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 美恵の母親は言葉を失った。私は確信した。

「設楽って子、知ってますか。私と同じクラスなんです」

「・・・・・・」

「失礼を承知で申し上げます。設楽はよくクラスでお金ほしさに抱かれる女の話を武勇伝のように話すんです。――あれは、貴方の事なんじゃないですか」

「やめて・・・・・・」

 私はやめなかった。

「設楽は貴方を抱くだけでなく、不倫しているという弱みを利用して取引を持ち掛けたんじゃないですか。何らかの事情で美恵と義父の関係を知った彼が、その映像を撮ってこいと。そうしたら、金一封でもくれてやると。ご主人がヒモ同然で、母親一つで育てるのには限界があり、貴方は自分の身体だけじゃなく、娘をも売った。そうじゃないんですか」

 美恵の母親は鋭い悲鳴と嗚咽を上げた。違う、と言っているように聞こえた。

「違うなら、それを証明できますか? 本当にこんなことを言うのは心苦しいのですが、私は美恵を守りたいがために、父親だけでなく、母親の貴方をも疑うしかない状況なんです」

「違います! 設楽が確かに私に取引をもちかけたのは事実です。でも、それは娘の盗撮という漠然としたものでしたし、そもそも私は受け入れませんでした。そしたらあの子、私の目を殴りつけて。夫が家の中でこんなことをしているなんて、今の今まで知りませんでした。知っていたら私、娘と一緒に逃げました、こんな家・・・・・・」

 そこまで言うと、母親は手で顔を覆い、身体を振るわせ、引き絞るような声を上げて泣いた。

 美恵の母親と設楽が関係を持ったのは美恵が高校生に上がるときのことだ。高校入学の準備金が払えず、悩んでいたところに働いていた水商売の伝手から設楽を紹介された。そのお店は設楽の親のもので、設楽は完全に顔利き的存在だった。

 設楽は母親の個人情報を調べ上げ、一度持った関係はずるずると続けられた。おそらく、同意のもとという口封じ的な意味合いでお金は渡していただろう。

 美恵を連れてこなくて正解だった。

「その言葉を信じてもいい証拠はありますか。貴方が今すぐ美恵さんと一緒に逃げて、義父や設楽の手が届かないところに行き、美恵さんを高校卒業まできちんと育てていってくれる保証はありますか」

「保証なんて出来ません。でも、私はあの子の親です。人として、何とかしてでも美恵を育てます」

「だったら受け入れられません。義父も親です。設楽も人の子なんです。人として、だなんて曖昧な言葉で子供の人生を気安く請け負わないでください。人は自分の気分で親になったり他人になったり出来るものなんです」

「だったらどうしろというの!」

「私の家族に美恵さんを預けてください。父も母も美恵さんを自分の娘のように思っています。経済力もありますし、彼女が望むなら大学にだって行かせてあげられます。現状を話せば理解もしてくれます。仮にあなたが設楽や義父に逆らえないとしても、私たちの庇護は彼らには破ることは出来ません。破るときは、警察が出る時です。彼らに、自分がしたことが露見するリスクを承知で、美恵さんを本気で取り戻しに来れるものでしょうか」

 ここまで一息に言い切ると、私は一つ咳ばらいをし、コーヒーを一口すすって深呼吸をした。

「――先ほどは失礼を言ってすいませんでした。ですが、これが今できる最良の方法だと思います」

 美恵の母親はそれ以上何も反駁することなく、私を少し恨めしそうに見つめて、ゆっくりと首をうなだれた。私はコーヒーの飲みさしをそのままに立ち上がる。

「必ず、美恵さんを幸せにしてみせます」

 まるでプロポーズの言葉だった。それを彼女も察したのか、クスリと小さく笑った。

「教えて、美恵のお友達の――」

「澄川です」

「澄川・・・・・・ああ、貴方、美恵の小学校の時のお友達の、早苗ちゃんなの」

 母親は一つ深いため息をつくと、悲痛にゆがんだ顔を上げて、私の立ち姿を見つめた。

「早苗ちゃん。どうして、あの時の痣が設楽のせいだってわかったの」 

「今日、設楽に殴られたんです」

 美恵の母親の唾を飲み下す音が聞こえた。

「そこで気づいたんです。貴方のご主人は手を上げるとき、動画の美恵にも、貴方にも、拳では殴らなかった。必ず平手だった。美恵に対する理由は分かりませんが、貴方に対する理由は分かる。夜の仕事をして生活を支えてもらってる人をわざわざ顔を狙って暴力をふるう必要はありませんよね。だから他の誰かが、貴方の顔を傷つけることで、何らかの目的を達成しようとしていると推測しました」

 ビッチの子供はビッチ――そう設楽が言ったことも判断材料の一つだったが、それは口にしなかった。

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