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発覚は学校のメールに匿名のアドレスからの告発から始まった。動画に映っている背景の、壁に掛けられた制服がおたくの学校のものじゃないかとの事だった。
動画は一か月ほど前から広まり始め、今ではこの学校のほとんどの人間が周知の事実になっているようだった。授業と休憩の時間、男も女も、学校中が私語で美恵の事を吹聴していた。
何かさぁ、小さい頃から家庭環境おかしかったんだって。母親もキチガイって言われたんだってさ。
そりゃあ離婚もするよね。でも、自分が産んだ娘も頭がおかしいってさぁ、救われないよねぇ。
それ! マジやばいよね。どことっても救いようがないって感じで、うわー。
澄川さんもあの子信じてたのに可哀想。仲良くしてたら澄川さんも変に思われちゃうよねぇ。どう思ってるんだろう。
でもほんと迷惑。そういうのが普通にいる学校って思われたらさぁ、受験の時、私たちの内申で大学から変に思われちゃうんじゃないの。
そうそうそう。自分がケダモノになるのは勝手だけどさぁ。まわりの事も考えてほしいよね。
やっぱりキチガイはきちがいでしかないんだよ。周りのこと考えられないんだよ。
ブス。根暗。キモい。
死ね。
周りを取り巻く悪意の喧騒、死角にしか現れない辱めるような視線、落下してゆくように踏みごたえのない足元。
美恵は今、私が孤立した小学校の頃に味わったのと同じ、そんな気持ちでいるのだろうか。何処を目指して泳げばいいのか目途のつかぬ、茫漠とした不安と時間の海の中にただ浮かんでいるのだろうか。
私はあの時――いや。私は考えるのをやめた。問わずとも、答えは出ていた。
朝。
昇降口に入り、靴を上履きに取り換える。渡り廊下から自分の教室のある教棟へ。
廊下をまっすぐ行くと、右手に6組の教室が見えてきた。だが私はそこに入らず、そのまま廊下を進んでいく。七組。そして、八組。
美恵がいた。早朝の誰もいない教室で、組んだ腕の中に顔をのせて机に突っ伏している。
私は戸を開けた。美恵の耳がピクリと動くのが見えた。しかし、彼女の体は動かない。音の主を、自分を傷つける者と勘違いしているのだろうか。
私は隣に立ち、美恵の耳元で名前をささやいた。彼女の肩が一瞬震え、やがて組み敷いた腕の中から顔が持ち上がる。じっと押し付けて半開きになった瞼の縁に、涙のこぼれた跡が見えた。その潤んだ視線を真っすぐに受け止め、私は唱えるように言葉をつづけた。
「一緒にお昼、食べない?」
私が孤立したとき、美恵が助けてくれた。その時、美恵が私にかけてくれた言葉だ。
美恵は私の言葉を聞くと顔をほころばせて、黙って首を縦に振った。乾いていた涙が再び目の下の袋から溢れ、頬に貼り付いた光跡を再び伝っていった。
今度は、私が美恵に手を差し伸べる番だ。美恵が自分の幸せをつかむための、私が羅針盤になろうではないか。




