アルヴェニーナの特殊能力
それから少しして、王様からの許可が出た。三名の神子制度はなくならないように気をつけていくつかの決まりが設けられたが。入口はそれぞれのものに入り中で合流することや、他の神と会ったことを証言するため後で話を聞くこと等々、必要な大義名分や決まり事との兼ね合いの見え隠れする決まりだ。
そんなわけで今日は青の神子の館まで訪れていた。なんでも池のほとりに花を植えたらしく、見に来るついでにとのことで誘いを頂いた。ソドリーへ話を通してくれていたらしいアルヴァトトの持ってきた話である。
「こんにちは、お邪魔します」
「はい、いらっしゃいませ」
あれ以来ルリとは手紙のやり取りをすることもあるが、ソドリーと会うのは初めてで気まずさが残っている。一方的に見かけてはいるので、余計に。そういえばソドリーも私のことを特別な何かがあるのではないかと勘ぐっている一人だった。
ルリの方を見てへたくそな笑い方を作れば、彼女は「気に病まなくていいよ」と日本語で小さく言って肩を竦めた。なるほど私が同じくらいの精神年齢だと思われるだけあって、大人のようだ。以前会った時よりも更に大人びた顔をしているのはいろいろと自分の状況を理解したからだろうか。それにしては晴れやかな顔なので、心配事が晴れたからかもしれない。
「どうする? 先に湖の方に行く?」
「ううん、先にしなきゃいけない話をしてしまおう」
嫌な話ではないが、先に用件を済ませておきたいので応接室に案内してもらう。当然アルヴァトトも一緒で、席は隣同士だ。
話のあらましは先にアルヴァトトからソドリーに話している。さすがに特別視が煩わしいからとは言えないので、他の神子にも会えるのに一人三名の神に会うことで価値を上げられるのが心苦しいからという理由は先の打ち合わせで作った。
「神様がたがいいんなら、私はいいよ」
こちらも先にソドリーと打ち合わせをしていたのだろう。ルリは即答で了承する。話は簡単にまとまって、形だけの承認のようになってしまった。あとは、ダリアに許可をもらうだけだ。次は私の謁見だから、その時に聞けばいいだろう。ちょうどいい日取りも含めて。
「じゃあ、湖に行こう。外に出たくて仕方なかったんだ」
基本的にこの場で会話するのは私たちだけで、そのままルリが提案する。私たちが出かけたらアルヴァトトとソドリーも何か打ち合わせをするのかもしれない。
「外に?」
「うん」
嬉しそうに伸びをするルリは、問い返した私に年相応の笑顔で頷く。言葉に疑問を持って、首を傾げた。別にルリは外に出ることを禁じられていなかったはずだし、ここのところ雨が続いているというわけでもない。外に出られない理由などないはずなんだけど。
私の疑念が伝わったのか、ルリは自分の言葉の足らなさに気付いたようにハッとして、苦笑を作る。
「えっと」
そして視線をソドリーに向けた。ソドリーは頷いてみせる。これは、話していいかという許可を取っているのだろうか。あまり下手な話に首を突っ込むのは困るけれど、聞いたものは仕方ない。やっぱりいいですとはさすがに言えないのだ。
「今、ソドリー様の持ってきた仕事のお手伝いでずっと籠ってるんだ」
「お手伝い?」
私と同じようなものだろうか。隣でアルヴァトトが少し興味を持ったように身じろいだのに気付く。もしかすると、アルヴァトトが私の手伝いのことをソドリーに言ったのだろうか。もし私発端で神子は牧師の手伝いをしなさいというような慣例ができたら嫌だ。後世になって「誰がこんなことをし始めたんだ」と言われたくはない。そんなたいそうなことはしていないし。
「私が個人的に同僚に頼まれた書簡の翻訳をさせているだけだ」
「そうそう。興味本位で聞いて、文法が日本語に似てるって話をしたら手伝えって言われたの」
アイコンタクトは見えていなかったがアルヴァトトが促したのだろうか、先んじてソドリーが説明をし、ルリが続ける。なるほど翻訳。ここの文法は日本語よりも英語寄りだから、その判断は正しいかもしれない。ルリについてはこちらの言語を読み書きのみ後から習得したようだし、母国語から離れたところで外国語から外国語への翻訳作業は大変だろうけれど。
「そうだ。ニーナも日本人だよね? せっかくだし、一緒に見てみてくれない?」
「え、いいんですか?」
書簡なんて大切なものだろう。ソドリーに個人的に頼まれたものを赤の神子である私が見ていいものなのだろうか。返事はなかったが、わかりやすくソドリーにした質問に答えがないということは、了承と考えていいのだろう。
「今は私の部屋にあるから」
言われてルリは案内するように先に立ち上がり部屋を出る。私はついて行くけれど、牧師二人は付いてこないようだ。
