて肩をすぼめた。
私が病院に行っていないことを知ると、母は呆れた顔をして、父に病院がまだどこかでやっているかを尋ねた。22時からの夜間診療所しかあいてなかったので、その時間までに食事とお風呂を済ませ、私たちは二階にある私の部屋でくつろぐことにした。
「早苗ちゃんって本いっぱい持ってるんだね」
壁一面を埋め尽くした背の高いオープンラックに詰め込まれた本の背を眺めるように見つめ、美恵は感嘆の息をついた。私は彼女の言葉に、読み終わっていた本を鞄につめたままだったのを思い出し、チャックに手をかけた。
「お母さんからのお下がりばっかりだよ」
鞄から本を取り出すと、下の方にとっておいたハードカバー用のスペースの空いた隙間にそれを差し込もうとした。美恵の目が子供のように輝いて私の手に自分の手をのせる。
「なにそれなにそれ」
「これはちょっと、カタい本かなぁ」
そう言って私は本を美恵の手にのせた。ショック・ドクトリンとタイトリングされてある。紅色の表紙地に、白い大きな血の雫がしたたり落ちたような跡がついたような表紙に、美恵は視線をくぎ付けにした。
「カタいって、どんな感じ」
「よその国の経済の話かな。アフリカとか中東とか、アメリカとか」
「すごいね早苗ちゃん、でも学校の勉強した方がいいんじゃ」
美恵のアドバイスに私は手刀で彼女の頭をぽんとこづいた。美恵は大げさに黄色い悲鳴を上げて両手で手の中の本を顔の前にかざす。
「そうだ」
美恵は本を棚に戻すと、崩し座りをしていた私の膝を軽くたたいた。
「早苗ちゃんも週末、一緒に行こうよ」
「焼肉とカラオケ?」
「うん。・・・・・・あっ、そうか。勇樹君に勝手におごらせちゃうとまずいよね」
「ああ、それは大丈夫だよ。自分の分は自分で払えるから。でも、勇樹は納得するかな」
「一緒に遊ぶだけなら勇樹君に何の迷惑も掛からないから大丈夫だよ。それに、早苗ちゃんも安心できるでしょ」
「何言ってんの」
変な気の遣われ方をされた私は顔をしかめたが、それが却って美恵の揺れ動いている心を反映しているように思えた。結局、私はそれを承諾して、その場で連絡をする美恵のそばにいて、途中で電話を代わった。勇樹は明らかに私が来ることに不満そうだったが、貴方にそんなことを言う資格があるの? と意味深にもとれる言葉を突き付けると、しぶしぶ承諾した。
美恵と付き合っていたと思ったら別の女の子と二人で帰ったり、しばらくしたらまた美恵に言い寄ったり。こいつは頭のネジが何本か抜けてるんじゃなかろうか、と私は美恵に電話を返しつつ首を傾げた。




