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卑屈神子の杞憂譚  作者: 今井
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 体を動かす訓練を兼ねた館内探索は、次の日から許可された。

 意識の戻った一日目は、結局夕食のあとすぐに眠らされた。電気の普及していない文明の世界らしく、部屋にはランプがあったが夜にはその明かりと月明かりだけが光源だ。窓が大きなため昼間は感じなかったが、夕方を越えるとすぐに困る程度に暗くなる。暗くなれば、暗中では目のきかない人は眠るしかなくなる。そんなわけで起きたばかりのような気はしたけれど、その日はすぐに眠ることになった。

 子どもだからか、ずっと眠っていたりだとか招致のことがあったりだとかの影響か、すぐに眠れたけれど、日が落ちる時間と気温から、かなり早い時間に眠ったと推測できる。このあたりの気候や季節がどんなものかわからないけれど、夏の日の長い気候でもないのに日が落ちて体感五時間もしないうちに眠ったとなると、相当早い時間だ。

 その分起きるのも早かったが、それでも日が昇りきってからだ。窓を開けて空を見上げれば太陽はまだ真上にはなかった。ただそれは明らかにいつも起きるよりも遅い時間で、わけのわからない涙が込み上げてくるのを感じた。

 こんな生活、ありえるのか。

 現代と違うことがストレスになるであろうことを、昨夜電気がないことを知った時点で懸念していたけれど、ポジティブに考えれば規則正しい生活が送れるということなのだ。昔の人はそれで生活していたのだから、できないはずもない。

 そんなあたりで部屋に入ってきたユーリーンに着替えを出してもらって、子どもと思われているからか着替えを手伝われて、伝えられたのが館の探索の許可が出ていることだった。

 体がまだ固まっているからそれを正すためにも必要だから、という言い分はきっと、アルヴァトトのものだろう。いつこちらに来たのだろうか。それとも、昨日のうちに言われていたのだろうか。考えつつ、ぐぱぐぱと手を動かす。手だけならばもう問題なく動くようになってきた。

 木でできた履き心地のけっして良いとは言えない靴をはいて、部屋から出る。先導するのはユーリーンだ。迷子にならないように、本日はついて行くだけである。

「なんていうか、質素ですね」

 歩くのは、昨夜夕食を終えたあと部屋の中で少し練習した。眠っていたり招致前の状態のせいで体が衰弱しているというわけではなく、あくまで硬直しているだけだったようで、慣らせばそこそこ簡単に体は動くようになった。

 廊下を見回しながら、前を歩くユーリーンに声をかける。彼女は歩くスピードを合わせながら柔らかな声で話す。

「ここは聖域に近いところですからね、あまり華美にはなっていないのです。城や街はもっと装飾的ですよ」

「そうなんですか……えっと、質素にした方がいいのに、服装は派手でいいんですね……?」

 ユーリーンは感じのいい販売店員のようで、会話しやすいのに、しにくい。などと考えつつ、黙っているわけにもいかないので問いかける。気になっていた、服装のことだ。

「ユーリーンさんはあまり派手じゃないのに、私、神子だっていうのにちょっと……華美じゃないですか?」

 これがユーリーンの趣味ならば悪いので、かなり言葉を控えめにして苦情を申し出る。

 ユーリーンを見れば、薄緑の髪色に似あう若葉色の長い丈のワンピースなのに対して、アルヴェニーナの服は同じワンピースながら、スカートの下にパニエを履かされたせいか腰から下が膨らんで可愛らしい形を出している。襟元にもフリルがあるし、何よりも、その色が派手なのだ。神子だと言うならば白だとかの色を着せられるのではないかと思うのに、アルヴェニーナのワンピースは見事な朱色をしている。これが巫女ならば、この色でもおかしくはないと思うけれど。いや巫女でもワンピースなのはおかしいけれど。

「華美……ですか。赤の神子のお召し物は赤に近い色だと決まっているので、私はそうは思いませんけれど……」

「あ、決まりがあるんですね」

 それは、よほどでも青か緑がよかった。悲しさに肩を落としつつ納得したふりをする。決まりならば仕方のないことなのだ。

「ただ、神子さまの髪色ならばもう少し色を変えた方がいいでしょうね。きちんと似合った色をご用意いたします」

「いや、あのそういうわけじゃなくて。色が決まりで変えられないなら、できればパニエやめたり、ユーリーンさんみたくマキシ丈のシンプル系なデザインにしてほしいというか……」

