緑の神子
ここのところ雨が降らない。きれいに晴れた空を眺めながら、庭で野菜に水を遣る。アルヴァトトが以前トマトのような野菜の苗を買ってきてくれたので、その世話である。要らなくなったという小さくてところどころへこみのあったバケツに穴をあけてもらって作った簡易じょうろでしゃばしゃばと水をかければ、太陽光に当たって水滴が輝いた。自分で穴を開けようとしてエルグリアに怒られたのはそう前のことではない。
メイドさんたちは、しばらくは名前も性格もよくわからなかったけれど、少しすればどういう人となりか、なんとなくわかってきた。
三人ともわりとよく話すようになったけれど、一番メインで私の世話を焼いてくれるユーリーンは世話焼きのお姉さんという感じだ。基本的に静かに私の様子を見たり自分の仕事をしたりしている。そして時々私の行動にやんわりとダメですよと言ってくれる。デージリンは可愛いものだとかおしゃれが好きなタイプで少々ハイテンションだ。ちょっと反応に困るけれど、普通の女の子感がある。エルグリアはあまりしゃべらないタイプでデージリンとは逆のキャラだ。想定外の出来事に弱いのか、バケツじょうろのときは「ななな何をしているのですか危ないです!」とめいっぱいどもりながら言っていたけれど、基本的に寡黙にじっと私を見ている。
しかし、徐々に周りが見えるようになってくると、自分の現状が嫌になってくる。面倒を見られ続けるのは申し訳ない。
ただ、せめて買い物ぐらいは行きたいと思ったところで、許可が出るはずもない。たとえダリアがそれを許しても、この規則に神様は関係ない。ここに神子を幽閉しておくのは人間側の都合だからだ。
因みに以前脱走を企てた者はいるらしい。アルヴァトトの口頭情報である。資料には載っていなかったから、秘密の話なのだろう。ぽろぽろ情報を零すのは、私が逃げ出す度胸もないことがばれているからなのだろうか。信頼と言い換えればましかもしれない。
一度、ルリのところへ行ってみたいというくらいのワガママを言ってみようか。前の情報が功績だったと言われたので、もう一度褒められるようなことがあったらお願いしてみようかと思う。調子に乗りすぎな気はするけれど、一応ルリと約束してしまったためという言い訳ができる。
「ん?」
バタバタと、何か館の中が騒がしくなった音がした。扉の向こうで音がする。アルヴァトトはまだ帰っていなかったはずだけれど、彼の帰宅で騒がしくなることはない。だとすれば、なんだろうか。
来訪者? と頭に浮かんだときだった。
「アルヴェニーナ様!」
こちらへ飛び出して来たのはデージリンだった。少し息が荒いのは慌てているからだろう。後ろ手に扉を閉めて、こちらへ駆け寄る。元の私よりも少し年下であろうデージリンは慌ただしく、私の手を掴んだ。
「申し訳ございません。一度お部屋にお戻りいただいてよろしいですか?」
「え? え?」
そのまま外の階段の方へ、手を引いて進む。何があったのだろうか。たとえば例の男ならばこういう態度は取らないと思う。あの男は権力者だったので、私を逃がすとか隠すとかいう手段は使えない。
けれど、だったらなぜ私は隠されるのか。来訪者を数パターン考えるけれど、思いつくのは敵という単語だけだった。敵ってなんの敵だ? 国の? それとも、アルヴァトトの?
