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卑屈神子の杞憂譚  作者: 今井
26/32

王子と進展

 平穏は長くは続かない。ことここに於いては特に、平穏が崩れるのは基本突然すぎるほどに突然というのが常で、私はアポイントメントというものをこちらの国の方々に教えてあげるべきかと考え始めた。知っていてわざとやっている気もするし、そもそもそんな度胸もないのでできないけれど。

 そんなことを思う羽目になったのは、六者面談から数日経ち、レポートを提出した次の日だった。

 先に定めていた約束事では報告は牧師がするということになっていたけれど、とはいえ又聞きも二度手間も本来いいことではない。アルヴァトトの時間を無駄にするのは嫌なので、レポートとして書き起こし、アルヴァトトに添削してもらって、そのままレポートを王に提出することとなった。もしかするとそれがいけなかったのかもしれない。

 翌日庭で花を弄っていると、あまり見ないほどに大慌てのユーリーンが飛び込んできて言った。

「アルヴェニーナ様、急いでお戻りください!」

「え?」

「王子がお見えです」

「……え?」

 埋没とはなんだったのだろうか。そう頭を抱えているのは、多分私だけではないと思う。


 館の中に戻ると先にアルヴァトトの部屋へ連れていかれた。王子は応接室で待っており、先に打ち合わせをするためにアルヴァトトは部屋で待っているらしい。まだ帰ってくる時間ではないけれど、今回ばかりは居てくれたことに心底安堵する。さすがに一人王子の相手などできないし、王子相手の接待となるともういっそ仕事の域なので罪悪感はあまりわかない。

「失礼します、アルヴァトト様」

「アルヴェニーナ。すまない、止めきれなかった」

 開口一番謝ったアルヴァトトは、私よりもずっと頭が痛いといいたそうな顔をしていた。私からすれば知らない人だけれど、アルヴァトトからすれば上司のようなものだから、仕方ないだろう。

「大丈夫です。原因は私でしょう? ……一応埋没したと思ったのに、何があったんですか?」

「それが、突然きみに会いに行くと言い出しただけなので、私も知らないんだ。既に昨夜のうちに付き人には止められているが、残念なことに止まらなかったらしい」

 アルヴァトトも来訪の理由を知らないとなると、前情報が一つもない。王政の国だ。王子が一言行くと言えば止められる人はあまりいないのだろう。それこそ王様くらいしか止められそうにない。王政のことなどほとんど知らないけれど、そんなイメージだ。そして現状を見るにそこそこイメージ通りと言えよう。

「王子の名はシエロ。年は二つ下になる。社交的な性格だが無意識に人を振り回す性質があるから気を付けろ」

 名前や年齢、もちろん顔も知らないため、それを教える目的もあってアルヴァトトは待っていたのだろう。さすがに見た目で間違うこともないだろうし、名前は「王子」という呼称がある以上呼ぶこともあまりないだろうので大丈夫だと思うが、頭に叩き込んでおく。二十二、三の男の子が王子。名前はシエロ。

 頷くとアルヴァトトから先に部屋を出る。早足なのは王子を待たせるわけにはいかないからだろうか。緊張しているのかもしれない。来客相手には高い割合で失礼を働いているから、私について心配をしているのだったりして。さすがに、立場を考えて口を開くので安心してほしい。

 隣の部屋なので到着するのに時間はかからない。部屋の前に立ち、一呼吸おいてノックする。声が掛かれば入室だ。一応私たちの館ということになっているところで「失礼します」とは変な感じだが、元を辿ればここを維持しているのは国というか、王様なのであながち間違った行動ではない。

「お待たせしました、王子」

 中に入れば一目でわかった。きれいに整えられている金髪。目も同じ金色で、アルヴァトトよりも上等であろう服を着ている。勝気な顔はいわゆるイケメンと呼ばれる類の甘い顔だ。驚いたのは王子の他にも五人くらいの護衛らしき人が居ることだが、よく考えてみれば王子一人でこんなところに来るはずもない。護衛たちの注意は王子に向いていて、屈強そうな男性たちの警戒に、敵意を向けられているわけでもないのにすくみ上りそうになる。

「おお! そちらが赤の神子か?」

 私たちを確認した王子は立ち上がり人好きのする笑顔を見せる。今まで見てきたこちらの男性陣があまりプラス感情を顔に出すタイプではないので、つい面食らった。ダリアはともかく、フランクな人がこの世界にも居たことに驚く。

