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卑屈神子の杞憂譚  作者: 今井
22/32

恋と結婚

毎日とても疲れる。

先日の誤解から数日、精神的な疲労感は溜まる一方で、私はとても疲れていた。一応知らない感覚ではないのだが、他人の言動に一喜一憂するのも自分のテンションが我ながら気持ち悪いくらいに上下するのも、正直負担だと感じる。体の年齢は若くとも、精神的には大人なのだ。そしてその認識は理性ともなり、私の心を痛めつける。体がこんな幼子なのだから、叶うはずもないのだと。

 いやいやいや、冷静になれば初めから希望がないのは喜ばしいことではないか。努力の必要も夢見て突き落とされる可能性もないのだから。そう自分を諌めること何度目になるか。

 一日一度どころか日に何度も繰り返される生産性も意味もない思考。疲労の原因がわかっていながら解消できないのが問題だった。

「アルヴェニーナ」

「はいっ!?」

 不意に声をかけられ飛び上がる。持っていたバケツじょうろを取り落としたが、いつの間にか中の水はなくなっていたらしく、飛び散ることはなかった。振り返れば居るのはアルヴァトトだ。空を見上げると、もうアルヴァトトの帰ってくる時間になっていた。

「お、おかえりなさい。すみません、ぼーっとしていました。すぐお手伝いに伺います」

 帰ってくるまでに一度部屋に戻っておこうと思っていたのに、気付かないまま裏庭にいたようだ。ユーリーンも声を掛けてくれればいいのにとは責任転嫁である。

「ただいま。それなんだが、悪いが応接室に来てくれ」

「え?」

「招いていないが、客が来た」

 どこか嫌そうな空気を醸し出しながら、アルヴァトトはため息交じりに言う。良くない客。既に何度か来ているため、嫌な予感しかしない。以前来たあの男だろうかと不安になる。

「私の知らない方ですか?」

「緑の神子だ。一応、前の謝罪と言っている。緑の神と会ったことについても聞きたいと」

 それでも嫌な面会ではあるが、お城の人相手でないことには安堵した。仮にも対等な相手ならば、少しは気も楽に持てる。

 駄々をこねても来ている以上会わないわけにはいかないので、了解してアルヴァトトについて応接室に向かう。服は一応はたいておいた。汚れていないからいいだろう。


 部屋に入れば、言っていた通り緑の神子デイスとその牧師が居た。前に来た時とは違い、一応お行儀よく応接室の椅子に座っている。こちらに気付くとデイスは一瞬だけ眉間に皺を寄せた。何か言い含められているのか、前のように理不尽な文句を口にすることはなかったが。

「お待たせした」

 アルヴァトトが彼らの前の椅子に座り、その後を付いて隣に座る。ルリのときと同じく神子同士、牧師同士が対面する形だ。金髪の牧師は表情に何を表すこともなく、こちらを見ているのか見ていないのかわからないような目をしている。

「それで、私に御用件とは何でしょう」

 招いていないお客様という状態は変わらないので、できるだけ対等ないし少し強い態度で問う。デイスではなく緑の牧師の方へだ。視線を向けてわかりやすく質問先を示せば、彼女は徐に口を開いた。

「本日は、デイス様と、赤の神子さまの婚約の打診についてお話にまいりました」

 小さな口から放たれたそれは音としては小さくも大きくもなかった。優雅な話し方と言える口調と語調での返答に、一瞬理解が遅れた。理解したくなかったからかもしれない。

「は?」

 そうしてようやく漏れた言葉は、アルヴァトトと重なった。

 重なりもするし、返せる言葉など他にないだろう。この女性は何を言ったか。婚約。誰と誰の? 緑の神子と、赤の神子?

「突然何を言いだすのかと思えば、何の冗談だ?」

 先に態勢を立て直したアルヴァトトは心底呆れたように、困ったように息を吐く。言葉にため息さえ隠しているが、私も同感だ。そもそも、先に聞いた話では彼らは謝罪にきたのではなかっただろうか。

「そうです。だいたい、緑の神子さまは私のことを嫌っていたはずでは?」

「そのようなことはございませんし、関係ありません」

 牧師は、視線を私に向ける。その目が初めてちゃんと私を捕らえた気がした。先ほどまで虚ろと言えるほどにどこを見ているかわからなかった目が、私に向く。気迫さえ感じるほどにまっすぐに向けられた目はまるで宗教に嵌った狂信者のように一方的で周りの見えていないもののように思えた。

