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卑屈神子の杞憂譚  作者: 今井
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神様と神子

 いつも通りの過程を経て、ダリアの元へ向かう。神殿でも三名の神に会ったことは知れ渡っているらしく、視線は以前以上に気分の悪いものになっていた。まるで崇拝するような、神に仕えるものとしてではなく、私自身を崇高なものとして見るような目が居た堪れない。居心地の悪さを通り越して不快にさえ思える。有り体に言って気持ちが悪かった。

 そんな視線を黙殺しつつまっすぐに神殿内を進み、途中アルヴァトトと分かれてダリアのところへ向かう。ここまで来れば一人なので、視線から解放される。注目を浴びることさえ不得手なのに、もはやこの状況は拷問に近かった。しかし、これも今日までだ。

「こんにちは、ダリア様」

「はいこんにちは。ニーナ」

 部屋に入れば内装が変わる。三度目ともなれば慣れたもので、取り敢えずの驚きはない。

「やあニーナ」

「元気だった?」

 ただ既に他の二名が居たことには少なからず驚いた。月一のお茶会か何かのつもりなのだろうか。二名にも用事があったからいいけれど、こちらが謁見と認識するのに差し障るのでせめて一言目はもう少し威厳を出してほしい。こんにちはと挨拶しておいて妙な言い分だけれど。

「はい。お三方もお変わりなく」

 三名を順に眺めていくけれど、変わったところはない。しいていえばダリアが少々不機嫌な気がするが、二名が当然のように居座っているからかなと予測を立てる。隠す気もなく唇を尖らせたダリアは、リンドウとグリがやんややんやと私に声を掛けているのを見て、間に割り込んだ。ちょうど私から見て、目の前にダリアが来て左右にリンドウとグリが分かれたような形になる。目の前に顔を突き出されてぎょっとする。端麗な人並み外れた顔立ちは直視に難い。いっそ作り物のようで恐ろしく感じるそれは、しかし人間的に表情を歪めた。

「なんで鏡つかわねーの?」

 そして不満を言った。

「え、ええと? コンパクト……のことですか? 困ったら開けと言われた……」

 ポケットから取り出して見せればダリアは一度離れてこちらに人差し指を向ける。それだと上げる声は不平不満を詰めましたと言いたげな色だ。使っていないことに問題があるなんて思いもよらない。困って左右の二名を見れば、彼らは呆れたように首を横に振った。手助けをしてくれるつもりはないらしい。

「あの、困ったらと言われたので使わなかったのですが」

「本当に? まったく? ひとつも?」

「はあ……ダリア様のお力をお借りしたりお呼び立てするほどのことは」

 時々、ルリのことを聞きたかったりデイスについて困ったときに助けてほしかったが、謁見を待てないほど急を要した困りごとはなかった。素直に伝えればダリアは一応は納得したらしいけれど、気持ちの上では得心行かない様子で「ふーん」と言った。子どものようである。

「ダリア、あまり拗ねたら可哀想よ。この子は気を遣って使わなかったんだから」

「ニーナも重く捉えすぎだよ。こいつは頼ってほしいから渡したんだし、くだらないことでも呼び出していいんだよ」

「は、はあ。すみません。どういうときに使っていいのかわからなくて」

 それに、神様をそんな友達感覚で呼び出していいのかもわからなかったので。友達さえそんなに気軽に頼ったりしないたちなので、寛容すぎる神様には戸惑うばかりだ。しかも頼らなければ拗ねるなんて、予測外すぎよう。

「あの、お伺いしておきたいんですが、これはどういうものになるんですか? コンパクトを開くとダリア様が出てくるんですか? それとも携帯電話みたいになるんですか?」

 言ってハッとする。この神様たちに携帯電話なんて通じるのかと。現代は普及し更に新しいものが出て発展してるけれど、この世界には携帯電話どころか固定電話があるかも怪しい。その上こんなところに住む神様だ。その存在を知らずともおかしくない。