「初めまして、シエロ様。アルヴェニーナと申します」

「ああ、シエロだ。よろしくアルヴェニーナ」

 にこにこと笑うシエロは私の頭に軽く手を乗せる。子どもの見た目なので構わないけれど、気恥ずかしさは拭いきれない。初対面の年下の男の子に頭を撫でられるという経験はないので。同い年に泣きついた経験もなかったけれど。

「私に御用とお伺いしたのですが……」

 振り払うわけにもいかず、されるがままの状態で問えばシエロはすぐに手を退けて席に戻った。優雅に座って、私たちにも掛けろというように正面の席を示す。アルヴァトトと並んでいつもの席に座った。

 いつもより三割増し緊張をしているユーリーンが新しいお茶を持ってくる。護衛の人たちはもてなさないようで、座ることもなくずっと立っているようだ。こんな経験当然あるわけもないので、冷や汗が出てくるのを感じた。

 一口お茶を飲んだシエロはこちらを見て、目を細める。

「最初に聞きたいんだが、招致の魔法陣について神に聞いたというのは間違いないか?」

「えっと、意思疎通の式の話……ですよね? 魔法陣の中に意思疎通の式が含まれているから、こっちに呼ばれた神子は現地人と会話できるっていう」

「やはり、本当なんだな」

 ダリアとの会話を思い出しながら返せばシエロは考え込むような顔をする。一応私が全か国語話せて聞けて書いて読めること以外は全て報告しているのに、わざわざ王子が来て確認しなければならないようなことだったのだろうか。アルヴァトトも驚いていなかったから目新しい情報ではなかったと思っていたのだが。

「ああ、何。私が個人的に魔術の研究をしているものでな。アルヴェニーナのもたらす情報は非常に役に立っていて、話を聞きたかったんだ」

「恐れ入ります」

「招致の魔法陣はある魔術師が一代で完成させたものだから、謎が多いんだ。陣に用途不明の式があったり、特定の人間しか……しかもそれが魔術師であるなし関わらず決まった人間しか招致できないので、多くの魔術師が日々解明にいそしんでいるわけだ。そんな中そなたが現れたものでな」

 どうやら、私の上げた報告は一定の層にはとても有益で興味深い情報だったらしい。一代でとなると、例の三名に仕えた神子だろうか。彼の人はこちらの人間だったらしいから、違う人かもしれない。

「報告には牧師の魔力によって使える言葉が違うとあったが」

「あ、いえ、実際は魔力ではなくて……」

 ダリアにされた説明をできるだけそのまま話す。正式な報告では、こちらの言葉に直すのが難しいのでダリアが神力という言葉を作っただなんて書けないので、そのあたりの説明だ。二度手間はいいことではないけれど、必要な再確認や詳細が必要なことはある。私も理解していることではないのでたどたどしい説明だけれど、シエロは興味深そうに前のめりで頷きながら話を聞いてくれた。

 他にもいくつか魔法について、たとえば最初にダリアにリンドウの部屋に連れていかれたときのことなどの質問に答える。やはり私にとってはすべてがただの超常現象なので上手な説明はできなかったけれど、シエロはそれで満足したらしい。聞き終わった頃には満ち足りた顔で背もたれに体を預けて大きく息を吐いた。息を止めるほどに聞き入っていたらしい。

「なるほど、なるほどな。やはり直接聞いてみないことにはわからないことは多々あるな。いや、本当にそなたの存在はありがたいぞ」

「恐縮です。王子は魔法がお好きなんですね」

「まあな。使うことよりも研究の方が好きなので腕は大したことないのだがな。というか、そなたもかなりの研究好きだろう?」

「え?」

 想定外の返答に首を傾げる。別に私は研究好きではないし、そもそもそれをなぜ王子であるシエロから断定の言葉で言われるのかわからない。質問の意図がわかりませんと表情で返せばシエロは愉快そうに笑った。

「謙遜しなくていい。そなたの神子についての研究資料を見た。目新しい情報が多く、よくまとめられていた。それに読む者にとってわかりやすい資料だったのは驚いたな」

「あ、ありがとうございます」

 読みやすさは資料ではなく論文のつもりだったから少し気を付けただけなのだけれど、ここにはまだ人に読ませるという目的で書き物をする人があまり居ないのかもしれない。素直な褒め言葉に恥ずかしくなりつつも純粋に嬉しくて顔が緩む。

