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卑屈神子の杞憂譚  作者: 今井
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「ごめんね、ソドリー様が」

「いや、悪いのは私なので」

 空気が悪くなったところで庭に出ようとルリが提案し、裏庭に揃って向かった。私だけならば一人で出ても構わないとされているが、ルリが居ると監視が必要になるらしい。前科がある以上誰も文句は言わなかった。

「神様同士がそう呼び合ってたんだよね? あだ名か何かなのかな?」

「そうかもとは思うけど……」

 同じ結論に至ったルリに、曖昧に返しておく。たとえそれが愛称だったとして、青の神子が知らない青の神の情報を私が知っているのはどうかと思うし。……もしかして、それでソドリーは怒っていたのだろうか。

 見ているに、ルリとソドリーはいい仲を築いている。先日のようにルリが起こした問題はソドリーが片付けるようだし、ソドリーにもルリが先ほど私に言い過ぎたことをこっそり怒っていた。相互的な関係はアルヴァトトと私にはないものだ。私は迷惑をかけてばかりだから。

 だから、私が青の神にも出会ってしまったことでルリの立場が下がると思い、怒っていたのかもしれない。口にするには失礼な考えなので、少しだけ考えて思考を止める。よそ様の事情に口出しすることなどできないし、邪推などすべきではない。

「ところで、アルヴェニーナって名前長いし、私もあだ名で呼んでいい?」

 なにせこんなに良い子なのだ。ソドリーの方も、少しきつい風だが一方的にこちらを間違っていると決めつけるような人ではないし、悪い人ではない。

「ニーナとかどうかな。可愛くない?」

 考え事をしているうちに、ルリはポンポンと話を進めていく。あだ名自体は可愛いと思うし、私はいいと思うけれど……どうだろう。こちらに愛称の習慣がなかったらどうしようと考えるのは先ほどのことがあるからだ。それに、これはアルヴァトトにもらった名前だ。一応どうすべきか聞いた方がいいのではないか?

「ていうか、ニーナも敬語とさん付けやめようよ。話してて思ったけど、見た目通りの年齢ではないんでしょ?」

「えっ!?」

「見た目は中学生以下なのに、中身とあってないもん。気付くよ。私と同じくらい?」

「んんっ? ん、んー」

 どうやら見抜かれていたらしい。見た目が中学生以下なのは初めて知ったけれど、まあなんとなくそのくらいだとは思っていた。言動の年齢が一致しない自覚もそこそこある。ただ質問に苦笑いだけで返すのは、ルリと同じくらいの年だと思われたからだ。

 私、高校生くらいに思われてるのかー……。

 ショックが大きい。もっと、もっと大人としてしっかりしなければ。見た目補正があるからだと自分を慰めつつ曖昧にぼかしておくと、ルリは何かを察してくれたらしく、それ以上は踏み込んでこなかった。さすがにここに来て年上対応されるときついので無闇に踏み込んでこないのは助かる。

「うん、じゃあ、私もルリちゃんって呼ぶね」

 あだ名の件も勢いで了承してしまったけれど……アルヴァトトはそんなことを気にしたりしないだろう。なんでもかんでも人に聞いてから決定しようとするのは私の悪い癖だ。頂いたとはいえもう私の名前なのだから、自分で決めるべきだろう。

 ルリは池の蓮のような花が気に入ったらしく、その近くに座っておしゃべりする。保護者二人は廊下の方で何やら話しながらこちらを眺めている。ああして遠くの日陰で話しているのを見ると、本当に保護者のようだ。さながら公園に子どもを連れてきた親。実年齢でいうと多分私はルリよりもあちらの二人の方が近いと思うけど。

