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卑屈神子の杞憂譚  作者: 今井
12/32

神子と牧師

 私宛に手紙が届いたのは、私が神殿に行ってしばらくした満月の次の日だった。

 今日は雨で、部屋の中で先日新しくアルヴァトトが持ってきた史料研究をしたり、ドライフラワーでリースを作ったりしていたのだが、そこにユーリーンが手紙だと言って持ってきたのだ。私宛に何かが届くなど考えたこともなかったので驚いた。そして嫌な予感がした。

 この世界に私の知り合いはほとんどいない。居るとしてこの館に住む人ばかりなので、手紙を寄越してくる理由はない。そこで一番に浮かんだのは、以前この館を訪れた男だった。

 だとすれば、手紙にどのような内容が書かれているかは想像がつく。以前去り際に言っていた嫁ぎ先の件だ。あの男は城で権力を持っているとアルヴァトトが言っていた。権力のある人間。政略結婚。導き出されるのは簡単な答えだ。

 少し前ならば私になんてよほど困窮しなければ声を掛けないだろうと思っていたが、今は違う。なんでもダリアとリンドウに目通りをしたおかげで私の価値が大きく跳ね上がったらしい。こちらとしてはただ一度死んだことでもたらされたラッキーなのだが、この世界の人にはそうではない。私自身に価値はなくとも二名の神と話したという事実だけで一大事なのだ。私が一度死んでいることを、アルヴァトトは周りに話してはいないようだし。

 役目ならば別に誰の子を産まされようとも拒むことはできないが、あの男の息のかかった人間の子を為すのは嫌だなあと思う。たとえここから出たとして、あの男が今後のアルヴェニーナとしての人生に常に関わってくると思うと、気が重くてたまらない。間違いなく牧師であるアルヴァトトに迷惑をかけることになるのもいただけない。

 ただ、手紙は私の予想に反してあの男からでもなければ、嫌な予感さえ外していて、いいお知らせだった。

 丁寧に綴られた文字は丸みを帯びたこちらの文字だ。この頃では日本語への自動変換ではなくこちらの文法でなんとなく読めるようになってきたし、書くことにも難儀しなくなってきたその文字で書かれていた差出人の名前は「ルリ」。忘れることもない青の神子だ。

「そっか、会ってもいいことになったから」

 開けてみれば、青の神に確認して会ってもいいことになったから今度遊びに来るという旨が書かれていた。

 人を馬鹿にしたような男が来るならば嫌だけれど、私と同じ立場の女の子が来るならば大歓迎だ。すぐに歓迎する旨を綴ってお返事にしようとしたけれど、はたと思いとどまる。アルヴァトトに許可を取らなければ。

 会うこと自体は禁止されないだろうけれど、迎え入れるのに作法があるかもしれないし、牧師同伴でないといけないかもしれない。作法の面で言うとユーリーンにも相談した方がいいか。

 これからすぐに返事を書いたとことで雨の中返信を届けるお使いに誰かを出すことになってしまうし、アルヴァトトが帰ってきてから明日、返事を出そう。

 手紙を置いてドライリース造りを再開する。わざわざ伺って仕事の邪魔をしてはいけないから、様子を見に来たときにユーリーンにも聞いてみるとして。

 そわそわしながら手を動かしていると、気が散っていたのが悪かったのかリース部分にしていた枝が一本折れた。曲線を描いている枝を麻紐でまとめているだけのものなので比較的折れやすくていけない。こうしてありあわせで適当なことをしていると、元の世界の物の多さに恐れ入る。半円を描く枝にドライフラワーにしたバラを一つ付ける。ボンドもないので糸とか針とか紐を使って。頭に乗せればカチューシャだ。

「……あほらし」

 きっと見た目が少女だから可愛いはずなのだが。次回ダリアのところに行ったときに鏡を見てはいけないかと聞いてみようか。そもそも連れて行く気ならばあの部屋に行った時点で帰さなければいいのだから、鏡を見たって関係ないと思う。

 頭に花を乗せたまま黙々とリースを作る。作ったところでどこに飾ろうか。釘を打ち付けてこの部屋に飾るのも違う気がする。リースの処遇はできてから考えればいいか。仕事が休みの日に出かけるのもしんどくて、部屋に籠って作ったガマ口の財布やレジンのストラップなどを思い出す。使うことも飾ることもなかったのに、捨てられなかったそれらはどうなっただろうか。

