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卑屈神子の杞憂譚  作者: 今井
10/32

赤の神

 にやりと笑って言う赤の神に、未だ登場に驚いている私には言葉を理解する余裕さえなかった。地に足を付けない彼は、背に羽のようなものを背負っている。それが偽物でないということは、彼が浮いていることで証明できる。頭に浮いている金の輪は、ここにあるマークと同じように円を十字で切ったような形だ。

 ぽかんと口を開けたままの私に、赤の神はすいと寄った。羽ばたくことはしていないから、羽がなくても飛べるのだろう。なんのための羽かはわからない。

「おーい。大丈夫か?」

「あ…………はい」

「あんま大丈夫じゃねえな?」

 半笑いで言う神に、私は反論も肯定もできない。取り敢えず、現状は理解した。落ち着いてきた思考で考えれば、ここが本当に赤の神の間で、目の前に居るのが赤の神であることがわかる。

 本当に居たよ、神様。

「こ、こんにちは」

「はいこんにちは。……なんで挨拶?」

 しかも、こんにちはと挨拶ができてお話もできそうだ。ここに来てキャパオーバーで倒れるわけにもいかないので、踏ん張って笑顔を作る。にこっと笑えば向こうも困ったように微笑んだ。

「……だから何ソレ!?」

 そうしてつっこまれた。まさか神様にツッコミを入れられるとは思わなくて、驚く。理解の及ばない状況はもはやカオスである。

「ごめんなさい、神様と普通に会話できることに驚いてしまって」

「ええっとお? あー、にしても反応が今までにないパターンでこっちが驚きなんだけど。異世界から来た神子はちょくちょく見てるけど、お前のタイプは初めてだわ」

「すみません」

「謝ることじゃねーけどさ」

 反射で謝罪を返せば肩を竦めて言われた。確かに、謝る場面でもなければ胸を張る場面でもない。お前は変な奴ですねと言われたときの反応など私にはわからないので、どちらにせよ正しい答えは返せないだろうけれど。

「ちっとは落ち着いた?」

「はい、一応。私……が異世界人だっていうことは知ってるんですよね。私の世界では、神様は姿かたちのあるものでも、お話できるものでもなかったので、驚きました」

「とりあえずそんな畏まらなくてもいーよ。別に取って食ったりも、罰当てたりもしないから」

 ふわふわ浮いた状態で追い払うような手の動きをしつつ言う神様。ずいぶん気さくな感じで、どういう態度を取っていいかわからない。取り敢えず罰は当てないと言質はとれた。どれほど役に立つ言質かは知れないが。

「んで話戻すけど……お前、二回目だよね? 人生」

「あ、はい」

 首を傾げながら問う態度は、二度目だという確信は持っているけれど、実際理由はわかっていないかのようだ。神様がこの方で、私が二度目だと知っているということは、あの白の部屋について何か知っているのだろうか。聞いてみたい気もするけれど、反面聞きたくない気もする。

「どういう状況?」

 先に質問したのは向こうだった。やはり、状況はわかっても事情はわからないようだ。

 事情をかいつまんで話す。元の世界で死んでしまって、自殺だと勘違いされて魂の精錬をするように言われ、この世界に来たこと。自分の体ではない体に入れられ、神子として生活していること。

「あと、元の名前が思い出せないんですけど……それは一度死んだことが原因なのでしょうか?」

 これだけは聞いておきたくて、少し鼓動の速くなった心臓のあたりを押さえる。実際につかめるのは服の胸元の布くらいだ。ほとんど白に近い部分。

「なるほどね。こっちはそれで二度目かって聞いたんだよ。普通、魂を別の形で世界に戻すときに記憶は残さないんだよ。なんで覚えてるのかと思ったけど、あれだな。不手際」

 緊張する私のことなど意にも介さず、赤の神はさらりと事の真相を告げた。しかも、とても重要なことを。

 不手際。記憶は残さない。現状とそれらの言葉を照らし合わせて考えるけれど、考えがまとまるはずもない。不手際とはどこからどこまでを指しているのだろうか。記憶を残さないとこの神は平然と言ったけれど、記憶を残さなければこの体に突然入れられて、やっていけなかったのではないか? 記憶喪失のただの神子。記憶喪失というものがどういう状態になることを言うのかは、記憶喪失というものを漫画やアニメの中でしか見たことがないためわからないけれど、ここで普通に生活なんてできたのだろうか。一度すべて記憶をなくしてくれればと願ったことなど忘れて、起こり得た状況を想像する。