部屋の位置はやはり私の部屋と同じだった。ただ中は違って、カーテンなどの色は青系統。テーブルの他には棚があり、そこにいろんなものが飾ってある。中にはルリの趣味ではないのではと思うものも。もしかすると、教会に行って民衆の願いを聞く際のもらい物かもしれない。村の人からのお礼の品入れ。可能性は高い。
しかし、他人の部屋を初めて見るけれど私の部屋はどうやら殺風景なようだ。買い物に行けないし、私は教会にも出向かないので仕方ないけれど、少し女の子らしい部屋に負けた気分になる。戦ってはいないけれど。
「これなんだけど」
テーブルの上に置いてあった紙の束を持ってルリがこちらに来る。見せられたそれには、私のここの文字とも違う文字が書かれていた。文字の形もひらがなに似ている気がする。
ただ、私はそれにうまく反応できなかった。
「そうなるのか……」
「ニーナ?」
文字が違っても、言語が違っても、私の自動翻訳は通用するらしい。
以前アルヴァトトが、読み書きまで初めからできるのは珍しいと言っていた気がするけれど、この国の言葉だけでなく他国語でも、私の翻訳機能は適用されるようだ。見えているのは知らない文字なのに、頭に入ってくるのは変換後の言葉。日本語に近い分、この国の言葉よりも読みやすい。
「……読めるの?」
私の顔色を読んだのだろう、ルリは小声で聞いてくる。否定したいけれど、嘘は吐けない。露呈したときに困るから。首を縦に振る。不安に足を取られているような気分になる。
「すごいよニーナ! なんで読めるの?」
「多分、こっちに来るときにそういう仕様にされたんじゃないかな」
私の功績ではないので褒められる理由はないし、申し訳ないけれどこのギフトは嬉しくなかった。ここの言葉だけならばありがたかったけれど、他国語ひいては全か国語読めてわかるとなると話は違う。他国とこの国の関係どころか、何リンガルになるのかさえ、私は知らないのだから。
「あの、ルリちゃん。このことは秘密にしてもらっていいかな?」
「え?」
これ以上喜び褒められる前に、先手を打つ。私が喜んでいなかったことには気づいていたようで、ルリは目を瞬きながらも聞く姿勢になった。やっぱり良い子だなと思う。納得してもらえるかはわからないけれど。
「あまり大事にしたくないの。今でさえ三名の神に会ったってことで外の人たちの関心を買ってるからさ。せめて、周りが落ち着くまでは言わないで」
本心だ。ただでさえ私のせいでアルヴァトトが迷惑を被ったり、私も緑の神子が来るなど不快な思いをしているというのに、これ以上の火種は要らない。せめて六者面談が終わってすべて沈下してからにしてくれ。いや火の手は上がらない方がいいけれどと思うのだ。
「……わかった」
私の願いが通じたのか、ルリは神妙に頷いた。
「ニーナは謙虚だね」
「そういうわけじゃないけど」
ただ受け取り方は百パーセント理解してくれたわけではないようだ。誤解されていても構わないので否定だけ軽くしておく。謙虚ではなく怠惰で後ろ向きなだけなのだけれど、知られる必要はないだろう。
「あーあ、じゃあやっぱり一人で解読しなきゃか」
「……一応、手伝いだけならするよ」
辞書もあるようだし、同じ案件が来てもいいように翻訳の仕方と言語の特徴だけでも教えつつ解読しようと提案すると、ルリは心底助かったと言うような顔をした。もしかして、勉強は苦手なのだろうか。
誤解されても構わない。私はそう楽観視をしていたわけなのだが、それを後悔したのは早速次の日だった。場所は赤の神子の館で、目の前で私に詰め寄っているのはソドリー。後ろで状況を傍観しているのがアルヴァトトだった。
「なぜ、他国語が読めることを隠そうとした?」
追い詰めるような姿勢は恐ろしい。見た目がいかついので一層怖くなる。元より怒られるのが苦手だ。大きな声を出されるのも、責められるのも、人並みに嫌いなのだ。
「ルリちゃんに説明はしたと思うのですが……」
一応の抵抗として答える。前から関係は良くないソドリー相手で、更に責められている。気分のいいものではない。
後ろで様子を見守っているアルヴァトトは何を考えているのだろうか。私が秘密を作ろうとしたことに怒っていたら嫌だなと思う。それでソドリーの味方をされたら……嫌だけれど、仕方ないことだと。
「それだけではないように感じると、ルリは言っていたが」
それは敏いことだ。顔色を見て理由のすべてを言っているわけではないと察したのはすばらしいけれど、口が軽いのはいかがなものか。きっと心配でソドリーに相談したのだろうが、それでも言わないでほしいという願いをないがしろにしないでほしかった。そこで勘違いが出てくるのだと後悔する。自業自得と言って障りないだろう。
「……言葉は強みでしょう」