「どちらかというと携帯電話みたいなものかな。声だけで答える感じ。頑張れば姿を現すこともできるよ」

「携帯型簡易神託受信装置なんですね」

 召喚も行えるとは驚きだ。どんなチートアイテムだ。携帯電話を知っていた件については聞くのが怖いのでスルーしつつ、ダリアを見る。

「スマートフォン型にすればよかったか?」

「あの、このままでいいです。今度はもう少し気軽に頼らせてもらいます」

「おう。頼れ」

 情報とか時系列とか時代考証とかどうなってるんだと頭を抱えたいけれど、考えたってわかるはずないし、理解しようとする時間が勿体ないのですべて聞き流した。私に残る情報は今後気軽にこれを使って良い……使うべきだという情報だけでいい。

 あまり長居するとまたアルヴァトトに心配されるので、先に聞いておきたかった質問に移る。

「ところで、お三方にお願いがあるんですが」

 本題に入るため姿勢を正せば、彼らも真面目な顔をする。上位存在であるはずなのにあくまで対等に話してくれる。人間でさえこうはいかないのに。神様ともなると存在が大きすぎて逆に寛容になるのだろうか。

「あなた方三名と、神子三人とで同時に会ってほしいんです」

「は?」

 思いもよらない提案だったのか、返ってきた反応は驚き一色だった。ぽかんと口を開けている間に、現状の説明をする。私が一人おかしな特別視をされていること。デイスが立場を落とし、その牧師が勝手な判断で私とデイスを結婚させようとしていること。少し卑怯だが三人同時に会うことによる利点だけを説明すれば、徐々に正気を取り戻した三名は各々考える姿勢に入った。

「俺は別にいいけど。ニーナがそうしたいなら」

 まず賛成をくれたのはダリアだった。ダリアは反対しないでくれると思っていた。元々原因を作ったのは彼の行動で、それらを問題ある行動と思っていないから。私が神子の中で正当だとされることにこだわりがあるタイプには思えないし。

「私はなあ。ニーナがデイスのお嫁さんになってくれれば嬉しいしなあ」

「やめてください、どちらにしても絶対にならないです」

 不用意な発言は控えてほしい。緑の牧師に聞かれてはまずいことを口走るのに食い気味に拒否すれば、わかっていたようでグリは肩を竦めた。

「まあ、私もいいわよ。あの子の立場が悪くなるのも嫌だしね」

「ありがとうございます。リンドウ様は……」

「んん。僕もまあ、ニーナの頼みならいいよ」

 ずっと考え込むようにしていたリンドウは、気乗りはしないながらも許可してくれた。

「代わりに、ダリアがこっちの本性が見えるように仕向けてきたらニーナが止めてね? というかできればダリアにも貫禄ある神様の芝居をしてほしいんだけど」

「俺にできると思う?」

「思わないんだよなあ」

 条件付きで、結構難易度が高い条件を出されたけれど。本性を晒したところでデイスは知らないが、ルリは態度を変えるタイプには思えないけれど。変えるとしても、いい方向にだ。友好的になるとか、距離が近づくとか。

「ありがとうございます」

 けれど、これで取らなければならない許可は全て取った。アルヴァトトに嬉しい報告ができる。これで彼も私も煩わされることがなくなるはずだ。

「あ、ただ時間は欲しいな。こっちはこっちで打ち合わせとかあるし」

「はい。どうしましょう? 緑の神子の謁見が終わって三日後くらいでいいですか?」

「そうね。今回のことも、デイスには私から言っておくわ」

「ありがとうございます」

 断られないとは思っていたけれど、思ったよりもかなりスムーズに話が進んだ。神様同士で打ち合わせというのも聞いている分には不思議な気がするが、神らしさを残しつつ全員と会うには必要なことなのだろう。

「じゃあ、ニーナの話はこれで終わりかな? こっちからも聞きたいことがあるんだけど」

 一応必要な許可は取ったのではいと答える。リンドウから待ちわびたかのような声が上がった理由はなんとなく察している。

「ルリのことについてなんだけど」

 リンドウは、ルリから言われたことのあらましを説明してくれた。私も関わっているし、リンドウもそれを知っているので大雑把なところだけだが、ルリは帰りたいというところまで話したらしい。それと、私がリンドウに相談するよう勧めたことも。

