青の神子
一度お城の人の来訪があって以降、数日は警戒していたけれど、それ以上お城の人間がこの場に来ることはなかった。アルヴァトトに聞くと、本来様々な手続きをしなければ神子に直接会うことは難しいらしい。前回はアルヴァトトを訪ねたという建前のもと、私が不用意に部屋に行って不可抗力であってしまったという故意の偶発によって面会が成り立ったそうだ。
あの男は確か、自分が呼んだと言っていなかっただろうか。アルヴァトトや私の発言があの男よりも重要視される可能性が高いならば、あれはあの男にとって不都合な弱点になると思う。
そんなことを考えながら、いくつかバラや他の花を摘み取る。先日花瓶に生けたバラは一週間もしないうちに枯れてしまった。花屋の花はこれほど早くには枯れないんだけど、と思ったが、残念ながらここは花屋ではない一般家庭装備しかない館だ。枯れないような薬もなければ、どれだけ水をちゃんと変えたところでこの程度なのだろう。ということで、今回はドライフラワーにすることにしたのだ。
したところで、その後どうするか困るんだけど。そんな頭の片隅の理性は放っておく。きれいにできたらアルヴァトトに見せてみようか。きっと興味がなくて困った反応をされるから、冗談である。
アルヴァトトは花に興味がない。それに、たぶん服飾などにも興味はない。自分の服はたいてい同じような黒いものだし、最初に見た時のじゃらじゃらとした宝飾は神子の招致に必要だからつけたものだと聞いた。
髪は変わった色できれいだから流れるように束ねているように見えるけれど、あれが実は無造作に束ねているだけだというのは先日知った。仕事をしているときにこぼれてきて、一度結び直した時の粗雑さや。さすがに結びなおさせてくださいとは言えなかったけれど。
髪といえば、アルヴァトトよりも私である。伸びきった髪は現在腰のあたりまであって、結ばないで動いていると気付けば地面についている。見かねてユーリーンが毎日結んでくれるようになったが、その結び方がまた、ツインテールなのだ。
頼み込んで高い位置で束ねるのはやめてもらい、耳の下で括ってもらっているけれど。きつい。正直、きつい。ピンク髪のツインテール。いつも忘れてしまっているが、早々に鏡を見せてもらって自身の姿を少女だと認識させないと、罪悪感で押しつぶされそうだ。二十歳過ぎた日本人女性がピンク髪ツインテールなんて。ファンタジー感の強い世界だと思っていても、固定概念は変えられない。
「ていうか、できれば切りたいんだよなあ……」
髪に触れながら呟く。生前はずっとショートだった。ロングが似合わなかったのだ。結べば更けて見えるし垂らしていると不潔に見える。癖のない重みのある髪は非常に面倒だった。洗うのにもその方が楽だし、ユーリーンに言ってみようか。
「ひょえっ!?」
がさり。と、音が聞こえ、私は思わず声を漏らした。
状況を理解する前に驚きの声が漏れたけれど、落ち着いて考える。音のした方向を向けば、そちらは館の外だった。
この庭からは館の外が見える。囲いの木が低いので、簡単に越えることさえできるのだ。私はしない。それはひとえにここから出てどうしていいのかわからないのと――その外の状況があるからだ。庭の外は、広葉樹林が生い茂っている。あまり遠くまで見えないから、ここは森の中と言えるだろう。玄関の方には一応歩道が繋がっているけれど、この先は森林。つまり、ここで迷えば結果は迷子どころではない。遭難だ。
そして、今私が戦慄している理由。森ならば、それなりの危険な動物が居ておかしくないのでは? 今までは現れたことがないけれど、それは運が良かっただとか、人の気配を避けていたからだとか理由がつく。理由がつくことには例外がある。運が悪かったとか、人の気配など気にも留めないような動物が現れただとか。
数歩後退する。徐々に館への入口に近づく。手に強くバラを握ったせいで、棘が指に刺さった。痛い、と視線を下げたのと、がささっと大きめの音がしたのは同時だった。
「人?」
「えっ?」
音の方向から現れたのは、一人の女の子だった。