 息を吐いていると扉がノックされた。「はあい」と返事をすると扉を開けて入ってきたのは、ユーリーンではなくアルヴァトトだった。

「アルヴァトト様? おかえりなさい」

「ただいま。突然すまない……ところで、それはなんだ?」

 瞬いて問うアルヴァトトに、手元にある作りかけのリースを見る。こちらに、こういった飾りを作る習慣はないのだろうか? なんと言えばいいか。特に使い道のない飾りです以外の返答が見当たらないなと思いながら見返せば、アルヴァトトの視線が手元ではなく、頭上に向いているのに気付いた。はっとして頭に乗ったものを掴み、外す。

 見られた。頭に花を乗せて花飾りを作っているところを。大きなバラの飾りのついた陳腐なカチューシャもどきをつけているところを。羞恥心で死にそうになる。いい年した成人女性が何をしているのか。

「こ、ころしてください」

「何があった?」

 言った直後、アルヴァトトは眉を顰めて真面目な声を出した。恥ずかしさで口走ったことが彼にとっては大事だったらしい。死ねだの殺せだの、普通日常的に使わない。あちらの世界の軽口がつい出てしまった。本気に取っているアルヴァトトに一層居た堪れなくなって、冗談ですと返すのさえ恥ずかしい。本日の失態。

 誠心誠意謝りながら、私は二度と迂闊なことをしないと誓った。

 アルヴァトトが帰ってきたため、彼の部屋へ行く。私に用があったのも違いないけれど、仕事は普通にあるようだ。たまには早く休めないのだろうか。というか、アルヴァトトが仕事をしていない日を見たことがない気がする。社畜だった友達は十五連勤が最高と言っていたが、それ以上ではないか? そもそもここに居ることも仕事の一環だし、やはりブラックな環境に居るのではないだろうか。

 私はちゃんと週に一回は休みがあったのに、弱音ばかり吐いていた。軟弱だったなあとアルヴァトトを見ているとため息が漏れる。

「それで、ソドリーが近いうちに青の神子を連れて来たいと言うのだが、構わないか?」

「もちろんです。私の方にも青の神子からお手紙が来て、相談しようと思っていたので良かったです」

「手紙? 二度手間になったな。意図的なことか?」

 アルヴァトトの用事はルリのことだったようで、廊下を歩きながら話がついた。迎えに来させてしまったようで申し訳ない。しかし、来てもらっていなければあの頭のまま自分がアルヴァトトの部屋に向かっていたことになるだろう。ユーリーンが呼びに来てくれて、指摘してくれていたらわからないが、デージリンならばともかくユーリーンはあまりそういった指摘をしてくれない。エルグリアほどではないけれど。

「お迎えをするなら、何か準備が必要になりますか?」

「そういったことはユーリーンに任せるといい」

 なんとなく想定通りの返答に、そうですねと同意を返す。私は未だ厨房にさえ入れないし、人を迎え入れる作法も知らない。アルヴァトトは知っているのかもしれないが、そういう仕事はそもそもお世話係の仕事なのだろう。勝手にそれを奪うわけにもいかなければ作法も礼儀も知らず失礼なことをしては大変なので、きっと任せるのが一番いい方法なのだろう。

 ただ、丸投げもどうかなあと思うので、一応手伝えることはないか聞いてみなければ。

 

 

 次の日に返事を出して、その二日後にルリは来た。

「久しぶり、アルヴェニーナ。可愛い恰好ね!」

「はは、ありがとうございます。いらっしゃいませ、ルリさん」

 ユーリーンにお手伝いを申し出た私は、特にできることもなかったらしくて気休めにテーブルに飾る花を生けさせられた。そして、客人を迎え入れる精一杯の歓迎を表すためにおしゃれをさせられた。デージリンに。

 現在私の洋服は濃いピンク色のワンピースだ。パニエを止めてくれという主張はいつの間にか忘れられてしまったらしく、この度のスカートは膨らんでいる。レースがスカート裾から覗いて可愛らしいことである。

「ルリさんも素敵ですね」

 対してルリは清楚系のワンピースにカーディガンを羽織っている。水色に紺を羽織っているのを見るとやはり青が羨ましくなる。私ならば同じデザインだとしてピンクにワインレッドになるのではないだろうか。

 モノトーンが恋しい。会社の飲み会で色付きの服は持っていないの? と頭の薄くなった上司に言われた言葉が懐かしい。

「ソドリー様、改めてご挨拶させていただきます。アルヴェニーナと申します」

「ああ。青の神子の牧師をしているソドリーだ」

 ルリとの再会の挨拶をした後で優先順位を間違えている気分にはなるけれど、一応ルリを招いているので後回しになったソドリーへ挨拶をする。前に見た時も思ったけれど、しっかりとした体つきに精悍な顔立ちだ。

