三名の神
そうこうしているうちに、私の番が回ってきた。謁見の日までは神についての手記と神子の資料について読み比べていた。神様によって何か、進言する内容に決まりがあるのかと思っていたが、分類してみても全くと言っていいほどに一貫性がなかった。
しいて言うなら、赤の神は戦争や自然災害などの大きな出来事の予知や戦術・政治に関してなど大雑把な神託が多く、青の神は日照りや雨続きなど日々の天候や官吏の悪事など人事に関する神託が多い。緑の神は土地を富ませたりするのに一役買うような、農業や商業関係の神託が主だ。ただ、主というだけで互いの領分に入らないわけでもない。実際役割分担などほとんどしていないと思うような状況だ。
これも聞いてみるべきかなと思いつつ、アルヴァトトの待つ玄関ホールへ向かう。
あの日から、アルヴァトトとは少しぎくしゃくしている。いや、私が勝手に気まずくなっているだけなのだけど。
漏れた言葉はきっと本音だったんだろうと思うと、どう接していいかわからなくなる。口癖の謝罪を口にしないようにと思いながらも、怯えて話せばいつも以上に謝りたくなってくる。けれど、これから先も付き合いがあることを考えても、不用意に触れて関係を悪くするわけにもいかないので、あの日のことは聞くわけにはいかない。アルヴァトトの手伝いをやめる気はないので適度な距離でやっていくしかないのだ。
やればできる、社会人だろう。自分を叱咤して左後頭部がきりきりと痛むのを感じつつアルヴァトトと合流し、前回と同じように騎士を二人連れて神殿へ向かった。
神殿には、前回とはまるで違う対応で迎えられた。
「ようこそおいでくださいました、赤の神子さま」
眩しい笑顔で迎えてくれたのは、前回と違うまだ年若い男性だ。さすがにあの別れ方をしておいて、前回と同じ相手が出てきては気まずかったので助かった。向こうもその思いがあって別の人を寄越したのだろうけれど。
嫌味一つ言われず前回と同じ部屋へ案内され、カンテラを持たされる。そういえば、忘れて帰ってしまったけれど前回のカンテラは回収されたのだろうか。今手渡されたこれが前回のものと同じかわかるほどに、私の記憶力は優れてはいない。
「アルヴェニーナ」
そうして出発の準備ができたところで、アルヴァトトに声を掛けられた。私の態度を察してか、最近アルヴァトトから声を掛けて来ることが少し少ない。もちろん必要な会話はするが、元々会話の多い方ではないからほぼ無言のこともある。勝手に気まずくなって申し訳ないとは思う。
「何かあったらすぐに呼べ」
「大丈夫ですよ、神様にお会いするんですから」
一度通った道なのでずんずん進んでいく。おっかなびっくり歩いた前に比べれば、短い道のりはすぐに到着した。部屋に入れば、前回と同じように景色が変わって。
「よ、久しぶりだなアルヴェニーナ」
「ご無沙汰しております、えっと、アンドレンダリヤ様」
深々頭を下げ、顔を上げてみればダリアは嫌そうに口を「い」の字にしていた。
「突然他人行儀になんなよ、ダリアで良いっつっただろ」
思った通り、ダリアは愛称のようなものらしい。そして本名で呼ぶのは他人行儀だということは、他人だとは思われていないと。光栄なことに私は初対面で神様に愛称で呼ぶよう言われていたらしい。首を傾げるような待遇である。
「すみません、一応確認をと思って。本名はアンドレンダリヤ様でいいんですよね?」
「そうだけど」
「それで、リンドウ様がエルドシャ様?」
「うん。あれ? もしかして知らなかった?」
「知らずにリンドウ様とお呼びして、青の牧師に叱られました」
そして、呼んだときにリンドウが驚いていたわけである。突然初対面の神子に愛称で呼ばれるなんて思いもよらなかったのだろう。そこで訂正してくれてもよかったのだが、気を遣ってそのまま流してくれていたのは、懐が広いと言うかなんというか。