 面と向かって褒めてくれたり、研究熱心だったり、権力者なのに平気な顔で「腕はそれほどでもない」と口にしたりととても印象のいい王子だ。好印象の来訪者など初めてなのでより一層良く見える。これが子ならば、親もやはりいい人なのだろう。アルヴァトトが信頼するだけある。

「うん。アルヴェニーナ、やはり私と結婚しないか?」

 にこにこと、こちらが喜んでいるのを見ながらシエロは最初から考えていたようにも、今思いついたようにも聞こえる語調で言った。

「…………は?」

 言ったけれど、聞き間違いかもしれない。

 そんな風に思ったのは、シエロの放ったセリフがおおよそ想定外で、信じがたくて、驚くの域を越えていっそ思考を放棄してしまいたくなるようなものだったからだ。いや、もしかすると本当に聞き間違いかもしれない。だとすると酷い自意識過剰だ。ああ恥ずかしい。きちんと正しい言葉で聞き返さなければならない。「は?」なんて王子にする問い返しではなかった。

「あの、王子。申し訳ございませんが、よく聞いていませんでした」

「聞き間違いではないぞ。私と結婚しないかと言ったんだ」

 私が聞こえていたことを、シエロは察していたようだ。

 けれど、意味が分からない。結婚? それは、王に近い人と結婚するのは私の役目なのだろうけれど、結婚? 王子と? 玉の輿どころではないそれに、シエロにとってのどんな利があるのかわからない。私など娶ったところで良いことなど一つとしてないはずなのだが。

 いや。もしかするとシエロは私が居ればダリアから魔法についての情報を得やすいと思っているのだろうか。結婚という交換条件で、情報を仕入れて来いという話かもしれない。

「あの、研究のためのお話なら、わざわざ結婚などしなくともダリア様から伺ってきますよ? 資料にしてアルヴァトト様にお願いして直接王子に情報を流すこともできるかと思いますが」

「結婚を迫られた少女の反応ではないぞ、アルヴェニーナ。もっと何か、可愛らしい反応があるだろう」

 呆れたようにため息を吐くシエロだけれど、王子という立場で同僚をデートに誘うかのような軽さでプロポーズをしないでほしい。処理しきれないから。護衛の人たちを見ても、彼らは王子を諌める様子も止める様子もない。あちらは初めからそのつもりで来ていたのだろうか。

 だとすると、何が目的だ? 埋没するという目的は先日ちゃんと達成しているはずなのに。理解できないことが起こっているのか。私の知らないところで何かがあるのだろうか。

 そっとアルヴァトトを見上げる。彼がどんな顔をしているのか、とても見たくなかったけれど、見ずにはいられなかった。まったく何の想像もしないままに見上げたアルヴァトトは――目を見開いて、王子を信じられないものを見るような目で見ていた。焦ったような、困ったような声を押さえるように唇を引き結んで。

「っあの、別に私、神子として特別なわけじゃないです。王子に見初められる様な器じゃありません。先日の報告を見たならばご存知だと思いますが……」

「それが理由だ」

 六者面談してきましたと、他の誰も諌めないので私が声をかければシエロはあっけらかんと言った。けれど、それが理由とはどういうことか。埋没した招致神子が好みだとすると、変わった王子だと判ずるほかないけれど。

 理解できないが顔に出ていたのだろう。シエロは肩を竦めてこちらを眇め見る。

「あの場を用意したのはそなただろう?」

「え」

「一人特別な神子になっていれば待遇が違うと言うのに、誠実にもわざわざ他の神子と自身を同じ立場に置くため神子と他の神の話す場を設けたんだろう」

 誠実なわけではないけれど、なぜ知っているのだ。アルヴァトトは王にも本当の理由は伝えていないと言っていた。ここだけの話が外に漏れる理由はない。この館に盗聴器などがあるわけでもないし、監視しているのがアルヴァトトだ。

「なぜ知っているという目をしているが、少し考えればわかることだろう? このくらい、父上もわかっているし……他の神子も気付いているであろうよ」

 本気でばれていないと思っていたのかとシエロ。確かに杜撰な言い訳ではあるがわざわざ私を持ち上げる理由が他の人にはないし、結果三人とも三名に会えたので、適当な嘘が後々になって掘り返されるだなんて思ってもみない。

