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卑屈神子の杞憂譚  作者: 今井
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挿話・アルヴァトト

 最初にアルヴェニーナのことを聞いて来たのは、ギルバーンだった。

「あの神子が三名の神に会したというのは本当か?」

 どこから話を仕入れてきたのかわからない。私が話したのは王にのみだったが、王と一対一で話すことなど到底できず、周りには護衛の兵士たちもいた。だから、どこかから漏れるのではないかという懸念は、もとよりしていたのだ。

 だから感想は、早かったなというものだった。隠し通せるものではないけれど、できるだけ知られたくなかった。特にこの男のように神子を使って利益を狙う輩には。

「報告は全て王にしています。どこから聞いた話かは知りませんが、私の一存で答えていいものではありませんので」

 用意していた返事を返せば、ギルバーンは食い下がることなく、思ったよりも早々に退散した。しかし、あの男に知られているということは、他にも知っている人間がいるということになる。あの男は、地位はあるが、ここでの評価はない方だ。情報を手に入れやすい立ち位置ではないだろう。

 概ね予想した通り、それから先はアルヴェニーナについて聞かれることが多くなった。噂が流れ出ていることを知った王から直々に、謝罪を頂いたほどだ。当然秘密裏にだが。

 元より二名の神に謁見したということで注目されてはいた。それによる婚姻の話を持ってこられ続けて、飽き飽きしていたのだと思う。



 アルヴェニーナの態度が変わったのは、その少し前のことだった。ちょうど緑の神子と会ってからだったろうか。あの子どもが突然訪れたとき、私を呼んだことにアルヴェニーナは責任を感じていた。どう考えても緑の神子とその牧師の責任にも関わらず、私に対して罪悪感を抱いているような顔をしていたのは気付いていた。

 青の神子とは対等に話していたのにも関わらず、未だ私に慣れない態度にどうにかならないものかと思った。口に出せば一層怯えるだろうから注意することはなかったが、態度にでも出ていたのだろうか。

 フォローを入れるべきかと悩んではみたが、自分を改善しようとしているアルヴェニーナを見ていると下手な口出しになるのではないかととどまった。時間が経つにつれて、緊張したような態度自体は軟化していたし、そのまま謝罪が減って、もっと普通に話せればいいのだがと思っていた。

 そんなことをしているうちに上がったのが、三名の神に謁見したという問題だった。

 王に報告しないわけにはいかない。報告し、情報が洩れればアルヴェニーナを狙う者たちに問いただされる。

 そして、アルヴェニーナにどう説明したものか悩んだ。青の神子のことでソドリーに怒鳴ったアルヴェニーナは、きっと自身の感情と青の神子の感情を重ねていたのだろう。

『本当のことを、腹を割って話さないと信頼しきろうと思ってもできません。こちらに振りきれてないのも、あなたが信じきってあげてないからです』

 あれが私に対して同様のことを考えている、とは思わなかった。後にした質問にも、アルヴェニーナは嘘偽り、社交辞令でなく答えていた。あれは、私のことを高く見すぎているきらいがある。手放しに信用されるのは悪いことではない。むしろ牧師と神子としていい信頼関係であると言えるだろう。

 神への謁見が城で知られている点についてもアルヴェニーナは一切私を疑わなかった。疑ってほしかったわけではない。説明の仕方を悩んでいた私が言うよりも先に知っていたにもかかわらず、あれは一切の不信感を私に向けなかった。悪いことではないと思う。信じられるのはいいことだと思うけれど。

 


 辟易していたのだと思う。

 短期間に様々なことが起こった。アルヴェニーナの責任ではない。誰も彼もがアルヴェニーナの能力について聞いてくる。あれは特別な神子ではないのかと。けれどあれは特別な神子でもなければ唯一正しい神子なんてものでもないのだ。勝手な憶測を言ってくる奴らに腹を立て、なぜこんなにも憤っているのかと考えた。

 理由はわかっていた。自分がアルヴェニーナと母を重ねているのは初めからわかっていた。母の助けになれなかった罪滅ぼしをアルヴェニーナでしようとしている自分に気付いたのは、つい最近のことではない。