 ……すさまじく自分にダメージを与えてしまった。

「ニーナは、アルヴァトト様とは仲良いの?」

「え? ああ、どうだろう……良くしてはもらってるよ」

 勝手にへこんでいると、ルリがおずおずと聞いて来た。その問い方が前に、帰りたくないかときいてきたときと被る。なんというか、何かに迷っている顔だ。

「ルリちゃんの方が、ソドリー様と仲がいいんじゃない? 前回も心配してくれていたみたいだし、さっきはルリちゃんの方がソドリー様を心配してたでしょ?」

「あ、気付いてたんだ。ごめんね」

 ソドリーへのフォローはこっそりとしておきたかったことのようだが、さすがに広い場所ならばともかく二人でこそこそと話していればわかるし、聞こえる。

「私は、したいことができたらダメだって言われてもやっちゃう方だから怒られ慣れてるんだ。それで親しく見えるのかも。本当はどう思ってるかわからないけどね」

 笑って言うけれど、どこか不安そうなルリは視線をソドリーに向ける。あちらはあちらで、監視のつもりかただ眺めているだけかはわからないが、こちらに目を向けていた。ルリはそれに気まずそうに目を逸らすと、こちらに向けて再度笑顔を作る。上手な作り笑いだ。

「ソドリー様は厳しそうに見えるけど、結構私のしたいことをなんでもさせてくれるんだ。ダメなことでも理由を話せば協力してくれたり。ここに来るのも最初はダメだって言ってたんだけど、青の神様に聞いて許可がもらえたら良いって言ってくれたり」

 きっと私が勝手に青の神に会ったから、ルリはここに来ることを打診したのだろう。そう思うと今のこの相談をするためにルリはここに来たがったのではないかと思う。

「私が受けてきた神託も、私の国の知識もいろいろと使ってくれてるみたいだし、役に立てていないってわけではないと思うんだけどね」

 けどねえ、と髪を指で弄びながら呟く。多分、ルリ自体自分が何を言いたいのか理解できていないのだろう。ルリとソドリーが話しているのを見るのも今日がほとんど初めてで、しかも見ているのがよそ行きの顔。ここに居る期間は私の方が圧倒的に短いし、ルリのこともソドリーのこともほとんど知らない。出せる口はないけれど、ただ、年下の女の子が悩んでいるならば何か言ってあげなければという気持ちは出てくる。

「言いにくいことなら、向こうにわからない言葉を使ってみる?」

 少しでも気を軽くさせようと、小声で、日本語で話しかけてみる。別に言葉が違うから話しにくいというわけではないだろうけれど、気休めみたいなものだ。ただルリにとっては驚くべきことだったらしい。丸い水色の目を大きく見開いて、こちらを見ている。指をこちらに向けてはくはくと口を開閉するのは驚きすぎではないだろうか。

「に、日本人なの? ニーナ」

「あれっ、言ってなかったっけ?」

 そういえば、明確には言っていなかった気がする。話の流れで読めそうなものだがとも考えるが、ヒントになりそうな会話をしたか覚えてもいない。

「名前が日本名じゃないし、見た目が外国人だったから、日本人じゃないと思ってた」

「容姿はこっちの世界の子どもの体だからね。名前は、アルヴァトト様にもらったものだし」

「もらった? 本名は?」

「忘れたの。死んだときに」

 一応最近思い出せる機会があったけれど……ということは、言わなくてもいいだろう。アルヴァトトに言った時も、不可解そうな顔をされてしまったし。その後で「きみがそれでいいのなら、いい」との言葉を頂いたので呆れられたわけでも不快な気にさせてしまったわけでもないと思う。

 一度死んでいることは前に言っているし、できるだけ重たくならないよう簡単に伝えると、ルリは二度瞬いて、再度ソドリーの方を向いた。それから保護者の方で視線を彷徨わせ、こちらに戻ってくる。

「ニーナは、アルヴァトト様に秘密とかある?」

「秘密……?」

 唐突にされた質問に、パッと思い当たることがなくて首を傾げる。そりゃあ、人並みにはある。カチューシャもどきを作ってむなしくなっていることだとか、提出しろと言われた神子についての論文を城に持っていかれたりするのが嫌で中途半端に完成させないでいるだとか。ただ神子としてと言われると、特に思いつかない。大したことない秘密くらいしか持っていないものあるだろう。

