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卑屈神子の杞憂譚  作者: 今井
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2

 扉が開いたのは、その少しだけあとだった。元々神殿近くまでは来ていたのだろう。私でさえ読める事の運びだ。アルヴァトトが読めないはずもない。

アルヴァトトと、ルリとソドリーが心配そうな顔で部屋に飛び込んできた。はじめから、ルリもソドリーも一緒に私たちを助けようとしてくれていたのだと思うと嬉しい。

 ただ、同じくらいの大きさの子を抱きしめて慰めている姿は、あまり見られたいものではなかった。浅ましさが見え透いているこの状況は年下の女の子のお友達のルリにも、以前喧嘩を売ったことのあるソドリーにも、もちろんアルヴァトトにも、見られたい状態ではない。

 そんな自分本位な理由で慰めるように抱きしめていた少年を離す。

「アルヴァトト様、ルリちゃんにソドリー様も。助けに来てくださって、ありがとうございます」

「……ああ」

 駆け寄るわけにもいかないので、手は握ってあげたまま、顔だけで三人を見てお礼を言う。ルリとソドリーは少々驚いたような顔をしていた。アルヴァトトは、何を考えているのかいまいちわからない。私がこの子どもに対して辛辣なことを言っていたと知っているので、もしかすると引いているかもしれない。下手に良い人ぶって何をしている、というように。

「ニーナ、大丈夫だった? エルドシャ様から知らせを受けてすごく驚いたんだから」

「ごめんね、ありがとうルリちゃん」

「怪我などは?」

「ありません。甘い匂いがしたかと思うと気を失って、ここに居る間はこの子しか居なかったので。……緑の牧師は?」

 気を取り直した青の二人に問えば、彼らは言い難そうに言葉を探しながら、デイスを見る。ここに来られる状況ではないのは最初からわかっていた。もしデイスにとって、彼女や館に居るメイドが家族のような存在ならば、辛いことだろう。こんな年の子どもなのに。

「緑の牧師は、今回の件を企てた数名の神官と共に城に送られた。けれど、緑の館に残る世話役は館に残っている」

 二人が返答を口にしない中、沈黙ののちに少し早口で、アルヴァトトが答えた。起こった事実は変えられないし、これからどうするか、どうなるのかのすべてを放棄するわけにはいかない。辛いことだろうと、伝えなければならない答えだ。

適当な答えを与えても意味はない。それでも希望だけは残すように、館に待っていることをアルヴァトトは伝えようとしたのだと思う。

 けれど、するりと力の抜けたデイスの手は落ちる。私も握っていたわけではないので、簡単に取り落としてしまえば、まるでこの子どもが一人ぼっちになってしまったかのような錯覚を覚えた。

 あのまま好きなだけ怒鳴り散らして、不満をぶつけさせてあげた方がよかったのかもしれない。弱っているところに他人が作り物の肯定をかぶせて黙らせたのは、間違いだったのかもしれない。

「……デイス。帰ろう」

 かもしれない、かもしれない、と本当に感情の伴っているかもわからない後悔をしながら、それでも子ども扱いでも一人の人間扱いでもない中途半端な態度で手を差し出す。

 出した手を取られたら、酷い罪悪感に駆られた。


 その後、デイスを緑の神子の館まで送り届けて赤の神子の館に戻る。ルリには今度改めてお礼をすることを約束して早々に別れた。ひどく疲れていたのでアルヴァトトに促されるままに部屋に戻ればすぐに眠りについた。薬が残っていたのかもしれない。

「……しんど」

 夜の深くユーリーンも寝てしまったであろう時間に目が覚めた。中途半端な時間に眠ったからか二度寝に失敗して冴える目をこすって体を起こす。

 二度寝に失敗するなんて、昔では考えられなかった。ここに来て幾月か過ぎ、もうすっかり規則正しく怠惰な生活が身についてしまった。意志薄弱で楽な方向にばかり流されるタイプの私はこうして堕落していくんだと思う。

 せめて赤の神子として見限られないようにはしないといけないと思うけれど、最初ほど何かしなければという想いに駆られることもなくなってしまった。

 流されやすくて、人に不誠実で、最低な人間だと我ながら思う。

 私は本当にここに居ていいのだろうか。きっと口に出せば誰もいけないだなんて言わないと思う。だから、そんな弱音とも慰めてほしいばかりの言葉ともつかないことを言えるはずもない。

 いっそ全否定されれば楽なのだろうけれど、それはそれで落ち込む気がして、とてもではないけれど面倒くさい人間だと嘆息する。

『ニーナ』

「!!」

 不意に、声を掛けられて体を跳ねさせる。驚いて声の主を探れば記憶に新しく慣れた声に心当たりがあった。ベッドの傍に置いてあるコンパクトを見れば、蓋がきちんと閉じていなかった。ここに戻ってくる前に拾ったはいいけれど、ずっと半開きになっていたらしい。

「ごめんなさい、ダリア様」

『いいって。別に俺らは夜も昼も関係ねーし』

 急いでコンパクトを開くとダリアの耳に心地いい軽い声が聞こえる。ひとりでうじうじ考えていたことを頭の隅に追いやる。

「今日は助けてくださってありがとうございました。コンパクトがあったので助かりました」

『役に立てたならよかったけど……』

 ダリアはそこまで言って続きの言葉を飲み込んだ。何か言いたそうだったけれど、言うことをやめたような、そんな雰囲気だ。声だけなので、追及もしにくくて黙って次の言葉を待つ。電話はあまり得意ではないので、少し緊張する。