「他にもいくつか質問があるのですが、よろしいですか?」
「おお。でもその前にリンドウこっちに呼ぶから」
「え?」
理由のわからない行動宣言に呆けていれば、ダリアはふっと姿を消した。本当に瞬きする間に居なくなっているけれど、神様は瞬間移動ができるのだろうか。
しかし、ダリアがこういう性格でよかったと思う。なんでも気軽に聞けるようなタイプの人で、と考えるけれど、人ではなく神様だった。尽く神様らしくないので微妙な気分になるけれど。
「やあアルヴェニーナ。久しぶりだね」
などと失礼なことを思っているうちに、リンドウを連れてダリアが再度現れた。気付いたらそこにいるので驚く。とはいえ何度目かのことになるので少しびくっとするくらいだ。
「こんにちは、エルドシャ様」
「リンドウでいいよ」
青の神にまで愛称で呼ぶことを許されてしまった。どういう立場なんだ私は。神様同士で使っている愛称をたかが私ごときが使っていいものかという感じだが、許されたものを拒否するわけにもいかない。ダリアのこともダリアと呼ぶつもりであるし。
「えっと、でもルリちゃん……青の神子はリンドウ様とはお呼びしていないんですよね?」
「まあ、それは」
「こいつ自分の神子の前ではかっこつけてるからな」
「ダリア、黙れ」
いたずらっぽく笑うダリアを睨み叩きつけるように言うリンドウ。様子を見るに、ルリに対してかっこをつけているらしいが、かっこをつけている状況と愛称で呼ばせない理由がうまく結びつかない。リンドウは少し顔を赤くしてこちらを見ると気まずそうな表情をした。つくづく人間っぽいと思う。いっそ普通の人間であるアルヴァトトやソドリーよりも普通の人のようだ。もしかすると、彼らの基準は私たちの世界に近いのだろうか。だから私にとっての人間に近く見えて、身近に感じるのかもしれない。
「一応、彼女の中では僕は偉い神様だからね。できるだけ人の持つ神様のイメージを大事にしてるんだよ。ダリアとは違うの」
言い訳のような言葉は私に向けられているのだろう。神様らしいイメージというのは、私の考える神様のイメージと似たようなものなのだろうか。
「青の神子の前では仰々しい喋り方で『あなたの知りたいことを教えましょう』とか言ってるんだぜ。そのせいで必要な質問しかしてもらえなくて、外の状況が知りたくてアルヴェニーナに会いたいっつってんだから、笑えるよな」
「ダリアいい加減にしろよ?」
たぶん、現在見せている姿よりは私の想像する神様に近い性格を作っているんだと思う。そして私の前に現れた理由が知れてしまった。何かの問題で私に用があったわけではなくてよかったけれど、神様への情報提供者とはどういう立ち位置なのか。より一層わからなくなる。
「いろいろと神託をくださるのに、外の情報を私から仕入れる必要があるんですか?」
「こっちにもいろいろ制約があってね。詳しくは企業秘密で」
神様の企業って、どういう業種なんだ。預言業? 業種の分類が謎な企業秘密ではあるが、彼らが秘密だというのならば聞く必要もない。藪をつついて蛇を出す趣味はないし、そんな度胸を持ち合わせてはいない。
「私に答えられることならば、なんなりと」
こちらの質問にも答えてもらわないといけないし、神様からのお願いを断ることなどできないので二つ返事で了承だ。赤い部屋に違和感と存在感を以って在る青の神様は、やっぱり人間のような表情でお礼を言った。
ダリアとリンドウが奥のソファに座り、出された同じデザインの客用の一人掛けソファに私が座らされる。どこから運び込んできたのかはわからないが、こちらは瞬きの合間に現れたのではなく、手運びでダリアが持ってきた。こう言っては失礼だが、神々しさがかけらもない。容姿があからさまな神様感を出していなければ、私は多分彼らを神様として見れなかったと思う。