知られてしまったのならば仕方ないし、理由を隠す理由もない。ルリには隠さなければならなくとも、ソドリーにもアルヴァトトにも知られて構わない理由だ。答え始めればソドリーは眉を寄せた。私が素直に答えたのに驚いているのかもしれない。
「言語の理解は多分、国の強みになるでしょうね。だからあなたは知らせなかったことに怒っているのだと思います。けど、それが戦争に利用されることになったら……それはつまり、私を戦争に利用するということでしょう? 自分が戦況を動かすなんて恐ろしくてできないです。それどころか、戦争の火種にさえなるかもしれない。そんなの、こわいじゃないですか」
自分勝手だとは思っている。けれど、言語を理解することがこの国にとってどういう利益になるのか私にはわからないのだ。国家間の戦争があるなら利用されるかもしれない。強者の道具になるのはきっと栄誉だろう。けれど、私はそれが怖い。
あの手紙には、隣国の兵士からの忠告が書いてあった。書簡を渡されたと言う人とどういう関係なのか知らないが、国内で諍いが起きているという情報のリークだった。
それをこちらがどのように使うのか私は知らない。けれど不安を持ち上げるのには十分な材料で、私は私にできることの秘匿を選びたかったのだ。
「必要だからやれと命令されればやります。死にたくはないし、面倒を見てもらっているくせに勝手な言い分だとはわかっているので」
言葉にしてみれば自己保身でしかないことが目立って、嫌になる。これは責められるのも道理だ。目を見返せなくて俯く。叱責の言葉を静かに待つ。深呼吸をする。
頭に何かがあてがわれたのは三度目の深呼吸を終えた頃だった。知っている体温に顔を上げれば、アルヴァトトが近くに来ていたことに気付く。目が合えばアルヴァトトは手を頭から退けた。一瞬気まずそうにしたのは年齢の件が理由だろうか。
「きみは、毎度のことながら考えすぎだ」
すぐに立て直して、アルヴァトトは困ったような顔をする。見下ろす目は優しい。怒っても呆れてもいないようで、安心する。
「渡した資料で読んだと思うが、ここ数百年この国で戦争は起こっていない。同盟や世界情勢の関係でそれらが急変しない限り、しばらくは起こらないだろう」
「……はい」
「きみの懸念も最もといえば最もだ。だからきみが読むのは本だけで良い。他国の言葉で書かれた本の翻訳をしてもらえると助かる。他国の歴史を見れば杞憂も晴れるかもしれないし……神子の扱いについて調べたいと思っていたところだったからな」
気を遣わせていると思う。けれど優しい言葉が嬉しくて首を縦に振る。
「どうせできるのにしないことは苦になるのだろうし、他国の歴史が知れるのはきみにとっても喜ばしいことなんだろう?」
肩を竦めるアルヴァトトに、ただ「世界史はそんなに得意じゃないんですよ」と冗談を返せるほどのスキルはなかった。
それで文句はないなと言わんばかりにアルヴァトトがソドリーを向く。居心地の悪そうなソドリーはがしがしと頭を掻きため息を吐くことで肯定とした。納得してくれたのかはわからない。アルヴァトトに免じてというところもあるのだろう。
「あの、ソドリー様」
「なんだ」
このまま帰る気であろうので、声を掛ける。嫌そうな声が返ってきたのはひとえに私のことを好いていないからだろう。改めて思ったが、多分ソドリーと私は気が合わない。牧師がこの人でなくてよかったと思う。
「ルリちゃんには、今日のことは言わないでください。私の考えも、できればお話に来たことも黙っていてもらえると助かります。……来る前に話しているならどうしようもないでしょうけれど」
「ルリには何も言っていない。約束と理由の意図を読み違え私に話したのはルリだから、こちらが頼むべきことだと思うが?」
「気負わせたくないからです」
何を、とは言わずに一言で返せばソドリーは意図を察したようで、短く了承の返事をして扉に向かった。挨拶は手短で、そのまま扉をノックしてユーリーンを呼び出し退室する。
大きく息を吐く。ソドリーがすぐに理解してくれて助かった。ルリに秘密と言ったことをばらされたことでソドリーが乗り込んできたことも、私がそれで困ったことも。そして私の懸念が彼女にも当てはまることもすべて彼女の重荷になりかねないから。だから私はルリに今回のことを黙っていてほしかったのだ。ソドリーが最後の理由まですべて察してくれていたかはともかく。
「きみはいつも相手のことだな」
「責任を持ちたくないだけですよ。卑怯なんです」
私の心中をすべて察してくれたようなことを言うアルヴァトトには本心で返しておいた。肩を竦めため息を吐くのは、どういった意図の返事なのだろうか。
私には、よくわからなかった。