「名前は思い出せないってのはそれが理由だな。どうする? 知りたきゃ教えてやるけど」

「え?」

 そして私がよそ事を考えている間に、それ以上に衝撃的なことを言われた。

「教えるって……」

「お前の元の名前」

 そんなことができるのだろうか。これだけ平然と言っているのだから、できるのだろう。アルヴェニーナではない、私の本当の名前。

 一度失って思ったけれど、名前とは自分を確立するためにかなり重要なものだ。今でもあの血の気の引くような絶望を思い出せる。たかが一カ月やそこら前のことだからではなく、記憶に色濃くて。足元がおぼつかない、存在のはっきりしない感覚。

 名前はとても大事だから。

「……今はいいです」

 私は首を横に振った。

 名前は大事だ。存在を確立するほどに。だからこそ、私は元の名前を知ってはいけないと思う。元の名前を知ってしまえばあちらの世界の人間という思いが強くなる。元の世界の私はもう死んでいて、今はこの世界の神子なのだ。役に立たない偽物だとしても、この世界の人間なのだ。……と、思う。

 気が変わるかもしれないから「今は」だなんて予防線を張っておいて、カッコのつけようもないけれど、私にはアルヴァトトにもらった名があるのだ。

「私はアルヴェニーナです」

 取り敢えず招致が理由で名前がわからなくなったのではないということだけ知れたので、いいことにしよう。初めの疑問がここでマルっと、簡単に解決してしまった。知りたいことは聞け。

 そこでようやく、ああ、そういえばこの神は神託というかたちで人を導く言葉を授ける神だったなと思い出す。

「あの、神様」

 こうもフランクに話してくれているのだ。お願いすれば、私のような才もない神子にも何か神託を与えてくれるかもしれない。そう思い、浮いているため結構高い位置にある赤の神の顔を見上げ、私は言葉を失った。

「えっと、神様?」

 神様が、とてもではないが神々しいとは言えない顔で、笑っていた。

「ダリアで良いっつってんだろ。いいね、気に入った。お前いいよ」

「え、え?」

「律儀で心のある人間が俺は好きだよ、アルヴェニーナ」

「ど、どうも」

 律儀というのとは違うと思うけれど。機嫌のよくなった赤の神……ダリアは私の頭をかき混ぜながら笑う。好きにかき回されて、デージリンにしてもらった三つ編みはぐしゃぐしゃになってしまった。あとで結びなおさないと。

「なんか他に聞きたいことある? なんでも答えてやるよ」

「え? えっと、じゃあ、他の神様のことなんですけど」

 想定外の質問に、私は口をついて適当な質問をしてしまう。質問は必要ないけれど神託をくださいと言えば話は早かったかもしれないが、会話が相手のペースになってしまうとどうしてもパニックになってしまう。よくない癖である。

「他の? 青と緑のことか」

 しかも、仲の悪いとされる他の神のことを聞くなんて。問い直されてハッとするが、その声に怒気や不快感は籠っていなかった。本当に確認されただけのような色の声に、一応控えめに同意する。

「あいつらがなんかしたの?」

「いえ、したのは私の方で……お三方はあの、あまり仲がよろしくないと窺ったのですが……私、青の神子とお話してしまって」

 途中まで言いながら思ったが、神であるダリアはもしかしたら、私の行動を知らないのではないだろうか。少なくとも私の事情は知らなかったようだし、そこまで普通の人間に興味はないように思える。たとえその普通の人間が自分の神子でも。

 だとすると、言わなければルリと出会ったこともわからなかったのでは? 藪蛇かと失言を呪う。言わなきゃばれなかったのにとはあまりいいことではないけれど、ただ、ダリアの反応はパッとしないものだった。あまりピンと来ていないような、不思議そうな顔をしている。