 アルヴァトトに聞いたことだが、ソドリーは城では騎士をしていたらしい。牧師へと異動する前は王宮騎士団として魔物と戦ったり訓練をして過ごしたりしていたそうだ。今は、半分は牧師としてルリの護衛兼目付け役、半分は魔物退治に借り出されたり、城での訓練に混ざっているらしい。牧師になると騎士としては遇されないけれど、その強さを認められてそのような状況にあるのだとか。立場が似ているから……とはアルヴァトトは言わなかったが、交流はそこそこあり仲も悪くないらしい。年齢が同じくらいということもあるのだろう。

 ここの働き盛りの年齢層や平均寿命は知らないが、まだ若いと言っていい年頃の二人がこうして牧師にされているところを見ると、お年を召した方々が城の中心で胡坐をかいているのではないかなと邪推する。出る杭を打つ風潮は賢いとは言えないと思うけれど、それを言う権利は、私にはない。

「ルリ、お前も挨拶をしなさい」

「は、はい。はじめまして。ヘキミ・ルリと申します。よろしくお願いします」

「アルヴァトトという。赤の神子の牧師だ」

 緊張したように頭を下げるルリにアルヴァトトが答える。

 今日は、保護者同伴の招待会だ。ソドリーからアルヴァトトに連絡したのもそれが理由だった。手紙を出した時点ではルリは一人でここに来るつもりだったそうだが、先に許可を求められていたソドリーは当然自分がついて行くものだと思っていたらしい。それが入れ違いになってそれぞれに話が来たと。

 入口に立っていても仕方がないため、応接室に入ってもらう。お茶とお菓子はユーリーンが用意してくれた。着席は自然と保護者と被保護者が隣り合い、はたから見ると懇談会のようだ。

「この花、裏庭に咲いてたバラ?」

 早速ルリはテーブルの中央にある花瓶に興味を示した。花瓶にはバラといくつかの花が差してある。バラ以外は何の花かわからない。私の知識不足もあるだろうが、多分ここにしか生息しない花が多いせいだと思う。正確にはバラの方も、私の知っているそれと似た形なだけで、別のものかもしれないし。気候が違うのだから、そうであっても不思議ない。

「はい。いろいろ咲いているので、適当に」

「アルヴェニーナが生けたの? いいなあ、庭。羨ましい」

「え、そちらにはないんですか?」

「ないよ? えっ普通あるものなの? あるんですか、ソドリー様?」

「神子の趣味や功績で館が改装されることもあるからな。違うところはある」

「そういえば前の赤の神子の趣味だと聞きましたね」

 ということは、前に居た優秀な赤の神子が褒美として森を崩して庭をもらったということなのだろうか。庭をもらい、花を植え、池まで作らせるなんてすごい神子だ。あの資料のどの人だろう。

「頑張ればうちにも作ってもらえるんですか? いやでも、植えるのは青い花だけになるのか……」

「あはは。品種改良して青いバラ園にでもします?」

「普通の交配じゃできないんじゃなかったっけ? 個人じゃあ無理でしょ」

 青系に偏っているとそういう困りごとがあるらしい。しかし、神子ごとに館が違うのか。まったく同じ造りなのだろうと勝手に思っていたから、意外だった。庭も、あそこまで花を咲かせているのはここだけでも、他の神子の館にもあるものだと勝手に思い込んでいた。

「そっちにも一度行ってみたいな」

「いいよ、来て来て。うちは館から少し離れたところに湖があるの」

「湖ですか」

 それは見てみたい。森の中の湖と言うと、頭に浮かぶのは童話である。斧を落としてみると女神が出てきましたとは……ここではあり得そうで怖い。

 神子同士の接触が許されルリがここに居るということは、牧師が居れば教会内ならば少しは自由にできるということだろう。この館の外の世界を見たいという思いが全く消えてしまったわけではないので、せっかくならば行きたいところだ。アルヴァトトについてきてもらわなければならないため、勝手な約束をすることはできないが。

