14
「どういう意味?」
私にラインで呼び出されて眉をひそめてやってきた勇樹が、私の言葉にさらに険を強くした。
「そのままの意味。美恵は今私の家に住んでるから、会うなら私の家にして」
「よくむこうの親が許したな」
「私の親なら大丈夫。美恵の方は学校が終わったら伝えに行くの。昨夜のうちに電話だけはしてたからね」
「何で美恵と会うのにお前を仲介しなきゃいけないんだよ」
「美恵のラインを見たよ。知ってるんでしょ、動画の事」
暗に男の正体をもあわせてにおわせたが、その効果は勇樹にはてきめんだったらしい。下唇を噛み、私から視線を逸らす。
「あれっ、横田パイセンじゃないっすか」
嫌でも記憶にしみついた狡猾な声が横から飛んできた。設楽が勇樹の肩に自分のあごを乗せて、横目で彼をねっとりとにらみつけている。
「何お前、まだ俺に用があったの?」
「い、いや違うよ。今日は澄川と話があって」
「いま話し中なの、設楽。勇樹とは後で話してくれないかな」
「そんなつれねーこと言わないで俺も混ぜてよ」
「高山が澄川の家で一緒に住んでるんだって」
「勇樹! 関係ないやつに話してどうするの」
「ハァ?」
勇樹の言葉に設楽は好奇な目を剥いて私を舐めるように見てきた。私は不安が大きな雨だれの雫となって胃の中を伝い、不快感が胸全体に広がっていくのが分かった。
「お前ずっとあいつと一緒に帰ってると思ってたら、そういう関係になってたのかよ、澄川」
「美恵は私の友達。必要があってそうするの。あんたには関係ない。黙ってて」
「ビッチの子供はビッチで、キチガイの友達はキチガイってやつ? おまえ頭おかしいんじゃねえの」
「へえ。あんた自分がキチガイじゃないって思ってるんだ。周りからまともな人間だと思われてるって信じてるんだぁ」
「口の利き方に気をつけろよ、お前よ」
設楽の声のトーンが変わった。白眼は血走り、瞬き一つせず、黒目の小さい瞳が蛍光灯の光を受けてぎらついている。
「俺が女を殴らないと思ってんのか」
「知らねえよ」
売り言葉に買い言葉で、私も設楽と同じようにドスがきいた低い声で応じたが、私のはまるで声変わりしたばかりの少年が強がっているようだった。しかしそれでも自分にこんな声が出せることに、内心驚きを隠せずにいた。
「俺が女を殴ったことないと思ってんのか。おいっ」
「知ったことかっつってんだよっ」
設楽が腰を落として右肩をひく。私は無意識に瞼に力を入れて閉じていた。
左目に拳骨のかたい感触と、次いで衝撃が私の目元を襲う。暗闇の中で細かい光のような何かが散ったような気がした。
私は設楽の拳を顔で受け止めていた。殴られていない方の目を開き、相手をにらみつける。殴られたショックでいったん遮断された周囲への五感が、徐々に呼び起こされる。教室中がざわめき、女子の誰かが悲鳴をあげていた。
目の前の女がひるまない様子が意外だったのか、設楽は口を開いたまま私の顔を見ていたが、やがて歯ぎしりをすると後ずさった。
背後で人の集まる気配がする。振り向くと、同じクラスの女子たちがそこにいた。続々と私と設楽の間に立ち、私の怪我を心配してくれるもの、設楽に向かって非難の声を轟轟にあげるものとに分かれていった。
「お前なんて退学だよ、退学。親がヤクザだか何だかしらないけどふざけんなよっ」
「大丈夫? 澄川さん。目、開く?」
私を心配してくれる女の子の声がやけに遠い気がした。目元を殴られたけど、鼻血とか出てたりするのかな。だとしたら、やだなぁ――そこまで考えて、私が知らず知らずのうちにその場にへたり込んでそのまま意識を失う直前、私の脳裏で、散った光の粒が一つの形を取り始めた。
――そうか。そういう事か。