ぱちりと何度か瞬いた彼女は、たたっとこちらに駆け寄ってくる。パッと見中学生くらいだろうか。肩甲骨くらいまでの髪を一つに束ねている。質のせいか、色のせいか、野暮ったい印象はない。色は、深い海のような色だ。瑠璃色というのだろうか。そして目は光に当たるたびに印象の変わるきれいな色。どちらかというと水色に近いか。こちらは浅瀬の砂浜の色と混じった海の色をしている。目のくるりとした顔は、可愛いというよりはキレイ系だ。服装は青系統でまとめられている。
そこから即座に推測が立った。
「青の神子?」
「赤の神子?」
声はぴたりと揃った。
なぜ、ここに青の神子が。前に教えられたことを思い出しても、これまでの神子の史料を見ても、神子同士が接触してはならないというのは決まり事だ。神子の館から出られるのは何か非常事態のときか、神殿に神託を受けに行くときのみ。しかも、館から出るときは必ず牧師が付いているはずである。
この状況は、まずいのでは。私がまずいだけならばまだしも、目の前の女の子だとか……アルヴァトトが。私の失態でアルヴァトトに迷惑をかけるわけには。
そんな私の思いなど知らないで、青の神子はひょいと低木の囲いを越えてくる。簡単にとはいかず、ひざ下のスカートの裾をひっかけていた。ああ、それは誰が繕うの。
ユーリーンの立場の人のことを考えているうちに、彼女は私の目の前まで来た。私の方が今は明らかに小さいし、このサイズでは相手の身長など目測で測れない。
彼女はずずいと私に視線を合わせて、目を輝かせた。
「あなた、赤の神子だよね? 私、青の神子をしてるの」
「は、はあ」
「今神殿から戻る途中なんだけど、牧師様とはぐれちゃって。申し訳ないけど、しばらくここに居させてくれないかな?」
嘘だ。
私が子どもの容姿をしているから侮っているのか、それとも元より嘘だと気付かれても構わないと思っているのかわからないが、堂々と嘘を吐く彼女に困惑する。彼女は神子同士が会ってはならないことを知らないのだろうか。いや、そんなはずはない。でなければ、ここに嘘を吐いて来る理由もないからだ。
「……神子同士の接触は禁じられているはずでは?」
「ばれなければ、セーフじゃないかな?」
一瞬真顔になった彼女は、直後破顔して誤魔化すように笑いながら言ってのけた。器の大きいというか、浅慮というかわからないけれど、好感が持てないわけではない。正直、接触したからって神様が直接「何を話しているんだ」と怒ってどうこうするとは思っていない。怖いのはお城の人が私を助けてくれる人を害することだ。
「怒られるのははぐれた私だけだと思うし、少しお話しようよ。赤の神子さんも、異世界からの招致者なんでしょ?」
「……あなたも?」
驚いた。いや、冷静に考えればその可能性の方が大きいのだろう。純粋な神子よりも招致者などの人工的な神子の方が多いことを、私は見て聞いて知っている。資料や、実際に見たアルヴァトトからの口伝で。
「私はヘキミ・ルリ」
彼女はそう、自己紹介をする。異世界からの招致者で、そして、日本人。その驚きと期待が私の良心を押しのけた。一瞬浮かんだ、私の名前は……に繋がるはずの日本名が出てこなかったのも理由かもしれない。
「アルヴェニーナ。赤の神子です」
ユーリーンが来たらきっと困るんだろうなと思いながら、木陰に座って話し込む。
彼女は日本の女子高生だったらしい。少々童顔だと思うけれど、高校一年生ならば中学生と大きくは変わらない……のだろうか。はるか昔のことだからもう覚えていない。元は黒髪黒目だったのが、ここに来た時に色を変え現在のような青色をしているとのことだ。私と違って体自体は自分のもので、体ごとこちらに移動させられたらしい。
「ここに来て何年目になるんですか?」
「うーん、一年くらいかなあ」
少し考えるようにして言うけれど、一年とは。結構な年月に驚く。ただ、一年の間この教会区域から出ていないということにはあまり驚かない。やはり神子はここからは出られないようだ。結婚すれば出ることになるというのはアルヴァトトから聞いた話だが、まだ彼女に結婚の話は出ていないのだと思う。ここの適齢期がどのくらいかはわからないが。
「アルヴェニーナはこの前来たばかりなんだよね?」
「ええ」