「それで、アルヴェニーナは何を聞きたいんだ?」
状況はまるで面接のようだと思うと気が落ち込むけれど、これは気安い質問だ。いくつか聞きたいことの候補を挙げてきたが、最優先して問わなければならないことは聞き終えた。
「ええと、これは純粋な興味の話になるんですが。神託の基準って何かあるんですか?」
「基準?」
「はい。神託を授けるのに誰がどういう系統の話をするかという決まりとか……一応以前の資料を見たんですが、わからなくて」
神子に関するレポートを書いてまとめようと思っているので、聞いて基準がわかるならばありがたい。神託とはいえないかもしれないが、役には立つはずだ。
そういえば、聞かなければいけないことをアルヴァトトに教えてもらうのを忘れていたな。気まずさで必要な仕事ができなかったなんて失格ものだ。今回は何か役立ちそうなことを思いついて、聞いて、次回はちゃんと事前確認をしなければ。
「特にない……よなあ?」
「うん。聞かれたことを答えるスタンスで行ってるからね。あとは、国のためにならない悪いことをしてる奴を見つけたら忠告してあげるくらいかな?」
「あー。俺は何かでかい騒ぎが起こりそうなときには言うようにしてるか? 大嵐だとか戦争の気配がしたときとか。あ、でも嵐は最近リンドウの方が予見しやすいよな」
「国が平和で、ルリが民衆から質問を募ってるからね。普段から天候の確認が多いんだよ。もう気分は気象予報士だよね。ここのところの月課はルリが来た日からの週間天気予報だよ」
神としての威厳が、会話のせいで彼らから徐々に乖離して行く。気象予報士って。離れる一歩が大きく、徐々にとはいえ早さとしては瞬く間に見えなくなってしまった気のする威厳を、容姿を凝視することで急いで引き寄せる。
見た目だけ思えば神々しいのだ。顔面はイケメンという風でもハンサムという風でもないのに恐ろしく整っているし、格好や頭の輪も羽も、普通の人間ではありえない。髪色はここの世界の人たちのことを思うと突飛ではないし、表情が誰よりも普通の人間っぽいのであまり端正が際立たないだけで。
「ルリちゃんは民衆から質問を募ってるんですか?」
「知らなかった? こっちに来る前に教会で、町で困ってることを聞いてるんだって。だから今は僕のところに民衆の悩みが集まりやすいんだよ。それが理由か、町ではルリが一番神子としての人気が高いみたいだね」
「神殿は緑の神子が正しい神子だってうるせーけどな。最近はアルヴェニーナがそれに対抗してきてるけど」
「お前が僕のところにこの子連れてきたからでしょ」
「はっはー、まあな」
外のことでも知らない話だ。ルリが教会へ行って民衆と会っていただなんて本人からさえも聞いていない。教会へ出かけるのはいいのかとか、質問の一環でルリはリンドウにそれを言ったのかだとかいろいろと推測を立てる。取り敢えずの一番の疑問は本当に私の話はリンドウに必要なのだろうかということだ。
ほうと初めて知る話を聞きつつ考えを巡らせるわけだが、ダリアの言葉に引っかかった。神殿が緑の神子を正当視しているのも知っているし、私の価値が上がってしまったことも、それが二名の神に会ったのが理由なことも知っている。
「ん、んっ? もしかして意図的にやったんですか、あれ?」
しかし今の言い方だと、ダリアが神殿での私の立場を上げるため、意図して私をリンドウに会わせたように聞こえる。まさかと思って二名を見比べれば、リンドウは肩を竦め、ダリアは笑った。さわやかな作り笑いは神様のようだった。
「だって俺、あのワガママなガキ嫌いなんだもん」
言っていることはくだらない大人のようであるのに。言いたいことはわかるし、私もそれに準じた感想をあの子どもに抱いたためツッコミはできないが、勝手に野望に巻き込むのはやめてほしい。平穏に普通の神子をやっていれば、緑の神子の襲撃など受けることはなかったのに。