「三名もの神に会ったとなると、異界からの神子であれ本物と断じる他ありません。例外はどこにでもあるものです。きっとあなたは類稀なる才能ある、神に愛される神子なのでしょう」

「勝手なことを。これは普通の……」

「対してデイス様も幼き頃から緑の神に愛され庇護される正しき神子です。神の言葉で人々を導く神の子です。これは絶やしてはならない才なのです」

 アルヴァトトの反論など耳にも入らないようで、演説のように朗々と彼女は語る。自分が間違ったことを言っているとは思っていないそれは心からの言葉なのだろう。原稿を覚えてきたのとは違う、思想の吐露は蛇口を目いっぱい捻ったときのように勢いよく流れる。

「このような正しき神子に愚劣な人間の作り守る法を適用する必要などありません。正しき神子は正しき神子同士子を為し、その子をまた神に仕えさせるべきなのです。神の寵愛を受ける神子を、人の上に立っていると傲慢な考えを振りかざす愚かな者に差し出すなど本来あってはならない行為なのです」

 いっそ痛々しい主張に、呆れ以外の感情がなくなる。この女性は神殿の人だと言っていたか。この主張が神殿側の総意なのか、それとも彼女の独断と偏見で為されたスピーチなのか。ともあれこの直談判は賢いとはいえない。

 そして、デイスにとって彼女の主張は納得のいくものではないのだと思う。あの狂信的な目を見ているのが嫌で視線を逸らしてデイスを見ていれば、彼は目いっぱいの不満を飲み込んだような顔をしていた。まだ子どもだ。感情を隠そうと思って隠せるものではない。そもそも私に敵対心を持っていたこの子が何を思っているかなど、推測すれば簡単にわかるものだ。

 そうですか。お断りします。その二言で返そうと口を開く。私は、宗教勧誘についてははっきり断れるタイプの人間だった。

「言いたいことはそれだけか?」

 けれど、言葉は口に出す前に遮られた。初めて聞く、怒気を孕んだ声。冷たく落とされたその声色に驚く。発した主は明白で、隣を見ればアルヴァトトは見たことのない顔をしていた。元々、私に対して怒ったり苛立っている顔を見せないから。

「話が終わったなら帰ってもらおう。元は謝罪ということで招き入れたはずだ、これ以上余計な口を開くな」

「赤の神子さま、私はあなたの為をも思って言っているのです。あなたは特別なのです、他の偽物の神子のような道具になる必要はないのです」

「帰れと言っている。これ以上は王に背くこととなるぞ」

「神に仕える我々の言うことの理解できない迂愚の言葉に耳を貸す必要などありません」

 あくまでアルヴァトトの方を見ようとしない牧師の女性。アルヴァトトは苛立ちを隠しもせずに、扉の方へ向かい帰り道を開き示す。アルヴァトトが怒っているのは、何が理由だろうか。わからないけれど、彼女がアルヴァトトを不快にさせていることだけは明白だった。

「私の為を思うなら、ご自身の神子のことを思った方がいいんじゃないですか? すごく嫌そうですよ、彼」

 視線を向けろとデイスを示す。彼を見た牧師は、けれど表情を変えない。今にも「気持ちではなく境遇を思うのです」だのなんだの反論してきそうだ。これ以上長談義に付き合わされるのはごめんなので、口を挟まれないよう次の言葉を探す。

「あと、私は特別じゃないです。道具になる云々ですが、たとえそれが真実であれ道具の使い手が変わるだけで、あなたの言う通りにしても何も解決しやしないですよね?」

 あとは、何を言われたか。考えている間にも反論の言を上げようと彼女は口を開く。理屈で通そうとしたって、屁理屈をこねて来る相手には無意味らしい。あまり角を立てるようなことを言いたくはないのだけれど、一応正しい神子だとか言われているならば神殿に入れなくなることはないと思うし、最終手段のコンパクトは常にポケットにある。