しかし、だとすると状況はおかしなことになる。余程のバカでなければ敵対する相手の家の正面玄関をノックなんてしないだろう。ただでさえ、裏庭なんて殺すにも攫うにも易いところにいるのだ。そんなことも調べてなければプロとかアマとか関係なくただのアホだ。若しくはそれだけの余裕があるという実力の誇示か。ありえない話ではない。
ところで何の敵かわからないが敵だと仮定すると、それの狙いは何になるのだろう。神子目的ならば、私か。とすれば殺されるか、攫われるか。
思考だけは悠長にいろいろと考えながら階段を駆け上がる。途中、ばたんと下で音がして視線を下げた。階段の隙間から見えたのは、緑色の頭。
普段見慣れた落ち着いた緑ではなく照り続ける太陽に当たって明るい色を際立たせる黄緑色。そしてその髪色をしたのは、子どもだった。
「緑の神子……?」
「赤の神子! どこだ、出て来い!」
「わひっ」
突如大きな声を出されて小さく悲鳴を上げる。危うく一段踏み外しそうになった。威嚇するような大声。子どもの体だからか腹に響くような声量はないようだ。それでも驚いてしまったのが現実で、耳聡く悲鳴か、足音かを察知した少年はこちらを振り返った。
目が合った。宝石のような緑の目は大きくくるりとしている。年の頃は十歳そこらか。今の私のこの体と同じか少し下くらいに見える。一般的に美少年と言われそうな風貌だが、その表情はやんちゃ盛りの男の子らしく子どもらしさがある。眉を吊り上げて少年はこちらに視線を向けながら再度口を大きく開いた。
「赤の神子! なぜ隠れる、下りて来い! 貴様が神子同士の接触が許されたと神託を受けたのだろう!」
子どものくせに仰々しいしゃべり方で、緑の神子は言う。前を上がっていたデージリンが立ち止まったので、私も立ち止まるしかない。見上げると非常に困った顔をしていた。
「あの、アルヴァトト様は……」
「今エルグリアが城まで呼びに上がっています」
わざわざこちらから城に使いを出して、その上仕事中のアルヴァトトをこちらに戻すというのか。非常事態だから仕方ないにしても、酷い状況に頭を抱える。
「彼は緑の神子……でいいんですか?」
「ええ。緑の神子、デイス様です」
「緑の神子の牧師様は何をなさってるんですか?」
少し声が責めるようになってしまったせいだろうか。デージリンは困った顔で視線を逸らす。
「ホールでユーリーンが事情を聞いています。アルヴェニーナ様にはお部屋でアルヴァトト様が戻ってこられるのをお待ちいただこうと考えていたのですが……」
そしてその視線を緑の神子、デイスに向ける。推測だが、彼が勝手に裏庭の方へ飛び出してきてしまったのだろう。デージリンがこちらへ来たのを見ての行動か、元々私がここに居ると知っての行動かは知れない。
しかし、緑の神子の勝手な行動で、牧師も牧師同士で話を通していないというのならば会う理由はない。なだめすかすのを他人に任せて偉い身分の人のようで気分はよくないが、彼女らにとっても、きっとアルヴァトトにとっても私が勝手に緑の神子に会うのは望ましいことではないだろう。
「行きましょう、デージリンさん」
「え?」
「私には彼に会う理由がないので」
アポイントメントもなし、よその館に踏み込んで大声を上げるような方は客人ではない。それが機嫌を窺わなければならない相手ならば別だが、その判断すら私にはつかないのだ。選択肢は今のところ逃げる以外にない。
「かしこまりました」
デージリンは少し驚いたような顔をしながら、再び手を引いて上る。こちらの視線が向いていたからか、当然下りてくるのだと思っていたようなデイスの表情が崩れた。再度「下りて来い」だのなんだの聞こえるが、聞こえないふりだ。これだけの距離と大声で聞こえないはずもないのだが。
部屋の扉がノックされたのは、一時間くらい経った頃だった。
「私だ、アルヴェニーナ」