「まあ僕もどうかと思う程度に自分本位に育ってると思うけどね。でもあれ、グリが甘やかしてるからでしょ?」
「緑の神様ですか? グルーニキス様でしたよね」
「そう。小さい頃から神子をしてるからか、目を掛けてるみたいでね」
「緑の牧師が甘やかしているからだと思ってたんですが、神様からもなんですね。だとしたら、どうしましょう。私恨まれてるかも」
きつめの扱いをしてしまったし、私のせいでデイスの神殿での価値が揺らいでいるのだ。彼を正当な神子としたいのならば、緑の神は私に悪感情を持ってもおかしくない。ここの神に平等や、自分の感情を含まない扱いなどの理念はないようだから。大元はダリアのせいだから、できればこちらに怒りを向けないでいただきたい。全く私の責任じゃないとは言えないのが懸念事項だが。二度目なのも、ルリと会ったのも私なので原因の一旦は担ってしまうので。
「よし。じゃあ本人に聞こう」
「は?」
ぽんと手が打たれる。声がリンドウと揃った。その頃には、ダリアは消えていた。
すっと血の気が引くのがわかる。言葉の意味を分からないほどに察しが悪くはない。本人に聞こうと提案したならば、彼は私に緑の神と会わせる気なのだ。
私が移動させられていない以上、ダリアは緑の神を連れて来る気なのだと思う。連れてきたらどうなるか? 私は三名の神に会することになる。
「リンドウ様……緑の神とはどのような方ですか?」
「基本的には人への関心は薄い……かなあ? ただ例外が多くて、気に入った子は過剰なほどに良くするタイプ」
できれば来ないでくれ。そう願った。
状況的にも、来ないのが一番平和だ。ここで会えば私の立場が今以上におかしなことになる。そして嫌われても困るし、逆に、状況的にないとは思うが気に入られても困る。会いたくない。今後のことを考え憂鬱になっているとリンドウが苦笑いで慰めてくれた。遠い目をしての「頑張れ」はあまり慰めの言葉にはならないと思うけれど。
「ところでさ、あの後ルリと会ったの?」
気分を変えさせようとしてか、リンドウはできるだけ明るい声を心掛けたようなトーンで問いかけてきた。気を紛らわせようとしてくれているのか。神様に気を遣わせているという状況は、申し訳なさよりも困惑が勝つので謝罪が出て来ない。いいことか悪いことかは判断のつかないところだ。
「はい。私の住んでいる館に来てくれました。仲良くしてくれてますよ」
「してあげてるんじゃなくて? ルリの方が年下でしょ」
「彼女は私を同年代だと思ってるみたいです」
「ん? 見た目だと下で、中身だと上だよね?」
「会話から推測された年齢が同年代程度だったようです」
「間違ってるなら教えてあげて?」
困ったように笑うリンドウにどこか既視感を覚える。神様らしさは元よりないが、なんというか、それよりもう少し身近にいるような気がする態度。
「それで年上扱いされたら困るので。今はあだ名で呼んでもらってますからね、ニーナって」
「へえ。じゃあ僕もニーナって呼ぼう」
気付いた。友達の親ないし兄だ。自分の庇護下に居る子とその友達の間柄を心配する家族だ。昔友達の家に行ったときにリビングで出くわしたお兄さんに似ているのだ。
確かあのお兄さんも「パピヨンってあだ名なの? じゃあ俺もパピヨンちゃんって呼ぼうかなあ、あっはっは」と初対面の私に気軽に挨拶をしてくれた。パピヨン時代だから中学だっただろうか。
いよいよもって現代人じゃないかこの神様? と疑うべきかと思っていると、不意に視界に赤が映った。ダリアのお帰りだ。そしてその直後に、緑が舞い降りる。