「というかダリア様は緑の神子さまのようなタイプは嫌いだそうですよ。勝手に私をそちらに遣るのは不敬にあたらないんですか?」

 ソドリーに物申すときよりは全然平気だけど、それでも人に文句を言うときは緊張する。心情を悟られないように立ち上がる。帰ってくださいの合図だ。

「神子同士で結婚する方が望ましいのかは、後日御三方に伺っておくので、本日はお引き取りください」

 我ながら、感じが悪いなあ。感想はそんなところだが、意図的にしていることだ。そこまで言われれば引き下がるしかなかったようで、彼女はデイスを連れて立ち上がる。

「また理解をしていただきに参りますので」

 捨て台詞はそんな不吉な言葉だった。来ないでほしいけれど、また来るつもりらしい。塩でも撒くべきなのだろうか。

 ドアを開けていたから先ほどのやり取りが聞こえていたのだろう、エルグリアはいつもよりも気持ち早足で二人を先導する。姿が見えなくなるよりも前に、アルヴァトトは扉を閉じた。

大きくため息が吐かれる。怒りを治めるように長いため息は彼の溜めた激情を表しているのだろう。思っているよりもかなり、怒っていたみたいだ。

「アルヴァトト様、大丈夫ですか……?」

 原因の一端はもれなく私にあるので、声を掛ける。ここで謝るのはよくないので、謝罪は飲み込んだ。立っているせいで近くによると下から見上げる形になる。俯いているアルヴァトトと目が合った。怒りは吐き切ったのだろう。疲れたような顔だ。

「大丈夫だ、きみにも不快な思いをさせたな」

「私は平気です」

 アルヴァトトはそのまま机に戻ると、手を付けていなかったお茶を飲む。もう冷めきってしまっているだろうけれど、私には新しいものに取り換える術はなかった。

「……王を愚弄されて、頭に血が上っていたようだ」

 え。聞き返しそうになるのを、寸でのところで止めた。アルヴァトトから自分の心情を話してくれることは滅多にない。先日の一件でしか、私はアルヴァトト自身のことを聞いたことがない。口を挟めば閉ざされてしまう気がして、黙って次の言葉を待った。

「王は国の最善を考えてくださっている。能力主義なところがあるのは否めないが、部下の努力を評価してくださる方なんだ」

 きっと、アルヴァトトがその評価された人なのだろう。とても尊敬しているのだと思う。自分を落ち着けるようにゆっくりとした語調で言うアルヴァトトの表情は、先ほどよりもかなり和らいでいる。

「神殿側のああいった主張はそう珍しいものではない。自分たちの地位を上げたくて必死なんだ。きみも、気にしなくていい」

「はい」

 視線がようやくこちらに向けられて、声を発する。気にかけてくれるのが嬉しい。

 私も椅子に戻って手を付けていない自分のお茶を飲み干す。残しては、入れてくれたエルグリアに失礼だ。前に人が居ないのに隣同士に座っているのは変な感じだけれど、だからといって座りなおすのもおかしな行動になるので、そのままカップを机に戻す。アルヴァトトが戻るぞと言ったら隣の部屋に移って仕事だ。

「……ところで、きみ個人としては、緑の神子はどう思う?」

「へ?」

 ところが、掛けられた言葉は想定外だった。思わぬ質問に素っ頓狂な声が漏れる。裏返った。恥ずかしい。恥じている暇もないのは、アルヴァトトの言葉を飲み込まなくてはならないからだ。

「ど、どうって? 結婚相手としてですか?」

「……ああ」

「いや。いやいや、ないですよ。王に近い方と結婚するのが決まりなんですから、選択肢にまずないでしょう。というか第一印象からずっと最悪ですし、一回り以上年下の子どもなんて絶対ないです、ありえません!」

 全力拒否だ。どういう想定の元アルヴァトトがその質問をしたのか知らないが、候補にさえ上がらない。向こうだって私を嫌がっているように、私だってあの子は嫌だ。

 動揺に思わず声が大きくなって拒否を示す。首を横に振る私は「そうか」という軽い答えを期待したわけだが、アルヴァトトは、なんだか固まっていた。

不思議に思って呼びかけようとするも、反応が途切れたのは一瞬。アルヴァトトはその目を瞠って、徐にこちらをおかしなものを見る目で見下ろした。

「十二……?」

 零れるともひねり出すとも言えない言葉がアルヴァトトの口から漏れる。深緑の髪がさらりと肩から落ちた。

「え、え?」

「それは、年齢の話か?」

「え、はい」

 一回りという言葉はこちらにはないらしく、意訳されずに十二以上という言葉に置き換えられた。そのあたりがおかしかったのか? と首を傾げる私に、尚も驚いた目はこちらを射抜き続ける。