 あれ。というか、髪色に合わせた赤系ならばピンクを持ってこられるんじゃないか? 考えて内心青ざめながらユーリーンを見る。彼女は整った顔で曖昧に微笑みながら、少し首を傾げていた。

 ああ。わかってもらえてない。

 理解できていないであろう年上の女性を何度も説得できるほどの精神の強さは持っていない。諦めて愛想笑いで謝って、歩を進めるユーリーンに黙ってついて行くこととなった。

 館は思っていた以上に広く、どうやら三階建てのようだ。神子の部屋は三階にあり、二階は応接室の他いくつかの部屋、一階はメイドの部屋や調理場などがあるらしい。

 三階は自室の他、隣にメイドの待機のための部屋、それからバルコニーがあった。一部屋一部屋がそこそこ広いため、三部屋でもかなり広い。

 バルコニーに出れば外が一望できる。館の外は木々が生えていて、まるで森の中の家のようだ。緑に生い茂る葉は太陽の光で輝いている。気候は春のような陽気だ。ところどころ、色のある花も咲いている。童話のようだと思いながら遠くを見れば、一際高い建物が見えた。煉瓦の色をしていて、上に長い。

「あれはなんですか?」

「あちらは教会ですよ」

 神子の館は石造りなのに対して、教会はレンガ造りなのだろうか。どういう基準で作られているのかわからないけれど、実際教会に行くわけでもない。なんでも聞いて鬱陶しいと思われては嫌なので、疑問はすぐに忘れておく。

 バルコニーから戻り二階に下りて、応接室を見せてもらう。その部屋は他の部屋に比べて少し華やかで、椅子とテーブルがある他、花が飾ってあり、額に入った絵が壁にかかっている。家具は主に赤を基調とした色合いをしていた。

 なんの応接室なのだろうか。信者がやってきて、神子として何か話さなければならないだとか言われたら困る。何の力もないただの、子どもの体を乗っ取った異世界人に宣える高説などない。

 二階の部屋は、応接室以外は中を見せてもらえず、そのまま一階へ案内される。エントランスからすぐに階段があって、壁側に扉がぐるりとある。一階が一番広いのか、メイドの部屋がかなり狭いのかは教えてもらえなかったけれど、一階は上の階より横に広いようだ。神子一人とメイド三人が住むのにここまでの広さが必要になるのだろうかとは思うが、ここでの生活二日目で、うち一日はほとんど眠っていたのだから、まだその感想を持つのは早いだろう。

 メイドの自室も厨房も入れてはもらえなかった。厨房は、食事を作ることになったときのために入れてもらいたかったけれど、あまり無理に頼むつもりはないので今のところは口に出さないでおいた。せめて、一人で館内を動けるようになってからお願いをするべきだ。

「神子さま、この階はあまりご案内できませんが、裏庭へご案内いたしましょう」

「裏庭?」

 首を傾げれば、先導するユーリーンはエントランスの奥、階段裾のそばの扉へ向かった。その直角隣、階段の下にも扉があるが、こちらは物置ではないかと思う。小中学校の階段下も、実家の階段下もたいてい物置になっていたからの予測だが。

 ユーリーンが扉を開くと、そこには渡り廊下のようなものがあった。日の当たる方にあるが、渡り廊下は天井と大きめの柱に阻まれて陰になっている。そしてその奥に、小さな庭園があった。

「わ……」

 人工的に緑で囲われた庭に目を奪われる。低い木で囲われた庭はまるで異世界のように美しい。元々異世界ではあるのだけれど。

 色とりどりの花がいくつかの区域に別れて植わっており、一角には小さな池がある。そこには熱帯地でもないのに鮮やかな色の花が浮いていて、その周りにはきれいにバラが咲いている。少し振り返れば、大きめの柱にもツルバラのような花がいくつか巻いていた。そのまま視線を添わせて建物の方を向けば、端の方に白の螺旋階段がある。そこにもツルバラが咲いている。色は赤とピンク。

「前の赤の神子のご趣味で作られたそうです。今も保っているのですが、お気に召しましたか?」

「はい。とてもきれいです」

 赤の神子だから、赤系の花が多いのかもしれない。バラ率の高い庭を眺めつつ、ただ少し乙女すぎるのではないかと冷静になってしまう自分を偽って肯定した。きれいなのは嘘ではない。たとえばお金持ちの奥様ならば、こんな庭でもお似合いだと思う。問題なのは自分であった。