ここに来てかなりの日が経っている気がするけれど実際の時間に換算すれば二月も経っていない。カレンダーがないのだから日数をカウントしておけばよかったと思ったのは何日か前になる。日付感覚も曜日感覚もなく生きていける素晴らしさにかまけてまあいいやと思ったのは、その時の私だ。
「もうここには慣れた?」
「まあ、この館には多少。まだ神殿にも行ったことがないから、神子として生きるのに慣れたというわけではないですけど」
敬語を使うべきか使わないべきか迷いながら、そういえば彼女が神殿からの帰りだと言っていたことを思い出す。神殿に向かうのは順番だ。彼女が今日ということは、この少し後に私も行くことになるだろう。
彼女は適当な相槌を打ちながら、探るような視線をこちらへ向ける。言い淀んでいるといった方が正しいだろうか。
「えっと、何?」
話し出しやすいように促せば、彼女は一度驚いて、躊躇して、苦笑しつつ視線を逸らした。
「いや……アルヴェニーナは、前の世界に帰りたいと思う?」
「え?」
前の世界に? 一瞬理解できなくて首を傾げる。戻るなんて考えがあるのを不思議に思いつつ、記憶を探る。そういえば、あの神子帳に前の世界のことは書いてあれど、その人物が前の世界とどういう繋がり方をしていたのかは書いていなかった。
そして、昔の記憶を探る。こういう異世界への召喚の物語は往々にして元の世界への帰り方を探すものが多い。多いかは、いろいろな種類のものを読んだ覚えがないからわからないが、物語の終着点として最初の正しい状態に戻ることを目的とするのは珍しい流れではないはずだ。
つまり、彼女は日本からその体のまま招致されて、今元の世界に戻ることを考えているのだろう。
「ヘキミさんは、戻るつもりなんですか?」
「ルリでいいよ。戻りたいとは思ってるんだけどね」
方法が……と呟く。確かにそんな方法があるのかもわからないし、それを調べようにも行動範囲が教会敷地内だけで牧師の監視付きとなれば、難しいというか無理難題に近いだろう。……普通は。
これは言って良いことなのかわからないので言わないけれど、世界をまたぐ方法ならなくはない。隣国に特異点と呼ばれる白の神子というのが居るらしい。まだ存命かは知らないけれど、彼女は元から魔法の使える世界からやって来たらしい。そして、その魔法とこちらで通用している魔法を合わせてこの世界と自分の世界を行き来していたという話だ。三十年くらい前の神子で、実際に調査を取った時は子どもの姿をしていたというから、長命の魔女なのではと思う。種族だとかは流し読みしたファンタジーのにわか知識しかないから、いまいちよくわからないが。
しかし、アルヴァトトはこのようなことを知れる立場に私を置いて大丈夫なのだろうか。私がそもそも帰るという選択肢がないからかもしれないが、不用意に情報を与えすぎな感じは否めない。
「一応、家族も心配だから」
「ああ……そうですね」
家族か。それは、確かに心配だ。
「アルヴェニーナは心配ではないの? というか、恋しくはないの?」
「ええっと、私はもうあちらの世界では死んでいるので、元に戻るという選択肢がないんです。まあ、親より先に死んだことに対する罪悪感だとかはありますけど」
しかも、白い空間の人の言うように自殺だと思われている可能性もあるのだ。そうなれば家族にも会社にもお世話になった上司にも迷惑をかけていることになる。あちらの私の死後のことを知りたい気持ちはあるが、それと同じだけ何も知れない状況にあることに心から安堵もしている。
「あ、えっと……ごめんなさい」
「いえ。死んだことについては仕方がないので、いいんですよ」
「割り切ってるのね。大人みたい」
「はは」
愛想笑いは上手にできただろうか。多分彼女は私のことを年下だと思っているので、そのあたりは流しておく。今更年上で、成人女性だと知られたら気まずくなるだろうから。私としては別に、どちらが年上だということになっても構わない。気まずい空気になるのが一番しんどい。
「私もそういう風に割り切れたらな……」
そして、彼女が羨ましそうに呟いたので、別の話を差し込む隙がなかった。その響きに首を傾げる。羨ましさのにじむ声は、ここには相応しくないのではないだろうか。帰れないことに失望している声とは違う。何か、事情がある声。