「あんまり」

 沈黙で察することなくこちらを見つめているルリに、大人然とはできずに曖昧に返す。くだらないとはいえ人並みにある以上、ないよと言い切ることもできないのだ。

 しかしルリにはその返答でよかったらしい。相談とは、自分の中で答えが決まっていることが多いという。その答えへの後押しになれたならば、よかったと思う。答えを覆すまでいくと責任が重大過ぎて不安になるけれど。

「ありがとう、ニーナ」

 先ほどとは違い、作り笑いをやめてルリは立ち上がる。そろそろ日も傾いて来たので帰る頃なのだろう。あまりお話ができなかったので、できれば、アルヴァトトの都合が付けば今度は青の神子の館に行きたいところだ。

 立ち上がったことに気付いたらしいソドリーと、その後にアルヴァトトがゆったりとした足取りでこちらへ来る。ルリはそれを見止めてこちらを首だけで振り返った。

「私、ソドリー様に帰りたいって言ってみる」

「え」

 そうして、日本語で爆弾発言を落としつつ微笑むとソドリーの元へ行ってしまった。

「ソドリー様。やっぱりニーナは良い子ですから、いじめないでくださいね?」

「いじめているつもりも、いじめるつもりもない」

「顔が怖いんだからもう少し優しく接した方がいいですよ」

 私は立ち尽くすしかなかった。呆然としてはいられないのに。仲良さそうに話しながら前を行く二人を見送らなければならないのに。

「アルヴェニーナ? どうした」

「アルヴァトト様……」

 一歩踏み出したあたりで、そばまで私のことを迎えに来てくれたアルヴァトトを見上げる。不審そうに眉を顰めているアルヴァトトになんと言って良いかわからず、前を向く。

 あの二人の関係が壊れたら、どうしよう。

「私は大変なことをしてしまったかもしれません……」

 人のこれからの生活に口を出せるほどに、私の肝は据わっていないのだ。



「それで、先ほどのはどういうことだ?」

 ソドリーとルリを見送れば、その後はアルヴァトトの部屋で仕事だ。一日仕事を休むことは結局できないらしい。休んだら休んだ分溜まるのなら、それも仕方ないと思う。

 部屋に入り、机と仕事の準備をしながらアルヴァトトは問う。見送りがあるから黙っていたけれど、ずっと気になっていたようだ。余計な心配事を増やして申し訳ない限りだ。私が軽率で考えなしなばかりに。

 とはいえ、簡単にルリの秘密を話してしまっていいものか。ルリが帰りたいとソドリーに話すならば構わない気もするし、他人のことを勝手にぺらぺらと話してはいけない気もする。

 どうすべきか迷って黙っていると、アルヴァトトは小さく息を吐いた。どきりとする。

「言えないことならば、言わなくても構わない」

「え」

「きみは、本当に言わなければならないことは言うだろうからな」

 肩を竦めるアルヴァトト。心配しつつも私の意志を尊重してくれるのは、信用があるからだろうか。信用は、してくれているのだろう。彼はそれを行動で示してくれている。

「……ルリちゃんは、元の世界に帰りたいそうなんです」

 ならば私もアルヴァトトを信用すべきだろう。勝手に話してはいけないのではと思う理由は、アルヴァトトがソドリーと繋がっているからだ。ルリが言う前にソドリーに言ったらどうしようだとか、神子を留めることを優先させてルリの望まない結果へソドリーを誘導したらだとか、余計なことを考えてしまう。けれど、私の知っているアルヴァトトはそのようなことはしない。

 ダメなことは申し訳ないという顔をしながらダメだと言ってくれるし、したいことはさせてくれる。芽を出したばかりの、こちらのトマトのような野菜の苗を買ってきてくれたのもアルヴァトトだった。ねだったことも忘れていたので手渡されたときは何事かと思った。

