番外編・三人のメイド
「ああどうしましょう! アルヴェニーナ様のお召し物が決まらないわ!」
毎朝、そんなデージリンの嘆きを聞いて、一日が始まるのだと実感する。
「どうしましょう、ユーリーンさん」
「そうね、シンプルなものの方がいいのではない?」
「いいえ、ダメです。それではアルヴェニーナ様の可愛さが半減してしまいますわ」
「エルグリア……」
ユーリーンがこの館に勤め始めてしばらくの時が過ぎだ。はじめて配属され、ベッドに横たわる少女の姿を見た時には、驚いたものだった。
ユーリーンの知っている神子は、青の神子の姿だけだった。彼女もまだ大人というには幼い年齢であるが、それでも分別の付く年頃で、人によっては結婚していてもおかしくない年齢だ。そして彼女は聡明で、大人に引けを取らない度胸のある子だった。まだ一市民だった頃に見た青の神子は、神子として顕現してから早い段階でその力を振っていたと思う。
けれど、ユーリーンが召し上げられて仕えることとなったのは、まだ幼い少女だった。桜色の髪は長く、手足は細い。体も小さくて、吹けば飛びそうな小さな子ども。正直なところ、このような子どもにうまく仕えられるだろうかと心配だったものだ。
幼くとも働いている子どもも、しっかりしている子どもだって居る。けれど町で働くそういった子どもはもっと健康的であるし、たとえ眠っていても快活さを感じさせる様子をしている。
学校に通えるほどの家柄の子どもの中でも、特別体の弱弱しい子ども。ユーリーンの赤の神子への印象は、そんなところだった。
ただ、起きて見れば意外なほどに彼女は大人だった。そして、どんな子どもよりも子どもだった。聞き分けがいいといえば良いけれど、仕える身分の自分たちにまで遜る様子は、見ていて痛々しいほどだった。よほど酷い環境にこれまであったのだろうと思ったが、真実は教えてはもらえなかった。
けれど、慣れれば会話をするようになって、過去は見えずともアルヴェニーナの性質は見えてきた。自己評価が低く、人目を気にするたちである。自分たちはまだましな方で、牧師であるアルヴァトトの目は特に気にしていた。気に入られていなかったらどうしようと疑心暗鬼になる、なんとも後ろ向きな少女なのだ。だが、消極的で自己否定的なのに、アルヴァトトの力になろうとしていた。
ひたむきで、誠実な少女なのだと思う。そんなところが気に入ったのか、はたまた容姿が可愛らしい子どもだからというだけかはわからないが、デージリンとエルグリアはアルヴェニーナを心酔とも言っていいほどに気に入っている。
「アルヴェニーナ様は、あまり可愛らしすぎるものはお嫌いでしょう」
「そこを、許していただける絶妙なものを選ぶのが私の使命ですもの!」
デージリンは表立ってアルヴェニーナを可愛がっている。アルヴェニーナは隠しているつもりだが、彼女が可愛いものを拒んでいることは三人とも知っている。デージリンは、アルヴェニーナの気付かない間に徐々に、服にフリルや花飾りを仕込んで可愛くしていくことに精を出す毎朝を続けているのだ。「お洋服は私に選ばせてください!」と手を上げ言った彼女のらんらんとした目はまだ忘れていない。
「アルヴェニーナ様のことだから、許さないというようなことはないと思うけれど」
人に許されないことには怯えていても、自分が怒ったり許さなかったりするなどとは考えもつかないような性格だ。珍しくも、緑の神子に対しては怒っていたけれど。ただそれも、自分のことではなくアルヴァトトや世話係に迷惑をかけたことが原因だった。本人が直接言うわけではないが「走らせてしまってすみません」「足止めに入らせてすみません」「迎えに来てくださってありがとうございます」と言われればわからない者はいないだろう。
「いいえ、それでもお顔を曇らせるようなことはできません」
「なら元からアルヴェニーナ様の安心できるものを着せてあげればいいじゃない……」
「健気で儚いアルヴェニーナ様が華々しい衣装に身を包んでいるのが素晴らしいのではないですか」
「エルグリア、あなたは落ち着いてちょうだい。様子のおかしな殿方のようよ」
デージリンとはまた違い、エルグリアの愛の向け方は少しおかしな方向にある。可愛がっていることに間違いはないのだが、エルグリアは、自分自身はあまりアルヴェニーナ様と関わろうとしない。たまに、アルヴェニーナのする想定外の行動に慌てたりもしているけれど。まるで人形を愛でているような、ともすれば危ない人ではある。
「でも、近頃のアルヴェニーナ様は明るくなられたと思いません?」
「そうですね。一時期ずっと気に病んでいるような顔をしてらしたけれど、何かあったのかしら?」
そんな様子も可愛らしいですけれどと、デージリンとエルグリアは揃って首を傾げる。ユーリーンはそっとため息を吐いた。何があったか、知っているからだ。
アルヴァトトとの誤解を経て、アルヴェニーナは前よりも相手を信じて接するようになった。ユーリーンにも、前より懐いてくるようになったし、他の二人とも少し距離が近くなったように思う。
そして――誰より、アルヴァトトに。物理的な距離は今までと変わらないか、少し遠いくらいになったように感じるけれど、精神的な距離はかなり近くなっている。前にあった、相手の言動を逐一気にするようなところが減り、感情を表に出すようになった気がする。
「…………そうね」
ユーリーンは、それがどういう感情によって起こされているかわからないような子どもではなかった。そしてその感情を受けるアルヴァトトがどのような顔をしているか一番見えるのも、ユーリーンだった。
また先日のような問題が起きさえしなければ構わないのだけど。
目の前に居る同僚二人に相談するわけにもいかず、ユーリーンは静かに微笑みを携え、仕事に向かった。