 それが最高潮に達したのが多分、ソドリーが館にやって来たときだったのだろう。

「お前のところの神子が、緑の神に会ったそうだな。私に対し、青の神子に話をつけると言ってきたことといい、あの神子には何かあるんじゃないのか」

「何度も言わせるな。あれは普通の神子だ。特別な力も才能もない。三名の神と対面したこと以外に功績もないだろう」

 赤の神からの贈り物は王にさえ隠した。受けた神託は神子制度改革には役立ち、城の経理を任されている者たちからは泣いて喜ばれたものの、国を富ませる方向の情報ではなかった。だから、功績を見れば大層なことはしていない。

 だから余計な期待をかけてくれるな。

 ただでさえ、他人の期待を重たいと思う少女なのだ。自己評価が低くて、責任を重く見すぎるところがあるのだ。何も知らないのに、そんな余計なものでアルヴェニーナを潰すな。

 まさかそれが間違った形で――いや、ソドリーに対して言った言葉としては私が意図した形になるのだが、アルヴェニーナに伝わっているとは思わなかった。

 


 眠ってしまったアルヴェニーナをベッドに横たえ、息を吐く。まさか自分が、そこまでこの子の負担になっているとは思っていなかった。

 泣きそうになりながらも強がろうとするのも、止められないというように涙をこぼすのもすべて私のせいだと思ったら居てもたってもいられなかった。元々話す気はなかった。誤解だと説ければよかったのに、多少とはいえ身の上話までして。

 嫌われたくなかったのかもしれない。これからの関係など考えていなかった。だから、損得勘定などなく。

 髪を梳けば花の色が手のひらを滑る。果実のような目いっぱいに涙を溜めて、必死で泣くのを、下唇を噛みしめるでもなく目を見開いて堪える様は子どもの姿と合っていなかった。もっと頼って、泣いても構わないのに。

 痛みを与えるように握られていた小さな手には爪の跡が残っている。これはきっと前の世からの癖なのだろう。柔らかな手を撫でる。跡は、明日には消えているだろう。

 声を掛けて重さを預かれば、少しでも楽になるのだろうかと手を取った。体を預けられて、ガラにもなく頭を撫でてみれば懐いたようにすり寄られ、声を掛けて緊張を解こうとすれば、その意図が伝わったのかおかしそうに破顔した。

 眠る顔は子どものそれだが、見た目通りの年齢でなく、表情も行動も言葉もちぐはぐで。けれど強くはなくて。

 頬に触れればすり寄ってくる。許容されているみたいで、必要とされているみたいで、柔らかな頬を撫で――手を離す。

 このまましばらくは起きないだろう。ベッドから出て、部屋を出る。ユーリーンに説明しなければならない。音は立てないように早足で階下へ向かおうとすれば声を掛けられた。相手はユーリーンで「アルヴェニーナ様の傷が癒えたのなら、それでいいのです」と部屋へ戻っていった。話が終わるまで、ずっと部屋の外で待っていたのだろう。ここの女性たちはあれに対して甘い。関係が良いのはあれの性質のせいだろうか。

 そのまま部屋へ戻り、置きっぱなしにしていた書類を見る。あれがここに置いて行った紙の束は、以前書いていると言っていた神子についての文だ。数十枚に及ぶこれらは渡していた招致者のリストや神子についての資料をすべて読んで書かれたものだと思われる。合わせて、自ら神より聞いた話を織り交ぜて。

仕事の手伝いもしてくれて、趣味だと言い張りながらこんなものまで書き上げてきて、誰が頑張っていないなどと思うのだ。

 頭を抱える。脳裏に、あれの表情が焼き付いていけない。なんだこの感情は。

 庇護欲などというものが自分にあったとは驚きだ。私が守らなければと思っているのだろうか。我がことながらわからないけれど、他の誰かではなく、神であるアンドレンダリヤではなく、私が、アルヴェニーナを守ってやりたいと思う。

 

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