とはいえ本日初対面で、この先きっと会うことがなくなるだろう彼女にかける声はなくて黙っていると、ざわざわと外の方が騒がしくなった。何人かが会話するような声と、草を踏み歩く足音。人の気配だ。
「やば、見つかっちゃう」
「一応ここから離れた方がいいのでは? 先に自分の館に戻れるのがベストだけど」
「さすがに遠いし見つかるかな。取り合えず、今日はありがとう」
そそくさとルリは立ち上がると、この場から離れるために囲いの方へ向かった。これを越えるのには苦戦する。スカートの裾をひっかけながら、乗り越える。どうにか庭から出たところで息を吐いた。これで、ここから少し離れて私が隠れていれば接触したことはばれないだろう。
そう安堵したところでがささっと、大きめの音がした。驚いて屈みこみ、隠れる。
「ルリ!」
「ソドリー様」
ひっくり返った声には動揺があらわになっていた。さすがにこれをしれっとやり過ごすだけの能力は女子高生にはないのだろう。ただ、ルリが足を進めてあちらに寄れば、しばらく隠れていれば私の存在には気づかれないはずだ。
「何をしている。勝手に私から離れて、どういうつもりだ?」
「す、すみません……せっかくの館の外で、探検したくなりまして……」
「はああ……お前は自分の立場をわかっているのか? そして、ここがどこだかわかっているのか」
「えっと、きれいなお庭だなあと」
ある程度の誤魔化し方は心得ているようだ。体が小さいから座っていれば低木に隠れられる。ルリの声が少しずつ遠くなっているから、このまま青の神子の館へ早々に戻ってくれれば、と、願った。
「アルヴェニーナ、ここか?」
想定外の方向から、来襲があった。ユーリーンならば誤魔化しようがあると思っていたし、来るならばユーリーンだと思っていた。アルヴァトトは、この庭にはあまり来ないから。空を見上げてもまだアルヴァトトの帰ってくる時間には少し早い。
なのに、来たのはアルヴァトトだった。
「……ソドリー?」
「アルヴァトト……」
どうやら知り合いらしく、声が重なる。囲いの向こうからはこちらが見えないけれど、こちら側にいるアルヴァトトには私が隠れているのは丸見えだ。視線が少し下がって、多分ルリを一瞥した。そして更に視線を下げて私を見れば、きっと正面に居るソドリーという男も私の存在に気付いただろう。観念して立ち上がる。
大人になって怒られるのは、少々辛いことを私は知っている。
「申し訳ございません」
絞り出した謝罪に、先にため息を吐いたのはアルヴァトトだった。きっと状況を読んだのだろう。ルリが行方不明だということを知っていたのかもしれない。だから、ここに来たのかも。
「アルヴェニーナ。きみならば現状をよく理解しているだろう。説明しろ」
「……はい」
怒りを発するよりも先に状況の説明を求めたアルヴァトトは、きっと冷静だった。振り返ればバツの悪そうなルリと、その奥に眉間に皺を寄せたソドリー。
ソドリーはガタイのいい男性で、痩躯のアルヴァトトとは雰囲気の対極にあるような牧師だった。どちらかというと騎士にいそうなタイプだ。もしかすると、アルヴァトトと同じように兼務で騎士でもしているかもしれない。
「青の神子は神殿から戻る途中に、牧師様とはぐれてこちらに迷いこんだそうです。私は神子同士の接触が禁止されていることを知っていましたが、彼女が私と同じ異世界からの招致者であると知って、お話をすることにしました。その後彼女を探しに来る人の気配を感じたので彼女にここから出てもらい、話していたことを知られるとまずいと思い、隠れました」
声は震えてはいなかったと思う。申し開きは以上ですと言いながらも、ひたすらにアルヴァトトの目は見れない。怒られるのは仕方ないけれど、落ち着いてみれば、これで嫌われたりしたらどうしようという不安が湧き出て来る。自分の腕を強めに握る。痛みで不安を抑えられることは、ないけれど。
「青の神子。今の話は全て本当か?」
アルヴァトトは、視線をルリに向ける。私が軽い気持ちで彼女がここに留まることを許したせいで彼女までアルヴァトトに怒られると思うと胃が痛む。怒られるのならば脱走したことをルリの牧師に怒られるのだろうと思っていたのに、この状況ではまるで、ルリが悪者みたいになってしまう。