「ぜひまた今度」

 社交辞令のようになってしまったのは申し訳なく思う。でも仕事で子どもの付き添いをして本来自分がしたい仕事を溜めこませるなど、私にはできない。

「そうだ。水辺があるようだし、花が飢えたくて青い花に限定するなら、竜胆を植えるのはどうですか? せっかくなので神様の名前にちなんでみました、ということで」

「え?」

「えっ?」

 私も先日ダリアに似た花をユーリーンにねだって買ってきてもらった。私の知っているダリアの花があるのかわからなかったので絵にかいて説明したら、似たような花とその種を買ってきてくれたのだ。あまりいろいろお願いするのは気が引けたけれど、想定外の幸運で褒められたから少し調子に乗ってしまった。咲いたらダリアに持って行こうとは思っている。

 しかし、そんな考えを以って言った言葉にルリは不思議そうに目を瞬いた。その反応の意図が読めなくて、私も首を傾げる。何かおかしなことを言っただろうか。不安になって顔色を窺っていればルリは困ったように笑顔を作る。

「神様の名前って……えっと? どういうこと?」

「え、青の神の名前はリンドウ様だから、それに因んで竜胆の花でも……と……」

 徐々に自身がなくなって声が小さくなる。もしかして、私は何か聞き間違いをしていただろうか。ダリアが言うから同じように呼んだつもりが、聞き違えていたのだろうか。そういえば、リンドウ自身にそう呼んで声を掛けたときも一瞬不思議そうな顔をされた気がする。

「な、名前違った?」

「青の神の名はエルドシャだが」

 血の気が引いて、緊張で青くなっているとソドリーの方からきつめの声が上がった。非難するような色が含まれていて、ぎくりとする。怒鳴ったらきっと震えあがるほど恐ろしいだろうと推測できる低い声は、心臓に悪い。

「えと……すみません、ダリア様がそう呼んでいたので……」

「ダリア様とは誰のことだ?」

「え、え?」

「まさか赤の神のことを言っているのか? 赤の神の名はアンドレンダリヤのはずだ」

 次々と責めるように言われる言葉に混乱する。そう言われても、ダリアの方は直々にそう呼べと言われた名だ。アンドレンダリヤ? 聞いたことがある気はする。確か、初めにアンドナントカと、ダリアが言っていた気がしないでもない。

 もしかして、愛称? 名前の一部を取って少し改変すれば、アンドレンダリヤがダリアとなることはあるかもしれない。ただ、エルドシャはどう足掻いてもリンドウにはなり得ない。しかしだからこそ、聞き間違いもありえないだろう。実際の名前と全く関係ない愛称を付ける可能性は……ないとは言い切れない。私など昔パピヨンと呼ばれていた時期がある。本名は思い出せないが、それが本名と微塵も関係ないあだ名だったことは絶対に間違いないと言える。

 ただ、厳しい声に反論の言葉が出てこない。怒られているような、責められているような声は内容が正しくなくとも、私にとって反論してはならないものだ。反論したって意味がないから。

「実際に神と対話したアルヴェニーナが呼んでいるんだ。虚言ではない」

 反射的にすみませんでしたと謝ろうと口を開いたのを遮るように、隣から声が上がった。驚いて見上げる。実際に見たわけではないのに推測や曖昧な言葉を使わず言い切ったアルヴァトトに、目を瞠る。胸の奥を何かがせりあがってきたような気がした。

「しかし、神の名を違う者などこれまで見たことがないぞ」

「ではこれが実際には神に会っておらず虚言を言っていると? だとすれば、今ここに介している時点で罰が下っていておかしくないだろうな」

 淡々と話すアルヴァトトに、ソドリーが困ったような顔になる。二人の関係が垣間見える気がするけれど、私はそれどころではない。私の言動が原因で、お城で働く同僚同士が言い争っている。由々しき事態だった。何が込み上げるといって、胃酸が込み上げてきそうだ。

「……虚言ではなく、不敬の可能性は?」

 アルヴァトトの主張に反論が浮かばなかったのだろう。ソドリーは引き際に可能性を示した。言い争うつもりはないけれど、まだ納得はしていないということを示すためだと思う。

 不敬だと言われれば、その通りだと思う。本名を知らずに勝手に愛称で神様を呼んでいるのだ。しかも、実在するタイプの神を。そこを責められるならばもう謝るしかないと思って口を挟もうとした。

「これはそのようなことはしない」

 閉じざるを得なかった。心臓がバクバクとうるさいのは罪悪感のせいだろうか。嘘をついているような気分になりながらも、こうも信じられている中、私が勝手に謝ることはできない。

「……すみません、次にお会いできるときに事情を窺って参ります」

 つい口を付いて出た方の「すみません」は、謝罪に換算しないでいただきたい。


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