『お前が……お前がさあ、好きなのが俺なら簡単だったんだけどなあ』

「何を言ってるんですか、突然」

 誤魔化しにしても雑すぎる。心の籠らない声では顔が見えずとも本気でないことがわかって、ため息が出る。緊張していた息を吐き出したようなものなので、少しだけ呼吸が楽になった。それを狙っていたのだろうか。ダリアのことなので、どちらともいえない。

『いや本当だって。実際俺のこと好きならこっち側に連れてきてやるくらい、お前のこと気に入ってんだよ、俺?』

「それはそれで大問題になるじゃないですか」

 ちょっとの間リンドウが神子を隠していただけで問題になったのに、そんな神隠しにあったら大事だろう。神子が完全に神に連れていかれた後はどのようにして次の神子を立てるのかが気になるところだけれど。

 ツッコミ……もといリンドウのいないところで微妙なボケはやめてほしい。立場上つっこみづらいので。というかリンドウと言えば、彼にもお礼を言わなければならない。ダリアから話を聞いてルリに伝えてくれたのはリンドウだ。

「ダリア様、リンドウ様は次回の謁見にもいらっしゃいますよね?」

『ん? 居ない方がよければ追い出すけど』

「居てほしいです。お礼を言いたいので」

 話題の変更にも全く気にしないダリアははいはいと適当な返事を返す。追い出すと言う以上、何もしなければデフォルトで居るのだろう。私の謁見はもはや赤の神子の体を守っていないけれど、それはそれでいいのだろうか。

 しかしグリも居てくれるなら、それも助かる。デイスのことを、話しておきたいし。

 眠気もないのでそのまま、ベッドから出て月明かりの元に座り、どうでもいいような世間話を続ける。

 ダリアには悪いけれど、気にしなくていいと言ってくれるので眠れぬ夜のお話相手になってもらう。こんなことをする神子がいただろうか。特別などではないけれど、少々ずれている気はする。お酒が欲しいなとか思ってくるあたりが、特に。

 暗い気持ちが霧散して、だらだらと会話をしていると、不意に扉が叩かれた。しまった、声が大きかったか。

 隣に待機しているユーリーンか誰かかと思い、先に返事をする。ダリアは一言謝れば察してくれたようで「また明日話そうぜ」と簡単に言ってくれた。友達と電話の気分なのだろうか。ずれているのは私ではなく、ダリアだなとは少々押しつけが過ぎるだろうか。

 返事から一拍、扉が開くまでに間があった。ユーリーンらしくないそのタイミングに首を傾げれど、時間も時間なのでいつもと違ってもおかしくないだろう。というか一人部屋で話声が聞こえればちょっと戸惑っても仕方ないと思う。まず最初に弁解をしなければなと頭を抱えていれば、相手は徐に扉を開く。

「アルヴェニーナ? 起きているのか?」

「アルヴァトト様」

 そして入ってきたのはユーリーンではなかった。

 いつもより少し楽そうな格好のアルヴァトトは初めて見る。前に夜中起きた時も普段の恰好だったけれど、寝間着というのも持っていたらしい。入ってくるアルヴァトトにドキドキする。ただこういうときに子どもの姿で自分の体ではないところは助かる。化粧の必要も身なりの心配もあまりないから。

「誰かと話していたか?」

「はい、ダリア様と。目が冴えてしまったので少しお話し相手になっていただいていました」

「そうか……それで、普段通りに戻ったのか」

「……はは」

 私が、あまりアルヴェニーナではなかったことにアルヴァトトも気付いていたらしい。汚い大人の面を見せてしまって、恥ずかしいような情けないような気分になり笑って誤魔化す。もちろんへたくそだった。

 いろいろ迷惑をかけたので謝ろうかと思ったけれど、言葉を飲み込む。謝ったところで、きっとアルヴァトトは「きみの謝ることじゃない」と言うだろう。

 わざわざそんなことを言わせるために謝るのはいけない気がして、言葉がでなかった。何を言っても許しを乞うているみたいで、アルヴァトトと話そうとすると自分の浅ましさと向き合わなければならなくなり開いた口は自然と閉じる。

「……アルヴェニーナ、少し」

 続く言葉はなかった。「いいか」でも「すまない」でもなく消された言葉はなんだったろうか。けれどそれを考える暇もなく、消えた言葉を気にするよりも前に、私はアルヴァトトの、腕の中にいた。

「え……」

 抱きしめられている。

 そう知覚した瞬間にダッと心臓が波打つ。太鼓を叩くというよりはドラムを鳴らすような速さで小さな心臓は音を鳴らしていた。それこそ、隙間もないほどに近くに居るアルヴァトトに聞こえそうなくらいに。

「あ、ある、アルヴァトト、さま」

 アルヴァトトは立っていて、私は座っている。胸に顔を押し付けられるようにされているので、アルヴァトトの顔は見えない。パニックで涙が出そうになる。顔が熱い。手足が冷たい。心臓がうるさい。足が震える。

「無事でよかった」

 離れる前、取って付けたようにアルヴァトトは一言そう言った。

 そのまま私を抱き上げベッドに横に寝かす。

「少しでもいいから寝たほうがいい。せめて横になっていろ」

 優しいけれど、どこか固い声。表情は、俯いて垂れた深緑と逆光でよく見えなかった。見えなかったことに、しておく。

 少々早足で消えていく足音が聞こえなくなるくらい離れたところで、枕に顔をうずめる。

「眠れるわけない……」

 喧しい心臓は、明け方まで落ち着くことはなかった。


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