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卑屈神子の杞憂譚  作者: 今井
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後日譚、および二度目のエピローグ

「はあん? よく落とせたね。どう口説いたの、その意固地で卑屈で面倒の塊女を」

「呼称に悪意がありすぎでしょう、ルリちゃんにチクりますよ……」

「いやー、最終的にはごり押しって感じが良かったよなあ、俺的には超好みだったぜ」

「待って何!? 見てたの!?」

 後日、事の報告のために謁見の日を待たずして、私は――アルヴァトトを連れて赤の神の間に来ていた。

 あとから考えると本当に、顔から火が出そうなほどに取り乱して自分でも何をわけのわからないことを言っていたと思うけれど、結果的にはまあ、丸く収まったと思う。アルヴァトトはきっと城の方で面倒が大漁だとは思うけれど。ここに来てしまったことの処理も含めて。

「お前がここを出るときにこっそりコンパクト半開きにしといたから声は聞こえてた」

「は、はああ? 信じられない! だ、ダリア様のバカ! 無神経! さすがに酷い!」

「おお……遠慮がなくなってるぞニーナ」

「ていうか彼氏が引くよ」

「!!」

 なんでも、アルヴァトトが神の間に来られるのは母親が神子だったからだそうだ。神力が血筋で受け継がれることは今まで特に取り上げられてきていなかったらしく、そのあたりを軸に研究方向へ話を逸らして、今回の神の間への突撃訪問をうやむやにしようとしているというのは昨日聞いたことだ。

 これまで血筋が関係あるとされていなかった理由が気になるところだけれど。血縁の関係は間違いなく初めに考えられることだ。神子の血筋。王の血筋。どこの世界であれ、そういう思想は確実にあるのに。

 それはそれとして、アルヴァトトがここに来られるようになったのは些か問題があった。今のように私は、慣れを以って、ダリアやリンドウにちょっと素が出る。

 誰が悪いかといえば私だけじゃないと思う。ダリアは先のようにデリカシーというものが欠如しているし、リンドウはここのところ……私のコイバナの話が出始めたあたりから私に対してアタリがきつい。基本優しくていい方なのだが、乙女以外に興味はないからといって邪険にしてくるのだ。

「アルヴァトト様……」

 好きな人の前で猫を被っているわけではないが、この世界の人たちは少々お堅い人が多いのでダリアたちとしているような軽く頭の悪そうな会話をしているとかなり浮く。アルヴァトトにはたぶん私のこの態度が異様に見えるのではないだろうかと思う程度に。

 なので「引くよ」と言われてみれば本当に引かれているのではという不安が煽られ、緊張しながらアルヴァトトを振り向く。これで「幻滅した」と別れを切り出されれば私はこのままダリアの部屋に居つくか死ぬしかなくなるのだけれど。

「……何を杞憂しているのか知らないが、この程度で幻滅することはないから安心しろ。寧ろ、私に同じように遠慮のない態度を取れと言いたいくらいだ」

「さすがにそれは」

 ダリアやリンドウはあちらがこの態度だから対応が崩れるけれど、アルヴァトトはしっかり私に対する配慮もデリカシーもあるのだ。苦笑いしていれば、アルヴァトトは困った顔でダリアとリンドウを見て、目を逸らした。どちらかというとこの神々に引いているとでも言いたげだ。下手にツッコミを入れて空気を悪くしないためか、誰も口にしなかったが。

「まあ、最終的にハッピーエンドで良かったじゃねーの」

「……はい。ダリア様もリンドウ様も、ありがとうございました」

「喧嘩とかしたらまたここに逃げ込んできていいからな」

 本当に善意だけで動いてくれていたのだろう、事が収まったことにけらけら笑いながらダリアは言う。

 このデリカシーのなさはわざとなのか素なのか微妙なところだ。どちらにせよ祝福の籠った弄り方に笑っていれば、不意に後ろから引き寄せられた。転ぶほどでもない力だが、抵抗することもなく寄りかかればアルヴァトトが先ほどよりも近くに居た。

