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卑屈神子の杞憂譚  作者: 今井
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神子1

 他にもいろいろと口頭説明を受けた後、アルヴァトトは先ほどの薄緑の女性と他二名の女性を呼んで部屋に入れた。天蓋から下がるカーテンを束ねれば、ベッドに座ったままでも話はできる。

 並ぶのは薄緑の女性を筆頭に、後ろに二人、栗色の髪の女性と深く黒に近い紫色の髪の女性だ。三人はそれぞれ営業スマイルを浮かべている。営業スマイルというにはかなり上品で柔らかい笑顔で妙な劣等感が沸き起こったけれど。

 アルヴァトトの紹介によると、彼女らはここでの私の生活をサポートしてくれる者らしい。メイドのようなものだと考えていいだろうと解釈して納得する。見知らぬ世界で一人暮らしなどさせられてはたまらないので、助かった。ただ、見ず知らずの人にお嬢様のように世話されるのも、かなり居心地は悪いが。

 しばらく面倒を見てもらったらひとりで生活できるように頑張ろう。決意してみるけれど、許されるはずがないことをこの時点での私は知る由もない。

「神子さま、私が主に神子さまのお世話をさせていただきます。ユーリーンと申します」

 薄緑の女性はふわりと微笑んでスカートをつまんで見せた。外国のお嬢様のようだ。どちらかというと私よりも彼女の方がメイドをつけられるような立場ではないだろうかと考えてしまうほどに上品な様子を見ながら「よろしくお願いします」と礼だけはしておく。

 どれだけ相手の方がお嬢様のようでも、面倒を見てくれるならば頼らなければこれから先どうしようもできないのだ。

 その後に後ろの二人も挨拶をした。栗色がデージリン、紫がエルグリア。とてもではないが名前は一度で覚えられそうにない。カラフルな髪のおかげで顔だけは覚えられそうだけれど。顔も名前も覚えられない、顔と名前が一致しない性分なので、その点だけはこの派手さは助かる。

 ユーリーン以外の二人は主にユーリーンの不在時や、他の下働きをするらしい。炊事洗濯買い物等々。申し訳ないので早々に教えてもらって自分でできるようになりたい。お嬢様などやったことがないし、やってみたいとも思わない。

「私は一度城に戻る。あとは頼んだ、ユーリーン」

「かしこまりました、アルヴァトト様」

「アルヴェニーナ。わからないことはユーリーンに聞くといい」

「はい」

 颯爽と黒の服を翻して去っていくアルヴァトトと、それを静かに見守るユーリーンを見ながら、場違いにも、同じ緑系の色同士お似合いだななどと漠然と考えた。


 そうして、どうやらアルヴァトトは説明がうまくないと知ったのは、ユーリーンに『神子』の説明を受けてからだった。

 アルヴァトトが帰ったあと、ベッドに座ったままユーリーンに神子について聞いた。それというのも、異世界の知識をアルヴァトトに教えろといわれた以外に役目を知らされなかったからだ。

 普段は何をすればいいのか? どういう立ち位置なのか? そもそもここは城ではないというが、どこなのか?

 未だわからないことが多すぎるほどにあるからだった。

 ユーリーンの話によれば、神子とは神託を授けるだけのものらしい。

 普段はこの神子の館で暮らしていて、神託を受けたときにそれを牧師に伝える。神託を受けるのはいつ何時かわからないそうだ。ただ、ずっとそうしていられるわけでもなく、定期的に神殿に行って各々の神と対話し、神よりの神託を受けなければならないらしい。

「各々のってことは、他にも神子はたくさんいるんですか?」

「この国では、神子は常に三人いらっしゃいます」

 ユーリーン曰く、この国には三名の神が居て、その一名につき一人の神子が生まれるそうだ。赤の神子、青の神子、緑の神子とそれぞれ呼ばれ、私は赤の神子である。

 そういえば、最初に起きた時にそんなことを言われてたな。

 うっすらと残っている、できれば忘れていたい記憶を手繰り寄せれば、確か抱きかかえられてそんな風に多くの人の前で宣言されていた気がする。もしかすると、あれは神子のお披露目で、国民への周知のための式だったのだろうか。

 そんな重責を知らないうちに持たせないでほしい。内心ひええと怯えた悲鳴をあげつつ、にこにこと笑顔を崩さないユーリーンを見る。

「他の神子もここに居るんですか?」

 同じ館で暮らすのならば、新参者の自分は挨拶でもしなければならないのだろうか。そんな思いを以って問えば、ユーリーンは首を横に振った。

「同じ教会敷地内にはいらっしゃいますが、館は別になっています。神子同士の接触は禁じられていますから」

「え、会えないんですか?」

「ええ。神同士の関係上、会うことをよしとされていないのです。ですから神殿に向かう日も、分けられているのですよ」

「えっと……じゃあお買い物だとかで外に出るときは、他の神子が館に籠っているのを見計らって出るんですか?」

「外に出たりなどの仕事は私たちがいたします。神子さまに町へ出ていただく必要はございませんわ」

「……え」

 それは、軟禁というやつではないのだろうか。

 外にも出られないという事実にさあっと血の気が引く。外に出られなければ一人で生きていくこともできない。買い物だけ人に任せるとなると、生鮮食品配達のある一人暮らしだと思えなくもないけれど、家から出かけるのが大変なお年寄りでもまったく外に出ない生活はあまりしないだろう。