「最終的に、もし結婚する時が来て帰りたいようなら協力するって話に落ち着いたんだけどね」

「そうなんですね」

 前回会った時にそのあたりの話をしてくれなかったのは、言語の件があったからだろうか。単純に終わったことだから忘れていただけかもしれないけれど。どちらにせよ、ルリに新しい選択肢ができてよかったと思う。

「リンドウ様は帰り方を知ってるんですか?」

「一応ね」

 魔法を使うのか、何か神様特有の力を使うのかはわからないが、方法自体はあるようでよかった。呼んでおいて帰せないというのは、あまりにも失礼な話だ。

「羨ましい?」

「え?」

 不意にされた質問。見ればリンドウは窺うような目でこちらを見ている。なぜ突然そんな話が出るのかわからないが、何やら真面目な様子で困惑する。

「えっと、別に。私はもう死んでるから帰ることもできないし、羨むことではないでしょう?」

「……そこは、帰れないから羨むところなんだけど。まあそれならよかったよ。ルリが気にしてたからね」

「そういうことですか」

 理由の一つとしてそれもあって、ルリは前回私に言えなかったのかもしれない。リンドウに話すくらいだからかなり気にしているのだろう。そこを悪びれる必要はないのだけど。疑うことなくそれで話を終えてくれたリンドウに「まあ」と声がかかる。

「ニーナはそれで特典もついてるしな。俺たちと仲良くなれるっていう」

「それはダリア様の性格のせいでは……?」

「おかげって言おうぜ!」

 不用意に口からついて出た言葉にツッコミを受けて、口元を押さえる。しまった本音が出ていた。気にしていないようなのでよかったが、リンドウとグリは少し笑っている。

 しかし、特典といえば確かに特典なのだろう。初めから二回目だとわかっていたから目の前の神様方は親しそうに、優しくしてくれていたのだし。それに、他にもいくつか。

「特典……私がこの世界の言葉を理解できるのも、特典なんですか?」

 先日あったことを話してみると、三人から肯定が返ってくる。やはり、あれは一度死んだから得られた能力のようだ。あまり嬉しくないのは変わらないけれど。

「招致の魔法陣には意思疎通の式が掛けられてるから招致神子は会話できるんだけど、ニーナの場合それを、こっちに魂飛ばされるときにされたから全か国語認識できるようになってるんだろうな」

「意思疎通の魔法? を使ってるなら、普通の神子が他国語を解せないのはなんでですか? この国の言葉に限り使えるようにする仕様なんですか?」

「それは呼び出した、ええと、牧師によるからだな。招致に使うのは牧師の魔力というか、俺らと……なんていえばいいかな……神通力はちょっと違うよな、神力? なんかそういう、俺らと関われる力なわけだよ。だから牧師に応じて使える言語が変わるわけ」

「神力て」

「笑うな! どう銘打っていいかわかんねーんだよ」

「神力ってどういうものなんですか? 先に言った魔力とは違うんですか?」

 くすくす笑うグリにダリアが言い返す。うまく翻訳できないのか、こちらの言葉に合わせようと努力して笑われるのは、聞いている立場として申し訳ないので話を進めさせてもらう。彼の言い様では魔力では言葉が合わなかったようだし、どういうものか知っておきたい。特に牧師のことならばいろいろ、知っておいて損はないだろう。

「魔力は魔術を使う力だな。魔術師はこれと魔法陣を使って魔術を使うんだけど。……神力は俺らと繋がる力だ。神力がないと神子の招致はできないんだよ」

「ちなみに牧師よりもルリやニーナの方がよほど高いからね、神力」

「牧師は辛うじて招致陣を使える程度にはあるってだけだしね、神力」

「連呼してんじゃねーよ!」

 飽くなき揶揄に一声響く。なるほど、そんな特別な力があるのか。魔法がある世界だということは知っていたけれど、そもそも身近に魔法使いなど居ないので見る機会もなければ私には関係ないかと思っていたが、かなり近くにそれに準ずるものを持った人が居たようだ。というか、私にあるのか。