 体格的に完全に大人と子どもでも、他人の前だと恥ずかしい。どうしたのかと見上げて言葉を待つも、アルヴァトトはまっすぐにダリアの方を見ていた。

「神様相手にガンくれんのやめよ?」

 視線の先のダリアは苦笑していた。さすがに鈍感でもないので状況が読める。居た堪れないのは、冷たい目でリンドウがこちらを見ているせいだろうか。

「と、取り敢えず次の謁見のときにまた、いろいろお話させてください」

「おう」

 アルヴァトトを押しながら、手を振って二名と別れる。慣れといったら、この状況への慣れこそが一番不自然かもしれないけれど、それはよしとしよう。神様だけれど友人ともいえる相手と仲良くなれるのは悪いことではないはずだ。

「きみは本当に神々と仲がいいな」

「ええと、元居た世界の人たちとノリが似ていて話しやすいんです」

「私と結婚することとなれば、近いうちには会えなくなるがいいのか?」

「…………そのときは、ダリア様に口利きしてもらって、王様に頼んだりしたいですね」

 さらりと結婚の話が出てどきりとする。元の世界では付き合うの段階があったけれど、この世界の、特にこの立場では付き合うイコール結婚ということだ。前の生でも体験したことのないそれに今から緊張する。

 それよりも先に精算しなければならないことはたくさんあるのに。

「どうかしたのか」

「えあ、えと、デイスのことをどうしようかと思いまして」

「放っておくか、はっきりと言ってやればいい。あの子どもだって、いつまでも子どもであれるわけではないのだから」

 驚いた。アルヴァトトがデイスのことについて考えていたことにも、そんな考え方があったことにも。

 自分のまいた種なのだから私が回収しなければならないと思っていた。気持ちの決着は結局デイス自身にしかできないことを考えていなかった。

 いつまでも子どもではあれない。言われてしまえばその通りだろう。その言葉を無責任だなどと否定するのは、その方が無責任だと思う。

「そう、ですね」

 それでも、アルヴァトトの考え方に多少の同意を感じようともぐだぐだと考えてしまうのはどうしようもないことだ。私の性質上。アルヴァトトの意見も参考に、グリに相談してみようか。

「それよりも、きみはいつまでも神子であるつもりか?」

「へ?」

「王に談判してまで赤の神とありたいのか」

「……ええ、とお」

 顔を逸らしたのはやましい気持ちがあるからではなかった。わかりやすくアルヴァトトが嫉妬のような感情を抱いてくれているからだった。

 先日の告白のときからちょくちょくあるのだが、アルヴァトトはなぜかダリアに敵対心を抱いているらしい。多分私がダリアの元に逃げ込んだと思っているからだろうけれど、神様相手に恋情など抱きようもないはずなのに。

 ただその向けられる感情が嫌ではないというか、寧ろ少し嬉しくさえあるのは良くないことだ。不謹慎であるし、良くしてくれているダリアに失礼だ。

「今まで通りダリア様やリンドウ様とお話できれば先日の王子に欲しい情報も流せますし、えっと、ここまで神様に気兼ねない神子は珍しいって言ってたでしょう?」

 適当言えば不信感露わにこちらを見られる。

「ごめんなさい、せっかく仲良くなれたのに離れがたいだけです」

 好きな人からのその目は厳しいので素直に謝ったのはその直後だったが。

 厚かましく不敬ではあるけれど、せっかく友人のような関係になれたのに、もう会えないと思うと寂しいというのがただの本音だ。そして俗っぽい言い方をすれば、彼氏ができたからって友達切るのはちょっとというのが本心である。

 項垂れた頭に手を乗せられる。見上げようとするとその手が左右に動かされ、するりと撫でらてた。つい先日まではなかったその動作に顔が熱くなる。

「きみを困らせようとしたわけではない。半分冗談だ」

 半分は本気なのか。それも冗談ですか。どっちのツッコミをしたらいいのか、そもそもつっこんでいいものかと考えてどちらも口に出せないままに、曖昧に笑って誤魔化す。この人は意外と冗談も言うというのは、けれど知っていたことだった。

「しばらくは今まで通り、神子について調べたり、他にも王子の要望も聞きつつ赤の神子をすればいい。先のことは追々考えよう。神子を続けるなり、特技を生かして翻訳をするなり、好きにするといい」