「仲が良くない? 別に、言う通り良くはないけど悪くもねーよ? 青の神子と話したって、なんかダメなことなの?」

「人間側に、三名の神は不仲だから神子同士は接触しないようにというルールができているのですが」

「なんだそりゃ? 俺、別に神子同士話すななんて言ったことないし、仲良くするのはいいことなんじゃねーの?」

 私の言葉にどんどん首を傾げていくダリア。

 つまり、人間の勘違いだった。勘違いなのか意図してのことなのかわからないけれど、少なくともアルヴァトトが私のことを心配していたのを見る限り、今の人たちはそれが真実だと信じているのだろう。歴史ってこんなもんだよねとは思うし、伝聞の不確かさなど前から身に染みて知っているけれど、脱力した。

 実際神様なんていないと思っていたので、そこまで深刻に考えてはいなかったが、少しでも自身を案じたのがばかみたいだ。

「俺の言うことだけじゃ信じられない?」

 私が改変される歴史に頭を抱えているのを、ダリアはそんな風にとらえたらしい。神様でも人の思考を読むことはできないみたいだ。こうなると、目の前に居る方は浮いているだけで、ただの私のことを気に入ってくれている、いいお兄さんみたいになってしまう。神々しさは一言発するごとに反比例式に薄れていく気がする。

「そんなに気になるなら、青の神のとこにも聞きに行くか」

「は?」

 そして私は後悔した。答えなど聞く気もないようで、ダリアは私の手を掴んで部屋から出た。人の話を聞いているときによそ事を考えるものではない。少なくとも相手が自分よりも上の立場の人の場合。

「ちょっ、ちょ、待って待って何!?」

 足を地につけたダリアはすたすたと長い足で廊下を進む。出た瞬間は先ほどまでの暗い廊下だったが、ダリアの通った端から廊下まで、部屋の中のようにきれいに明るく変わっていく。ダリア自体が発光しているわけでもないのに、不思議現象に目が回る。

 この世界に魔法があることは本を読んで知っていたし、召喚のようなことを実際自分の身に受けたわけだが、これまでは実感などなかった。実際この目で見ると、まるで映画を見ているようだ。現実として起こっていることとは到底思えないで、目を白黒させるのにいっぱいいっぱいになる。

「えっと、この辺だったか? 昔は一人の神子が三色兼任することもあってな、その時にこの隠し通路を作ったんだよ。横着な奴だったけど魔術だけは得意で、魔法陣で空間をつなげて、服の色を変えて勝手に中を行き来してたんだ……っと」

「うわあ!?」

 言いながら、ダリアが何もない廊下の一角に手をかざすと、彼の言っていたように魔法陣がその場に現れる。光って存在を主張するそれに手を触れると、その部分が歪んだようになってダリアの手を吸い込んだ。

「ま、魔法」

「そう、魔法。お前も通れるぜ」

「待って待ってムリ! 心の準備をさせて!?」

「思ったより元気だな」

 なんて感想だそれは! 未知との遭遇で恐怖と好奇心と、やっぱり恐怖で尻込みしている人間を見た時の感想が雑なことに内心ツッコミを入れながら心の準備をする。行かないわけにはいかないのだ。なんといっても、お膳立てをしてくれているのが神様なので。

「い、いけます」

「よし」

 気は長いタイプの神様らしく、五秒で息を整えた私にダリアが頷いて一緒に魔法陣に手を差し入れる。特に、感触はなかった。普通に何もない空間から何もない空間へ進むような感じで、落ち着いて進む。くぐるときは目を開けているべきか閉じるべきかなんて悠長なことさえ考えて。

「アルヴェニーナ!!」

 横から聞こえた声に肩が跳ねた。

「アルヴァトト様!?」

 反射的に振り返れば、アルヴァトトが走ってきていた。もしかして、私の声を聞いて来たのだろうか。後ろにあのいけ好かない神官も居る。

 けれど進むダリアは止まることなく、私は結局反射で目を閉じて魔法陣をくぐった。



 通り抜ければ、そこは先ほどと同じ造りの廊下だった。きっとこの奥に青の神も居るのだろう。カンテラは置いて来たけれど、ちゃんとダリアのおかげで明るい。

「ダリア様、アルヴァトト様が……」

「説明が面倒だし、全部終わってからでいいだろ。どうせ神子以外は神の部屋に入っちゃダメだとか決まりがあるんだろ?」

 まるで他人事のように言うダリアだが、本当に彼にとっては他人事なのだろう。実際冷静になれば神子制度とは不思議なものだ。異世界から来た適当な人間が神子になれるというのならば、誰だってなれて不思議はない。多分、ダリアは連れてこられた人間を神子と認識しているのだろう。