「神力が使えたからといって魔法は使えないんですか?」

「使える種類のもあるよ。どれも僕らに関わるものだから、一般的に役に立つかはわからないけど」

「はあ」

 少し憧れたけれど、深く聞くとなると時間がかかりそうだ。これ以上余計なことを知ってもいいことはなさそうなので、詳しくは聞かないでおこう。一応アルヴァトトにだけは言っておいた方がいいだろうか。報告すると王様への報告義務が発生するから、黙っておいた方がいいだろうか。

「私からも質問いいかしら」

「はい?」

 話がひと段落ついたのを見計らうように、手を挙げたのはグリだった。優雅な佇まいで座っているけれど、どこか目が輝いているように見えるのは気のせいか。輝く美貌なのとは別に、何か、もっと俗っぽい視線に感じて嫌な予感がする。

「ニーナ、何かあった?」

「……えっと」

 抽象的な質問に、首を傾げる。何かあったかと言われればずっといろいろあり続けているけれど。ピンポイントで聞きたいことがあるのに誘導しようとしている気配。こういう尋ね方について身に覚えはあるので、視線は自然と逸れる。けれど逃げる場所もない。

 こういうときこそ助けてください。助け舟を求めてダリアを見れば、彼は私の返事を待っていた。ダメだ、私の神は助けてくれないとリンドウに向けばこちらも同じく。男神陣は疎いのだろうか。

 仕方ないのでグリに視線を返す。秘儀、何を言っているのかわかりませんだ。よくわかっていないという顔をして愛想笑いを浮かべれば、グリは美しい顔で唇を尖らせた。人間的な表情が美しさに可愛らしさを演出する。羨ましい限りだ。

「端的に言うと、恋をしているわね」

 追及の手を緩めてはくれなかったが。

「はああ!? 恋!? 何、ニーナ好きな奴いんの!?」

「恋? へえー?」

 ダリアが声を上げてこちらに詰め寄ってくる。騒ぎ方が大袈裟だ。リンドウの方は、一瞬だけ目を丸くして面白がるような顔をした。もうこの神様たち普通の人なんじゃないかな。

 アルヴァトトたちよりも圧倒的に普通の人の反応をする彼らにため息が漏れる。なんだこの状況と考えること何度目になるだろうか。三名の神から個人的な恋バナを暴かれようとしている。意味が分からないにも程があろう。

「いや、そんな恋だとか大層なものではないです」

「でも気になってる人は居るんでしょ?」

「そういうわけでもなくて」

「その返事は今思い描いてる人が居るってことよね。どんな人? どこが好きなの?」

「うう……」

 恋バナ好きの女子高生並みにガンガン聞いてくる。押しの強いグリに圧倒される。顔を近づけてくるのはやめてほしい。整いすぎた美貌はある種の怖さを持っているんだから。

「や、優しくて私のこと助けてくれるとこです……」

 当たり障りない返事をすれば、グリはにやにやと笑いながら口元に手を当てている。こんなところに籠って、神子に神託を与え、恋や結婚をする年頃になったら引きはがされるのを続けているから俗世の話に飢えているのだろうか。外の情報を私に聞きたいとも言っていたしな。……神様が俗世の話に飢えるとはこれいかに。

「ふむ」

 さらし者にされたような状況に羞恥心で顔を覆っていれば、一声、ダリアから真剣な声が上がる。何事かとそっと顔を挙げれば声に見合った表情をしたダリアは言った。

「俺か?」

「いや、ありえないでしょ」

 同時にツッコミも入った。確かに答えだけ聞けばダリアでも問題ない条件だったが、本人の前で暴露されたなら私はもっと取り乱している。

 目の前で「じゃあ誰だ」とか「そんなの決まってるでしょ」とか繰り広げられる中、私は声を振り絞ってお願いした。神様にお願いとは、とても違和感のある、普通の行動だった。

「もう勘弁してください」


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