「話を聞いて、赤の神子とはどんな慈愛と公平の女神かと思って見に来れば話も合うではないか。城ではその価値のみで縁談を持ち上げられているが、私はそなた本人に興味があるのだ。悪い話ではないだろう?」

「いえ、あの。私なんてそんなたいそうなものではないです。神様方に他の神子に会ってもらったのも私が気負いたくなかったからなんて身勝手な理由ですし」

 慈愛と公平の女神だなんて大袈裟にとんでもないおべっかを使う王子に待て待てと頭を抱えたくなる。実在の女神が居る世界で女神に例えるなんて、どんな教育を受けているのだ。

 恋愛感情などはないのだろうけれど、本気とも冗談ともつかない告白に困惑する。普通の人からの告白さえ未経験に近いのに、王子様から嫁に取ってやると言われるなんて想定外にもほどがある。

「過ぎる謙虚は悪徳となり得るぞアルヴェニーナ。何を遠慮する必要がある? 私が守ってやると言っているんだ。状況としては最善だろう?」

 それは、確かに、そうだけれど。

 アルヴァトトから信頼されている王の息子で、突然やってくるけれど基本的には良い人だ。面倒を見ている神子が王子に見初められたとなればアルヴァトトにしても栄誉なことだろう。埋没したいという望みは叶わないけれど、面倒を振り払うには最適ではある。

 ではある、けれど。

 困ってしまって見上げれば、アルヴァトトと目が合った。判断を他人にゆだねようとするのは悪い癖だ。私だけの問題ではないから相談しないわけにはいかないけれど。

 自分で保留の返答をしなければ。しかし、そう思い私が視線を外すよりも先にアルヴァトトの視線が逸れた気がした。逃げられたようにも思う。ほとんど違和感なくシエロの方へ向いたから、ただタイミングがずれただけかもしれないけれど。

「王子。突然そのようなことを直接アルヴェニーナに問われても、困ります」

「アルヴェニーナを口説くのにお前の許可が必要と? 困ると言うが、お前にとってもいい話だろう。アルヴェニーナに振りかかる面倒の数々に辟易していたではないか」

「これは、身分や私の立場、他の神子の立ち位置まで憂慮する杞憂性なのです。アルヴェニーナが困るので、せめて、猶予をお与えいただきたいという話をしているんです」

 自分ではなく私が困ると前面に出して嘆願する。直接このような物言いができるので、本当に無茶を押し通すような王子ではないのだろう。

 眉間に皺を寄せ、私を守るように少し前のめりに体を乗り出しているアルヴァトトに、心臓が掴まれるような気分になる。落ち着け、そんな中高生ではあるまいし。そんなことを思っても真剣なアルヴァトトの顔から目が逸らせない。

「猶予を与えたら了承以外の答えが出るのか? 他に誰か、アルヴェニーナをやる当てがあると?」

 シエロからの問いに、アルヴァトトがぴくりと反応した。答えはすぐには返せない。当然だ。王子以上の相手など普通に考えているはずもない。

 たとえば、ここに結婚話を持ってきた他の人たちなどは論外だ。初めの男に関わる相手は嫌だと私が思うし、デイスもありえない。

 まったくの知らない人の中にあてがあろうとも、シエロと並べるものはそうはいないだろう。そもそも見ず知らずの相手でもアルヴァトトが連れてきたならばと思うけれど、居るなら既に連れてきていておかしくない。現状、城では既に目を付けられているらしいから。

 シエロから視線を逸らし、アルヴァトトはこちらを横目で見る。目が合えば気まずそうにされた。ぜひお願いしますと言ってもおかしくない状況ではあると思うけれど、アルヴァトトが気になっているのは多分……私の気持ちだろう。

 これ以上の縁談はないでしょうから、アルヴァトト様さえ良ければまとめてください。

 そう言えればどんなにいいだろうかと思うけれど、自分から切り出せるほどに、私は大人ではなかった。

 私たちが黙って十数秒。ふっ、と小さな笑いを零す音が聞こえた。

「そなたら、そんなに真剣に悩むな。いやすまない、冗談が過ぎた」

「え」

 久々にシエロの方を向けば、彼はおかしそうに口元に手を当てて笑っていた。こちらが真面目に困っている中、冗談だったと? 本気でも困ったけれど、冗談は冗談で困る。そして状況が把握できなくて、何よりも困っていますを全面に出して表情で抗議すればシエロはまったく申し訳なくなさそうに「すまない」と再度謝った。口が笑っているし目も笑っているのだから説得力などまるでない。