「三階から階段が繋がっておりますので、外に出たくなったらこちらにいらしてください」

「ありがとうございます」

 眉尻を下げながら笑うユーリーン。もしかしたら、気を遣わせてしまったのかもしれない。外に出られないと知った時に感情を外に出しすぎてしまったのかもしれない。

 申し訳なさを覚えるけれど、過ぎたことは仕方がない。しばらくは私の外の世界はこの庭と窓から見える景色だけだ。毎日朝起きて電車に揺られて仕事にいかなければならないことを考えると、圧倒的にいい暮らしをさせてもらうのだから、文句など言える立場ではない。アルヴァトトに話すときもユーリーンの聞こえないところでしなければいけないだろう。

「それと、神子さま」

「はい」

 何か、諭すような柔らかい響きで呼ばれてユーリーンを向く。声の調子と表情から、多分初めから言う機会を窺っていたのだろう。

「私たちは神子さまに仕える者です。あまり、その、遜らないでください」

「……えっと」

 遜ったつもりはないけれど。ユーリーンは元の私よりも少し年上に見えるし、そもそもあったばかりの相手と気軽に話のできる性分ではないため、距離を測った態度をしていたことがそう思えたのかもしれない。

「すみません」

「そのような丁寧な話し方も、謝罪も、仕えるものとしては少々戸惑ってしまいますので」

「うえ……あの、ごめんな、あ、いや」

 謝るなと言われてしまっては何をしゃべることも許されない気分になって、つい押し黙ってしまう。はいわかりましたと不遜な態度を取ればいいのかと言えば、きっとそうではないのだと思う。仕える相手とはいえ、暴君のような態度を取られたいわけではないだろう。そもそも、そのような態度を取れる心臓をしていない。

 だからといって、下から話をするのは戸惑うのだと言われてしまえば、どんな態度でいればいいかわからない。謝るのをやめて、それからどうすればいいのか? 友人のように接するのだって正解ではないだろう。ならば職場の後輩相手のつもりで会話をすればいいのだろうか。しかしいろいろと教えてもらう立場がこちらな以上、難しい。

「……申し訳ございません、神子さま。過ぎたことを申しました」

「え」

 悩んでいれば、ユーリーンの方から暗い声が聞こえた。こちらから願い出ることではありませんでしたと続けられては、申し訳ない気分になる。私が彼女の求める態度がわからなくて、取れないばかりに謝らせてしまうなんて。

「い、いえ、違うんです。私、あの、謝らないように頑張ります。しゃべり方は簡単には変えられないので許してほしいんですけど……頑張りますから」

「……神子さま」

「おかしなところとか、気に入らないところがあったら言ってください。ちゃんと直すので。きっと、ユーリーンさんの求める方が、正しい神子なんでしょう?」

 慌てて口を動かせば、ユーリーンは難しい顔をする。自分の思う通りに主を動かしてしまっていいのか、差し出口なのか悩んでいる顔だ。そうして迷わせていることがまた申し訳なくて、慌てる。

「大丈夫です、神子になったんだから、それらしくします。だから、教えてください」

 頭が混乱して、自分が何を言っているのかよくわからなくなりながら頭を下げようとして、それはダメなことだと自制する。

「……では、不肖ながら、時折進言することをお許しくださいませ」

「あ、はい! お願いします!」

 ユーリーンは、少し困ったように笑いながらも了承の意味を持った言葉を返してくれた。ほっと息を吐きながら、肩が下りるのを感じる。ずいぶんと感情を揺らしていたらしい。落ち着かなければならないと隠れて深呼吸すれば花の匂いが鼻孔をくすぐった。

「あの、こちらからも一つだけお願いしてもいいですか?」

「ええ、もちろん」

 落ち着きを取り戻しつつ、ユーリーンを窺う。彼女の方は困惑していたのに既に柔らかい笑みを携えたデフォルトの大人の女性に戻っていた。精神年齢はそう変わらないはずなのだが。

「名前で呼んでいただけませんか? せっかくアルヴァトトさんに頂いた名前なので」

 それに、神子さまと役職名にしても神の子のように呼ばれるのは、実際は偉くもないのに偉くなったような気がして居心地が悪い。

 私の主張に彼女は一瞬だけ目を丸くして、その後「かしこまりました」と快く承諾してくれた。そして再度、今度は少し柔らかい雰囲気で困った顔をしながら微笑んだ。

「アルヴェニーナ様。私からも、もうひとつだけお願いなのですが、牧師さまのことはアルヴァトト様、とお呼びください」

 

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