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 美恵の家のチャイムを押した。いつかの夜の光景が頭に浮かぶ。母親の悲鳴。義父の怒声。美恵の泣き声。私は歯ぎしりして、家の中の反応を待った。

 ややあって、ドアが開かれ、この間と同じように母親が顔半分だけを覗かせた。この間見た目の腫れはほとんど治り、一見してそれとは分からなかった。やや厚めの化粧と色の強い口紅が目立ち、一目で美恵の母親がどういう仕事をしているか見当がついた。とすると、もうすぐ出勤しなければならない時間なのだろうか。

 深くお辞儀をする私の姿を見て、不安そうな面持ちで礼を返す。

「美恵のお友達の人ね。美恵は一緒じゃないの?」

「美恵さんのことについてお話があってきました」

 彼女は目を丸くし、辺りを素早く見まわすと私に手招きをした。

「今は主人がまだ帰って来てないから・・・中で話しましょう」

「お仕事ですか」

「いえ・・・・・・」

 猫の額ほどの玄関から上がり框をまたぐとすぐ右側に水回りが集中している。短い廊下のすぐ先が左手に折れていて、そこに広くも狭くもないDKが配置されていた。流しの少し横に年季の入った観音開きの食器棚、中心には三枚の座布団に囲われた座卓、ところどころ茶色の染みがぽつぽつとついたモスグリーンのカーテンが閉じられてある真下にコンセントがあり、そこの一つが床に野ざらしにされたスマホたてを兼ねた充電器が長いコードを壁沿いに伸ばしたまま放置してあった。DKを横切った先が和室二間になっており、そのうちの一間の障子が空いて中が覗いて見える。

 私はその部屋に見覚えがあった。動画で強姦が行われていた場所だ。

「どうぞおかけになって」

 美恵の母親がコーヒーを持ってあらわれた。私はミルクと砂糖の入ったそれを受け取ると、勧められるままに座布団に腰を下ろして彼女と向かい合った。

「単刀直入に申し上げます。美恵さんのお母さんは美恵さんとお義父さんの動画が学校で出回っているのをご存知でしょうか」

「動画・・・・・・? いえ、私は何にも」

「ご存じありませんか。・・・・・・美恵さんのお母さんにこれをお見せするのは忍びない事ですが、これが出回り、美恵さんは大変な状況なんです」

 私はあらかじめクラスの子から移してもらっておいたスマホを取り出し、件の動画を母親に見せた。母親の顔が見る見るうちにこわばり、口元を抑えて声にならぬ悲鳴を漏らした。

「早急に美恵さんとお義父さんを引き離す必要があると思いまして、昨日から美恵さんを私の家にて預からせていただいております。私もこの事をあまり表に出したくないので、児童相談所にもまだ相談していません。それで、私はお尋ねしたいことがあるんです。――夏ごろから今にかけて、ご家族とは違う人間を、この家の中に入れませんでしたか」

「どういう事ですか・・・・・・」

 眉根を八の字に寄せて、目をこれ以上にないほど見開いて私を見つめている。その悲痛な表情が、ごまかそうとして出来ていないのか、それとも本当に何を問われているのか見当がつかないのか、私には判別しかねた。

「この映像は、このリビングからあの部屋を映したものと考えて間違いないです。ですから、これを映したのは貴方か、もう一人の別の人間である可能性が高いのです」

 美恵の母親はいやいやをするように首を横に振った。

「お母さん。私は一度、美恵の忘れ物を届けにこの家の前まで来たんです。そして、美恵のお義父さんがあなた達二人を罵って手を上げる、その音を聞きました」

 私はしばし飲み残しのコーヒーの表面に浮いた口をつけた跡が漂うのを見つめ、その視線を上目遣いに、彼女に送り戻した。

「そして気づいたんです。以前私が美恵と一緒にこの家にきた時、あなたは顔に青あざを作っていました。――あれは、ご主人の暴力のせいではない。そうですよね」


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