「冗談というか、半分は冗談だ。アルヴェニーナが求めるのであれば私の妻に迎え入れたいと思うし、望まないならばそれで構わない。別に今すぐに答えを出せというつもりもないしな。私が逃げている縁談がまとまる前に答えが出せればもらってやるというくらいのものだ」

 軽い調子で提案内容を徐々に軽くされていって、安堵でため息が漏れる。プロポーズされるなんて経験はないため、こんなに緊張するものだなんて思ってもみなかった。

 ありがたい提案に、取り敢えずお礼を言っておく。あとからアルヴァトトとこの話を蒸し返さないといけないと思うと非常に憂鬱だが、仕方ない。

「……王子、お人が悪いですよ」

「ははは。お前のそのような焦った顔は初めてだ、アルヴァトト」

 こちらも息を大きく吐くアルヴァトトにシエロはからからと笑う。城ではあまり焦ったりという感情を見せないタイプなのだろうか。親しそうにからかうシエロの言葉には慣れたような印象を受けた。

 質問や抗議ができるのはシエロの性格の問題かと思っていたけれど、アルヴァトトとの関係もあるのかもしれない。

「しかし、私が相手で不足だというなら、アルヴェニーナを嫁がせることなんてできないんじゃないか?」

 不足なわけではなくて、アルヴァトトは私の気持ちを確認しようとしてくれただけなのだが。あまり断るような方向へ話を持っていかれては困る。後日お願いすることになる可能性も低くないのだ。

 後程アルヴァトトに聞かれたら、アルヴァトト様さえ良ければと私は返事をしなければならないし。

「それとも父上の言うように、お前がアルヴェニーナを娶るか?」

「なっ!?」

「へっ!?」

 慌てたような声が上がるのを、私はとなりで、聞いていなかった。

「父上が、これほどまでに執心しているのだから、そのままお前の嫁にすればいいと言っていたじゃないか。アルヴェニーナ、どうだ?」

「えあ、あう」

 突然話を振られて、頭が真っ白になる。だって、そんなことを問われるなど思っても見ない。私は神子で、アルヴァトトは牧師だ。

「そんな、選択肢があるの……?」

「元々王に近しい人間の嫁にするのが習わしだからな。当然ある。この男は非公式ではあるが王の腹心だぞ」

「っ! ま、まって、違います」

 無意識に口をついて出ていた言葉を訂正しようと声を出す。掠れてしまった声に恥ずかしくなりながら、だって、だってと考える。思考を早く回して答えを返すのが苦手な私だけれど、懸念事項を考えれば次々と浮かんでくる。

「だめです、私すごく子どもです。アルヴァトト様に幼子に手を出したなどと悪評があがるなんて、困ります。異世界版光源氏計画だなんて後世の日本人招致者に言われたらどうするんです。事実無根なのに、私ごときのせいでアルヴァトト様がロリコンだと吹聴されるなんて……」

「アルヴェニーナ。アルヴェニーナ落ち着け、年齢の話をするなら私もほとんど変わらないだろう」

 そうだ。まったく考えていなかったけれど、私よりも年下といえど今の姿ならばシエロともまるっと一回りくらいは違う。シエロのときに出てこなかった問題点を口にしてしまった気まずさで口をつぐむ。まずい。多分まずい。

 駆け引きも何もなく出てきた余計な言葉に頭を抱える。多分顔は真っ赤だ。だってとても顔が熱い。アルヴァトトの顔を見れないで、俯く。テーブルはきれいに磨かれている。

「それに、見た目通りの年齢ではないだろう? 私と同じか、少し上じゃないか?」

「えっ? な、なんでわかったんですか?」

「なんで? 反応を見て思っただけだが」

 今まで総じて高校生くらいに思われていたので驚いて恥ずかしさが一瞬吹き飛んだ。だいたいの年齢を当てられるほどの会話はしていないと思うのに、シエロの観察眼に感心する。