そこに存在を唐突に現した緑の女性。アルヴァトトより少し明るい常盤色の髪は花やかな飾りで軽く留められているが、それでも腰に届くほどの長さだ。白と緑を基調とした服は裾をひきずるようなドレス。女性だからか装飾はきらびやかな印象を受ける。エメラルドのように輝く目は見開いていて、顔は他の二名と同様に人間味のないほどに整っている……無表情だと。
「本当に二度目ってあるのね」
目が合うなりこちらに手を伸ばして頬を両手で挟み、珍しいものを検分するようにじいっと目を細めて見る様は、もれなく神様らしくなかった。いっそ、これを神様らしいとすべきかもしれない。
嫌われるにしてもそうでないにしても、もう少し、違うパターンでくると思っていたのだが。むにむにと人の頬を弄ばないでいただきたい。幼い子どものふっくらした頬は押されたり離されたりしてもすぐに元に戻るのだから。
「あう、あの、やめて……」
弱い抵抗を示せば彼女は気付いたように手を離す。抗議の声は聞き入れてもらえたようだ。頬の形が変わっていないだろうか。若い肌だからちゃんと戻ってくれていると思うけれど。
「ごめんなさい、珍しかったもので。あなたが二度目の女の子で赤の神子ね。ダリアから聞いてるわ」
勝気な表情でにこりと笑ってこちらを見下ろす彼女。ダリアと呼んでいるから、やはり仲は悪くないのだろう。一時期の喧嘩が人間の間でここまで引きずられていたと彼女は知っていたのだろうか。それも多分ダリアから聞いたと思うけれど。
「はい。今はアルヴェニーナと申します、グルーニキス様」
「グリでいいわよ。で、私があなたを恨んでいるか、だったかしら?」
質問はダリアから伝わっているようだ。そして彼女からも愛称呼びを許可されてしまった。緑の神子がお気に入りなんじゃないのだろうか。デイスは「グルーニキス様」と呼んでいたことを思い出しながら困惑する。二人のときは愛称で呼んでいる可能性ならあるかもしれない。それに賭けよう。
「恨まないわよ、別に。人が人を嫌うのなんて普通のことでしょう? 私たちでも相手の好き嫌いはあるんだから、あって当然よ」
「それは……よかったです」
今の態度で恨んでいると言われたらどうしたものかと思っていたし、絶対恨まれてはいないと確信できるほどの対応だったけど、口に出して言われると安心する。見た目のおっとりしたようなイメージと違い、さっぱりした性格のグリはダリアに椅子を持ってくるように指示する。彼女も話に混ざることになったらしい。
「私はデイス、可愛いと思うんだけどね。実はマジメなのよ? 行動が直情的で考えなしだから、誤解されやすいの」
それは果たして誤解なのだろうか。様子と違わない彼女の評価に浮かんだ言葉は「欲目」である。
「あれ? ニーナは緑の神子に会ったって言ってたっけ」
「はい。先日私の居る館に襲来されまして……なぜ私が二名の神に会ったのかと詰め寄られました」
「あらぁ、私もそれ聞かれたのよ。それだけじゃ納得いかなかったのね」
「自分は他の神に会ってはならないことに不満を持ってたみたいです」
「説明が足らなかったからかしら……説明も何も、純粋にこいつらに会わせたくないのよね」
神子が自分の言葉に不信感を表しているのに、気にしないどころか意にも介さない様子のグリ。寛容さは神様の必須条件なのだろうか。私の知っている神様は日本でも海外でも結構心の狭い神様も多いけれど、ここの三名は三名ともそうではないらしい。助かっているので文句は一つとしてない。
「それに、あまりこうやってフリートークみたいなことはしないし」
使う言葉が俗っぽい。自動翻訳されているのだと思うけれど、日本語で聞こえる言葉の変換がもう少し神様の言葉らしければ、印象もまた違うと思うのだけれど。
……というか、私も同じように神託を受けているはずなのだが、今はフリートークタイムだったのか。
「気に入ってると仰ってましたし、いろいろお話されてるんだと思ってました」