「元の世界か」

「はい。帰り方がわからないのと、ソドリー様に言うべきかどうか悩んでいたみたいで」

 思った以上に驚きをみせないアルヴァトトに、話を続ける。もしかすると、帰りたがる神子なんて珍しくもないのかもしれない。異世界から連れて来られ、自分の体があるような人が元に戻りたいと思うのは、自然なことだと思う。元の世界の方が便利ならばなおさらだ。ルリも、家族が心配だと言っていたし。

「私が何か余計なことを言ってしまったようで、それを言う決心を固めてしまったと」

 実際に言うかはわからないのですがと小声で付けたしつつ伝えれば、アルヴァトトは難しい顔をした。困った顔ではない。考えるように眉根を寄せて机に肘をついて口元に手を当てる。

 そうして十分に数十秒時間を取って、目線だけを、こちらへ向けた。

「きみは、もし自分が彼女の立場ならば帰りたいと思ったか?」

 なぜかルリの話ではなく、私の話になっていた。思考がおかしな方向に行ったというのはアルヴァトトにはないだろうので、敢えて話題を変えたのだと思う。

「ありえないもしもを考えるのは、好きではないです。時間の無駄になるので」

 考えて嫌な気分になるような「もしも」は時間泥棒になる。ベッドに入って「もしもこの会社に入っていなければ」だとか「もしも学校でもっと実用的な勉強をしていたら」だとか、または「もしも生まれ変わったら」などと考えて睡眠時間を削った嫌な思い出はしっかりと残っている。そういうつまらない「もしも」は考えないことに以前決めたのだ。生まれ変わったらどうするかというのは、真剣に考えておけばよかったと今更ながらに思うが。あの時点では予想のつけようもないので仕方ない。

「……ソドリーは大変だな」

「え?」

 再度話がソドリーの方へと変わって首を傾げる。アルヴァトトの中でどういう思考展開がなされているのかわからない。きっと私には思いもつかないような考え方をしているのだろう。それがこちら側の、そして牧師という立場の人の考え方ならば、私にわかるはずもない。

 しかしわかりませんという思考は顔に出ていたのだろう。私の顔を見てアルヴァトトは少し悩むように考えて、視線を逸らした。

「私の神子がきみで……楽だ、という意味だ」

「それは……ありがたいお言葉です」

 褒められた。言わせてしまった感があるけれど、まさかの褒め言葉に嬉しくなる。一度死んでいるから、余計な懸念事項を作らなくてよかったと思うと、この状況でよかったと思う。ああは言ったものの、もし私が実際にルリの立場ならば、きっとルリ以上に面倒くさく悩んでいるだろうから。

 いろんな心配はあるけれど、多分、仕事のことを考えて帰りたい気持ちも帰りたくない気持ちも恐ろしく私の精神を食い荒らすと思う。そして荒れると思う。冷静な今だから客観的に思うけれど、間違いなく面倒の極みをいくだろう。

「礼を言われるようなことを言ったつもりではないのだが……まあいい」

 ともかく、と呆れたように軽く息を吐いてアルヴァトトは、止まっていた手でペンを取った。私と話すために仕事の時間を犠牲にさせてしまった。アルヴァトトは果たしていつもどの程度眠っているのだろうか。

「彼女は自分の考えをきみに打ち明けただけだ。きみの悩むことじゃない。彼女とソドリーの問題だ」

「はい」

「私も関わるつもりはない。彼女らがどうしようと、私はただの赤の神子の牧師だからな」

 それだけ言うと、仕事に入る。私の杞憂も勘づいていたらしい。失礼なことを考えてしまったものだ。

 私の不安は払ってもらったので、私もアルヴァトトの仕事の手伝いをする。ソドリーのことも他の神子の牧師のことも知らないが、私の牧師がアルヴァトトでよかったと思う。


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