聞こえてきたのがアルヴァトトの声なことに安堵しながら、一緒に居てくれたデージリンが扉を開ける。もう癇癪のような大声は聞こえなくなっている。なだめ続けてくれていたであろうユーリーンにも、アルヴァトトを呼びに行ってくれたエルグリアにも、一緒に居てくれたデージリンにも何かお礼をしなければ。とは思うが、ここから出られない以上どうしようもない。
ともかくアルヴァトトの元へ向かえば、疲れたような顔でため息を吐かれた。どきりとする。緑の神子が来たことが問題だろうが、元をたどれば私が神子同士会ってもいいと聞いたことが原因でデイスはここへ来たのだから。
「あ、アルヴァトト様、あの」
「アルヴェニーナ。悪いが、緑の神子と一度だけ話をしてほしい。きみを出さねば帰らんの一点張りで、話にならない」
どうやら追い返そうと奮闘してくれていたようだ。デイスの目的は私で、私が出なければ帰らない。そしてアルヴァトトが出ろと言うのならば、出るしかないだろう。
「アルヴァトト様、ひとつ窺っていいですか?」
「なんだ?」
「どういう体裁で話せばいいのでしょう?」
客人として接するのか、礼儀知らずの押しかけ訪問者として接するのか。立場としては同じなのか、上なのか。同じ神子な以上あちらを上とする必要はないと思うけれど、万が一もある。問えば軽く瞬いてアルヴァトトは答えた。
「遜るな。対等の相手として話せ」
意味を理解してからほぼ間髪入れずに言われたのだけど、命令口調だし、これは命令や忠告に近い意図なのだろう。放っておけば私が勝手に遜ると思っているのだと思う。もはや謝罪が口癖になっているからあながち不要な忠告ではない。
「突然乗り込んできた相手をつけあがらせる必要はない。きみには難しいかもしれないが……問うということは、きみも面白くない思いをしたんだろう」
完全に読まれていて、苦笑いでお茶を濁す。不愉快なので多少の無礼は許してもらえますかという質問は、あまり察してほしいものではなかった。
それでも了承は示すため頷いて、アルヴァトトに続いて部屋から出る。向かうは応接室だ。基本的には飾り気のない質素な部屋である。先に来訪がわかっていれば少しは飾り気もある部屋になるのだけれど。
廊下の窓から日が差し込む。この時間にアルヴァトトが居るのは珍しいことなので、違和感と罪悪感が芽生える。城でしなければならない仕事はどうするのだろうか。想定外の急な対応は、こなせても神経に障る。
「緑の神子は、きみが二名の神に会したという話を聞いてこちらに来たそうだ。これまで神殿から唯一の正当な神子として遇されてきたから、少々思い上がっている部分がある」
「そんな感じの物言いでしたね」
「緑の神子は此度の神子の中では唯一こちらの世界の子どもだ。幼い頃より神子としてもてはやされ育てられたため、ああいった性格のようだ」
「こちらの……ですか」
それは、神殿が正当だと見るわけだ。あの神官の言い分からすると、異世界からの招致者は偽物の神子らしい。ならば何を本物とするかといえば、やはりこちらの神子なのだろう。どういった経緯で神子にされたのかまでは聞く時間がないので、そのあたりだけ頭に入れる。必要だから教えられた情報なのだろう。
応接室に着くと、デージリンがノックして扉を開き、アルヴァトト、私と続いて部屋に入る。中にはユーリーンと、緑の神子と金髪の女性が居た。そのままデージリンとユーリーンが下がる。
偉そうに腕を組んだ少年は緑の神子デイスで、金髪の女性が牧師なのだろう。年齢はアルヴァトトよりも少し上に見える。気の強そうな吊り眉と引き結んだ唇。細い目が印象的だ。
「赤の神子! 遅いぞ、なぜ逃げた」
扉が閉まったと同時に口を開きこちらを責めるデイス。隣の牧師を見れば何も言う気はないらしく、ただ黙ってこちらの様子を伺っている。客人でさえない来訪者の第一声や態度とは思えない。まるでヤクザのようだ。辟易するけれど黙っているわけにもいかないのだろう。
「許可が出ていなかったので」