「そ、外に出たいときはどうすればいいんですか?」

「……申し訳ございませんが、私たちに神子さまを外にお出しする権限は与えられておりません。もしそうされたいのであれば、アルヴァトト様にお尋ねくださいませ」

 あくまで自分たちはメイドだから、ということなのだろう。言い分はわかるし、わがままを言って困らせたいわけでもないので、わかりましたと頷いておく。今度彼と出会うときまでは絶対に外に出られないと思うと少々気は滅入るけれど仕方がない。

 異世界、ちょっとだけ興味もあったんだけど。

 未だに自室らしいこの部屋のベッドのまわりの景色しか知らないのだから、しばらくは館の散策で上等かもしれないけれど、と心中ポジティブに考えることにして、質問を続ける。

「ところで、神殿ってどこにあるんですか? ここは教会ってさっき言ってましたけど……」

「民衆に神の教えを伝えるのが教会です。教会の建物は教会敷地内の一番入口にあり、その奥に神子の館があります」

 布団の上で、指でなぞるように丸を書いて、指を差して教えられる。ぱっと指されるのを見るに、教会の建物があり、神子の館がそれぞれ教会から等間隔に離れて三軒あるようだ。

「そして、教会敷地内の最奥に神殿があります。こちらは神がおわしますところで、聖職者らだけがいるところになります。神託を受けるときのみ、神子とその牧師が入れるのです」

 更に等間隔を置いて奥に神殿があるらしい。それぞれ言葉のイメージと少しずつ、ずれていてわかりにくい。神社境内と本殿のようなものだろうか。だとすれば、教会は拝殿のようなものなのかもしれない。ここは境内社にあたるのだろうか、と大学のグループワークで行った神社を元に考える。

 自動翻訳で教会や神殿と訳されて認識として入ってくるのだから少し違うのかもしれないが、解釈としてわかりやすいので今のところはそうしておくことにする。

 というか、この翻訳はたぶん直訳ではない。

 『人工的に』だとか『牧師』だとか、『教会』も『神殿』も、こちらでの意味と記憶にある意味が少しずつずれている。きっと日本語のうち自分の知っている近い言葉に勝手に直しているだけで、実際の意味合いとはまた違うのだろう。そう考えれば違和感は仕方ない。

私は、アルヴェニーナでなかったときと適度にすり合わせていかなければならないことを心に刻んだ。今のところ、話に食い違いは出ていないけれど今後気を付けなければならないだろう。

 ある程度の話を聞き終えると、食事が運び込まれた。カーテンの外は自室らしく、机と椅子が置かれている。装飾に凝られた丸いテーブルは、食事を乗せられると二人分でいっぱいになる程度の大きさだ。そこには私のものであろう一人分の食事が乗せられている。メイドの三人は既に食べたのだろうか。

 現在が何時かもわからないので、言われた通りベッドから起き上がって地面に立とうとして、まだ全く慣れない目線の、小さな少女の体は床に転んだ。

「おっあ!?」

 あまり可愛くない悲鳴をあげて、転ぶというよりは崩れ落ちる。

「神子さま!?」

 急いでユーリーンが近寄ってきてくれたが、抱き起されるよりも先に自力で座る態勢にはなれた。靴を脱ぐ文化ではないからか、床はきれいとは言い難い。手を洗わなければ食事などできそうにない。

「だ、大丈夫です」

「申し訳ございません。まだ体にお力が入らないのを忘れておりましたわ」

「え?」

 体に力が入らない、というのは自分が動かしている体な以上わかっていたが、どうやらそれはユーリーンも知っていることだったようだ。首を傾げれば、ユーリーンは手を差し出して私の体を引き起こしながら、微かに微笑む。

「アルヴァトト様に伺いました。神子は、一度亡くなった身で、神のお導きによって再びこちらに降臨なさるのだそうです。一度体と魂が離れてしまったせいで、うまく体が動かないだろうとおっしゃっていました」

「はあ……」

 先に受けた説明と少々違う気がするけれど、わかったようなわからないような、曖昧な返事を返しておいた。

 招致前の体の準備の後遺症と、アルヴァトトは言っていた。「自分がその体の持ち主ではないという認識があるか?」と問いかけられた。ユーリーンの説明とそれらは食い違うけれど、きっと、本当の事情はこちらの方だろう。「これは一部の人間しか知らないことだが」とも言っていたから、ユーリーンはこの本当の事情を知らないのだろうと思う。

 下手なことは言わないで曖昧に相槌を打つのが一番だ。社会人として誤魔化して流すことはきっちり覚えているのだ。

 ユーリーンに助け起こしてもらって、席に着く。手は濡れタオルで拭かされた。部屋に水道がないからだろう。現代日本人としては、除菌だとかの面が気になるところだ。

 腕を上げるのにも少々苦労を要して、疲れながらも食事を口に運びながら考える。

 私がこの体の持ち主でないならば――この体の本当の持ち主はどこへ行ったのだろう。

 そう考えればすぐさま出てきた仮定に、思わず手を止めた。どうかしましたか? と、先ほど答えを教えてくれたユーリーンが聞いてくるけれど、答えるわけにもいかないでただ首を横に振った。

 小さな手を見る。前に少し垂れる髪を見る。まったく自分のものとは思えない、この世界の少女の体。

その後食事を続ける気には、なれなかった。


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