「……違います。私はソドリー様の目を盗んで、ここに赤の神子の館があると知っていて来ました。アルヴェニーナは神子同士の接触が禁止されているって止めたけど、私が無理を言って話をしてたんです」
「アルヴァトト様、私は自らの意志で彼女を招き入れました。彼女が嘘を吐いていることを知った上で、です」
正直に話すルリに、口を挟めばルリは困ったような顔でこちらを見た。実際嘘なのも知っていたし、止めた後に話題に乗って招き入れたのも私のようなものだ。庇っているわけではなく、事実を言っている。
アルヴァトトはしばらく私とルリを交互に見て、目を閉じてため息を吐いた。そうして私の方に向かってくる。どくどくとうるさい心臓を止まればいいのにと思いながら、自分の手の甲をつねる。気を抜くと泣きそうだ。大の大人が怒られて泣きそうだ。完全に悪いのは自分だから。
「やめなさい。痕になるぞ」
俯いていると、手を取られた。そうしてアルヴァトトは私を引っ張って館の方へ向かう。
「ソドリー。そちらの神子はそちらで話を聞いておけ。あまり勝手なことをさせないよう、きちんと言い含めろ」
「……わかっている。すまなかったな」
一言ソドリーと言葉を交わして、そのまま私の手を引いて館に戻る。そのまま連れていかれるのは、アルヴァトトの部屋だ。一度戻ってきたのではなく帰ってきたようで、荷物は部屋に置いてある。
「ご、ごめんなさい」
先に謝るのはずるいとわかりながらも、口をついて謝罪が出る。何が悪かったのかも誰が悪かったのかも一目瞭然で、申し開きは先ほどした。怒られるならば存分に怒られよう。できれば、失望は、されたくない。
「だから、自傷はやめろと言っている」
「え?」
部屋に入るときに一度離された手を、再度とられた。どうやらアルヴァトトは、私が湧き出る感情を痛みで相殺しているのが気に入らなかったようだ。
「すみません」
「きみは、謝ってばかりだな。今のは何に対する謝罪だ?」
「わ、私の癖に心を割いていただいて……申し訳ないと思う謝罪です」
「そんな謝罪があるか」
呆れたようにため息を吐かれびくっとする。思わず肩を揺らせばアルヴァトトは困ったような声を漏らした。「ため息を吐かれるのが怖いのか」という響きは確認しているような色だった。
「別に私はきみを責めるつもりはない。青の神子が脱走してここに来たんだろう? そして、きみは彼女を一度拒否したが、同じ立場ということで絆されて話をしていた。見つかると彼女の立場を悪くすると考え逃がそうとしたところで私が来て、誤魔化しきれないと判断し前に出た。何か間違いがあるか?」
「ないです」
ルリの立場だとかを考えて湾曲的な言い方をしないならば、それで事実は合っている。責めるつもりはない、と言われ、余計に泣きそうになった。優しくされるのは叱られるよりも涙腺を刺激する。痛みで堪えようとしても、現在手を握られているのでできることは下唇を噛むくらいしかない。
「こちらに戻る途中、青の神子が行方不明になったと聞いた。青の神子の気性は話に聞いて知っていたから、きみと会ってしまっているのではないかとは思っていたんだ。会えば今のような状況になるとは思っていた」
完全に行動を読まれている。いっそ、この人すごいなという感情の方が先行して涙腺が閉じた。代わりに見透かされていた気まずさがあって、今度は意味のない謝罪をする。きっとこの謝罪の意味もアルヴァトトには見通されているのだろう。
「まったく。他人を庇って自らの罪にするのは賢いことではないぞ」
「ごめんなさい、自分も悪いのに他人にすべてを押し付けると思うと、つい」
「自ら叱られる方向に話を進める意味がわからない」
アルヴァトトはそういうときに自分の罪を隠すタイプなのだろうか。こちらは見透かされているけれど、私から見たアルヴァトトというのがまだいまいち消化できていなくて、首を傾げる。私にはまだ、アルヴァトトのことはよくわからない。
「そして叱責に怯えるよりも自分の立場を憂え。次に神に謁見するのはきみなんだぞ」
ただ、心配されていることだけはわかって、離された手で自分の服の裾を握った。
「すみません。優しくされると泣きそうなので、あまり優しくしないでください」
返ってきたのは訝しむような呆れたような顔だった。