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卑屈神子の杞憂譚  作者: 今井
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想い

 ばかだばかだばかだ!

 アルヴァトトに抱えられ、ルリとソドリーに心配されながらも口を開くことさえできないくらいに混乱したまま館に戻る道中。頭を抱える。

 早足で進みながらアルヴァトトが後日謝罪と説明に行くことをルリとソドリーに対して言っているのが頭上で聞こえる。恥ずかしさと情けなさと申し訳なさで死んでしまいたい。土に埋まって殺してくれ、と叫びたい。不安と緊張と少しの嬉しさでうるさく鳴る心臓にどうか止まってくれないかと考えながら、文字通り頭を抱え込んで泣きそうなのを堪えた。

 私の記憶にあるのは、ダリアとリンドウとグリにガチ泣きしながら不安からコイバナからぶちまけたところまでだった。あの後どうなったのかまったくわからないけれど、リンドウの話を聞くに、ダリアが気を遣って私に考える時間を与えるためにあの場に留めてくれていたのだろう。帰るという意志を抜いたと言っていた。平常時ならばどれだけ考え込んでいようとも、アルヴァトトの迷惑になるので戻っただろうから、きっとダリアは私のためにそうしてくれたんだと思う。

 私のせいで、神子を一日匿うようなことをさせたんだと思う。

 アルヴァトトにもダリアにも、リンドウにも迷惑をかけて何をしているんだ私は。感情の制御できない子どもではないんだぞ。自己嫌悪ばかりが思考として巡り、生産的な考えがまったく浮かばない。

「アルヴェニーナ」

 このまま館に戻って、私はどうする? なんでもありませんなんて誤魔化しは通用しない。今回ばかりは私だけが迷惑をかけているのだ。

 ユーリーンたちも心配しているだろう。アルヴァトトも、神の間に乗り込んでくるほどに。

「っ、はい」

「怯えなくていい。私がきみを責めることはない」

 できるだけ優しく発された言葉に泣きそうになる。優しくされると涙腺が緩む。昨日あれだけ泣いたからだろうか、すでに目が腫れぼったい気がするのに。

「ご、ごめんなさい。そんなつもりはなかったんです……いえ、でも私のせいなんです。ダリア様は悪くないんです」

 アルヴァトトが、もしダリアへの不信感を持っていたらどうしよう。先に出てきたのはそんな不安からくる言葉だった。ダリアは私のために私を匿ってくれていたけれど、人から見ればそんなものはわからない。昔のリンドウのように、ただ神子を攫い閉じ込めたかのように思われてしまっては、ダリアに失礼だ。それに、それを理由に私を赤の神の元へ向かわせないよう動くようなことになったら困る。アルヴァトトの立場上。

 だからといって事の真相をそのまま伝えるわけにはいかないのでおろおろと見つからない正しい言葉を探して惑っていれば、アルヴァトトは手で私の視界を覆った。

 抱き上げられていたので近くに見えていたアルヴァトトの顔が隠れ、視界が暗くなる。小さな子どもの顔はアルヴァトトの片手ですっかりと覆われてしまう。ソドリーのようにごつごつとしていないけれど、アルヴァトトも大人の男性なのだと、そして私の体がどうしようもなく幼子なのだと嫌でも痛感する。

「取り敢えず黙っていろ。館に着く。きみは何もしゃべるな、いいな」

 言われた通り黙って、運ばれる。アルヴァトトの歩く振動が心地よくて、徐々に思考は落ち着いてくる。けれど言い訳はまとまらないままに、館には着いてしまった。

「おかえりなさいませ、アルヴェニーナ様は……」

「心配ない、少し話を聞きたいので私の部屋へ連れて行く」

「先に休ませて差し上げた方がよろしいのでは……」

「待てない」

 心配そうな声を掛けてくれるユーリーンの声が通り過ぎていく。通り過ぎて行っているのはきっと私の方だけれど。アルヴァトトの足音だけが響く。追いかけて来る気配はない。館の床を歩く音は、既に耳に慣れたものだった。

 上下の移動が終わり、すぐに扉を開く音がした。それから閉じる音が。そっと椅子に下されたところでようやく、聴覚以外の情報が入ってきた。

 まだ昼ではあるが、カーテンが閉じられているのか部屋の中はあまり明るくなく視界もすぐに適応した。いつもと変わらない、アルヴァトトの部屋だ。

「アルヴァトトさ、ま」

 顔を上げて、思わず固まった。目を向けた先、アルヴァトトの表情に嫌な予感を覚えたから。

 胃のあたりを押さえる。待て、待って。警鐘を鳴らすように頭がガンガンする。叩きつけるように心臓がドンドンと音を立ててうるさい。

「アルヴェニーナ」

 なのに、アルヴァトトの声はひどくクリアに耳に届いた。

「私はきみに恋情を抱いている」

 涙が、あふれ出るかと思った。

 先ほど以上に高鳴る心臓は痛みを感じていると錯覚しそうなほど。手が冷たい。足が震える。座らせておいてもらってよかった。緊張で吐きそうで、眩暈さえする。

 なのに、でも、嬉しいが喉元までせりあがってきて、こぼれださないように自身の手に爪を立てた。私の手じゃない、皮の薄い手に爪が食い込む。痛い。痛い、痛い。

「か」

 一文字目が裏返ったのは、どうしようもなかった。

「勘違いですよ」

 リテイクした一言目は、自分の思った以上に上手に話せた。

「そう言ってもらえるのは、うれしい、です。でも、勘違いです。私が泣いたり頼りすぎたから、そう思ってしまったんです。あまり人に甘えられることがなかったんでしょう? 庇護欲を恋情だと勘違いしているんですよ」