「一応聞くが、きみの年齢が緑の神子と十二違うと」

「正確には十五くらいです……」

 もしかして、アルヴァトトも私のことをルリと同じくらいの年だと思っていたのだろうか。サバを読むつもりはないけれど誕生日がわからないので十五と答えれば、眉間に皺が寄る。計算しているのだろうか。納得がいっていないのかもしれない。

 そんなに精神年齢が幼く思われていたのだろうか。若く見られるのは構わないが、精神年齢が高校生くらいに見えているのは納得いかない認識だ。実に解せない。

 ただ、今までの対応が年下に対するものだったのならば、知られたのは失敗だったかもしれない。アルヴァトトがこれから接しにくくなるかもしれないし、大人のくせに感情も抑えずに泣くのかと言われたら悲しいし恥ずかしい。反論もできないので悔しさはなくひたすらにへこむだろう。

「……すまない、青の神子と同じくらいだと思っていた」

 謝られた。そしてやはり高校生くらいと思われていた。困惑したような声の謝罪にこちらが申し訳なくなってくる。こちらこそ、精神年齢低そうでごめんなさいという感じだ。そして脈絡もなしに年齢を知らせてしまってすみません。

「いや、物わかりが良すぎると思っていたんだ。性格だろうと考えていたが、そうか……。失礼な態度を取っていたと思うが」

「そ、そんなことないです! こっちこそなんかすみません! アルヴァトト様っ、え、アルヴァトト様の方が年下だったり……します……?」

 だとしたら、私は私で失礼なことを思っていたことになる。完全に私と同じくらいか少し上に思っていたのだけれど。

 慌てて問うとアルヴァトトは一瞬固まって、黙った。しばらく何かに悩んで、視線を逸らす。

「同じだ」

 どういう反応なんだろうか、それは。答えとしては想定通りだったのに、反応がよくわからない。精神的に同い年だったら困るのだろうか。いや、年下扱いをしていた相手が同い年だとわかったら気まずいかもしれないけれど、私からすれば想定していたことなので、答えるのに気まずがる必要はないと思うのだけれど。

 困惑している間にアルヴァトトは姿勢を正し、ひとつ咳払いする。態勢を立て直したつもりのようだ。

「ところで、この手の特別視はそろそろ面倒だな」

 話を変えようとしてくれているのだろう。ならば乗らない手はない。おかしな空気のままにしておくのは私としても本意ではない。というか普通に困る。

「そうですね。実際は勝手に連れ出されただけなんですけど……。それに、リンドウ様はルリちゃんを、グリ様は緑の神子をそれぞれ気に入っているので、別に他の神から特別視されているわけでもないんですよね」

 物珍しさと、取り繕わなくていい話し相手が欲しいのとで会っているだけで、リンドウやグリに格別に好かれたり気に入られたりしているわけではない。彼らは自分たちの神子を基本気に入っている。

「あ。じゃあ全員いっぺんに会えないか聞いてみましょうか?」

「……どういうことだ?」

「ダリア様にお願いして、神と神子を一堂に会するようセッティングしてもらうんです」

 実際問題、グリが他の二名にデイスを会わせたくないことと、リンドウとグリが神らしさを取り繕っていること以外には特に問題はないはずだ。

 全員一緒に会えば贔屓も特別もなくなるし、取り繕わなければならない者が二名居るなら化けの皮もはがれにくいだろう。三名で会えば取り繕わなくていい二名が茶々を入れるから問題なのだろうし。彼らの性格的に。

 デイスの立場を伝えればグリの説得も無理ではないと思う。他の神の部屋に別の神子が言ってはならない決まりはない、というのは初めに私がリンドウの部屋に連れていかれたことからわかっている。

「思い切ったことを考えるな……」

「えっと、ダメですかね?」

「いや。王に許可を取り、三名ともから了承を得られればいいだろう」

「ああ……王様への申請お願いします」

 考えてみれば、これまでの神子制度が崩れかねない提案なのか。口にはしないがいろいろ考える顔になっているアルヴァトトに、心の中で詫びておく。突飛な提案をしてすみません。

 となればルリにも聞いてみた方がいいだろう。王から許可が出てからの方がいいか。デイスの方は、いつもアポもなしに突発的な来訪を食らっているから何も言わなくてもいいと思う。問題があるようならば、言うけれど。

 これで余計な心配が払えればいいけれど。アルヴァトトの「戻るぞ」について行きながら、疲れたような背中を眺めた。


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