「あ、でもあの緑頭のは神子になろうと思えばなれるのか? 俺の神子になるとすれば、色的にも性別的にも好みではねーけど」

 あれ? 違う?

 何か明確な資格があって神子になると示唆するような言い方に首を傾げているうちに、青の神の部屋に到着する。当然だ。距離としては五十メートルもないのだから。

 質問を受け付けるつもりもなく、ダリアは私の手を引いてさっさと部屋に入ってしまった。神様にノックの文化はないのだろうか。扉がないからか。

 部屋は、ダリアの部屋と同じように入った途端に景色を変えた。ただ違うのは、内装だ。常人には理解しにくいデザイン性の高いソファが一脚あるだけのダリアの部屋と違い、この部屋の中央にはお金持ちの家の食堂にあるような長い机と並べられた椅子が陣取っており、その上には綺麗な淡い水色のレースのテーブルクロスが掛かっている。真ん中には青いバラの花が花瓶に刺さっている。短辺の人間同士は会話しにくい配置だ。正直、趣味が良いとはいえない。

「ダサいだろ、この部屋」

 思考を読まれたかと思った。にやにや笑いながら人差し指を上に向けてくるくる回すダリア。きっと意図的に言っているのだろうというのは声色でわかって。

「バカにしに来たなら帰ってもらえる?」

 正面から唐突に声が上がって私は飛び上がった。何もない空間から発される声は、けれどちゃんと音源があるような音だ。驚きで瞬けばまばたきの合間にその相手は現れていた。

 目を開けばそこに居たのは青の神だった。青色の髪はルリよりも少し深い海の色。布を適当に縫ったようなダリアの服と違い、彼の方は青と白を基調とした、立て襟のあるかっちりとした服を着ている。マントのようなものを羽織っていて、装飾が多めなのはダリアと同じだ。そして、頭上に浮かぶ輪も。

「で、何? その子」

「俺の神子」

 雑に問う青の神に、ダリアはにやりと笑って簡潔に答える。そのやり取りを見ればわかるが……普通にこの神様たち、親しい。あの記載はなんだったのかと思う程度の親しさに脱力する。友達や、会社の同期くらいの気安さじゃないか。誰があんなデマを流したのか。

「初めまして、アルヴェニーナと申します」

 頭を下げて挨拶する。顔をすぐに上げれば青の神は私を認識したようで、不可解そうな顔をしていた。自分の神子以外の神子に会うことなどなかっただろうから、戸惑っているのだろうか。顔を上げるときに思ったが、私のピンクの髪はこの部屋ではとても浮いている。目の前に居るダリアの赤がまず浮きまくっているからそう酷い違和感はないけれど。

「え? 何、きみ二度目?」

 私の予想は外れたらしい。神様たちはどうやら相手を見ただけで人生何度目かわかるらしい。先ほどのダリアと同じように青の神も問いかけて来る。不審そうな目は私を上から下まで見る。二人の反応を見るに、人生を二度経験するのは変わっていることのようだ。

 ともかく肯定して、先ほどダリアにしたのと同じような説明をもう一度する。ダリアからもらった情報も含めて要約して説明すれば、青の神は理解してくれた。

「大変だったね」

 そして気の毒そうに慰めの言葉をくれた。ありがたいけれど、ダリアといい青の神といい、思ったよりも人間的で困惑する。感情的で人道的な神様なんて想定外だ。

「お言葉痛み入ります」

「いいえ。礼儀正しい子だねえ。ダリアの神子だなんて大変でしょ」

「リンドウ、それはどういう意味だ?」

 赤の神がダリアなら、青の神はリンドウというらしい。覚えやすくていい。リンドウはダリアを軽く流しながら椅子に座り、私たちも席に座るよう促される。リンドウが短辺で、当然のように長辺の一番近い席とその隣に席を取らされた。ダリアが端で、私が隣になる。短辺同士で座るタイミングが果たしてあるのだろうか。