「跪かれて、神託をお与えくださいって言われて姿を現して、恭しく、仰々しくいろいろ聞かれるのよ? さすがに神様っぽさを演じるわよね」
「わかる。理想を崩したくないよね」
神様が神様っぽさについて共感しあっている。
理解したくない状況に、頭がくらくらしてくる。神様っぽさを神様が演じないでほしい。人間のある程度の共通認識に寄せてこないでほしい。寄せて来るなら一貫して、私に対してもそれで通してほしかった。
「ダリア様はそういうお考えではないんですか……?」
「俺は、演技するとかガラじゃねーしなあ。でも前の神子のときは、神子がずっと遜って跪いてたよ」
「あれ、半分は私のせい……?」
「僕らの最初の対応も普通と違ったんだと思うよ。ニーナは特殊だからねえ。二度目なんてなかなか見ないし」
優しくフォローを入れてくれるリンドウは、ダリアの淹れて来たお茶を飲む。神様がお茶を出してくると、いよいよフリートークでお茶会である。しかしダリアに淹れさせてしまったのはよくなかった。部屋の主だからなのかもしれないが、手伝うとか代わるとかすべきだった。気遣いのできない女め。
「つかリンドウ、さっきからニーナって何だよ?」
「愛称だってさ。ルリが呼んでるっていうから僕も呼ぼうと思って」
「じゃあ私もそう呼ぼうかしら」
「はあ? 俺も呼ぶし。てかニーナは俺の神子だし」
そうこうしているうちに、神様全員から愛称で呼ばれることとなってしまった。すごい。すごく意味がわからない。
彼らが神様でなければ友達が三人もできたなんて微笑ましくてうれしい状況なのに、相手の立場が立場。勝手に距離を詰められて、目まぐるしくてついていけない。
「ニーナもどうぞ」
「あ、ありがとうございます」
置かれたお茶をダリアに勧められる。カップは赤ではなく白だ。中は紅茶のような色に見えるけれど、果たして私の知っている飲み物なのだろうか。神様のお茶を飲むなんて経験、きっと人生でまずないことだろう。
「…………これ、黄泉戸喫になったりしませんよね?」
「おお。よく知ってたな」
「なるんですか!?」
黄泉ではないから半分冗談のつもりだったのに。想定外の返しと危機一髪に思わず大きな声でつっこんでしまった。神様相手に。私の反応が面白かったのか、ダリアはおかしそうに笑いながら「冗談冗談」とあしらった。
「さすがに連れて行ったりしねーよ。二回目の意味がなくなるだろ?」
「はあ……精錬でしたっけ」
「そ。まあニーナを個人的に囲いたいと思ったらそういう手もあるんだけどな」
あるらしい。恐ろしいことを知ってしまってカップは手放して遠ざけておいた。まだるっこしい真似をせずとも、ここに来ている以上私を出さない方法は現時点である気もするけれど。
「そういう迷信とか説話みたいなのが実在する世界なんですね……ということは、鏡を置くと連れていかれるというのも本当ですか?」
聞こうと思っていたこと第三段。私の質問が途中で終わっていたことを思い出しつつ、鏡に想いを馳せる。これでそれはないと言い切られたら、一度くらい鏡を見せてほしいと言ってみたい。
「できるできる。てか、こいつが一回やらかしてる」
私の望みは叶わなかった。ダリアは親指で隣のリンドウを指す。その話を、私は知っていた。
ウソか本当かわからないと思っていたのだが、アルヴァトトの持ってきた、はじめにもらったのとは違う神子の資料にあったのだ。昔の青の神子が鏡を見て、青の神に連れ去られた。三日後には返してもらえたが、それ以来神子に鏡を与えないようにした。という話が。
実在する人物と実在する神様の話だ。普通に事実を記しただけだったらしい。
「うっ、あれは、あの時の神子が何かすごく悩んでたから……。考える時間が欲しいって言ってたから、誰にも邪魔されずにじっくり考える時間と場所をあげただけだよ。なぜかその後神子が変わってその子は来なくなっちゃったけど」