「何の許可が必要なんだ。貴様の受けたと言う神託で神子同士が会うことは許されたと聞いている。先日赤の神子と青の神子が面会したという話も聞いている」
「牧師様の許可です。保護され管理してもらっている以上許可は必要でしょう。面会を許したのは神様であって、人間側の管理者ではないのですから。青の神子と会ったのも双方の合意と保護者である牧師の同伴の上です。神子でなくとも、ただの一般人でも訪問の際の礼儀としてアポイントメントを取るのは常識でしょう。普通なら追い返されても文句は言えませんよ」
別に相手は取引会社でもなんでもないので、何を言っても問題はないだろう。なめられるなというようなことを言われているので、少し失礼が過ぎるかなと思うようなことを口に出す。不安にはなったのでアルヴァトトを見上げれば、困惑したような顔をしていた。しかし目が合うと「それで構わない」と言うように頷いてもらえたのでこの体を続行することにする。
「っに、偽物の神子のくせに、無礼だぞ」
「礼のれの字もご存じないようなお子様が何を言ってるのか」
とは、さすがに口に出せないので日本語で呟いておいて。
突然知らない言葉で話されて眉を顰めているデイスに向けて微笑む。一目で愛想笑いとわかる作り笑いだ。
「それはすみません。それで、その偽物の神子に何の御用ですか? 話も通さずに突然いらっしゃったんですから、それはそれは急用であらせられるんでしょう?」
自分で口に出しておいて、この国の言葉は二重敬語に対応しているのかと感心する。敬語の幅が広いということは知っていたが、本当に一からの勉強じゃなくてよかったと思う。一からだったら、初期段階で途方に暮れていたことだろう。
「貴様、赤の神だけでなく青の神にも謁見したらしいな」
「はあ。まあ」
「どのような手を使った? 私でさえ緑の神以外に目通りしたことがないのに、おかしいだろう」
嫌味たらしい敬語使いには気づかずに、デイスはこちらを睨み、眉間に皺を寄せた。
どうやら本物の神子である自分ではなく、偽物の私が二名の神にお目通りして、そのせいで唯一の本物の神子に地位が揺らいでいることが気に食わないようだ。詳しくはわからないが、神殿の人たちの態度もあるのではないかと思う。現金な態度を取るタイプの人たちだったから、何か言われたのかもしれない。
私のせいで彼の立場が揺らいだらしいが、ただそれはここに乗り込んでくる理由にはなり得ないと思う。ましてや、アルヴァトトやメイドさんたちに無用な仕事をさせるほどの大層な理由ではない。
「どうと言われましても、私は赤の神に連れられて青の神にお会いしただけです。おかしいと思うならば緑の神様に聞いてみたらどうですか? 正当な神子である緑の神子さまならばそれでわかるでしょう」
「グルーニキス様に聞いても同じ答えが返ってきた。だが私は他の神には会わせられないと彼女はおっしゃった! なぜ貴様だけが会えるのだ、答えろ!」
緑の神は、グルーニキスというらしい。前にリンドウが「グリ」と言っていた気がするけれど、これも愛称だったのだろうか。
とうとう怒鳴るようなしゃべり方になっているデイス。子供らしさのないしゃべり方は一人称のせいだろうか。一人称が一種類しかないと気付いたのは結構前のことだったけれど、他の言葉も全体的に子どもらしさはない。知っている子どもがルリだけのため、ここの子どもの基準がわからないけれど。
しかし、わがままな子どもの印象の強いデイスだが、見ているとどこか焦っているように感じる。自分が正当でなければならないというような強迫観念が垣間見えるような。
「神の答えに文句をつけて、神の行動に疑問を抱くんですか?」
ただ、それは私の知ったことではない。
事情はあれど唐突な訪問の理由になるほどの急な用事ではない。子どもに判断のつくことではないとも思うので、怒りはどちらかというと未だだんまりを決め込んでいる大人の女性に向かう。牧師は城の人である可能性が高いため、下手に彼女の方に攻撃を仕掛けるわけにはいかないけれど。そして私は実年齢よりも上であろう女性に喧嘩を売れるほどに度胸はない。