「それで、こっちにはなんで来たの? まさか二度目の神子を見せるためだけに来たわけじゃないよね?」

 着席させられるということは、長話をすると考えたのだろうか。アルヴァトトが心配していては困るので、こちらとしては長い話にするつもりはない。そもそも、聞きたいことも大したことではない。神様同士仲がいいと知った今ではどうでもいいことだ。

「外で神様同士は仲が悪いと聞いていて、私が青の神子とお話をしてしまったことを咎められると思ったとダリア様に言ったら、そんなことはしないと言われ、証明するためにこちらに連れてきてくださったのです」

 簡潔すぎる程度に要約したけれど、リンドウは理解してくれたようで、じと目でダリアを睨んだ。それ、ここに来る必要ある? と目で問うているようだ。それでダリアが責められるのは不本意なため、一応私の反応が悪かったから確認のためにわざわざ連れてきてくれたことを伝える。そもそもは話を理解したのに微妙な態度を取った私が悪かったのだ。

「ふうん。まあ、いいや。ダリアの言う通り別に僕たちは神子同士が仲良くしてても文句なんて言わないよ」

 見ればわかると思うけれどと付け足されれば、確かに見ればわかるとしか言えない。そして、私がここに入ることを許されている時点で文句などひとつとしてないだろう。神子同士仲良くしてはならないという決まりがある中、神子自体は好きに神の元を行き来していいなんて法則性がないにも程がある。

「だよな。なんでそんな変な噂が広まったんだろうな?」

 噂というか言い伝えレベルなのだが。彼らがどの程度存在しているのかわからないけれど、彼らにとって噂か言い伝えかなんてどうでもいいのかもしれない。

「前に喧嘩したとき、グリが当時の緑の神子に『あんな奴らの神子となんて話しちゃいけません!』って言ってたからじゃない?」

「完全にそれじゃないですか」

 この国の人間は神の言った言葉を神託として受け取る。それが過剰なほどに仰々しく受け取られていることは、神子の待遇やこの神殿、教会の制度からもわかるだろう。それが、神様自ら「他の神子と話してはいけない」なんて言ったら、そんなもの決まりになったって不思議ない。

「人間に、別に話しても何も文句は言わないぞって伝えときな? それで人間側から罰を受ける可能性もあるんだろ?」

「僕からもルリに言っておくよ。次に来るのは次の月になるから結構先になるけど」

「ありがとうございます……はい」

「何か懸念でもあるのか?」

 神様たちはあっけらかんとして言うけれど、不安があって反応が芳しくなかった私に、ダリアが気付いたように声をかけてくれた。彼らは何の懸念もないようだけれど、私はどちらかというと物事をマイナスに考えがちなので、いくつか疑問が上がっている。

「いえ、私がそれを伝えて虚言だと疑われないかと不安になりまして。保身のための嘘っぽいでしょう」

 その中の一番の懸念事項を述べれば、二名は一度ぽかんとして、リンドウは困ったような顔をし、ダリアはおかしそうに笑った。

「誰が神直々に神子に送った言葉を疑うかよ」

「それも、二人分から聞いておいてねえ」

 あまりに事もなげに言うので、私は何か仕組みがあるのではと予測して、ようやく安心をした。



 解放されたのは、お二方が私に関係のない話をし始めて、それを眺めつつ話半分に聞いているのに疲れた頃だった。ダリアは全く気付いてくれなかったけれど、早く帰れないかと困っていた私にリンドウが声をかけてくれたのだ。一時間くらいは経っているので、部屋の外で待っているはずのアルヴァトトに申し訳ない。壁の向こうに消える不思議現象を目前で見て、その上あの神官と一緒に居るのだ。不思議現象自体は魔法らしいから問題ないとは思うけれど。