「神子から外されたとか?」
「気に入られたって見られるんじゃないの、普通は? 何で悩んでるのか聞かなかったの?」
「あまりずかずか聞かないんだよ、僕は」
リンドウの青とグリの緑は同時にダリアに向いた。ダリアならば聞くという話でいいのだろうか。目だけで通じ合う仲良しの中に放り込まれたみたいで少々居心地の悪い思いをしつつ、資料を思い出す。確か、事件の後神子は。
「結婚のことで悩んでらしたみたいですよ。その後神に気に入られた神子として王子様とご結婚されたようですから」
「結婚!?」
一斉に青と緑の目がこちらに向いて、見開いた。目を剥いて驚く二名に思わずびっくりして肩を震わせる。できるだけ逃げたくともソファには背もたれがあるので身じろぎしかできなかった。
しかし、そこまで驚くようなことなのだろうか。というか、知っているものだと思っていたのだが。
結婚後の神子を神の元へ遣わさなくなったのは、だいぶ昔に神に――つまり彼らに、結婚後の神子を会わせて怒りを買ったからだと私は資料で見た。普通ならば資料が間違いだったのかと思うところだが、今彼らを目の前にしていて、資料は基本間違っていないと思う。彼らの記憶の方を疑った方がきっと正しい。
「はい。神子は不思議な力を持っているから王に近い方と結婚するという決まりがあるんですが……それは?」
「知らなかった」
「それで、昔神子の結婚を厭うたことがあったという言い伝えがあるんですが」
「あ、あー……」
心当たりがあるらしかった。
「私だわ。気に入ってた神子が結婚するって報告してきて、嫌な態度とっちゃったことあるもの」
「いや、僕もやったことある」
「俺はないけどな」
聞いているに、ダリアはあまり神子に関心がなく、他二人は気に入った神子に対してはかなり過保護になるようだ。もとよりそう言った性質ならば、今の状況も納得がいく。リンドウはルリのことをかなり気に入っていて心配しているようだし、グリもデイスに甘いという。ダリアとリンドウに近づけたくないくらいに。
だから私は二度目の人生というだけで神様たちに興味を持たれて、さして神子に関心の強くないダリアに他の神様への見世物にされているという状況なわけだ。
「ああー、でもそっか。それについては人間の判断正しいかも。僕結婚してる子が自分の神子だったらやだし」
「私は別に、そこまで気にしないけど」
「さっきと言ってること違うし」
「そりゃ最初は仲の良い子に恋人ができたなんて聞かされたら嫌な気分になるでしょうよ。でも、だからってその子のことまで嫌いになるかっていったら、そうじゃないじゃない」
「でも、だって結婚するってことは状況だけでなく、状態も変化するわけでしょ? 他人のものになるってことだし、清らかでもなくなるわけでしょ。なんか嫌じゃん」
「ちょい、ちょい。俺の可愛い神子の前でそういう発言は止してくれる?」
「子どもじゃないんだから、規制する必要なくない?」
ええと。口を挟んでも怪我をする気しかしないので黙って、ダリアが耳を押さえてくるのをされるがままに受け入れる。神様へ捧げるものとしてそういう条件があることは珍しいことではないし、純潔であることを求めることに文句はない。相手は神様だ。ただの男性がおもしろおかしく勝手なことを話しているわけでもないので、私の前で話していることについても、止める気も咎める気もない。とはいえ、やっぱり気まずいは気まずいので黙っている。
「って! ということは、ルリももう少ししたら来なくなるってこと? 神子が来なくなるのって、だいたい十七、八歳だよね?」