年下の男の子の喧嘩は買っておいてと自己嫌悪はするけれど、現状立場は彼と同じわけだし、わりと怒っているということが伝わればいいと思う。
さて、私の問いかけに言葉に詰まったデイスは返す言葉もなくこちらを睨んでくる。負けを認めたという態度に、ようやく隣の女性の口が開いた。
「デイス様、彼女に何を言っても無駄なようです。今日は帰りましょう」
少し、かちんときた。無駄はこっちのセリフだ。
それについて反論して怒ったところで、それこそ時間の無駄なため口は閉じておく。頭にくると叫びたい気分だが全部飲み込まなければ、まだ彼らの相手をしなければならなくなるのだ。帰ってくれるならばそれが一番助かるのだから、怒りは抑えて収めるに限る。
腹の虫を抑え込んでいるうちに、アルヴァトトが扉を叩いた。お帰りの合図だ。すぐに扉が開かれユーリーンが顔を出す。通りやすいように避けたアルヴァトトの方へ私も避けて、彼らが通るのを待ち構える。
さすがにこれで帰らないわけにいかなくなったからだろう、デイスが先に立ち上がり、あとに牧師の女性が立ち上がって扉から出る。身長が同じくらいの少年デイスはすれ違いざまに力の限り私の方を睨みつけてきた。同じ土俵に立つ気はないので無視しておく。
扉が閉じれば部屋にはアルヴァトトと二人だけになる。大きく息を吐き出す。こんなに面と向かって口喧嘩をしたのは久しぶりだったので緊張した。謝ってことが過ぎるのを待つことには慣れているのだけど。
「アルヴァトト様、お忙しいのに帰ってきていただいてすみません」
「構わない。これも仕事だし……珍しいものも見られたしな」
肩を竦めて軽口を言うアルヴァトト。難そうな見た目に反して時々こういった冗談を言ってくる。そのたびに何かうまい返しはないものかと思うけれど、私のコミュニケーションレベルでは難しいようだ。取り敢えず恥ずかしいので笑ってやり過ごす。お子様を口で叩きのめすタイプの大人ですみません。
「きみが思っているより攻撃的だというのは知っていたが、やけに対応が強かったな」
「一応、立場を考えてるので……今回はアルヴァトト様が許してくださいましたし」
「ああ。同じ立場の神子同士だからな、こちらを下に見られると困るので良かった」
「はは。にしても、前にこちらにいらっしゃったオジ……男の方の仰っていた通り、随分しつけの行き届いていないお子様でしたけれど、緑の牧師様はどういった方なんですか?」
「牧師?」
金髪の女性について問えば、なぜか問い返された。アルヴァトトもソドリーも本来は城勤めだから、彼女もそうかと思っていたのだが、違うのだろうか。もしかすると、正当な神子には神殿から牧師が出るのかもしれない。考え直してみれば、神殿の人の態度から考えても、その方が自然だ。だったら聞いてみても仕方なかったし、アルヴァトトも混乱するだろう。
「えっと、すみません。知らない人なんですか?」
「ああ、いや。一応彼女は神殿から出された牧師らしい。詳しい性格までは知らないが、かなり緑の神子に入れ込んでいるという話は聞いたことがある」
「はああ。やっぱりですか」
甘やかされているのだろう。そして、彼女自身がアルヴァトトや私を不当だとなめているから、今回突撃お宅訪問を強行したということか。
「ところで、なぜ突然牧師のことを?」
「えっ? それは、あの年頃の子どもに礼儀や道理を説いたところで仕方ないですし、そのあたりは保護者の責任だと思うので……」
そこまで答えてハッとした。これは、私の行動の責任をアルヴァトトに擦り付けると宣言すると同義ではないか? 見た目的には緑の神子と私は同じくらいの年の頃だ。その神子の責任を保護者である牧師に求めるということは、私の責任はアルヴァトトにあると言っていないか?