「ありがとうございます、リンドウ様」

「うん? うん。またおいで」

 リンドウに挨拶をして、魔法陣の前に立たされる。ダリアが触れれば魔法陣は発動して、私が通れるようになった。

「じゃあまた次の月にな」

「あ、はい。ありがとうございました」

 ダリアは、まだリンドウのところに残るらしい。普通に仲がいいことに呆れつつ、壁自体は潜れるのでそのまま通った。今度は目を開いておこうと思ったけれど、瞬いたと同時に壁の向こうに到着していた。さすがの不思議空間で、変わるタイミングは見逃すようにできているらしい。

「暗っ!」

 そして壁を抜ければダリアは居ない。カンテラはダリアの部屋に置いてきてしまったため、それはそれは、とてもではないが周りが全然見えないほどに暗かった。というか普通に真っ暗だ。

 辛うじて遠くの方に微かな明かりが見えたため、壁を伝ってそちらへ向かう。ダリアの部屋が元々真っ暗だったのだから、明かりの方向へ進めば日の光の入る待合室だ。向きも、来た道の方向と同じはずだ。

 コツコツ音を立てながら歩いていると、十歩程進んだところで足音が聞こえた。ごつごつと小走りの音は二人分。

「アルヴェニーナ!」

「アルヴァトト様」

 先に駆け寄ってきたのはアルヴァトトだった。暗いので顔はよく見えない。明かりの類は持っていないようで、少し探すように私を見つける。

「ふわっ!?」

 そして目が合って互いに気付いたと思ったと同時に、抱え上げられた。男の人に抱っこをされるなどという経験など、子どもの頃以来ない。今が子どもの姿かたちだからかアルヴァトトは普通に抱え上げたけれど、精神年齢が二十代の私からすると羞恥心で憤死ものだ。恥ずかしい。

 ただ私の恥じらいなど知らなうように、アルヴァトトは大股で元来た廊下を進んでいった。途中、それに立ち塞がるように人が立った。

「待て。その方をどこへ連れて行く?」

 声からして、あのいけ好かない神官だろう。けれど、その言葉遣いに違和感を覚えて首を傾げる。

「どこも何も、神託は受けた。神子の館に戻る」

「待て、二名の神に目通りを許された神子だぞ!? それも、赤の神と青の神の仲立ちをするお方だ! こちらで話を聞くべきだ!」

 小さな舌打ちが、耳の近くで聞こえた。抱えあげられているし、そろそろ暗闇に目がなれているから、表情からもアルヴァトトが苛立っているのがよくわかる。

 しかし、先ほどはあからさまに偽物の神子と蔑んでいたというのに、態度を一変した神官に不快感を覚えずにはいられない。立場が変われば対応が変わるのはおかしくないことだけれど、ほんの一時間前の態度から急変して勝手な主張をされるのは、面白いことではない。

 しかも、アルヴァトトに迷惑をかけて。既に敵視している相手からのわかりやすいすり寄りを受け入れるほどに、私は広い心を持っていない。

「私は偽物の神子なんじゃあないんですか?」

 多分、苛立ちが口調ににじみ出てしまったと思う。それでも止められなかったのは、私の勢いで余計なことを言う質と、それから先ほどまで話していた神様たちがあまりにも、元の私の世界の人たちと似たような、普通の人みたいだったからだろう。

 私の言葉に神官は一瞬立ち止まる。それを逃すまいとしてか、更に早足になったアルヴァトトがそのまま外に出る。取り敢えず立場は逆転したらしい。

「メェ」

 小さく呟いたつもりだったけれど、廊下の反響のせいで思ったよりも声が響いた。多分、歩を緩めつつも更について来ようとしていた神官にも聞こえたのだろう。足を完全に止めてしまった。まずい。来月もここに来るというのに、これからやりにくくなってしまった。

 偽物だとあの男が主張して押し通し、ここに入れなくなってしまったらどうしよう。直後に湧き上がる懸念と不安に後悔していると、すぐそばから声がかけられた。

「……よくやった」

 それは、私の不安を解消するための言葉のようにも、行動に対する本心のようにも聞こえた。二名の神様に会ったことか、先ほどの失言か。たとえ本心ならばどちらに対するものだろうと思ったけれど、さすがに口には出せなかった。


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