 震えそうになる声を必死でまっすぐと出しながらアルヴァトトを見る。笑顔がへたくそなのは元よりだ。目を見開くアルヴァトトを見ていられなくて、視線を下げる。

「こんな子どもですよ、前に王子に言ったでしょう。外聞も良くなければあなたに利もありません」

「利ならある」

 言葉を食うように声を重ね否定の言葉がかかる。アルヴァトトにしては少し早口でぞんざいに吐き出されたそれに驚いて顔を上げれば、想像以上にアルヴァトトが近くにいた。

「アル……」

「きみが私だけのものになれば、それが私にとっての利だ」

 そしてまるで跪くように膝を床に付き、同じくらいの高さになった。目が合わせられる。真剣な視線が貫いて、動けない。目が逸らせない。

「きみの想いも同じじゃないのか」

「っ!」

 ばれているとは、思っていた。

 私が子どもじゃないように、アルヴァトトだって子どもじゃない。今だってこんなに心臓が痛くて顔が熱いのを隠しきれているなんて思えないのだ。

「わ、私は女の子ですから、優しくされて、ずっと頼らせてもらってきて、好きだって思ってしまうこともあります。……でも大人で、女の子ではないから、こんな私のような浅ましくて情けなくて弱い人間は、あなたのそばにいるべきじゃないってこともわかります。あなたを支えられませんから」

「黙れ」

 もう自分で何を言っているのかもわからないままに、涙をこらえるのも忘れての言葉は短い命令で遮られる。咄嗟に口を押さえて黙ればアルヴァトトは睨むように眉間に皺を寄せこちらを見た。

「私のことはいい。きみはどうしたいんだ、どう思っているんだ。きみの気持ちが聞きたいんだ。本当は……好きだと思っている自分の心こそが勘違いだと思うならば、それでいいから」

「違います!」

 遮ってしまった。けど、違う。

「怖いんですよ。あなたを好きでいたい。ずっと憧れていたい。守られることに慣れてしまって、それを当然と受け入れるようになったら、私のような薄情な人間はあなたを軽んじるかもしれないじゃないですか!」

 私は、私が嫌いだ。

 人に迷惑ばかりをかけて、初めは努力しなければと思いながらも怠慢に現状を享受し、慣れ、平気な顔で人の好意を受けておきながら何も返せない。

 責任を持ちたくなくて人に押し付けて、挙句の果て守られていることを忘れ辛いと嘆き、守られているだろうという言葉にさえ傷ついて。じゃあ誰に弱音を吐けばいいのなんて、誰に吐くわけにもいかないのに。ひとりで抱え消化しなければならない問題をどこに振りまくつもりだったんだ。私の問題を誰かに押し付ける気だったのか。こんなところまでにげてきて。

「守られることに慣れてしまって……ひとりでいきていけなくなったら、どうするんですか……」

 あなたにそんなことをしたくない。

「そんな心配はしなくていい」

 私の心を汲んだように、または気にしているすべてをどうでもいいことのように、かけられたそれは重みのない声だった。なのに安心できる声だった。

 頭に軽い重みが乗る。支離滅裂だった言葉とぐちゃぐちゃだった心がそれだけで落ち着いたように黙った。唯一うるさい心臓だけはばかみたいに動き続けている。

「何度も言うが、きみは考えすぎだ。いや……いや、赤の神にきみをとられたように思い、きみが少しでも落ち着くのを待てなかった私が悪かった部分もあるのだが……」

 そっと手を取られる。握りこんでいた手をゆっくりと外されたのは、これで何度目だろうか。はじめからこの人は、私のこの癖に気付いて、諌めてくれていた。両の手を開かれる。興奮して温まった私の手より少し冷たいそれは壊れ物を置くように私の手を離した。

 そうして大きな手はそのまま、目前に差し出される。

「きみが私を好いてくれているならこの手を取れ。何も考えなくていい。それだけでいい」

 何も考えなくていい。

 そんなことを言われても私はごちゃごちゃと考えてしまうし、さっきまで喚いていた言葉は本心だ。私はずっと私が嫌いで、私は嫌なやつで、あなたにふさわしいアルヴェニーナであれると思えない。

 けれど、手は反射的にアルヴァトトの手を取っていた。

 すがるようなその行動に我ながら呆れる――よりも前に、抱きしめられた。

「後のことはあとから考えればいいだろう。きみは知らないかもしれないが、私にはきみを諌めることだってできるんだぞ」

 耳元で聞こえたそれに思い出すけれど、この人が今まで私を諌めたり叱ったことがあっただろうか。

 ソドリーに喧嘩を売ったときも神殿でやらかしたときも、王子の前で滅茶苦茶言っていたときも、一度だって怒られた覚えはない。

「うそだあ」

 呟けばどこか、満足そうな声が耳に届いた。


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