「あっも、もちろんあの神子が見た目通りの年齢ならばですけれど! こちらで生まれたということは、あの体は自前ですよね? だとすると、まだ十歳くらいでしょう?」
「……確か、今九歳だと聞いたな」
「まだ躾けられるべき年齢でしょう。それを好きにさせるのはどうかと思って……すみません」
下手なフォローで変な空気になってしまった室内。俯く私にアルヴァトトが息を吐いて、まあいいと話を切った。誤解はされていないと信じたい。……あれ、そもそもアルヴァトトは私の年齢を知っていただろうか。
「可能なら、次の謁見の際に他の神子が他の神に会えない理由を聞いておけ。そのような質問に答えていただけるかはわからないが」
「はい」
「それと、これは神に関しての資料だ。名や特徴が記されている、目を通しておくといい」
「あっありがとうございます!」
緑の神子の話はそれで終わりのようで、私の手に手記が渡される。先日ソドリーに怒られた件を気にしてくれていたみたいだ。これを元に聞きたいことをまとめて、アルヴァトトにどんな質問をしたらいいか確認して、次回の謁見に臨めば、神子の仕事ができるだろう。
あまりたくさんの質問をして気に障られては困るので要添削だ。月一程度で会わなければならないから、徐々に出して行けばいい。
「あ。そういえば、さっきの緑の神子ですけど、青の神子の館に迷惑を掛けたりしないですかね……? 私がルリちゃんに会ったことも知ってたみたいですし、何か注意喚起でもしておいた方がいいでしょうか?」
「きみが青の神と会ったという話だけで行動したのならば、そこまではしないと思うが。それに、今注意喚起をしたところであの行動力ならば間に合わないと思うぞ」
「そうですね」
青の神子のところへ行こうと思い立ってしまえば今日にでも行きそうなものだ。今日ここに来たのも計画性のあることではないようだし。郵便屋がいない以上手紙を書くのも人に手間を取らせる。行かないだろうと楽観しておくのが良しか。
「青の神子にずいぶんと気を許しているようだな」
「まあ。同じ立場の子ですので」
ある程度仲良くもなるし、年下の女の子なので心配もする。感想のように呟かれたそれに返せばアルヴァトトはこちらを見下ろした。なんだろうか、何か気に障る答えだったのか。
表情から機嫌が窺えるほどに彼に慣れていないので、改めて視線を合わせられると何を言われるかとドキドキする。
けれどアルヴァトトはそのまま何も言わずに、目線を逸らした。「戻るぞ」とだけ小さく呟いて、部屋から出る。思わず足を出すのを躊躇った。基本的に、アルヴァトトがわざわざ目を合わせるのは何かを言いたい時だ。その言葉を出せなかったのか、出さなかったのかわからないが、飲み込まれた言葉に何かいやに悲しい気持ちになった。何を言いたかったの。問いたくても、私に問えるはずもない。
部屋を出るとユーリーンが迎えに来た。この後はどうなさいますかと声を掛ける先はアルヴァトトだ。
「一度城に戻る。アルヴェニーナ、今日は疲れただろうから手伝いはいい」
「はい……すみませんでした、お仕事中にお呼び立てすることになってしまって」
「きみの謝ることじゃない」
城に戻る準備をするためだろう、アルヴァトトはそのまま自室に向かう。私は邪魔をしないように部屋に戻らなければならない。一度部屋に戻ってから、途中になっていた庭へ戻ろうか。ざわざわする心を落ち着かせるように別のことを考える。
「……もっと普通に話せないものか」
ぽつりと、廊下を進む背後から小さな声が聞こえた。それは部屋に戻っているアルヴァトトの発したもので、鳩尾のあたりが、じくりと痛んだ気がした。