「だとすれば年回りもいい頃じゃないか。体など、放っておいてもそのうち女になる」

「王子」

 軽口を交えて話すシエロの言葉に食い気味に、声がかかる。思わず驚いて隣を見上げた。いつもより数段低い声でシエロを呼んだアルヴァトトに、心臓が大きく鳴る。怒っているようにも取れる、無表情。何かの感情を押し殺そうとしているその顔は見ていられなくて、意識を戻すとすぐに視線を逸らした。

「戯れが過ぎます」

「半分冗談だ。半分な」

 アルヴァトトの厳しい声に軽く肩を竦めながら、シエロは愉快そうに立ち上がる。言いたいことは言ったから帰るといった感じだろうか。

 想定外の訪問に、想定外の提案。未だうるさく鳴り止まない心臓のあたりを押さえたいと思いつつ立ち上がって王子に礼をする。名残惜しさもなく早々に帰ろうとする王子は果たして本当に、本当は奔放ではないのだろうか。掴みどころのなさがある後姿を見送る。

「外まで見送ってくる。きみは出るな」

「はい」

 いつもの声に近づいたけれど少し低めの指示に返事をして、その場で待つ。このあと仕事の手伝いとなると、精神的にきついものがある。

 アルヴァトトは、先ほどの提案をどう思ったのだろうか。何を考えて、あんなにも感情を抑えるような顔をしていたのだろうか。ありえないならば「ありえない」と簡単に言ってくれればいいのに、それをしないのは……伝わってしまったからだろうか。だとすれば彼は、私が望むならば自身の意志を排して私の求めるようにしようとしているのか? それは……それは、私にとって望まないところだ。

 年齢もあるし、私の勝手でこれ以上アルヴァトトを縛り付けるようなことはしたくない。良くしてくれてはいるが、そして今でこそここでの生活に慣れているが、元々城でがつがつ働いていた人なのだろう。

 非公式に王の腹心とまで、王子に言わせるような人だ。私なんかじゃなくて、もっとたくさん支えになる人が彼には居る。利益がないならば、私など荷物でしかないのだから、私の嫁ぐべき先はきっと別にある。神様と縁を結びたい人たちだ。

 王子……王子かあ。

 彼に利があるならばと思案を巡らせる。よくよく考えて、分不相応だなあとアルヴァトトが帰ってくるまで落ち込むこととなった。


 帰ってきたアルヴァトトと共に仕事をする。先ほどの話はすぐには出なかった。前もってアルヴァトトが「気を落ち着かせるまでは普段通りにしよう」と提案してくれたためだ。仕事に集中できなくなるから、ちょうどよかった。今でも集中はできていないけれど。

 ある程度の仕事を終えると早めに切り上げる。手を止めさせたのはアルヴァトトで、考えることがあるだろうと気を遣ってくれた。考えたって答えが出るものではないと思うけれど。

「王子の申し出は非常にありがたいものだ。きみさえ良ければ王子に頼み出ることになる」

「……はい」

 先に私さえよければと言われてしまったので、必殺アルヴァトトさえよければが使えなくなってしまった。条件は最高で、悪くないけれどという思いで思考は停止してしまっている。取り敢えずまだ比較的明るいので庭に出たいと思う。

 誰か相談できる人と考えてもここに人はほとんどいない。ユーリーンたちに相談するのも恥ずかしいし、ルリなどもっと恥ずかしい。相手は年下の女子高生だ。

 唯一相談できるはずの相手は、アルヴァトトだし。

「……」

 立ち上がるときに、チャラとポケットの中で物がこすれる音がした。はっとする。相談相手。使い道としてはおかしな使い方ではあるが、私は「使え」と直々に言われている。

 ポケットのある位置にあるそれをスカート越しに掴んで、退出する。ユーリーンに一旦言ってから庭に出なければならないから、先に食堂か。

「アルヴェニーナ」

 扉を閉める直前に、とてもとても小さな声で呼ばれた。

「そういう選択肢も、ある」

 開けて返事をしようとしたけれど、聞かせるつもりだけれど返事を求めない早口の言葉にそのまま閉まりゆく扉を眺めた。ぱたんと小さな音を立てて閉じれば、再度開けるのは難しい。少なくとも今日のうちは、私には無理だ。明日も無理になりたいけれど仕事はある。

「…………」

 口元を押さえて、私は早めに外に出た。


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