 私の隣に居るならな。

 穏やかな声はそう締めくくられた。この人は、照れたりしないのだろうか。想定以上の甘やかされっぷりにいっそ面白くなって笑ってしまう。

「やっぱり諌めたり叱ったりしないんじゃないですか」

「それは、きみの杞憂性を直してからだ」

 そんなことを言われれば直ってしまいそうだと返せば「そう簡単に直るものか」と呆れられる。まったくもってその通りだけれど、簡単じゃなくとも本当に直ってしまいそうだと思えたのは、私にしてはとても前向きな考えだった。








 目を開けばそこは、驚くには慣れた白い世界だった。


 体を起き上がらせることができないのは、瞼を動かせないのときっと同じ理由で、こちらは見慣れない大きく、どこから下がっているとも言い難い白の襞を作るカーテンをぼうっと眺める。

 こんにちは、誰かいますか。

 取り敢えずということで声を出してみようとするけれど、私の生涯の友人である神様の居る部屋とは違うここでは、私の声帯はかすかにも震えない。そもそも声帯というものが現在存在していない。

 わかってはいたことだが試してみるのは「もしかしたら喋れたりするかも」という至極適当でポジティブな考え方のせいだった。楽観思考なのはともかく、こういうよくわからないところで適当なのは、きっと存在を赤とする神様の影響だと思うけれど。

「ずいぶんと、変わりましたね」

 声はカーテンの向こう側から聞こえた。前回から数十年は経っているなか、変わらず手動らしい分厚いカーテンをかき分けながら人と似た姿をしたその者は現れる。

 ただ、かなりの年月が経っているのに鮮明に思い出せる前回のその姿とは違うそれには面食らった。声は覚えていないけれど、間違いなく別人だ。人でも、ないかもしれないけれど。

 配置換えにでもなったのだろうかという発想は以前の生の影響だ。そしてもしかすると私の送られた部署が以前と違うのかもしれないという発想は、今生で神様から直に教えられた情報を元とした推測である。

「ああ、いや。ここは以前あなたが来たのと同じ部署ですよ。最初の担当はね、あなたにいろいろと細工したことを理由に謹慎中なんです」

 できればその裏事情はあまり教えてほしくなかった。

 私の記憶が残っていたことだとかが、私をあちらの世界に送った方が意図的にしたことであるというのは、この白の部屋を知る神々とされる方々に聞いて知っていたけれど、直に同じ部署の人から聞くと少々気まずい。しかも、それが理由で謹慎しているのならば現在目の前にいるこの方こそ大変だったのであろうから。

「わかります? 本当に、あなたが還ってきてよかった。これで同僚の謹慎もとけます。私一人での業務はしんどかったんです」

 すみませんでした。

 考えていることが筒抜けになっていることを思い出し、謝っておく。

 ただ、とはいえ記憶を残してくれたことも、名前だけを――出名朱乃の根幹だけを抜いてくれたことも、私からすれば結果ありがたかったのだけれど。

 それを言うのは目の前の彼には失礼なので、心のうちに閉まっておく。残念ながら、心が透けて見えるここではどうしようもないが、気概だけは組んでほしいところだ。

「……そうですね。ええ、よく魂が精練されていますし、よしとしましょう」

 目の前の彼はにこりと笑って、空気を読んで流してくれた。そうしてそのまま言葉を続ける。きっと時間がないのだろう。同僚が謹慎中で忙しいらしいので。

「新しい世界は楽しかったですか?」

 はい。死にたくなくなるくらい

「それはよかった」

 答えれば形ないからだが温かくなっていく気がする。

 死んだのだ。これで私の二度目の人生は終わりなのだと理解する。

「それではおやすみなさい。我らが糧よ」

 微睡むような心地の中、まったく違う声が、聞きなれた愛しい「おやすみ」と被る。

 これは名残惜しさというやつか。心残りというものか。けれどそれを手放せる程度の充足感に、心地よさに包まれながら音にならない声を発し、眠る。

 


おやすみなさい。

 

ここまでお付き合いいただき、ありがとうございました。

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