ハッと、気付いたようにリンドウがこちらを見た。結婚適齢期がだいたいそのくらいの年齢だということは知れたけれど、それはいい。考えていなかったけれど、ルリは、帰りたいことをこの神に言っていないのか。当然といえば当然か。わざわざ自分の仕える神に「私は元の世界に帰りたいです」なんて言うわけがない。そんなもの、神子を辞めたいと言っているに等しいのだから。
けれど、話を聞いているに、リンドウはルリの相談相手としてはうってつけではないかと思う。私の見立てなので信用ならないけれど、リンドウは前に神子を三日連れ去ったときも神子の心配を理由にしていたし、結婚するにしても元の世界に帰るにしてもどうせルリはいなくなるのだ。純潔を守り続けられるのはあちらの世界ですよ……という誘惑は、進んでやりたい助言ではないが。ソドリーよりは、リンドウの方がいい相談相手になりそうだ。帰り方についても。
「ニーナ? どうかしたか?」
「あ、いえ。えっと……結婚年齢が私たちの世界よりも低いなあと思いまして」
ただ、私が独断で言うわけにはいかない。ダリアだけに言うならばまだしも、直接リンドウに言ってしまえばソドリーに告げ口するのと変わらない。下手すると、どちらもさせてもらえなくなる可能性もあるのだ。すなわちリンドウの部屋に軟禁。帰れない結婚できないの状況を作り出すのは、青の神にとっては簡単なことだ。
一旦、ルリに言ってみよう。リンドウに相談してみたらどうかということを。
この神様ならば協力してくれそうな気がする。これまでの神子が最終的に連れていかれっぱなしでないことがいい例だ。結局は気に入った子の気持ちを尊重してあげている。
考え込んでいると、ふと視界が陰った。そうして次の瞬間には頭に軽く、おおきなものが乗せられる。それが手だと気付くのにタイムラグはほとんどなくて、けれどぐしゃぐしゃとかき回されるのは、防げなかった。
「うえ、な、何するんですか」
「まあまあまあまあ。どっちにしてもニーナはしばらく俺の神子なんだなあと思ってな」
「そうですね……?」
何が言いたいのかわからなくて首を傾げる。機嫌のよさそうなダリアはにこにこ笑いながら、私の頭から手を退けない。きっと今日も髪はぐしゃぐしゃになっていると思う。
手櫛で整えようと手を持ち上げると、その手に図ったように何か置かれた。
「え? なんですか?」
見れば赤の丸い形をした薄い何か。直径十センチくらいで、コンパクトのように見える。縁に切れ目のようなものがついていて、開け口のように突起があるから余計に。というか、コンパクトではないだろうか。何も言われる前に突起を掴んで開けると、想像通りだった。
「鏡が欲しいんだろ?」
「欲しいとは言ってなかったと思うんですが」
魔法少女にでもなれそうなコンパクト。先ほどの会話の流れで欲しいと察してくれて、その日のうちにくれるだなんて思わなかったので驚く。相手が神様でなければ惚れかけていたところだ。
「それ、やるよ。心配しなくても連れて行ったりはしないから、安心しな」
「……ありがとうございます。嬉しいです」
連れていかれないことは「二度目」という理由を以って名言されている。神様からの贈り物を取り上げられることはないと思うので、私は今この時、鏡を手に入れた。見てもいいという許可を得ようとしたら神様から直にもらうなんてだとか、三種の神器の一つなんだけどこれ、国宝モノじゃないか? だとか不安はあるけれど、返品はそもそも不可だろう。
開いたところにある鏡を覗き込む。小さいためあまりしっかりとは見えないけれど。
「お人形みたい……」
初めて容姿を見て、思わず口に出した。
桜色の髪は長く軽いウェーブを掛けて下に伸びている。目はザクロのように赤く、くるりと丸い。幼い顔は作り物のようで、驚いたようにゆっくりと瞬きを繰り返している。
「何か困ったことがあったら、それ開きな」
横から得意そうに言われて、顔を上げて礼を言うためにコンパクトを閉じた。